99 / 230
ギルド職員編
スーパーアドバイザークロノ死す
しおりを挟む
差し入れを両手に抱え、やってきたのは中央の広場。昼と夜の魔道具祭りがやっていた場所で、定期的に様々なイベントの会場として使われている。だからここかと思ったが、広場には人が居ない。
通りかかった人に物腰低く聞いてみても、薬師ギルドのイベントなど知らないと言われる。仕方がなく周囲を探索していると、人通りが皆無な薄暗い路地裏に案内の張り紙があり、導かれてやっとたどり着いたが……。
「……あれ? まだ準備中かな」
簡素なテントが張られているが、人の姿はほとんどない。だから静かだ。とても静か。すかしっ屁もバレそうなほど静かなのだ。
こっそり会場に近づくと、テントの下には椅子が設置されて、薬師ギルドの職員と思われる人が座っている。
パーティー帽子っぽいものを被りながらも、腕を組んでうつむいている。なんだろうこのシュールな光景は……そんな連中にまぎれて、金髪の小さい女の子が居る。
「あー、ティミちゃん?」
「……はっ! ブサクロノ!!」
勢いよく椅子から立ち上がると、そのまま抱きついて顔を埋めて動かない。無理やり顔を上げさせると、まるで絶望したかのような表情を浮かべ、涙を堪えているではないか。
あぁ、止めてくれ。そんな顔をされたら、興奮しちゃうじゃないか。
「あー、ティミちゃん。ひとつ聞くけど……これ、葬式だったりする?」
「……違うの。人が来ないの。誰も来ないの」
「そんなことないさ。見渡せば客が……ひえっ」
真後ろには血の気の失せたロイスさんが立っていた。ギラギラ輝くパーティー帽子が、逆に哀愁を漂わせている。
「ようこそ。ブサクロノさん。記念すべき第一号のお客様です。下級ポーション1本を差し上げます」
「ど、どうも。これはロイスさんに必要なのでは……?」
「心の傷には効果がありません」
知ってる。栄養不足かと思って。それにしても、場の空気が最悪だな。エアリーディングマイスターの俺でも喋りにくい。
「あー、その、これの開催時間は何時からですか? 一応、昼休憩で出てきただけなんで、すぐギルドに戻らないといけないんですけど」
「……やってます。朝の8時から、やってます」
今の俺にとって、魔道具祭りがイベントの基準である。この場所は、あの会場の半分にも満たない敷地面積で、人通りは皆無と言えよう。だからイベントの第一印象は、控えめに言って大失敗だ。
「……明日もやります?」
「どうでしょう。きっと明日もこうですよ。やらなくていいんじゃないか、そんな要望を職員の多方向から聞きまして、私もそう思っていますが」
「へぇ、ティミちゃんも同じ考え?」
「つらい」
インドア派というか、寡黙な職人タイプの薬師ギルドの連中には、かなりハードルが高かったようだ。
この負け犬どもの心境は分かる。深い絶望と孤独感で満たされている。学校で『はーい、今からペア組んでー!』と、先生に言われた直後かな。
「ロイスさん、明日もやりますよね?」
「……やりたくないです」
「明日やらなかったら、薬師ギルドに嫌がらせします」
「追い打ちですか……」
ダメだこりゃ。軽口のひとつも返してくれないと。闘志なくして勝利なし。見捨てたいところだが、小人族の地位向上も目的である以上、このイベントの成功は絶対に必要だ。
「これ、差し入れです。みんなで食べてください。肉巻きおにぎりと、具が肉のおにぎりです。好きなほうをどうぞ」
「どっちも同じでは……?」
「喧嘩になっちゃいけませんからね。俺が帰ってくるまでに、ひとつでも残ってたら嫌がらせします」
「え゛っ……その、ブサクロノさんは、どちらへ……?」
見捨てられた犬みたいな表情で聞くなよ。あんただけはそんな表情をしちゃいかん。もう仮面被るの止めよう。
「早退の手続きしてくるんだよ。お前らみたいな負け犬に任せていたら、イベントが始まらん。俺が口出すから、言われた通りにやれ」
ギルドに戻ってきた俺は、ハゲに早退を打診した。それはもう、大声で。
「ぶち殺されてぇのか。初日から早退だと!? お前がナイトメアを見せびらかしたもんだから、ギルドは大混雑だ!!」
「こっちにも事情があるんだよ。俺が居なくなれば、騒ぎも収まるさ!?」
ハゲと胸ぐらをつかみ合っていると、ギルド長のお帰りだ。玉のような頭と、玉のような肌。どちらがいいかと聞かれれば、言うまでもなくギルド長がこの場の癒やしだ。
「……ハーゲル。初日から同僚と喧嘩かね。別に構わないが、やっと見つけたギルド職員を殺さないでくれよ?」
まぁ、喧嘩になったら俺死ぬよね。ここはギルド長を説得する方針で……。
「サボりたいわけじゃないですよ。これも職務の延長かと」
「……なるほど。薬師ギルドは、冒険者ギルドとも深い関わりがある。そして、そのイベントの開催のきっかけとなったのも君か」
「ブサクロノの言い分はわからんでもない。ただ、向こうを助ける前に、こっちを助けてくれよ……」
「悪いとは思うが、イベントは期間限定だ。優先順位を付けるなら、薬師ギルドの応援に行くべきだろ。その、冒険者ギルド一同よりってことにしてさ。恩を売っておけば、いつか助けてくれるかも」
「……いいだろう。ギルド職員の職務の一環として、行ってきたまえ」
さすがギルド長。話が分かる。ついでに明日は休みを貰おう。
「構わないとも。君とナイトメアが居なければ、少しは騒ぎも落ち着くだろう」
温かく送り出されたというか、厄介払いされたというか。とにかく時間は確保した。
イベント会場に戻った俺は、ロイスさん経由でスタッフを集めた。喋るのはもちろん俺である。
「はい、みんなが集まるまでに5分かかりました。普通なら30秒で集まれます」
『先生かっ!!』
気持ちの良いツッコミを貰ったので、がぜんやる気が出てくる。スーパーアドバイザークロノの演説が始まろうとしていた。
『いいかい? 優しく言うんだよ?』
分かってるさ。見ててくれよナイトメア。
「えー、君たちは負け犬です。もはや敬語を使う価値もない!!」
『軍隊式ぃ!?』
ざわめく会場。ロイスさんの抗議も雑音にかき消される。ただ、この場に居る連中には、俺は感じ悪いと思われている。それがどうした!
「今、口答えしたな? お前らは犬以下だ。犬は主人の命令に従う。よってお前らは、虫けらだ!!」
さらにざわめく会場。しかしながら、何の意味もない。
「何もせずうつむいていただけなのに、文句だけは一人前か。だが、羽音のような抗議じゃ、聞こえんなぁ。そこのお前……文句があるなら、腹の底から声を出して言ってみろ」
目が合った野郎に話を振ると、口を閉ざしてしまう。見かねてロイスさんが喋り始める。
「ブサクロノさん、私たちだってこの日のために努力しました」
「努力した? 努力した気になっていただけだろ。実際、俺が来たときはどうだった? バカみたいにパーティー帽子被って、うつむいていたな。それとも、モグラやミミズを相手に始めるつもりか?」
「ひ、人が来なければ、話しようがない」
「だったら、呼び込みの努力を怠ったことになる」
「違います。必死にやったんです。チラシも配ったし、関わりのある店に協力をあおぎ、目につくところに貼って貰いました」
当たり前のことすぎて、返答に困る。それを付け入る隙きと判断したのか、ロイスさんが畳み掛けようとする。
「人は興味のないことに、関心がないんです。だから私たちなりに知恵を出し合って、来てくれたお客さんに、優しく丁寧に語りかけることで、地道な活動を浸透させようと考えたんです。分かりましたか!?」
「興味がない人の気を引くのが宣伝だろうが。お前らが負け犬だってことは、よく分かった。そんなんじゃ100年かかっても、無理だ」
近くにあった黒板を引きずってきて、ドンと叩く。
「このイベントの目的は、薬師ギルドのイメージアップだ。それが提携した小人族の地位向上に繋がる」
要点を黒板に書くが、少しだけ小さく書く。最後尾のやつには見えないだろう。だから自然と、黒板の前に人が集まってくる。
「目的を果たすために、必要なものは!? そこのお前、答えろ」
無茶振りした相手が何かを言うが、聞こえない。よって無視する。
「人だ!! ひとりでも多くの人が必要だ!! 少なくとも、この会場を埋め尽くすほどの人と活気が必要なんだ!! 周りを見渡してみろ」
周囲を指差して、負け犬どもに現実を見せつける。
「お前らは努力したと言った。それは嘘だ! 努力=結果とはならないが、努力は結果に結びつく。よってお前らは単純に努力不足なんだ!!」
納得するものも居るし、不満そうな顔をするやつも居る。説教にも飽きてきたし、負け犬どもに餌を与えてやる頃合いか。
「努力を怠ったお前らは、負け犬だ。まず負け犬であることを認めろ。そうすれば、この会場を埋め尽くすほどの、人と活気を与えてやる。手始めに『私は負け犬です』と言え」
みんな揃って周囲を見渡す。こういうとき、頭が動かなければ始まらない。その役目は、他でもないロイスさんだ。目配せしたし、通じるだろう。
「わ、私は負け犬です……」
「よく言った。お前らは努力したのかもしれん。なぜ努力した? 同情や慰めの言葉を聞くためか? 違う、勝つためだ! 心の傷は、成功体験でしか癒せない!! 傷の舐め合いを止めて、『私たちは負け犬です』と高らかに吠えろ!!」
――わ、私たちは負け犬です。
「声が小さい。お前ら揃いも揃って、たったひとりの豚野郎に、声量で負けるのか!?」
――私たちは、負け犬です!!
「よく言った! なぜ負け犬なんだ!? そこの君、3秒で答えろ!!」
――分かりません!!
「そうだ! 勝ち方が分からない!! だから負け犬なんだ! 今から俺が勝ち方を教えてやる。犬だ、勝利の匂いを嗅ぎ分けて、食らいついて放さない犬になれ!!」
あれだけ不満たらたらだった連中が、俺を見つめている。その瞳には、生気が宿っている。軍隊式トークまじぱねぇ。
「まず宣伝の方法を叩き込む。宣伝ってのは、興味のない人の気を引くために、派手にやらないといかん! やりすぎたと思っても、まだ足りないくらいだ!」
「なるほど。我々の宣伝は、少し地味でしたね。次の機会には――」
「次だと? 何をのんきなこと言ってるんだ。今からやるんだよ!」
「しかし、派手なことをするには時間が必要です。今からではとても――」
「今できる派手なことをしたらいいじゃないか。ほれ、駒は揃ってる」
駒はもちろん薬師ギルドの職員だ。バラバラの格好だし、控えめに言って地味だ。共通点があるとすれば、汚れてもいい格好をしていることだろう。
「白いエプロンと、白い帽子。これを人数分、揃えろ。最後尾のお前ら、ダッシュで買って来い。経費で落とせ!」
男たちが駆けていく。やる気が戻ったのはプラス材料だ。時間がないことだし、次の話に移ろう。
「残ったお前らは、男女に分かれて二列に並べ。背の低いやつが前だ。今から歩き方を指導する。ちんたらするな。パシリが帰ってくるまでがタイムリミットだ。また恥をかきたいのか!」
言葉でケツを叩けば人は動く。最初の集合と比べると、及第点と言ったところだろう。
「今日のイベントは中止だ。どうせ人が来ないから、宣伝の時間に当てる。明日が本番だ。笑って明日を終えるために、全力で取り組むんだ!」
指導方法は単純だ。背筋を伸ばして、キビキビ歩かせる。そして周囲のやつらと歩調や動きを合わせる。完璧でなくともいい。
あっという間に時間が過ぎ、パシリくんが馬車とともに戻ってくる。真っ白なエプロンと、これまた真っ白な帽子。清潔感のあるいい制服となるだろう。
「今からお前らは、これを着て町を歩いて来い。日が暮れたら現地解散だ! 翌朝6時に広場に集合し、昼までまた歩いてもらう。休憩のタイミングは任せるが、必ず全員で休憩すること。休むのも派手にやれ」
軍隊式指導法。やるならとことんでしょ。まぁ、実際は音楽のないマーチングのイメージなんだけど。
ティミちゃんが先陣を切って歩き出す。何か言われるかと思ったが、振り返ることもなく広場を出て行った。おかげで後続の連中も、不満を言う暇さえない。大変よろしい。
「ロイスさんと、パシリくんたちは残って。別の打ち合わせがあるからな」
「打ち合わせですか。何をしたらいいんでしょう?」
ぶっ通しで歩かなくて済んだ。ほっとした表情を浮かべているが、ある意味でロイスさんが一番大変だろう。
「金出してくれる? 銀貨30枚くらいでいいよ」
「えぇっ!? 報酬の話ですか!?」
「必要経費だよ。歩くのはただの宣伝。集めた人の心を掴まなきゃ、意味ないでしょ? それとも、彼らの頑張りを無駄にしたいのかな?」
金の使いみちを教えると、ロイスさんはしばらく考え込み、最後には頷いた。これでいい。経営者の仕事は、金を出すことだと偉い人も言っていた。
「パシリくんたちは、今すぐ印刷所に行け。このメモを元にチラシを手配しろ。期限は明日の早朝まで。時間厳守だから多めに渡せば対応してくれるだろう。出来上がったら先の集団に渡して、配らせるからな」
やるべきことはやった。あとは彼らの努力次第だ。少なくとも、今日よりは上手くいくだろう。
その後は、ロイスさんとイベントの内容を打ち合わせ、必要経費の大まかな計算をする。大量にメモを取り、ああでもないこうでもないと話すロイスさんの瞳には、負け犬の面影はどこにもなかった。
すっかり日が暮れ、夜空には星が輝いている。我ながらよく頑張った。早く帰ってダラダラしよう。明日から本気出す。
そして、家の扉を開けると、そこにはふてくされたテレサちゃんが居た。
「……嘘つき。晩御飯は一緒に食べるって約束したのに」
おじさん、もうちょっと頑張らないといけないらしい。スネた若い子のご機嫌のとり方……差し入れ残しとけば良かったなぁ。
理論で攻めるか、一心に謝るか。さて、どうするか?
「ごめんテレサちゃん。明日、ステマしてきてくれる?」
詰んでるときは、開き直るしかないよね。
通りかかった人に物腰低く聞いてみても、薬師ギルドのイベントなど知らないと言われる。仕方がなく周囲を探索していると、人通りが皆無な薄暗い路地裏に案内の張り紙があり、導かれてやっとたどり着いたが……。
「……あれ? まだ準備中かな」
簡素なテントが張られているが、人の姿はほとんどない。だから静かだ。とても静か。すかしっ屁もバレそうなほど静かなのだ。
こっそり会場に近づくと、テントの下には椅子が設置されて、薬師ギルドの職員と思われる人が座っている。
パーティー帽子っぽいものを被りながらも、腕を組んでうつむいている。なんだろうこのシュールな光景は……そんな連中にまぎれて、金髪の小さい女の子が居る。
「あー、ティミちゃん?」
「……はっ! ブサクロノ!!」
勢いよく椅子から立ち上がると、そのまま抱きついて顔を埋めて動かない。無理やり顔を上げさせると、まるで絶望したかのような表情を浮かべ、涙を堪えているではないか。
あぁ、止めてくれ。そんな顔をされたら、興奮しちゃうじゃないか。
「あー、ティミちゃん。ひとつ聞くけど……これ、葬式だったりする?」
「……違うの。人が来ないの。誰も来ないの」
「そんなことないさ。見渡せば客が……ひえっ」
真後ろには血の気の失せたロイスさんが立っていた。ギラギラ輝くパーティー帽子が、逆に哀愁を漂わせている。
「ようこそ。ブサクロノさん。記念すべき第一号のお客様です。下級ポーション1本を差し上げます」
「ど、どうも。これはロイスさんに必要なのでは……?」
「心の傷には効果がありません」
知ってる。栄養不足かと思って。それにしても、場の空気が最悪だな。エアリーディングマイスターの俺でも喋りにくい。
「あー、その、これの開催時間は何時からですか? 一応、昼休憩で出てきただけなんで、すぐギルドに戻らないといけないんですけど」
「……やってます。朝の8時から、やってます」
今の俺にとって、魔道具祭りがイベントの基準である。この場所は、あの会場の半分にも満たない敷地面積で、人通りは皆無と言えよう。だからイベントの第一印象は、控えめに言って大失敗だ。
「……明日もやります?」
「どうでしょう。きっと明日もこうですよ。やらなくていいんじゃないか、そんな要望を職員の多方向から聞きまして、私もそう思っていますが」
「へぇ、ティミちゃんも同じ考え?」
「つらい」
インドア派というか、寡黙な職人タイプの薬師ギルドの連中には、かなりハードルが高かったようだ。
この負け犬どもの心境は分かる。深い絶望と孤独感で満たされている。学校で『はーい、今からペア組んでー!』と、先生に言われた直後かな。
「ロイスさん、明日もやりますよね?」
「……やりたくないです」
「明日やらなかったら、薬師ギルドに嫌がらせします」
「追い打ちですか……」
ダメだこりゃ。軽口のひとつも返してくれないと。闘志なくして勝利なし。見捨てたいところだが、小人族の地位向上も目的である以上、このイベントの成功は絶対に必要だ。
「これ、差し入れです。みんなで食べてください。肉巻きおにぎりと、具が肉のおにぎりです。好きなほうをどうぞ」
「どっちも同じでは……?」
「喧嘩になっちゃいけませんからね。俺が帰ってくるまでに、ひとつでも残ってたら嫌がらせします」
「え゛っ……その、ブサクロノさんは、どちらへ……?」
見捨てられた犬みたいな表情で聞くなよ。あんただけはそんな表情をしちゃいかん。もう仮面被るの止めよう。
「早退の手続きしてくるんだよ。お前らみたいな負け犬に任せていたら、イベントが始まらん。俺が口出すから、言われた通りにやれ」
ギルドに戻ってきた俺は、ハゲに早退を打診した。それはもう、大声で。
「ぶち殺されてぇのか。初日から早退だと!? お前がナイトメアを見せびらかしたもんだから、ギルドは大混雑だ!!」
「こっちにも事情があるんだよ。俺が居なくなれば、騒ぎも収まるさ!?」
ハゲと胸ぐらをつかみ合っていると、ギルド長のお帰りだ。玉のような頭と、玉のような肌。どちらがいいかと聞かれれば、言うまでもなくギルド長がこの場の癒やしだ。
「……ハーゲル。初日から同僚と喧嘩かね。別に構わないが、やっと見つけたギルド職員を殺さないでくれよ?」
まぁ、喧嘩になったら俺死ぬよね。ここはギルド長を説得する方針で……。
「サボりたいわけじゃないですよ。これも職務の延長かと」
「……なるほど。薬師ギルドは、冒険者ギルドとも深い関わりがある。そして、そのイベントの開催のきっかけとなったのも君か」
「ブサクロノの言い分はわからんでもない。ただ、向こうを助ける前に、こっちを助けてくれよ……」
「悪いとは思うが、イベントは期間限定だ。優先順位を付けるなら、薬師ギルドの応援に行くべきだろ。その、冒険者ギルド一同よりってことにしてさ。恩を売っておけば、いつか助けてくれるかも」
「……いいだろう。ギルド職員の職務の一環として、行ってきたまえ」
さすがギルド長。話が分かる。ついでに明日は休みを貰おう。
「構わないとも。君とナイトメアが居なければ、少しは騒ぎも落ち着くだろう」
温かく送り出されたというか、厄介払いされたというか。とにかく時間は確保した。
イベント会場に戻った俺は、ロイスさん経由でスタッフを集めた。喋るのはもちろん俺である。
「はい、みんなが集まるまでに5分かかりました。普通なら30秒で集まれます」
『先生かっ!!』
気持ちの良いツッコミを貰ったので、がぜんやる気が出てくる。スーパーアドバイザークロノの演説が始まろうとしていた。
『いいかい? 優しく言うんだよ?』
分かってるさ。見ててくれよナイトメア。
「えー、君たちは負け犬です。もはや敬語を使う価値もない!!」
『軍隊式ぃ!?』
ざわめく会場。ロイスさんの抗議も雑音にかき消される。ただ、この場に居る連中には、俺は感じ悪いと思われている。それがどうした!
「今、口答えしたな? お前らは犬以下だ。犬は主人の命令に従う。よってお前らは、虫けらだ!!」
さらにざわめく会場。しかしながら、何の意味もない。
「何もせずうつむいていただけなのに、文句だけは一人前か。だが、羽音のような抗議じゃ、聞こえんなぁ。そこのお前……文句があるなら、腹の底から声を出して言ってみろ」
目が合った野郎に話を振ると、口を閉ざしてしまう。見かねてロイスさんが喋り始める。
「ブサクロノさん、私たちだってこの日のために努力しました」
「努力した? 努力した気になっていただけだろ。実際、俺が来たときはどうだった? バカみたいにパーティー帽子被って、うつむいていたな。それとも、モグラやミミズを相手に始めるつもりか?」
「ひ、人が来なければ、話しようがない」
「だったら、呼び込みの努力を怠ったことになる」
「違います。必死にやったんです。チラシも配ったし、関わりのある店に協力をあおぎ、目につくところに貼って貰いました」
当たり前のことすぎて、返答に困る。それを付け入る隙きと判断したのか、ロイスさんが畳み掛けようとする。
「人は興味のないことに、関心がないんです。だから私たちなりに知恵を出し合って、来てくれたお客さんに、優しく丁寧に語りかけることで、地道な活動を浸透させようと考えたんです。分かりましたか!?」
「興味がない人の気を引くのが宣伝だろうが。お前らが負け犬だってことは、よく分かった。そんなんじゃ100年かかっても、無理だ」
近くにあった黒板を引きずってきて、ドンと叩く。
「このイベントの目的は、薬師ギルドのイメージアップだ。それが提携した小人族の地位向上に繋がる」
要点を黒板に書くが、少しだけ小さく書く。最後尾のやつには見えないだろう。だから自然と、黒板の前に人が集まってくる。
「目的を果たすために、必要なものは!? そこのお前、答えろ」
無茶振りした相手が何かを言うが、聞こえない。よって無視する。
「人だ!! ひとりでも多くの人が必要だ!! 少なくとも、この会場を埋め尽くすほどの人と活気が必要なんだ!! 周りを見渡してみろ」
周囲を指差して、負け犬どもに現実を見せつける。
「お前らは努力したと言った。それは嘘だ! 努力=結果とはならないが、努力は結果に結びつく。よってお前らは単純に努力不足なんだ!!」
納得するものも居るし、不満そうな顔をするやつも居る。説教にも飽きてきたし、負け犬どもに餌を与えてやる頃合いか。
「努力を怠ったお前らは、負け犬だ。まず負け犬であることを認めろ。そうすれば、この会場を埋め尽くすほどの、人と活気を与えてやる。手始めに『私は負け犬です』と言え」
みんな揃って周囲を見渡す。こういうとき、頭が動かなければ始まらない。その役目は、他でもないロイスさんだ。目配せしたし、通じるだろう。
「わ、私は負け犬です……」
「よく言った。お前らは努力したのかもしれん。なぜ努力した? 同情や慰めの言葉を聞くためか? 違う、勝つためだ! 心の傷は、成功体験でしか癒せない!! 傷の舐め合いを止めて、『私たちは負け犬です』と高らかに吠えろ!!」
――わ、私たちは負け犬です。
「声が小さい。お前ら揃いも揃って、たったひとりの豚野郎に、声量で負けるのか!?」
――私たちは、負け犬です!!
「よく言った! なぜ負け犬なんだ!? そこの君、3秒で答えろ!!」
――分かりません!!
「そうだ! 勝ち方が分からない!! だから負け犬なんだ! 今から俺が勝ち方を教えてやる。犬だ、勝利の匂いを嗅ぎ分けて、食らいついて放さない犬になれ!!」
あれだけ不満たらたらだった連中が、俺を見つめている。その瞳には、生気が宿っている。軍隊式トークまじぱねぇ。
「まず宣伝の方法を叩き込む。宣伝ってのは、興味のない人の気を引くために、派手にやらないといかん! やりすぎたと思っても、まだ足りないくらいだ!」
「なるほど。我々の宣伝は、少し地味でしたね。次の機会には――」
「次だと? 何をのんきなこと言ってるんだ。今からやるんだよ!」
「しかし、派手なことをするには時間が必要です。今からではとても――」
「今できる派手なことをしたらいいじゃないか。ほれ、駒は揃ってる」
駒はもちろん薬師ギルドの職員だ。バラバラの格好だし、控えめに言って地味だ。共通点があるとすれば、汚れてもいい格好をしていることだろう。
「白いエプロンと、白い帽子。これを人数分、揃えろ。最後尾のお前ら、ダッシュで買って来い。経費で落とせ!」
男たちが駆けていく。やる気が戻ったのはプラス材料だ。時間がないことだし、次の話に移ろう。
「残ったお前らは、男女に分かれて二列に並べ。背の低いやつが前だ。今から歩き方を指導する。ちんたらするな。パシリが帰ってくるまでがタイムリミットだ。また恥をかきたいのか!」
言葉でケツを叩けば人は動く。最初の集合と比べると、及第点と言ったところだろう。
「今日のイベントは中止だ。どうせ人が来ないから、宣伝の時間に当てる。明日が本番だ。笑って明日を終えるために、全力で取り組むんだ!」
指導方法は単純だ。背筋を伸ばして、キビキビ歩かせる。そして周囲のやつらと歩調や動きを合わせる。完璧でなくともいい。
あっという間に時間が過ぎ、パシリくんが馬車とともに戻ってくる。真っ白なエプロンと、これまた真っ白な帽子。清潔感のあるいい制服となるだろう。
「今からお前らは、これを着て町を歩いて来い。日が暮れたら現地解散だ! 翌朝6時に広場に集合し、昼までまた歩いてもらう。休憩のタイミングは任せるが、必ず全員で休憩すること。休むのも派手にやれ」
軍隊式指導法。やるならとことんでしょ。まぁ、実際は音楽のないマーチングのイメージなんだけど。
ティミちゃんが先陣を切って歩き出す。何か言われるかと思ったが、振り返ることもなく広場を出て行った。おかげで後続の連中も、不満を言う暇さえない。大変よろしい。
「ロイスさんと、パシリくんたちは残って。別の打ち合わせがあるからな」
「打ち合わせですか。何をしたらいいんでしょう?」
ぶっ通しで歩かなくて済んだ。ほっとした表情を浮かべているが、ある意味でロイスさんが一番大変だろう。
「金出してくれる? 銀貨30枚くらいでいいよ」
「えぇっ!? 報酬の話ですか!?」
「必要経費だよ。歩くのはただの宣伝。集めた人の心を掴まなきゃ、意味ないでしょ? それとも、彼らの頑張りを無駄にしたいのかな?」
金の使いみちを教えると、ロイスさんはしばらく考え込み、最後には頷いた。これでいい。経営者の仕事は、金を出すことだと偉い人も言っていた。
「パシリくんたちは、今すぐ印刷所に行け。このメモを元にチラシを手配しろ。期限は明日の早朝まで。時間厳守だから多めに渡せば対応してくれるだろう。出来上がったら先の集団に渡して、配らせるからな」
やるべきことはやった。あとは彼らの努力次第だ。少なくとも、今日よりは上手くいくだろう。
その後は、ロイスさんとイベントの内容を打ち合わせ、必要経費の大まかな計算をする。大量にメモを取り、ああでもないこうでもないと話すロイスさんの瞳には、負け犬の面影はどこにもなかった。
すっかり日が暮れ、夜空には星が輝いている。我ながらよく頑張った。早く帰ってダラダラしよう。明日から本気出す。
そして、家の扉を開けると、そこにはふてくされたテレサちゃんが居た。
「……嘘つき。晩御飯は一緒に食べるって約束したのに」
おじさん、もうちょっと頑張らないといけないらしい。スネた若い子のご機嫌のとり方……差し入れ残しとけば良かったなぁ。
理論で攻めるか、一心に謝るか。さて、どうするか?
「ごめんテレサちゃん。明日、ステマしてきてくれる?」
詰んでるときは、開き直るしかないよね。
5
お気に入りに追加
150
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。


美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』



ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる