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ギルド職員編
弱すぎてクロノ死す
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静かな森を歩く。ハゲを先頭に、俺とギルド長が続く。その後ろに深緑の翼のクソどもが居る。しんがりは護衛のおっさんである。
この布陣には欠点がある。なぜ俺がハゲのケツを見なきゃならんのか。思い切って提案することにした。
「ギルド長、少し下がってもいいですか?」
「ブサクロノくんは、後方支援に適したスキルを持っているのかね?」
ご自慢のダークネスは、弾速が亀の如し。フラッシュだとハゲの頭で反射して、パーティー全員が盲目状態になるだろう。流石に冗談だが。
俺は近接職として計算されているのか。別にいいけど……いや、どうせならギルド長のお尻を見たかった。
「ブサクロノくん、何か変わったことはないかね?」
「景色に変化はないです。ただ、あまりに静かな気がします」
「……そうか。急ぐとしよう」
クソ雑魚しか居ない森に、フロントデーモンが現れたら普通は逃げる。静かなのは当然と言える。しかし、ギルド長の指示に従い、討伐隊は歩みを早めることになった。
遠くで風の音……羽ばたきのような音がする。ハゲもさり気なく背負った双斧を抜いているし、ギルド長も矢を取り出している。出遅れた俺の索敵能力の低さが露見する。手遅れじゃないならセーフだ。
音の正体を目視で捉えた。そいつは空を飛ぶ石像。灰色の硬質な体で、力強く羽ばたき向かってくるガーゴイル。
「ガーゴイルか。いい機会だ。闇の魔術師の力を見せてくれ」
ギルド長が弓を放つ直前で、後方から待ったがかかる。忌々しいアレックスとかいうボケナスである。もちろん無視する。
「おい! 聞いてんのかオーク。あのガーゴイルをソロで倒せよ」
名指しされては反応せざるを得ない。名前じゃねーけど。名乗る気もないし。ギルド長を横目で見るが、ボケナスは察してくれないので仕方ない。
「勝手な行動はできない。俺はギルド長の指示に従う。倒せと言われれば、倒す」
「……ブサクロノくん、やってくれるか。実を言うと君の戦い方を、私も見たかったのでね」
すっかり忘れていたが、このギルド長は冷静なふりをして学者肌だ。知的好奇心を抑えられない。もうすっかり観戦ムードである。
「分かりました。やります。ただ、最初に約束してください。何があっても、絶対に手出しをしないでくださいね」
「約束しよう。他の者も従ってくれ」
「前置きはいいからさっさとやれよ」
俺がやる気を出したところに、アレックスの呟きが水を差す。このパーティーがほぼ一列に進んでいなければ、立ち回りを工夫して、アレックスに流れ弾を直撃させることに全神経を使うのに。やはりこの布陣は問題ばかりだな。
「まぁ、見ててくださいよ」
ガーゴイル。Dランクの魔物だ。アルバ周辺には滅多に出ない。カテゴリーは下級悪魔。飛行能力を持った動く石像で、地上では二足歩行となる。防御力は見た目通り。長く鋭い爪と、魔術スキルを使うらしい。
悪魔の強さはピンきりだが、共通する性質がある。それは、極めて残忍……これまで戦ってきた魔物より強い。まずは集中だ。
ルーティンソードを抜き、カイトシールドを持つ。ハゲと入れ替わる形で前に出て、そのまま走る。
先制攻撃を試みるが、上空に浮き上がって躱される。舞い上がった砂埃が目に入り、視界が奪われる……!
目を拭うと同時に、背中に鋭い痛みが走る。長く鋭い爪で背中を切られた。この程度の痛みなら慣れている。ヒールを使うまでもない。
「この……くそ……降りてこい……っ」
剣士の戦闘スタイルをしている以上、どうしてもリーチという弱点がある。ガーゴイルが飛んでいる限り、こちらの攻撃は当たらない。作戦変更だ。
懲りずに砂埃にやられ視界を遮られる。また背中を斬られる。反撃の開始だ。
「ひぃ……あっ、あぁ……っ」
尻もちを付き、敵を見上げる。すると、ガーゴイルがニヤリと笑った気がした。俺は立ち上がることもせず、座り込んだままだ。
ガーゴイルは初めて地面に降りてきて、ゆっくりと歩く。その歩みに合わせて、俺は腰を抜かしたまま後ずさりをする……。
「や、止めろ……く、来るなぁ……っ!」
ガーゴイルは怪しい笑みを深め、弄ぶように一歩を踏み出す。俺はただ後ずさる。こいつは臆病で弱い俺の反応を楽しんでいる。残忍な性格に偽りはない。
あと一歩で長い爪が俺に届く。しかし現実は、ガーゴイルが沼に沈む。俺が最初から用意していたナイトスワンプ。設置型の罠に見事にハマった。
生物が最も油断する瞬間……それは、勝ちを確信したとき。喜びと興奮で、思考が著しく鈍くなる!
「バカが……っ! 【ダークネス】」
状況を理解できずにもがくガーゴイル。俺はその隙を見逃さず、立ち上がって一気に距離を詰める。固く冷たい頭を掴み、ダークネスをお見舞いする。
俺は性格がいい。だから命を弄ぶことはしない。生物の弱点である頭を、一瞬にして一撃で消し飛ばした。
「……ふぅ、ざっとこんなもんですよ」
ハゲは意外そうな顔だ。ギルド長はしきりに頷く。深緑の翼の連中は、納得してないようだ。
「……みっともねぇ」
アレックスはそう呟いたあと、口を閉ざして視線を切った。次に口を開いたのは、寡黙そうな重騎士のガルシアだ。
「冒険者は、市民の生命と財産を守る。ときに背中に市民を抱えて、魔物と対峙することもある。今のような見苦しい姿では安心できん」
「仮定の話なんて不毛だろ。深緑の翼のメンバーが、か弱い市民だって言うなら、そいつはすまなかったな」
「……貴様は、恥というものを知るべきだ」
「……知ってるよ。誰よりもな」
「ならば、なぜそのような見苦しい立ち振舞をする? 貴様も冒険者なら、強くなる努力をするべきだ。あのような奇をてらう戦法に逃げるな」
言い分はご尤も。ただし、クソみたいに軽い言葉だ。本質を理解していない。
「御高説の途中で恐縮だが、あんたらが俺を戦わせた目的は、背中を任せるに値するか確かめたかったんだろ? だったら、何が不満なんだ?」
「今の無様な姿で、信頼しろと?」
「あんたらが戦いに集中できるように、追いすがってでも止めてやるって言ってんだ。それとも、堂々とした立ち振舞いなら、魔物を見て見ぬふりしてもいいのか?」
「口の減らないやつだ。貴様は信用できん!」
一気に険悪ムードである。音楽性の違いで解散はよくあること。気にしてたらキリがない。
「ふーん? ガルシア抜けるってよ」
「なぜそうなる! 貴様というやつは――」
「ははぁーん? さてはお前、怖いんだろ。フロントデーモンは強いらしいからなぁ。後方警戒に気を取られて、戦いに集中できなかった。敗走したときの理由作りか。ご苦労さまでっす!」
手首をくるくる回して、負け犬に敬礼!!
ガルシアが顔を真っ赤にして、血管を浮き上がらせ歩み寄ってくる。見かねたハゲが、ガルシアを羽交い締めにして、この場を収めようとする。俺はそのチャンスを見逃さず、爽やかに中指を立てた。
「両者とも落ち着きたまえ。ブサクロノくんは諸君らに言われた通り、ガーゴイルと単独で戦い、討伐した。それが結果だ!」
やーい。怒られてやんのー。ばーかばーか。
「ブサクロノくん、君も言葉がすぎる。もう少し穏便に話を進める努力をしたまえ!」
「申し訳ありません! 以後、気を付けます!」
場が少しだけ静かになる。続けてギルド長が口を開く……。
「ブサクロノくんの戦法は、お世辞にも褒められるものではない。しかし、初見でありながら、蓄えた知識を元に悪魔の性格を逆手に取った。最低限の行動で討伐した。それは称賛に値すると私は考える」
「ぐっ……それは……その通りだが――」
「私とハーゲルも、諸君らのサポートに徹する。各々のベストを尽くせ。仲違いをしている場合ではない」
流石はギルド長だ。視野が広い。ギスギスした空気は変わらないが、ひとまず落ち着いた。ギルド長のリーダーシップに脱帽であった。
その後は誰もが口を閉ざしながら、ただひたすらに歩く。どこか見慣れた景色……魔術師の塔の近くに来ている。
森の隙間を縫って、熱風と異臭が鼻に届く。まるで何かが腐ったような……。
「ギルド長、何か臭いませんか?」
「心せよ。書物に記された一面の本質。もうすぐ目の当たりにするだろう」
歩くほどに異臭が濃くなる。そして、見慣れぬ塔が現れた。赤と黒と白……血肉と骨がへばりついた魔術師の塔だった。
「なんだ……これは……っ」
「悪魔は極めて残虐だ。周囲の生物を皆殺しにして、死体を積み上げる。その悲鳴と臭いが下級悪魔を呼び、時間の経過に比例して、この信じがたい光景が加速する」
残虐……? 悪趣味なんてもんじゃない。自分の根城に獲物の死体を飾っている。湧き上がるのは激しい嫌悪感。分かりあえない。悟るのに時間はかからなかった。
「深緑の翼の諸君……ここからは別行動だ。役目を果たせ」
深緑の翼のメンバーが、肉の塔に入っていく。護衛のおっさんも続く。どうやら露払い担当らしい。
アルバ組みは塔の周囲を警戒しているが、身構えた割りには魔物の姿はなかった。
「このまま何も来ないといいですね」
「安心したまえ。それは絶対にない」
前半からの後半の落差が酷い。落ち込んでいると、ギルド長とハゲは悪趣味な塔を見上げた。
「ふむ。ブサクロノくんが開けた穴はあれかね?」
「おうおう、まじで穴が開いてるな。いや、すげーな。俺が全力で一回殴っても壊れなかったのによ」
「ハゲの武器が業物でも、構えて、引いて、打ち込む。真価を発揮するには、動作と距離が必要になる。ダークネスはゼロ距離が最強で、連発できて、メンテナンスフリー。今日からハゲもダークネス教に入信しろ」
「無茶言うなよ。お前に戦士の真似事ができても、俺に魔術師の真似事はできねーよ」
ふたりの視線の先を見る。件の壁の穴は、俺の記憶よりはるかに大きい。つまり、フロントデーモンは俺が開けた穴を拡張して、ここから出たのではないだろうか……?
「いや、逃走の可能性は低い。肉の塔は、悪魔の住処の象徴なのだよ」
「常識だな。お前ってやっぱり変なところ知らないよなぁ」
魔物の知識は書庫頼みだ。会ったことのない魔物なんて、詳しくなくて当然だと思うが……。
「それにしても、さっきは驚いたぜ。あんな方法でガーゴイルを倒すとはな。イカレてる。あぁ、褒めてるからな?」
「うむうむ、私も同感だ。迫真の演技だったな!」
「俺なんてギルド長が止めなかったら、助けに割って入るところだった」
弱っちい俺が、弱体化までした状態。いわば大概の魔物は、格上である。演技でも何でもない。普通に怖かった。だが、ゴブリンに逃げたときとは違う。
勝機が見えた瞬間に、体が嘘みたいに動く。経験を重ね、恐怖に慣れた。いや、立ち直るコツを覚えたのだろう。それはさておき……。
塔の中から魔物の断末魔や、衝撃音が聞こえる。それなのに俺たちはのんびりお話しているわけで、流石にマズイんじゃないの。
「あのー、ギルド長。俺たち、のんびり話してていいんですか?」
「我々は待機だ。その間に何をしようと自由ではないかね? 同僚と交流を深める時間として、有効活用したまでさ」
「そうそう、待ってりゃ来るからな。しんどいなら鼻つまんでおけ」
鼻はとっくの昔にバカになっている。ふたりはこの異常な状況でも、リラックスしているように見える。場数が違うのだろうか。
「そんじゃ、打ち合わせすっか。俺が地上担当で、ギルド長が上空担当。ブサクロノは入り口周辺で待機。撃ち漏らしや、侵入者を排除。こんなもんだろ」
「最善だな。とはいえ、ブサクロノくんの能力は未知数。いつでも助けを求めてくれて構わないからね」
ぼけーっとしてたら打ち合わせが始まって、速攻で終わった。いまいち乗り切れずにいると、羽ばたく音が聞こえる……。
木々の隙間から覗く青空が、灰色に覆われていた。それは、ガーゴイルの群れだった……。
「ねぇ、ハゲ。あれ多くない?」
「うん、まぁ……ちょっとだけな」
「ブサクロノくん、本当に遠距離攻撃の手段はないのかね? あれを私ひとりで処理するとなると……かなりの撃ち漏らしが出るぞ?」
これから起こるであろう戦闘の光景を予想して、互いに顔を見合わせた。
この布陣には欠点がある。なぜ俺がハゲのケツを見なきゃならんのか。思い切って提案することにした。
「ギルド長、少し下がってもいいですか?」
「ブサクロノくんは、後方支援に適したスキルを持っているのかね?」
ご自慢のダークネスは、弾速が亀の如し。フラッシュだとハゲの頭で反射して、パーティー全員が盲目状態になるだろう。流石に冗談だが。
俺は近接職として計算されているのか。別にいいけど……いや、どうせならギルド長のお尻を見たかった。
「ブサクロノくん、何か変わったことはないかね?」
「景色に変化はないです。ただ、あまりに静かな気がします」
「……そうか。急ぐとしよう」
クソ雑魚しか居ない森に、フロントデーモンが現れたら普通は逃げる。静かなのは当然と言える。しかし、ギルド長の指示に従い、討伐隊は歩みを早めることになった。
遠くで風の音……羽ばたきのような音がする。ハゲもさり気なく背負った双斧を抜いているし、ギルド長も矢を取り出している。出遅れた俺の索敵能力の低さが露見する。手遅れじゃないならセーフだ。
音の正体を目視で捉えた。そいつは空を飛ぶ石像。灰色の硬質な体で、力強く羽ばたき向かってくるガーゴイル。
「ガーゴイルか。いい機会だ。闇の魔術師の力を見せてくれ」
ギルド長が弓を放つ直前で、後方から待ったがかかる。忌々しいアレックスとかいうボケナスである。もちろん無視する。
「おい! 聞いてんのかオーク。あのガーゴイルをソロで倒せよ」
名指しされては反応せざるを得ない。名前じゃねーけど。名乗る気もないし。ギルド長を横目で見るが、ボケナスは察してくれないので仕方ない。
「勝手な行動はできない。俺はギルド長の指示に従う。倒せと言われれば、倒す」
「……ブサクロノくん、やってくれるか。実を言うと君の戦い方を、私も見たかったのでね」
すっかり忘れていたが、このギルド長は冷静なふりをして学者肌だ。知的好奇心を抑えられない。もうすっかり観戦ムードである。
「分かりました。やります。ただ、最初に約束してください。何があっても、絶対に手出しをしないでくださいね」
「約束しよう。他の者も従ってくれ」
「前置きはいいからさっさとやれよ」
俺がやる気を出したところに、アレックスの呟きが水を差す。このパーティーがほぼ一列に進んでいなければ、立ち回りを工夫して、アレックスに流れ弾を直撃させることに全神経を使うのに。やはりこの布陣は問題ばかりだな。
「まぁ、見ててくださいよ」
ガーゴイル。Dランクの魔物だ。アルバ周辺には滅多に出ない。カテゴリーは下級悪魔。飛行能力を持った動く石像で、地上では二足歩行となる。防御力は見た目通り。長く鋭い爪と、魔術スキルを使うらしい。
悪魔の強さはピンきりだが、共通する性質がある。それは、極めて残忍……これまで戦ってきた魔物より強い。まずは集中だ。
ルーティンソードを抜き、カイトシールドを持つ。ハゲと入れ替わる形で前に出て、そのまま走る。
先制攻撃を試みるが、上空に浮き上がって躱される。舞い上がった砂埃が目に入り、視界が奪われる……!
目を拭うと同時に、背中に鋭い痛みが走る。長く鋭い爪で背中を切られた。この程度の痛みなら慣れている。ヒールを使うまでもない。
「この……くそ……降りてこい……っ」
剣士の戦闘スタイルをしている以上、どうしてもリーチという弱点がある。ガーゴイルが飛んでいる限り、こちらの攻撃は当たらない。作戦変更だ。
懲りずに砂埃にやられ視界を遮られる。また背中を斬られる。反撃の開始だ。
「ひぃ……あっ、あぁ……っ」
尻もちを付き、敵を見上げる。すると、ガーゴイルがニヤリと笑った気がした。俺は立ち上がることもせず、座り込んだままだ。
ガーゴイルは初めて地面に降りてきて、ゆっくりと歩く。その歩みに合わせて、俺は腰を抜かしたまま後ずさりをする……。
「や、止めろ……く、来るなぁ……っ!」
ガーゴイルは怪しい笑みを深め、弄ぶように一歩を踏み出す。俺はただ後ずさる。こいつは臆病で弱い俺の反応を楽しんでいる。残忍な性格に偽りはない。
あと一歩で長い爪が俺に届く。しかし現実は、ガーゴイルが沼に沈む。俺が最初から用意していたナイトスワンプ。設置型の罠に見事にハマった。
生物が最も油断する瞬間……それは、勝ちを確信したとき。喜びと興奮で、思考が著しく鈍くなる!
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「……みっともねぇ」
アレックスはそう呟いたあと、口を閉ざして視線を切った。次に口を開いたのは、寡黙そうな重騎士のガルシアだ。
「冒険者は、市民の生命と財産を守る。ときに背中に市民を抱えて、魔物と対峙することもある。今のような見苦しい姿では安心できん」
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「……貴様は、恥というものを知るべきだ」
「……知ってるよ。誰よりもな」
「ならば、なぜそのような見苦しい立ち振舞をする? 貴様も冒険者なら、強くなる努力をするべきだ。あのような奇をてらう戦法に逃げるな」
言い分はご尤も。ただし、クソみたいに軽い言葉だ。本質を理解していない。
「御高説の途中で恐縮だが、あんたらが俺を戦わせた目的は、背中を任せるに値するか確かめたかったんだろ? だったら、何が不満なんだ?」
「今の無様な姿で、信頼しろと?」
「あんたらが戦いに集中できるように、追いすがってでも止めてやるって言ってんだ。それとも、堂々とした立ち振舞いなら、魔物を見て見ぬふりしてもいいのか?」
「口の減らないやつだ。貴様は信用できん!」
一気に険悪ムードである。音楽性の違いで解散はよくあること。気にしてたらキリがない。
「ふーん? ガルシア抜けるってよ」
「なぜそうなる! 貴様というやつは――」
「ははぁーん? さてはお前、怖いんだろ。フロントデーモンは強いらしいからなぁ。後方警戒に気を取られて、戦いに集中できなかった。敗走したときの理由作りか。ご苦労さまでっす!」
手首をくるくる回して、負け犬に敬礼!!
ガルシアが顔を真っ赤にして、血管を浮き上がらせ歩み寄ってくる。見かねたハゲが、ガルシアを羽交い締めにして、この場を収めようとする。俺はそのチャンスを見逃さず、爽やかに中指を立てた。
「両者とも落ち着きたまえ。ブサクロノくんは諸君らに言われた通り、ガーゴイルと単独で戦い、討伐した。それが結果だ!」
やーい。怒られてやんのー。ばーかばーか。
「ブサクロノくん、君も言葉がすぎる。もう少し穏便に話を進める努力をしたまえ!」
「申し訳ありません! 以後、気を付けます!」
場が少しだけ静かになる。続けてギルド長が口を開く……。
「ブサクロノくんの戦法は、お世辞にも褒められるものではない。しかし、初見でありながら、蓄えた知識を元に悪魔の性格を逆手に取った。最低限の行動で討伐した。それは称賛に値すると私は考える」
「ぐっ……それは……その通りだが――」
「私とハーゲルも、諸君らのサポートに徹する。各々のベストを尽くせ。仲違いをしている場合ではない」
流石はギルド長だ。視野が広い。ギスギスした空気は変わらないが、ひとまず落ち着いた。ギルド長のリーダーシップに脱帽であった。
その後は誰もが口を閉ざしながら、ただひたすらに歩く。どこか見慣れた景色……魔術師の塔の近くに来ている。
森の隙間を縫って、熱風と異臭が鼻に届く。まるで何かが腐ったような……。
「ギルド長、何か臭いませんか?」
「心せよ。書物に記された一面の本質。もうすぐ目の当たりにするだろう」
歩くほどに異臭が濃くなる。そして、見慣れぬ塔が現れた。赤と黒と白……血肉と骨がへばりついた魔術師の塔だった。
「なんだ……これは……っ」
「悪魔は極めて残虐だ。周囲の生物を皆殺しにして、死体を積み上げる。その悲鳴と臭いが下級悪魔を呼び、時間の経過に比例して、この信じがたい光景が加速する」
残虐……? 悪趣味なんてもんじゃない。自分の根城に獲物の死体を飾っている。湧き上がるのは激しい嫌悪感。分かりあえない。悟るのに時間はかからなかった。
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アルバ組みは塔の周囲を警戒しているが、身構えた割りには魔物の姿はなかった。
「このまま何も来ないといいですね」
「安心したまえ。それは絶対にない」
前半からの後半の落差が酷い。落ち込んでいると、ギルド長とハゲは悪趣味な塔を見上げた。
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「無茶言うなよ。お前に戦士の真似事ができても、俺に魔術師の真似事はできねーよ」
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「いや、逃走の可能性は低い。肉の塔は、悪魔の住処の象徴なのだよ」
「常識だな。お前ってやっぱり変なところ知らないよなぁ」
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「それにしても、さっきは驚いたぜ。あんな方法でガーゴイルを倒すとはな。イカレてる。あぁ、褒めてるからな?」
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勝機が見えた瞬間に、体が嘘みたいに動く。経験を重ね、恐怖に慣れた。いや、立ち直るコツを覚えたのだろう。それはさておき……。
塔の中から魔物の断末魔や、衝撃音が聞こえる。それなのに俺たちはのんびりお話しているわけで、流石にマズイんじゃないの。
「あのー、ギルド長。俺たち、のんびり話してていいんですか?」
「我々は待機だ。その間に何をしようと自由ではないかね? 同僚と交流を深める時間として、有効活用したまでさ」
「そうそう、待ってりゃ来るからな。しんどいなら鼻つまんでおけ」
鼻はとっくの昔にバカになっている。ふたりはこの異常な状況でも、リラックスしているように見える。場数が違うのだろうか。
「そんじゃ、打ち合わせすっか。俺が地上担当で、ギルド長が上空担当。ブサクロノは入り口周辺で待機。撃ち漏らしや、侵入者を排除。こんなもんだろ」
「最善だな。とはいえ、ブサクロノくんの能力は未知数。いつでも助けを求めてくれて構わないからね」
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「ねぇ、ハゲ。あれ多くない?」
「うん、まぁ……ちょっとだけな」
「ブサクロノくん、本当に遠距離攻撃の手段はないのかね? あれを私ひとりで処理するとなると……かなりの撃ち漏らしが出るぞ?」
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