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ギルド職員編

森の中でクロノ死す

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 森……と言っても種類がある。アルバの森は、平地に一定の間隔で、似たような木々が立ち並んでいるだけ。いわば人の手が加えられ、整理された森だ。


 ここは熱帯雨林に近い。多様な木や草が生えまくりで伸び放題だ。木漏れ日も弱々しい。緑の匂いにむせ返りそうだ。


「……ピクニックには向かないな」


 草に隠れた地面は、凸凹だ。足跡こそ見えないが、大小さまざまな生物が生息し、好き勝手に歩くものだから地形が変わったのだろう。とにかく、歩き難い。


「ぶふぅ……まじで暑いぞ」


 慣れない道を少し歩くだけで汗が流れる。密集した草木のせいで風通しが極端に悪く、湿気も重なって不快指数は有頂天である。


「冗談を言えるうちに突破しないとな」


 今日の装備は、シャドーウルフへの対策に重点を置いている。いわば、魔術師なりの重装なのだ。


 革の鎧ではあるが、手甲と足甲にポケットがあり、鋼のプレートを入れているから、いつもより重い。【強運】が発動したら投げ捨てて逃げられる仕様だ。


「早くも投げ捨てたい。この調子じゃ、何時間も歩くことになるぞ……」


 見渡す限りの緑である。迷わないように木に目印を入れながら進む。時折、遠くから鳥や獣の鳴き声が聞こえる。そのうちのいくつかは魔物だろう。遭遇したくないものである。


「このままじゃダメだ。最短ルートで行くぞい」


 曲がりくねった大木は仕方ないにしても、草まで避けていたら蛇行なんてもんじゃない。ハイパー遠回り。余計な体力を使うくらいなら、リスクを承知で直進する作戦に出た。


 その判断は正しかった。最初と比べて、とにかく進みが良い。もっとも、似たような緑の光景が広がっているので、俯瞰して見れば大した距離ではないのかもしれないが。


 今のところ、シャドーデーモンは使わない予定だ。理由は単純で、自分の能力を試すためである。せっかく冒険らしいことをしているのだから、ピンチになるまでは頼らない。レベル上げたいし。


「……さて、どうしたもんか」


 順調に進んでいたら、最初の難関にぶつかる。目の前には、自分より背の高い草が生えている。これをかき分けて進むか、迂回して進むか……。


「よっしゃ行くか。毒はなさそうだし、ビビる草木じゃねーわ」


 ガサガサと草をかき分けて進む。すると、目の前に変な岩が現れた。そいつは黒みがかった黄色で、いくつも層がある。穴も無数にある。まるで蜂の巣のようだが、断じて蜂の巣ではない。


 なぜなら、その岩は、俺の身長より高く、横にもめっちゃデカいから。これが蜂の巣だったら、見ただけでアナフィラキシーショックを起こして死んでいる。だから蜂の巣ではない。


「……は、蜂の巣だぁぁぁっ!?」


 巣から蜂が出てくる。その大きさは、10cmほど。顎を鳴らし、羽音がどんどん大きくなっていく。それに答えるように、巣穴から無数の蜂が一斉に出てきた。


「あぁぁぁぁ!? お助けぇぇぇぇっ!!」


 全力ダッシュで蜂から逃げる。草が当たって顔が切れる。刺されるよりよほどいい……いや待て。俺は何をしているんだ!?


 相手は虫だ。でかいだけの虫。俺はヌルに勝ったんだぞ。虫との相性は悪くない。冷静になれば10cmの集合体など怖くない!


「【ナイトスワンプ】」


 沼に沈んで蜂の大群をやり過ごしてから、頭だけ出して周囲を確認する。敵影なし、羽音なし。オールクリア。


「……やつらはAランクの魔物で間違いないな。キラー・ビィとかいうEランクの魔物の究極完全体だ。きっとそうだ」


 沼から這い出ると、膝が笑って泥が勝手に落ちていく。ぶっちゃけめちゃくそ怖かったが、ただでは転ばなかったので良しとする。


 ポケットに入り込んだ泥を指先で掻き出しながら、自分より背の高い草むらだけは避けて進んで行く。


「……よし、ここはどこだ」


 迷った。闇雲に逃げたもんだから周囲に見覚えはないし、目印もない。先ほどと違って、ご立派な木々から蔦が垂れ下がっている。


 今からでも戻ろうか? 葛藤していると、上から木の葉ががさりと揺れた。


「……今度は何だよ」


 顔を上げると、薄暗い森のなかで、ぼんやりと光る目。緑色のごわごわとした毛並み。木の枝にぶら下がっているそいつは、猿だった。


 念のために戦闘態勢を取ると、猿は木の枝を伝いながら姿を消した。どうやら危険な魔物ではないらしい。一息ついてまた進みだすと、しばらくして木々が揺れた。


「……さっきの猿か? すまん、バナナはないんだ。自分のアレでもしゃぶってろファッキンモンキー」


 無視して進んでいると、またしても音がする。見上げると、猿の数が増えている。視界に映るだけでも6匹。振り返って見渡した結果、どうやら俺は群れに囲まれているらしい。


 戦闘態勢による威嚇を試みると、猿たちは鳴き始める。


――ウキャッキャッ、ホォーホォォッ!


 それを呼び水にして、周囲の猿たちも鳴き始める。キーキーうるさいだけだと思っていたが、段々と笑われているような感じがした。


 指を指す、腹を抱える、頭の上で両手を叩く。いちいち癪に障る動作を入れてきやがる……。


「【サモン・シャドーデーモン】」


 念のためにシャドーデーモンを召喚して纏う。防御を固めつつ、下手に刺激をして襲われないように無視して進むことにした。


 猿たちは俺が歩けば付いてくる。気を引こうと木の枝を揺らしてくるが、俺は決してリアクションを返さない。


 しばらくすると、何かが落ちてきた。茶色くて臭い。


「これは、まさか……クソか!?」


 嫌な予感がして走り出すと、先ほどまで俺が立っていた場所に大量のクソが降り注ぐ。


「おい、汚いぞ! いろんな意味で汚いぞ!?」


 四方八方から投げつけられるクソ。木の上で踏ん張ってるやつに、両手を広げてスタンバイしてるやつもいる。無駄のない連携プレイ。こいつら、常習犯だ!


「困ります! お客様! クソの投げるのはお辞めください!!」


 前方に茶色い敵影あり。回避します! その直後、後方から横顔を茶色い物体が通り過ぎていった。


「お客様のなかに、どなたかクソを投げない方はいらっしゃいませんか!? あぁぁぁっ、いらっしゃら……ないっ!!」


 もう許さん。クソ猿を血祭りにあげようとするが……木の上から降りてくる様子はない。走り、躱し、隠れながら反撃の一手を考える。


 猿は俺を追いかけてくる。ならば……そこに隙がある!


「【シャドウバインド】」


 木の枝を渡ろうとした猿の動きを封じる。すると、木から落ちてきた。俺はそいつを指さして、盛大に笑う。猿が木から落ちた気分はどうだ? 猿語で煽ってやるぜ。


「ウキャーッキャッキャ! ホホゥ、ホォォォッ、ウッキィィィ!」


 頭の上で両手を叩き、煽られたツケをキッチリ返す。この意図は猿にも伝わったらしい。歯を剥き出しにして、より一層甲高い声をあげた。


 いよいよ戦闘が始まる……かと思いきや、降り注ぐクソの量が倍になった!?


「ノォォォォ! クレイジィィィ!!」


 避けるにも限界があり、とうとう被弾してしまう。だが大丈夫だ。俺はシャドーデーモンを纏っている。俺の身は清潔なままなのだ!


――臭い。死にたい。


 俺のために汚れてくれ。ダメージは少ないし、毒などもない。死ぬほど不快で不潔なだけさ!


「汚物は消毒だぁぁぁっ!!」


 足場が不安定な猿に狙いを定めて、【シャドウバインド】を使う。落ちてきた猿をルーティンソードで叩き斬り、また走る。


 クソを物ともせず、一匹ずつ処理していくと、猿たちは追うのを諦めて森の中に消えて行った……。


「煽りの化身みたいなやつらだったな……」

『単純なことが効果的だったりするもんね』

「悔しいが見習うところもあるな。ただしクソは投げんぞ」


 煽りと戦い。その両方に完全勝利した俺だったが、結局はシャドーデーモンのおかげ。汚れ役がMVPなんて素敵やん?


――殺して……殺して……それか……洗って……。


 生活魔法で水を被りながら歩く。きれいになったシャドーデーモンは再び黙り込んだ。また猿に会ったらよろしくね。


 その後は順調に歩き進め、とうとう目的の魔術師の塔にたどり着いた。


「近くで見上げると、迫力があるなぁ」


 日が傾きかけている。夕日に照らされる石と苔が合わさって、これまたノスタルジーである。


 ジャングルで一夜を過ごすくらいなら、塔のなかで野営できる場所を探すべきだろう。覚悟を決めて、塔に入って行った……。



 あとがき

聞いてくれよスティーブ。またお気に入りが減っちまったよ。いつもどおりじゃないかって? ……確かに。
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