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ギルド職員編

下敷きになってクロノ死す

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「ふむ……君から借り受けたマナポーションだ。いいだろう。やってみよう」


 ギルド長は一瞬だけ不服そうな顔をしながらも、スキルを使う。俺の予想が正しければ、戦況が一変するはずだ。


 竜巻がひとつなら避けるのは難しくない。複数で囲むことで真価を発揮するはず。威力は低いらしいが、当たれば脅威だろう。だって今、空で血の花が咲いたし。


 空が騒がしくなる。すぐにガーゴイルの大群がパニックを起こす。


 強風に加えて、仲間たちが不規則に飛び交う。ときに衝突し、仲違いも起こす。喧嘩に気を取られれば、竜巻に刻まれるか、吹き飛ばされる。そして、被害を受けたガーゴイルは、決まって墜落するのだ。


「ハゲ、いつまで落ち込んでんだ。出番だぞ!」

「お、おぉ……雑魚どもが墜ちていく……」

「これなら俺たちでもしばける。賑やかしと戦闘、どっちがいい……おい、聞いてんのかハゲ?」

「みみみみみみみみみみ皆殺しだぁぁぁっ!!」


 ハゲの姿が消える。その場に残ったのは、陥没した地面だ。不気味な悲鳴の方角を見れば、墜落したガーゴイルが、双斧を振り回すハゲにバラバラにされている。


 よほど鬱憤が溜まっていたのだろうが、その戦いはまさに鬼神。地形をぐちゃぐちゃにしながら討伐していくではないか……。


「ハゲ怖っわ……」

「あの様子なら単独で殲滅するだろう。君はどうするのかね?」

「俺も賑やかしするつもりはないんで。巻き込まれない程度に戦いますよ。【ウィスパー】【エンチャント・ダークネス】」


 ギルド長にマナポーションを渡したので、ダークネスは使えない。ここはマナを消費しないスキル化がドンピシャである。


 闇の力を纏ったルーティンソードには惚れ惚れしちゃうね。頬ずりしたいくらいだ。そんなことをしたら顔が消し飛ぶからやらないけど。


「ブサクロノくん……それは一体……?」

「秘密です。そんじゃ、雑魚なりに戦って来ます」


 ギルド長が何か言っていた気もするが、すでに駆け出した身。最大90分しか使えないのだから、わざわざ戻って話す時間はないのだ。


 墜落したガーゴイルに黒衣の刃を振り下ろす。相手は両爪でガードを図るが、闇のルーティンソードは爪を切り裂き、本体も真っ二つにした。


 さすがは俺の近接最強スキル。力は必要ない。自然な動作で添えるだけ。Dランクの魔物であっても、豆腐と大差がないではないか。


「よし、いけるな。ハゲに煽られない程度に頑張るか!」

「ブサクロノくん! あまり竜巻に近づかないでくれ。巻き込まれたら後味が悪いのでね」


 心配ご無用である。戦闘がてらに遠くから観察して、竜巻の特性を見抜いた。


 竜巻は、上空にいくほど大きくなっている。地上付近は細く弱々しい。それなりに強風が吹き荒れているものの、体が浮くことはない。


 ハゲは完全武装で、見た目通りの重量だ。俺は金属の代わりに、脂肪を装備している。重量級の俺たちが巻き込まれることはない。


 一方で、ガーゴイルは飛行能力に制限がかかる。ジャンプ程度なら問題ないが、剣の間合いから離れようとすると、風に煽られて満足に飛べない。


 竜巻という追い風を得た俺たちに死角なし。クククッ、正々堂々と勝負してもらおうじゃあないかぁ!


「相手をよく見て、剣を振るだけ!」


 突き出された恐ろしい爪を、ルーティンソードで弾く。攻撃を防ぐと同時に、爪切りしてやった。いかした呼び方をするなら、武器破壊が完了した。


 格上の相手を次々と葬っていく。こいつらは死肉を飾る悪趣味なクズ野郎なので、良心が痛むこともない。地獄で反省しろ。


「ブサクロノくん! もういいだろう。あとはハーゲルにまかせて戻って来てはどうかね!?」

「いやいや、まだいけますって」

「し、しかしだな……」


 ギルド長がちらちらと俺を見てくる。おいおい、このリアクションはあれか。俺に惚れちまったか?


 何をバカな。常人ならそう思うだろう。しかし、俺の功績を改めて確認してみよう。


 ガーゴイルを一匹も通してはいけない。条件付きの防衛戦で、アタッカー不足とマナ不足という絶望的な状況を、機転を利かせて覆したのだ。


『キミが追いすがってでも止める、なんて言わなければ誰も困らなかったよ』


 まさに天才。スタンディングオベーション待ったなし。かの有名な孔明の背中も見えたのではないか。


『その背中は、望遠鏡で見たのかな?』


 しかし、俺はオフィスラブに興味はない。あとが面倒だから。でもギルド長は恩人だし、無碍に扱うわけにもいかない。いやはや、モテる男は辛い。


「戻ってこいと言われても、叩けるときに叩くのが基本でしょう。でも、ギルド長がどうしてもというなら、下がりますよ」

「今すぐ戻ってきて欲しい。その剣を早く見せてくれ!」


 知ってた。ギルド長は学者肌だから……。


 目を輝かせてそわそわしているギルド長に、闇のルーティンソードを渡す。隅々まで凝視したあと、少し鼻息荒く問いかけてくる。


「この黒い刃に触れてみても?」

「たぶん手首ごと消し飛びますよ」

「おぉ! なんと恐ろしい!」


 言葉とは対照的に、空に掲げて眺めている。この人ってあれだな、魔剣とか刀とか持たせたら試し切りしたくなるタイプだろう。怖いのはこっちだよ。


「満足したなら返してくださいよ。まだガーゴイル残ってるんですから」

「ハーゲルに任せたまえ。そんなことより、スキル名を教えてはくれないか?」

「内緒です。俺の生命線なんで」

「夜鷹なら壊滅したではないか。君を狙うものなど居ないはずだが?」

「何かと喧嘩を売られるタチですから。用心するに越したことはないですよ。生きる。それすなわち?」

「凶事への備え。しかし、知識を共有することも大事だぞ? 少なくとも私には話すべきだろう」


 やだこの人。めっちゃ食い下がってくる……。NOとは言えない日本人。だがしかし、今の俺は異世界人だ。よって断れるのである。


「教えてくれたら、試験は無条件で合格としよう」

「スキル名は言えませんが、剣にダークネスを纏うスキルです。威力はご覧の通りです」


 別にギルド職員になりたいわけじゃない。本当だよ。このギルド長は学者肌だが、不正に手を染めるようなことはしないと見ている。俺の合格はすでに決まっている。だからこそ軽々しく条件として言えるのだ……たぶん。


 そうなると、上司のご機嫌を取るのも大事だ。隙あらば質問されたら面倒で仕方ない。一応、盾にもエンチャントできることは伏せている。


「なるほど。君が戦士の装備をしている理由が分かったよ。独創的で驚異的な可能性を秘めている。【星の記憶】は、君に相応しいスキルだね」


 美人には褒められるより野次られたい。ままならないものである。


 話を切り上げて、ガーゴイル殲滅に戻ろうとしたら、ハゲが戻ってきた。周囲はボコボコのグチャグチャだが、ハゲは満足そうである……。


「スカっとしたぜ……うぉぅ!? その武器は何だ!?」


 ハゲまで食いついてくる。面倒だから無視したら、ギルド長が早口で説明し始めた。口が堅いと思ってたけど、学者肌だから仕方ないね。


「俺の斧とどっちが堅いか比べようぜ!」

「やだよ。剣が折れたらどうすんだ。偏屈な爺から勝ち取った名剣なんだぞ」

「折れたら俺から頼んでまた作ってもらうからよ。なっ?」

「私からも口添えするとも。金も出そう」


 全力で拒否するも、ハゲが食い下がる。ギルド長までハゲの肩をもつ。もうパワハラである。それを物ともしない図太さをもつ俺には関係ないが。


「ブサクロノくん、少し冷静に考えてみたまえ。ハーゲルの斧は業物だ。なにせ聖遺物だからね。比べられる機会など滅多にないのだぞ?」

「……まじで? ハゲ、詳しく」


 現役時代に未解明の遺跡に潜ったとき、最下層で両斧と防具を見つけたらしい。それが装備しているオリハルコンの装備だとか。ヘルムほどではないが、高純度かつ属性武器だとかで……。


「属性武器が何かって? 試してみるしかねぇよな?」

「剣は私が持とう。万が一ということがあるのでね。さぁ、ハーゲル。ほどほどに頼むよ」


 双斧を持ったハゲと、ダークネスを纏った剣を持つギルド長が向き合う。そして、両者の武器がぶつかり合う。


 お馴染みの黒い稲妻は、ダークネスのもの。ハゲの斧からは、青い稲妻が走る。なるほど。よく考えれば、どちらも属性武器ってことになる。


 打ち合いを終えたギルド長は、剣を掲げて叫ぶ。ハゲも唸る。


「素晴らしい! 革命と言っても過言ではない!」

「……凄まじいな。お前が化物に出会っても、生き残れる理由が分かったぜ」


 内心は折れるんじゃないかとヒヤヒヤしたが、俺の愛剣は健在である。この戦いが終わったら、ピカピカに磨いてやろう。


「分かり合ってるところすまん。具体的に何がすげーの? いやね、凄いのは分かるよ。強いしカッコイイし」


 俺の問いかけに、ふたりは口を半開きにした。呆れられても困る。だって俺、属性武器なんて知らないし……。


「君のスキルはね、属性武器にするスキルではない。君が言う通り、ダークネスを纏うスキルなんだ。それゆえに、異なる特性を得ている」

「俺は戦士。ギルド長は精霊弓士。ステータスが全然違うわけよ。斧と剣が打ち合えば、まず間違いなく剣が折れる。それなのに、武器は健在で、ギルド長の体勢すら崩れてない」


 そりゃそうだろう。だってダークネスは力の塊なんだから。一流の冒険者の常識が分からないもんだから、なんとも返答に困る。さっさと教えてくれ。


 属性武器とは何か? 属性による威力上昇と、その特性を持つ。雷なら斬った相手を痺れさせ、炎なら火傷させる。イメージ通りの内容だった。


 重要な点として、属性武器なら、魔術スキルを使えない戦士が、マナを消費せず、その力を使えるのだから、戦士としては垂涎の逸品らしい。


「君のスキルは、ダークネスの特性によって、威力上昇のみならず、衝撃を殺し、跳ね返す力があるのだよ。普通なら、私の持っていた剣は吹き飛ばされていただろうね」

「ハゲならお金貯めて、闇の属性武器を買えばいいんじゃないか?」

「属性武器は例外なく聖遺物だ。高すぎて買えねぇよ。それに、闇の属性武器は存在しねぇ。もしあったら、盗みや闇討ち程度じゃ済まない。戦争になるな」


 ハゲいわく、属性武器を持っているから強いのではなく、強いから属性武器を持っていられるらしい。雑魚が持つとすぐ盗まれてしまうそうだ。夜鷹に絡まれた俺には、見に覚えがありすぎる。


「うむ。力量差を跳ね返す力。奇跡としか言いようがない」


 あれだけバカにされていたダークネスが褒められると、お父さんも鼻が高いよ。ダークネス……お前は俺の誇りさ。


「ブサクロノ……もしお前が望むなら――」


 空が灰色に染まる。またしても遠くからガーゴイルの大群がやってきた。


「ハーゲル、その話は後日にしよう。ガーゴイルの群れの対処が先だ。先ほどと同じ戦法で構わないね?」


 対処法が確立した今では、ガーゴイルに恐怖を感じない。立ち並ぶ竜巻が群れを乱し、墜落したガーゴイルを俺とハゲで処理していく。


 もう楽勝である。俺たち最強……余裕をぶっこいていたが、ある問題が発生した。


「はぁはぁ……ハゲ……いつまで戦うんだ……?」

「……知るか。あいつらが終わるまでだ。疲れたなら休んでろ」

「中級マナポーションの残りも僅かだ。早急に決着を付けて欲しいものだね」


 群れの対処は楽勝だった。ただ、倒してもキリがない。真夜中になっても戦闘は続き、朝日を拝んでも戦闘が発生する。まさかここまで長引くものだとは思っていなかった……。


「さ、さすがに眠いぞ……ハゲ、何か面白いこと言え」

「うるせぇ……悪魔ってやっぱクソだわ……」

「息抜きも……度が過ぎると激務だね……」


 すでにエンチャント・ダークネスは使い切った。鉛のように重い体で、ガーゴイルと戦う。ハゲやギルド長の助けによって、どうにか戦えている状態だった。


 眠気を吹き飛ばしたのは、塔から響いた身の毛もよだつ咆哮だ。様子こそ見えないものの、佳境を迎えているようだ。死力を振り絞り、早く勝ってくれ……。


 俺の祈りのあとに訪れたのは、大きな亀裂音だ。ハゲの鎧は健在だし、俺のパンツも破れてない。周囲を見渡して、やっと分かった。


 そびえ立つ魔術師の塔に、縦に大きな亀裂が走っている。そしていくつにも枝分かれして、欠片が落ちてくる……。


「と、塔が……崩れるぞぉぉぉぉっ!?」


 一目散に逃げ出そうとして、なぜだか振り返ってしまった。俺の視界に映ったのは、逃げ遅れたギルド長の姿だった。


 放っておけない。俺は来た道を戻り、ギルド長を助けようとしたが、姿がどこにもない!?


「ブサクロノくん! 早く逃げたまえ!!」


 探していたギルド長は、いつの間にか背後に居て、避難を済ませているではないか。安心した俺も逃げようとしたが、塔が傾き、倒れてきた。


「あぁ……こりゃ、間に合わんな」


 その言葉とともに、俺は崩れてきた塔に押し潰された……。
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