ブサイクは祝福に含まれますか? ~テイマーの神様に魔法使いにしてもらった代償~

さむお

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ギルド職員編

スーパーアドバイザークロノ死す

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 差し入れを両手に抱え、やってきたのは中央の広場。昼と夜の魔道具祭りがやっていた場所で、定期的に様々なイベントの会場として使われている。だからここかと思ったが、広場には人が居ない。


 通りかかった人に物腰低く聞いてみても、薬師ギルドのイベントなど知らないと言われる。仕方がなく周囲を探索していると、人通りが皆無な薄暗い路地裏に案内の張り紙があり、導かれてやっとたどり着いたが……。


「……あれ? まだ準備中かな」


 簡素なテントが張られているが、人の姿はほとんどない。だから静かだ。とても静か。すかしっ屁もバレそうなほど静かなのだ。


 こっそり会場に近づくと、テントの下には椅子が設置されて、薬師ギルドの職員と思われる人が座っている。


 パーティー帽子っぽいものを被りながらも、腕を組んでうつむいている。なんだろうこのシュールな光景は……そんな連中にまぎれて、金髪の小さい女の子が居る。


「あー、ティミちゃん?」

「……はっ! ブサクロノ!!」


 勢いよく椅子から立ち上がると、そのまま抱きついて顔を埋めて動かない。無理やり顔を上げさせると、まるで絶望したかのような表情を浮かべ、涙を堪えているではないか。


 あぁ、止めてくれ。そんな顔をされたら、興奮しちゃうじゃないか。


「あー、ティミちゃん。ひとつ聞くけど……これ、葬式だったりする?」

「……違うの。人が来ないの。誰も来ないの」

「そんなことないさ。見渡せば客が……ひえっ」


 真後ろには血の気の失せたロイスさんが立っていた。ギラギラ輝くパーティー帽子が、逆に哀愁を漂わせている。


「ようこそ。ブサクロノさん。記念すべき第一号のお客様です。下級ポーション1本を差し上げます」

「ど、どうも。これはロイスさんに必要なのでは……?」

「心の傷には効果がありません」


 知ってる。栄養不足かと思って。それにしても、場の空気が最悪だな。エアリーディングマイスターの俺でも喋りにくい。


「あー、その、これの開催時間は何時からですか? 一応、昼休憩で出てきただけなんで、すぐギルドに戻らないといけないんですけど」

「……やってます。朝の8時から、やってます」


 今の俺にとって、魔道具祭りがイベントの基準である。この場所は、あの会場の半分にも満たない敷地面積で、人通りは皆無と言えよう。だからイベントの第一印象は、控えめに言って大失敗だ。


「……明日もやります?」

「どうでしょう。きっと明日もこうですよ。やらなくていいんじゃないか、そんな要望を職員の多方向から聞きまして、私もそう思っていますが」

「へぇ、ティミちゃんも同じ考え?」

「つらい」


 インドア派というか、寡黙な職人タイプの薬師ギルドの連中には、かなりハードルが高かったようだ。


 この負け犬どもの心境は分かる。深い絶望と孤独感で満たされている。学校で『はーい、今からペア組んでー!』と、先生に言われた直後かな。


「ロイスさん、明日もやりますよね?」

「……やりたくないです」

「明日やらなかったら、薬師ギルドに嫌がらせします」

「追い打ちですか……」


 ダメだこりゃ。軽口のひとつも返してくれないと。闘志なくして勝利なし。見捨てたいところだが、小人族の地位向上も目的である以上、このイベントの成功は絶対に必要だ。


「これ、差し入れです。みんなで食べてください。肉巻きおにぎりと、具が肉のおにぎりです。好きなほうをどうぞ」

「どっちも同じでは……?」

「喧嘩になっちゃいけませんからね。俺が帰ってくるまでに、ひとつでも残ってたら嫌がらせします」

「え゛っ……その、ブサクロノさんは、どちらへ……?」


 見捨てられた犬みたいな表情で聞くなよ。あんただけはそんな表情をしちゃいかん。もう仮面被るの止めよう。


「早退の手続きしてくるんだよ。お前らみたいな負け犬に任せていたら、イベントが始まらん。俺が口出すから、言われた通りにやれ」



 ギルドに戻ってきた俺は、ハゲに早退を打診した。それはもう、大声で。


「ぶち殺されてぇのか。初日から早退だと!? お前がナイトメアを見せびらかしたもんだから、ギルドは大混雑だ!!」

「こっちにも事情があるんだよ。俺が居なくなれば、騒ぎも収まるさ!?」


 ハゲと胸ぐらをつかみ合っていると、ギルド長のお帰りだ。玉のような頭と、玉のような肌。どちらがいいかと聞かれれば、言うまでもなくギルド長がこの場の癒やしだ。


「……ハーゲル。初日から同僚と喧嘩かね。別に構わないが、やっと見つけたギルド職員を殺さないでくれよ?」


 まぁ、喧嘩になったら俺死ぬよね。ここはギルド長を説得する方針で……。


「サボりたいわけじゃないですよ。これも職務の延長かと」

「……なるほど。薬師ギルドは、冒険者ギルドとも深い関わりがある。そして、そのイベントの開催のきっかけとなったのも君か」

「ブサクロノの言い分はわからんでもない。ただ、向こうを助ける前に、こっちを助けてくれよ……」

「悪いとは思うが、イベントは期間限定だ。優先順位を付けるなら、薬師ギルドの応援に行くべきだろ。その、冒険者ギルド一同よりってことにしてさ。恩を売っておけば、いつか助けてくれるかも」

「……いいだろう。ギルド職員の職務の一環として、行ってきたまえ」


 さすがギルド長。話が分かる。ついでに明日は休みを貰おう。


「構わないとも。君とナイトメアが居なければ、少しは騒ぎも落ち着くだろう」


 温かく送り出されたというか、厄介払いされたというか。とにかく時間は確保した。


 イベント会場に戻った俺は、ロイスさん経由でスタッフを集めた。喋るのはもちろん俺である。


「はい、みんなが集まるまでに5分かかりました。普通なら30秒で集まれます」

『先生かっ!!』


 気持ちの良いツッコミを貰ったので、がぜんやる気が出てくる。スーパーアドバイザークロノの演説が始まろうとしていた。


『いいかい? 優しく言うんだよ?』


 分かってるさ。見ててくれよナイトメア。


「えー、君たちは負け犬です。もはや敬語を使う価値もない!!」

『軍隊式ぃ!?』


 ざわめく会場。ロイスさんの抗議も雑音にかき消される。ただ、この場に居る連中には、俺は感じ悪いと思われている。それがどうした!


「今、口答えしたな? お前らは犬以下だ。犬は主人の命令に従う。よってお前らは、虫けらだ!!」


 さらにざわめく会場。しかしながら、何の意味もない。


「何もせずうつむいていただけなのに、文句だけは一人前か。だが、羽音のような抗議じゃ、聞こえんなぁ。そこのお前……文句があるなら、腹の底から声を出して言ってみろ」


 目が合った野郎に話を振ると、口を閉ざしてしまう。見かねてロイスさんが喋り始める。


「ブサクロノさん、私たちだってこの日のために努力しました」

「努力した? 努力した気になっていただけだろ。実際、俺が来たときはどうだった? バカみたいにパーティー帽子被って、うつむいていたな。それとも、モグラやミミズを相手に始めるつもりか?」

「ひ、人が来なければ、話しようがない」

「だったら、呼び込みの努力を怠ったことになる」

「違います。必死にやったんです。チラシも配ったし、関わりのある店に協力をあおぎ、目につくところに貼って貰いました」


 当たり前のことすぎて、返答に困る。それを付け入る隙きと判断したのか、ロイスさんが畳み掛けようとする。


「人は興味のないことに、関心がないんです。だから私たちなりに知恵を出し合って、来てくれたお客さんに、優しく丁寧に語りかけることで、地道な活動を浸透させようと考えたんです。分かりましたか!?」

「興味がない人の気を引くのが宣伝だろうが。お前らが負け犬だってことは、よく分かった。そんなんじゃ100年かかっても、無理だ」


 近くにあった黒板を引きずってきて、ドンと叩く。


「このイベントの目的は、薬師ギルドのイメージアップだ。それが提携した小人族の地位向上に繋がる」


 要点を黒板に書くが、少しだけ小さく書く。最後尾のやつには見えないだろう。だから自然と、黒板の前に人が集まってくる。


「目的を果たすために、必要なものは!? そこのお前、答えろ」


 無茶振りした相手が何かを言うが、聞こえない。よって無視する。


「人だ!! ひとりでも多くの人が必要だ!! 少なくとも、この会場を埋め尽くすほどの人と活気が必要なんだ!! 周りを見渡してみろ」


 周囲を指差して、負け犬どもに現実を見せつける。


「お前らは努力したと言った。それは嘘だ! 努力=結果とはならないが、努力は結果に結びつく。よってお前らは単純に努力不足なんだ!!」


 納得するものも居るし、不満そうな顔をするやつも居る。説教にも飽きてきたし、負け犬どもに餌を与えてやる頃合いか。


「努力を怠ったお前らは、負け犬だ。まず負け犬であることを認めろ。そうすれば、この会場を埋め尽くすほどの、人と活気を与えてやる。手始めに『私は負け犬です』と言え」


 みんな揃って周囲を見渡す。こういうとき、頭が動かなければ始まらない。その役目は、他でもないロイスさんだ。目配せしたし、通じるだろう。


「わ、私は負け犬です……」

「よく言った。お前らは努力したのかもしれん。なぜ努力した? 同情や慰めの言葉を聞くためか? 違う、勝つためだ! 心の傷は、成功体験でしか癒せない!! 傷の舐め合いを止めて、『私たちは負け犬です』と高らかに吠えろ!!」


――わ、私たちは負け犬です。


「声が小さい。お前ら揃いも揃って、たったひとりの豚野郎に、声量で負けるのか!?」


――私たちは、負け犬です!!


「よく言った! なぜ負け犬なんだ!? そこの君、3秒で答えろ!!」


――分かりません!!


「そうだ! 勝ち方が分からない!! だから負け犬なんだ! 今から俺が勝ち方を教えてやる。犬だ、勝利の匂いを嗅ぎ分けて、食らいついて放さない犬になれ!!」


 あれだけ不満たらたらだった連中が、俺を見つめている。その瞳には、生気が宿っている。軍隊式トークまじぱねぇ。


「まず宣伝の方法を叩き込む。宣伝ってのは、興味のない人の気を引くために、派手にやらないといかん! やりすぎたと思っても、まだ足りないくらいだ!」

「なるほど。我々の宣伝は、少し地味でしたね。次の機会には――」

「次だと? 何をのんきなこと言ってるんだ。今からやるんだよ!」

「しかし、派手なことをするには時間が必要です。今からではとても――」

「今できる派手なことをしたらいいじゃないか。ほれ、駒は揃ってる」


 駒はもちろん薬師ギルドの職員だ。バラバラの格好だし、控えめに言って地味だ。共通点があるとすれば、汚れてもいい格好をしていることだろう。


「白いエプロンと、白い帽子。これを人数分、揃えろ。最後尾のお前ら、ダッシュで買って来い。経費で落とせ!」


 男たちが駆けていく。やる気が戻ったのはプラス材料だ。時間がないことだし、次の話に移ろう。


「残ったお前らは、男女に分かれて二列に並べ。背の低いやつが前だ。今から歩き方を指導する。ちんたらするな。パシリが帰ってくるまでがタイムリミットだ。また恥をかきたいのか!」


 言葉でケツを叩けば人は動く。最初の集合と比べると、及第点と言ったところだろう。


「今日のイベントは中止だ。どうせ人が来ないから、宣伝の時間に当てる。明日が本番だ。笑って明日を終えるために、全力で取り組むんだ!」


 指導方法は単純だ。背筋を伸ばして、キビキビ歩かせる。そして周囲のやつらと歩調や動きを合わせる。完璧でなくともいい。


 あっという間に時間が過ぎ、パシリくんが馬車とともに戻ってくる。真っ白なエプロンと、これまた真っ白な帽子。清潔感のあるいい制服となるだろう。


「今からお前らは、これを着て町を歩いて来い。日が暮れたら現地解散だ! 翌朝6時に広場に集合し、昼までまた歩いてもらう。休憩のタイミングは任せるが、必ず全員で休憩すること。休むのも派手にやれ」


 軍隊式指導法。やるならとことんでしょ。まぁ、実際は音楽のないマーチングのイメージなんだけど。


 ティミちゃんが先陣を切って歩き出す。何か言われるかと思ったが、振り返ることもなく広場を出て行った。おかげで後続の連中も、不満を言う暇さえない。大変よろしい。


「ロイスさんと、パシリくんたちは残って。別の打ち合わせがあるからな」

「打ち合わせですか。何をしたらいいんでしょう?」


 ぶっ通しで歩かなくて済んだ。ほっとした表情を浮かべているが、ある意味でロイスさんが一番大変だろう。


「金出してくれる? 銀貨30枚くらいでいいよ」

「えぇっ!? 報酬の話ですか!?」

「必要経費だよ。歩くのはただの宣伝。集めた人の心を掴まなきゃ、意味ないでしょ? それとも、彼らの頑張りを無駄にしたいのかな?」


 金の使いみちを教えると、ロイスさんはしばらく考え込み、最後には頷いた。これでいい。経営者の仕事は、金を出すことだと偉い人も言っていた。


「パシリくんたちは、今すぐ印刷所に行け。このメモを元にチラシを手配しろ。期限は明日の早朝まで。時間厳守だから多めに渡せば対応してくれるだろう。出来上がったら先の集団に渡して、配らせるからな」


 やるべきことはやった。あとは彼らの努力次第だ。少なくとも、今日よりは上手くいくだろう。


 その後は、ロイスさんとイベントの内容を打ち合わせ、必要経費の大まかな計算をする。大量にメモを取り、ああでもないこうでもないと話すロイスさんの瞳には、負け犬の面影はどこにもなかった。


 すっかり日が暮れ、夜空には星が輝いている。我ながらよく頑張った。早く帰ってダラダラしよう。明日から本気出す。


 そして、家の扉を開けると、そこにはふてくされたテレサちゃんが居た。


「……嘘つき。晩御飯は一緒に食べるって約束したのに」


 おじさん、もうちょっと頑張らないといけないらしい。スネた若い子のご機嫌のとり方……差し入れ残しとけば良かったなぁ。


 理論で攻めるか、一心に謝るか。さて、どうするか?


「ごめんテレサちゃん。明日、ステマしてきてくれる?」


 詰んでるときは、開き直るしかないよね。
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