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ギルド職員編

閉じ込められてクロノ死す

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 魔術師の塔を調査という名目で冒険していた俺は、ふとあることに気づいた。


「おかしい。罠がどこにもない……」

『ないほうがいいじゃない』


 確かに。でもそういう問題じゃない。今まで俺が冒険者として、冒険らしいことをしてきたかはさておき、建造物を冒険するのはこれが初めてだ。


 ギルド職員の試験の場になっているのに、罠がないなんてありえないのだ。


『罠って、例えば……?』

「よく聞いてくれた。せっかくだし実践してやろう。迫真の演技でな」


 小部屋を抜け、薄暗い通路に入る。その瞬間、存在しないスイッチを踏む真似をして……。


「弓矢が飛んで……来ない!」

『なるほど。古典的だね』


 罠がない。気を抜いた俺が壁にもたれかかると、そこもスイッチで……。


「狭い通路で、壁が迫って……来ない!!」

『これまた古典的だね』


 通路を抜けて新しい小部屋に入ると、入り口がいきなり閉まって……。


「天井が落ちて……来ない!?」

『それ、いつまで続けるの?』


 まだ続く。少し広い通路に入ると、後ろから地鳴りのような音がして……。


「大岩が転がって……来ない!!」

『君は出る作品を間違えたんだよ』


 まったくだ。拍子抜けである。もっとも、想像していた罠が実際に降り掛かってきたときは、ハゲに殴りかかっていたことだろう。もちろん返り討ち。


『おふざけは止めて、早く進もうよ。敵は片付けたし、まだ一階だよ?』

「掃除が済んでやっと調査できるの。オーケー!?」


 マジックバッグから手帳を取り出し、見取り図を書く。いかに難易度が低い冒険であっても、地形の把握は最優先にするべきだろう。逃げるときに便利だ。


 手帳を埋めていくと、この建物の構造が見えてきた。それなりに入り組んでいるが、場所によっては一本道もある。死角や日陰も多く、罠はなくとも魔物が潜めるポイントがある。


 特筆すべき点は、壁が硬いこと。戦闘中にダークネスを当てたのに崩れなかったのだ。これで盾を作りたいレベル。


 もし化物に遭遇したときは、退路を塞がれる前にすたこらさっさと逃げる。地形をきっちり頭に入れておけば、庭でまかれた間抜けとクソほど煽れる。


 言葉は通じなくとも、煽りの化身から学んだ俺なら大丈夫だ。


『結局そこに行き着くんだね』

「原点回帰さ。起源にして頂点」

『君のそういう最低なところ、嫌いじゃないよ』


 アメリカンな皮肉を頂戴した頃、二階にやってきた。見たことあるような景色だが、当然ながら内部構造は別物である。ただ、最初にやることは決まっている。


 もちろん、D・V・D大作戦である!!


『またそれか。君も飽きないね』


 うっかり強敵が出てきたら一階に逃げられるわけで、今この場で叫ばない選択肢はなかった。


「……またシャドーウルフか」


 二階になったのだから、別の魔物が出てくることも想定した。その予想は裏切られ、小規模な群れを形成しているシャドーウルフしか出てこない。


 きっちり掃除したあと、剣を振って血を払い、鞘に収める。本来ならば冒険中は剣を抜きっぱなしだが、今日は事情が異なる。


「二階の見取り図を書かないといけないからな。あ~、リスクあるわぁ~」

『かっこいいから、やりたかったんだよね』

「ふふん、強そうだろ? でも、俺も本当に強くなったなぁ」


 頭脳とスキルを駆使して、倒したシャドーウルフは両手で数えても足りないだろう。あの日と比べて、本当に強くなったのだと実感できた。


「控えめに言って、もう最強」

『もっと強いやつと戦いたいね』

「勘弁してくれ……」


 二階の見取り図を完成させ、三階に上がった俺は胸のうちにもやもやとしたものを感じる。立ち止まって熟考し、何が足りないのかようやく気づいた。


「見取り図は、誰でも書ける」

『病的なまでに書き込みがされているようだけど?』

「じゃあ、神経質なやつなら誰でも書ける」

『もうめちゃくちゃだよ』

「とにかく、俺にしか見つけられない要素が必要だ」


 探索に長けたレンジャー系統なら、隠し扉などの存在を探れる。俺は魔術師なわけで、その長所を活かすには……?


「【シックスセンス】」


 見えるのはマナの流れ。赤い光と、青い光。それが壁や床に張り巡らされている。


「これは当たりだろ。何か意味があるはず……」


 赤い光は太い。床中に張り巡らされている。青い光は細い。ほとんどが壁に通ってLEDクリスタルに伸びている。


「青い光がクリスタルにマナを供給しているのか。赤い光は分からな――」


 背後に微かな息遣いを感じ、振り向きざまに剣を振るう。シャドーウルフの血が頬を濡らし、床を染め上げる。すると、赤い光が強く輝き、部屋の先へと消えていった……。


「マナを吸っているのか……?」


 LEDクリスタルが輝いているのは、シャドーウルフの血からマナを抽出し、運んでいるからだろう。では、どこに向かっているのか?


「これはひょっとして……」


 部屋を抜けると入り組んだ通路が待っていた。今までは愚直に調べていたが、今回は閃きを信じることにした。


 床に溜まっている血をすくい取り、少しだけ垂らす。あとは光が走る方向に歩いていくと、あっさり上の階へと続く階段に到着した。


「これは控えめに言って、世紀の大発見なのでは?」

『大げさに言うと?』

「ノーベルよく見つけたで賞」

『前半からの後半の落差が酷い』

「おばけフォークとでも呼んでくれ」

『その流れだと、君の成果は空振り三振に終わるね』

「そういうの止めろって。当然知ってましたよねって体で話して、あれ? ひょっとしてご存じない!? ってノリで話すつもりなんだから」

『君は、黙っていれば最低限だけど聡明に思えるよ』


 おっぱいおっぱいおっぱい。


『君には負けたよ』

「っしゃぁ!! 俺の勝ち」


 争いは同レベルでしか発生しない。そんな言葉を頭から消し去って、来た道を戻る。見取り図の制作があるので早く階段を見つけても、やることは変わらなかった。


 四階に上がってもそれは同じで、マナによる光の道の検証も成功した。てっきり隠された動力室にでも繋がっているものだと思っていただけに、残念である。


 最上階は、これまでの階層と違い、部屋はひとつしかない。中央にバカでかいクリスタルが設置されていて、マナを貯蓄しているらしい。


「いやぁ、ファンタジー。ダークネス先生は些か地味だから、分かりやすいものがあると転生した実感が沸くな」

『あのクリスタル。元の世界だったら、きっとプラスチック製かな。うん、確かに夢がないね』


 巨大なクリスタルに触れると、ひんやり冷たい。シックスセンス越しに見ると、膨大なマナがまばゆい輝きとなって、クリスタル越しの景色を隠していた。


「これだけマナを集めてどうすんだ? LEDに使うだけとは思えんな?」

『そうだね。それを調査するのが君の役目だよ』

「なんだよ、ヒントくらいくれよぉ」

『君が知らない……いや、ボクにも知らないことがあるのさ』


 いつもとリアクションが違う。詳しく。


『ボクはほとんどを眠って過ごす。だから知らないことの方が多いんだ』

「最上位の存在の疑いがあったのに、一気にダメ猫になってんぞ」

『にゃーん』


 許した。その後は他愛もないことを話しながら、部屋の調査を進めていく。隠し部屋の類は見つからず、屋上への道もない。出口は四階に続く階段がひとつあるだけだ。


 部屋中に張り巡らされたマナの通り道には、変化がある。これまではただ光の線が伸びていただけだが、床にある赤い線は、どこか魔法陣のように思えた。


「やっと魔術師の塔っぽくなってきたな」

『詳しく調べるのかい?』

「いや、知らんから適当に試して帰るよ。お前も飽きただろ」


 適当に思いついた呪文を唱えたり、小瓶の血を垂らしてみたが変化はない。その道のプロに丸投げすることにして、帰ろうとしたそのとき……シャドーウルフが飛びかかってきた。


「ふんぬぅっっっ!!」


 息を潜めて不意打ちをしてきた卑怯者を真っ二つに叩き斬り、剣を振って鞘に収める。


「決まった! さぁて、帰ろう……あれ?」


 シャドーウルフの血を吸って、マナの道が光る。巨大なクリスタルから膨大なマナが漏れ出し、魔法陣が光り輝いた……。


「これは、ラッキーか?」


 魔法陣の輝きは、どんどん黒く禍々しい色へと変わっている。どう考えてもろくでもないものだ!


「よし、逃げるか!! 待て、階段は……?」


 階段がなくなっている。逃げ道がない。魔法陣から漏れ出た黒い霧のようなマナが、部屋に充満する。寒気を感じ、ぶるりと体が震えた。


 拡散した霧が集まり、暗黒の球体になった。何かが出てくる。この予想が外れることを祈りながら、準備を整える!


「くそったれ! 【サモン・シャドーデーモン】」


 息が続く限り唱える。数こそが力。化物が出てきても俺が生き残れる唯一の可能性をかき集めた。それでも、まだ足りない!


「【ダークネス】【ダークネス】【ダークネス】」


 逃げ道の確保も必要だ。階段は見つからないし、魔法陣から少しでも距離を取りたい。そうなると、壁を破壊して脱出を図るしかない。


 マナポーションを飲みながら、【ダークネス】を連発する。しかし、間に合わなかった。


 球体がどろりと溶け落ちる。黒い人型の何かが見える。しゃがみこんで丸くなっている。その状態にも関わらず、身長は俺より高い。自分の膝を抱き締める両腕の太さから、俺が最も苦手とする武闘派かもしれない。


 その予想は外れた。丸くなった体に秘めた膨大なマナ。黒よりも黒く、光を通さない。それは、桁違いの密度を意味していた。


 相手は上位の魔物。黒い体に、赤い線が走っている。隆起した筋肉を覆う装甲のような肌……俺はこの魔物を知っている。


「フロントデーモン……」

『これは、ムリだ』


 密室で二人きりになったのは、ソロでは絶対に勝てない相手と言われる悪魔だった。
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