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ギルド職員編

ねちっこくてクロノ死す

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「おはようございまーす!」


 大盛況のイベントから一夜明け、日の出とともに冒険者ギルドに入った俺は、誰も居ない空間に爽やかに挨拶する。厨房から蒸気に混ざって食べ物の香りが漂ってくるから、ハゲは既に出勤しているようだ。


 今日がギルド職員として2日目なので、ハゲに聞かねば何も分からぬ。もう一度、声を張り上げようとしたら、階段からギルド長が降りてきた。


「やぁやぁ、来たね。昨日はお疲れだったろう?」

「ギルド長こそ、お疲れ様です。今日は早退しないので、安心してください」

「いや、昨日は実に有意義な休暇になったよ。ナイトメア目当ての冒険者たちに、君の居所を流したのでね。冒険者ギルド一同という建前なのだから、問題はないだろう?」


 昨日の活気は、ギルド長の機転でもあるようだ。またロイスさんに出会ったらウザいくらいに恩を主張しておこう。


「しかし、今日は忙しくなりそうだね。なにせ君が居る。君が居るところには、不思議と人が集まる」


 それほどでもある。美女に褒められるのも地味に好き。これが世の一般男性なら、有頂天だろう。


「さて、そんな不思議な魅力に包まれたブサクロノくんに、とびっきりの職務を紹介しようじゃないか」


 知ってた。おだてて木に登らせるのだ。素直に従ってもいいのだが、少し相談をしたい気分。よっていつものように条件を出して抵抗する。


「……ヘルムが君に手加減した理由を知りたい?」


 ヘルムの存在は、おおっぴらには話せない。事情を知っているのはごく一部であり、ダメ元という前提で俺の疑問に答えられるとしたら、ギルド長くらいだろう。


「いい機会だ。話しておこう。私が思うに、ヘルムは君の特性に惹かれたのではないかな? 光と闇……半属性を持つ魔術師は、王立図書館にも記録がない。実在するなら、リスクを承知で確保したいはず。本当に、実在するならね」

「いやいや、実在しますよ。ほら、オレだよオレ。クロノだよ」

「実のところ、フロントデーモンの一件で、君の戦いをこの目で見るまでは、私も信じていなかった。光と闇などありえない。何かしらの種があるのではないかと疑っていたんだ。魔道具や聖遺物を隠し持っているとかね」


 どうやら魔道具を使うことで、自身の属性でなくとも、特定のスキルを使えるらしい。


「そんな便利な物があったんですか!? もっと早く教えてくださいよ……」

「初級スキルが使える物でも、一般に流通していない。貴族向けに作られた幼子へのお守りのようなものだ。使うとすぐに壊れてしまうから、冒険者としての実用性は皆無だよ」

「使用回数制限かぁ。お高い使い捨てじゃ、割に合いませんね」


 命は大事だが、性活も大事である。そんな金があったなら、好みの娼婦を札束ビンタして、自由恋愛で今を楽しむのが健全なおじさんだ。


「聖遺物ともなれば、上級スキルさえ使えるという話だ。ただ、美味しい話には裏があってね。使うまで効果が分からないし、一度使えば魔石が砕け散る。切り札として使い、危機を脱した冒険者も居るが、現実的ではない」


 聖遺物のレア度は、国宝級である。生産が不可能かつ、使い捨ての国宝か。もし見つけても、売り払ってまともな装備を買ったほうが潰しが効きそうだ。


「だからヘルムは、君を見定めようとした。もし本当に光と闇の魔術師なら、いわば君の存在が聖遺物だ。ハイヒールを見たときに、確信に変わった。自分の危機を忘れてしまうほど、君を欲したのだと私は思う」

「ハイヒールってそんな凄いんですか? 王都の冒険者なら、普通に居そうなもんですけどね」

「ハイヒールは誰でも習得できるわけじゃない。一流の冒険者でも一握り。聖職者の言い分では、『真に徳を積んだ信仰者のみが、大いなる癒やしの力を賜る』とまで言われている」


 宗教らしい言い回しだなぁ。まぁ、聖職者は冒険者ギルドアンチなだけで、普通の集団らしいので、目標として伝えている感じだろうか?


「実際のところ、ハイヒールを使える者は、ほとんどが高齢にして高名。真実味のある噂として扱われているよ。信じるかは君次第だ」


 もちろん信じない。スキル習得に条件があると考えるのが普通だろう。前提スキルだとか、熟練度とか。それこそ、今の体型になるまでバイトヒーラーをしたわけだし、確信はないけど正解臭いな。


「ありがとうございます。引っかかりが解けた気分です」

「お役に立てて何よりだ。だから、君がハイヒールを使えることは、秘密にしておきなさい。王都ギルドにも嘘の報告をしたのでね」


 俺はガルシアにハイヒールを使ったが、あれは聖遺物を使った……そういうことにしたらしい。


「赤の他人に聖遺物を使うなどありえないことだが、君は優しいからね。疑いは残るだろうが、いずれ落ち着くだろう」


 俺って優しかったっけ? 畜生の自覚はあるぞ? まぁ、この世界の人間は、人に死に慣れすぎている。ジェネレーションギャップがあるのだろう。


「そうそう、魔術師の塔について、近いうちに報告書を提出してくれ。もう合格したとはいえ、形式上は必要なものだ」


 魔術師の塔を調べ尽くした手帳は家にある。あれは提出できない。フロントデーモンが出てくるような危険な代物と分かったから。塔が戦闘で壊れたのも不幸中の幸いだ。


「忘れていました。今から書きますよ」


 本当に初歩的なことだけを書く。やべぇハチに、ファッキンモンキーに、塔は涼しかったとか。グリーンカーテーンの有用性を添えた報告書を提出して、ギルド長から承諾を得た。


「さて、君には講義をしてもらう。受ける側ではなく、する側だ。今日は怪我で活動を休止していた冒険者が復帰する。再発防止の観点から、君らしい講義を期待しているよ」


 ギルド長が爽やかな笑顔で二階へと消えていく……うん? 何の説明もされてない。無茶振りにもほどがあるだろ。ここはひとつ、ハゲ先輩に教えを請う。


 聞いてきました。そしたら何て言ったと思う? 『深傷をくれた魔物はちゃんとぶっ殺したのか? よくやった! 次は怪我する前に殺れ。 or なにィ? 今すぐぶっ殺して来い!』と教えているらしい。


 こっちのほうが軍隊式だろ。いや、脳筋すぎる。ありえない。こうなったら俺なりのやり方で講習をするしかない。グレートティーチャークロノ爆誕である。


 訓練所に立った俺は、緊張を隠すように腕を組む。背筋を伸ばす。これで威厳は保たれるはずだ。タオルではちまきも作るべきか? いや、ラーメン作ってる店主になるから止めとこ……。


――あれが噂のオークか?

――し、失礼だよ。怒らせたら怖いって話だし……。


 しばらくして、内緒話をしながら現れたのは、若いの男女だ。男のほうは生意気な発言もしたし、思春期真っ盛りって感じ。女の子は大人しそうだ。


「ン゛ン゛ッ、ン゛ン゛ン゛……ギルド職員のクロノだ。まずは怪我の回復おめでとう、とでも言っておこうか。君たちが冒険者として活動を再開する前に、俺の講義を受けて貰う。これから言うことをよく聞くように……」


 やべぇ。何を話そう? 問いかけてもナイトメアは無反応である。だっていきなり知らないことやれって言われてもさぁ。


――なぁ、いつ始まるんだ……?


 同感である。威厳を保ちつつその場を乗り切ってやる。セクハラとパワハラ以外は許される。それが教官だ!


「……君たちの忍耐力を試した。お世辞にも褒められないな」


 女の子がハっとした表情を見せた。やったぜ。


「女の子はともかく、せっかちなお前がまともに話を聞くとは思えない。よって実技講習とする。30分で支度しろ。行き先は、湿地帯だ」


 ふたりとも一応の装備はしているが、消耗品は用意していない。準備の時間を与えることで、俺も今後のことを考える時間を稼げる。我ながらナイスな作戦である。


「……時間だ。俺は君たちの後ろを歩く。基本的に戦闘には参加しない。擦り付けたと判断したときは減点だ。冒険であると同時に、試されていることを忘れないように。では、出発!」


 戦いたくないでござる。擦り付けとか、ほんと止めてよね。最後まで傍観者で居させてくれ。


 町を出て森に入り、カップルの観察開始だ。少年が先頭を歩き、少し距離を取って少女が歩く。俺は見失わない程度に離れて歩いている。


 少年はくたびれた皮の鎧を着込み、手にはショートソードと木の盾。装備や振る舞いからして戦士だ。


 少女も皮の鎧を着ているが、守る箇所が少ない。機動力を重視した最低限の防御。獲物は弓で、背中に背負ったまま。白い生足には、真新しい短剣がある。それにしても、女子の生足はたまらない……いかん。


 集中しなければ……集中だぞ、生足に集中……俺の股間の短剣が出てきちまいそうだぜ。気を紛らすために、軽い世間話でもしよう。


「ン゛ン゛ッ……少し、いいかな?」


 まず名前を聞いた。少年はカイル。少女はライネ。ふたりは幼馴染で、寂れた田舎から一攫千金を狙って出てきたらしい。リア充かよ。


 カイルはハゲに憧れているようで、俺が教官だと不満を漏らす。あとでカンチョーしてやろう。ライネは大人しいようで、振られた話に相槌を打つだけだった。


 その後は会話もなく、また距離を取って歩く。ただ、俺は時間とともに苛立ちが募っていく。原因は、すべてカイルである。


 まず足音が大きい。土を蹴る音に、落ち葉を踏み砕く音。枝だってお構いなしに進む。両手に持つ装備も飾りのような扱いだ。控えめに言って、ちょべりば。


 一方で、ライネの動きは良い。カイルから距離を取りつつ、物音は最小限。後方を含めた警戒をしているし、気配があれば矢筒に手を伸ばそうとする。


「足元がぬかるんできた。もうすぐ湿地帯だ。気を抜くなよ」


 息巻くカイルと、頷くだけのライネ。もしハゲが講師だったら、カイルに良い印象を持つのだろうか。俺は逆だが。


 森を抜けると、広大な湿地帯が広がっている。生息する魔物はリザードマン。奥地に行くと、リザードマンを丸呑みする魚型の魔物も居るらしい。


 周囲に敵影なし。念の為に、俺なりのやり方で索敵範囲をかなり広げたが、ヤバそうな魔物の姿はない。またヨルムンガンドに襲われなくて済んだのは幸運だ。あの手の魔物は、基本的に見つかったら最後だからな。


「それじゃ、いい感じに何かして」


 無意味な指示を出せば、そいつらの考えが分かる。ライネは心配なさそうだが、カイルからは目を離さない。するとさっそくカイルが動いた。


 ぬかるんだ足場を歩き、小さな池を覗き込んでいる。警戒のつもりなのだろうか? それとも、好奇心か。分からないことは聞くしかない。体にな。


 なるべく水が少ない場所を歩きながら、カイルの背後に立つ。そして、遠慮なく突き飛ばした。するとあら不思議。カイルは池に頭から突っ込んだ。


「……お前、何してんだ?」

「ぶぇっぷ……お前が押したんだろっ!?」


 水面に上がってきたカイルは、それはもうお怒りのご様子。後ろに居たライネは、表情が固まってしまっている。


「なぁ、湿地帯は初めてか?」

「そうだよ! だから様子を見てたんだよ。そしたらお前がいきなり――」

「そうか? お前は好奇心のままに覗き込んで、間抜けにも池に落ちた。つまり間抜けだ間抜け」

「お前が押したからだろ!?」

「俺はてっきり、お前が何か探知スキルを持っているから、余裕ぶっこいて無警戒に見えると思った。試しに押してみたら、その有様だ」


 俺は気配を隠すことなく近づき、普通に突き飛ばした。何なら水面に俺が移って、躱すこともできたろう。


「あんた教官だろ!? 突き飛ばしてくるなんて思わねーよ!」

「人のことオーク呼ばわりしておいて、都合のいいときだけ味方か」


 言い争う俺たち。おろおろするだけのライネ。はっきり言ってカオスである。まぁ、悪いのは全部カイルだから仕方ないね。


「えー、試験の結果を発表します。持ち点100点から減点方式で、80点で合格ね。まずライネちゃん。気配の隠し方が上手いし、索敵範囲も広くて精度が高い。Eランクとは思えないほど洗礼された立ち回りだったよ。80点」


 なぜ80点かと聞かれれば、カイルを後ろから射たなかったから、と答える。聞かれないから答えない。ふへへ。


 俺なりに褒めちぎったが、リアクションが薄い。軽く会釈しただけで、カイルを横目で見ている。あんなやつでも仲間だもんな。心配だよな。でも、安心していいぞ。


「次に、カイル。足音が大きいマイナス5点。声が大きいマイナス5点。注意不足マイナス5点。そして、池に落ちたからマイナス80点。はい、不合格」


 細かく刻んでいったので、ギリギリ合格できそう。そんな期待に満ちた表情が、絶望に変わる。長々と話したかいがあったぜ。


「そんなわけで、カイルは追試な。ところでお前、探知をすべてライネに任せてるな?」

「そ、そうだよ。ライネはレンジャーだ。パーティーなんだから、役割分担が大事だって先輩たちも言ってたぞ!!」

「確かに戦士が周囲を警戒しても、レンジャーに比べれば鼻くそだ。じゃあ、お前は何をしてるんだ?」

「……一緒に敵を探してる」


 バツの悪い物言いだ。さすがのカイルも、自分で矛盾に気づいているらしい。索敵をするなら警戒もしろよ。ツッコミいらずは少し寂しい。


「カイル、この冒険の目的は?」

「湿地帯の調査だろ?」

「そうだ。調査には軽い討伐も含まれる。お前にとって未知の環境と魔物が相手だ。にも関わらず、体力の温存を怠った」

「ただ歩いて、やっと湿地帯に到着しただけじゃないか。あんたが池に突き落とさなければ、俺はピンピンしてたよっ」

「俺が言ってるのは、森での立ち振舞いね。ライネがうまく気配を隠してるのに、お前は足音も気配も垂れ流し。森に魔物が居なかったから良かったものの、余計な戦闘になっていてもおかしくない」


 お説教が少し効いたようで、唇を噛み締めている。理解する知能があって助かった。こんなやつばかりなら、理由を付けてサボろうと思ったほどだ。


「何の職であろうと、周りに気を配れ。意識しないから気づかない。それを教えるために突き飛ばした。分かったか?」

「……分かったよ。気をつければいいんだろ」

「ふぅん。そんじゃ、やってみて」


 話が終われば即、無茶振り。これまでライネに任せっきりだったカイルは、キョロキョロと周囲を見渡し、少し縮こまって歩いている。警戒というより、挙動不審である。通報した。


 指導の効果はすぐに切れる。無駄だと思って気を抜こうとしたカイルを、ねちっこく見つめる。背後に立ったり、横に立って覗き込んだり。苛立っている様子だが、怒鳴らなくなっただけましか。


「コソコソしなくても、足音が小さい地形を探して歩く。場所によっては姿勢を低くするだけでいい。じゃあ、そろそろ戦おうか。ライネちゃんも頑張って尻拭いしてあげてね」

「くっ、いちいちムカつく……」


 周辺を歩き回ってリザードマンを見つけた。数は3匹。装備はいずれも冒険者に破棄されたものだろう。互いに気づけば睨み合いが始まり、すぐに戦闘となる。


 威勢のいい掛け声とともに、カイルが一気に距離を詰めようとして、派手にずっこけた。やると思った。俺もやったからね。


 ライネの弓による牽制で、リザードマンは足止めをくらう。カイルは体勢を立て直すと、今度は足場を気にしながら戦い始めた。


 さすがは本職の戦士だ。小柄なくせに攻撃を受け止める姿も様になっている。ただ、初めて戦う魔物であると同時に、複数との戦闘で落ち着きがない。


 結局、ライネの弓によるサポートのおかげで、2匹は足止め。タイマンの状況に持ち込み、各個撃破して戦闘は終わった。


「はぁはぁ、どんなもんだい!」

「いやぁ、ライネちゃん良かったよ。脳筋を後ろからサポート。いずれ他のパーティーからも声がかかるんじゃないか?」


 顔を赤らめて小さく会釈する姿もグッド。カイルにはもったいないほど、出来た子である。


「ちょっ、俺はっ!?」

「うーん、戦士の魅力ってなんだ?」

「強い! かっこいい!!」

「俺は決定力があることだと思う。初見だから様子を見るだけでもいいな。それなのに、中途半端な攻撃しやがって」

「や、やつら……隙がなかったし……」

「ないものは、作れ。ひとりじゃ作れないなら、協力して作れ」


 口を開けて首を傾げている。経験不足ってことにして、簡単な助言をしてやったが、どう使うのか見ものだ。


 戦闘に気づいたリザードマンがやってきた。数は3匹。図らずも同じ状況。今度こそ、指導の成果を見せてくれ。ここには長居したくないんだよ。


「【アクセル】」


 カイルは加速した勢いのままに、中央のリザードマンに体当たり。そのまま後方へと吹き飛ばす。ダメージはほとんどないが、戦線に復帰するまで時間がかかるだろう。


 中央を空けて、左右に居るリザードマン。カイルは左の敵に斬りかかる。それと同時に、大きく声を出す。


「ライネ! 任せた!!」


 ライネは弓を引き絞り、右のリザードマンに攻撃をしかける。カイルの無防備な背後に斬りかかろうと、振り上げた右腕に矢が直撃した。


 お望みのタイマンの状況だ。これぞ勝機。さぁ、決めろ。


「【パワースラッシュ】」

「【ツイストアロー】」


 ふたりの息の合った連携で、2匹のリザードマンがほぼ同時に倒れた。吹き飛ばされたやつは逃げ出した。ふたりのハイタッチが戦闘の終わりを告げる。若いっていいね。


 よくやった。そう褒めてやりたいところだが、これまでのまとめに入る。俺のアドバイスで結果が出たわけだし、今ならちゃんと聞いてくれるだろう。


「お前らは怪我で活動休止になった。原因はもちろんカイルだろう。複数を相手に戦うことに慣れてない。にも関わらず、無警戒で魔物を呼び寄せた。それと不運が重なった結果だと思う」


 カイルが言い返してこない。もし反論しようものなら、また池に投げ入れてやろうかと思っていたのに。


「お前らが湿地帯に入って、最初にすることは、足元の確認だった。これは冒険に出る前に、装備や消耗品の確認することの延長線だ」


 自分の能力をフルに発揮するための行為だ。今は魔物が弱いから、ぶっつけ本番でなんとかなるだろうが、すぐに通用しなくなるだろう。


「次に、池の確認は、索敵行動だ。池に魔物が居たら、戦闘になるからな」


 池の様子が気になるなら、レンジャーに任せるべき。戦士は足元の確認をしながら待てばいい。これが正しい役割分担だろう。


「駆け出しのお前らが、準備不足の末に、数の優位を取られる。そりゃ怪我するよ。不測の事態を乗り切るのが一流の冒険者だが、お前らはただの無知だ」


 俺は様々な事情で弱いから、理論で武装する。こいつらも俺と同類だろう。だったら、きっと糧になるはずだ。


「最後に、カイルは連携も人任せだ。気心の知れた仲だろうと、常日頃から話し合いをしろ。小さなすれ違いが命取りだぞ」


 他にも言いたいことは10万文字くらいあるが、こんなもんか。おずおずと手を挙げるカイルくんの質問に答えてやる時間だ。


「俺が転ぶ前に教えてくれても――」

「やだよ。お前がずっこける様を見たかったし」

「本当に教官かよ……」

「最初に言っても意味ねぇよ。曖昧に感じていた俺の言葉の意味が、これで理解できただろ。別にイジワルしたわけじゃない。俺はイジワルだがな」

「もういいよ……相手にしちゃダメな気がする……」

「よろしい。さて、帰るぞ。お前らがリザードマンを逃したから、すぐに援軍が来る。従わないならカイルだけ縛って捨てていく」


 ギルドに戻るまでが講義である。ねちっこくカイルを見つめていたが、出発時に比べると、足音も抑えられている。しょうがないので合格にしてやろう。


 無事にギルドに戻ってきて、ギルド長に報告を済ませる。これで彼らはまた冒険者として活動できるようになるらしい。講義するのも大変なので、二度と怪我で休止しないで欲しいものだ。


『素直じゃないね。さぁ、ボクたちも帰ろう』


 ギルドを出た頃には、もうすっかり夜になっている。建物から洩れるランタンの明かりは頼りなく、暗い夜道は不気味だ。もう10年若かったらチビっていたことだろう。


 いや待て。これだけ暗いなら、野外プレイしてもバレないかも。あえて路地裏を通れば、ねちっこく絡み合ってるカップルを覗けるかもしれない。善は急げである。


 入った路地裏には、さっそくカップルの姿がッ! いかつい男と、背の低い女の子だ。犯罪係数高めである。興奮する。


 こっそり様子を伺うと、壁ドンからの強引に唇を奪うかと思われたが……どうも様子がおかしい。女の子が嫌がっているように見える。


 しかも、その女の子は……ミラちゃんだった。
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