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夜鷹編

おまけ イケメンの勘違い

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 これは、クロノが北の森で暗殺者と戦っていた頃、あるイケメンの話である。


 真昼のギルドの酒場に、男が遠征から帰ってきた。冒険者たちが出払い、飲んだくれがまばらに居るだけのギルドを見渡し、首をかしげる。


 彼の名は、ライオネル。戦士でありながらPTメンバーを守るガードを名乗っている。どちらかといえば不遇職やロマン職に分類され、同じくロマン職のクロノのことを自分のことのように気にかけている。


「なぁ、クロノ見なかった? 今日もヒーラーやってないのか?」

――さ、さぁ……見てないぜ。


 あれだけ存在感のある男の姿をまったく見かけないとなっては、偶然にしては出来すぎだ。疑問に思ったライオネルは、周囲の冒険者に聞いたが、話をはぐらかすだけで何の情報も得られない。


 冒険者はクロノのように嘘が得意ではない。鈍感なライオネルであっても、隠し事をされていると気づくまでそう時間はかからなかった。


「……あいつ、厄介事に巻き込まれてるんじゃないだろうな」


 下手に隠されたことで不安が募り、焦りを覚える。愚直に聞いて回って成果を得られなかったライオネルが、酒場の隅で深い息を吐いていると、女の冒険者が近寄ってきた。


――あのブサイクのこと、知りたい?


 満面の笑みで救いの手を差し伸べる女冒険者を見て、ライオネルは内心、嫌な予感がした。それでも、せっかく見つけた手がかりを振り払う非情さはなく、条件付きで探って貰えることになった。


 数日が経過し、あの女冒険者がやってきた。ぞろぞろと見たことのある女たちを引き連れて。いずれも組んだことのある女冒険者だ。普段なら【アクセル】で逃げ出していたことだろう。


 周囲の女たちは、ライオネルとパーティーを組んでくれるという条件に釣られて、ギルドが出した箝口令を破って情報提供したらしい。とくに罰則がないので、女たちが口を閉ざす理由はなかった。


「クロノが夜鷹に狙われてるだって!? しかも、居場所は分からない!?」


 クロノがヤバい。そんなことは分かっているが、それ以外のことは本当に誰も知らない。それがいかにまずい状況であるか、察するに余りある。


 冷や汗を流し、すぐにでもクロノを探しに行こうとしたライオネルの腕に、背中に、首に……捕食者もとい女たちの手が絡みつく。見返りを求められ、舌の根も乾かぬうちに振り払うゲスさを彼は持たなかった。


「きょ、今日は東の森に行こうかな……?」


 じゃんけんで選ばれた女冒険者たちとともに冒険に出る。ただ、ライオネルには別の思惑がある。約束を守ると同時に、クロノを探していた。


 女冒険者たちも時折ライオネルに熱い眼差しを向けるが、命がかかっていることなので基本的に真面目に戦ってくれる。だからライオネルは頭を抱えずに済む。遠征さえ断れば、襲われることはないのだ。


 そんな生活を続けていたが、クロノは見つからない。ギルドでも時折、クロノの名前が上がるようになっていた。


 クロノは冒険者としては微妙だが、ヒーラーとしては真面目で平等だった。クロノが抜けただけで他のヒーラーたちは早々にギブアップし、ギルドはプチヒーラーショックに見舞われる。


 そのツケが小人族に回る。今も必死にポーションを作っているであろう小人族ことミラとティミの動きを遅れさせる要因にもなった。


 ライオネルのように、冒険の合間にクロノを探す者も増えたが、やはり見つからない。クロノは誰も巻き込むまいと、北の森のさらに奥地に生息していた。日帰りが多いアルバの冒険者の活動範囲からかけ離れている。


 クロノは死んでしまったのでは? 暗い噂がポツポツと聞こえ始めるが、ライオネルはクロノが生きていることを信じていた。


 ある日、ライオネルが冒険から戻ってくると、門が騒がしい。【アクセル】で駆けつけると、門番たちが魔物と戦っている。


 腹が出ており、緑色の肌をした醜悪な魔物……オークだった。


 ライオネルは加勢するかと思いきや……オークと門番の間に立ち、戦いを制止した。そして、オークに語りかけた。


「待ってくれ! クロノ! お前、クロノなんだろう!?」


 門番たちがざわつく。ライオネルに賛同するものも現れる。しかし、門番のガイルはきっぱりと否定する。


「ライオネル! あれはオークだ! ブサクロノじゃない!」

「いいや、俺には分かる! あれは絶対、クロノだ!」

「なぜそう言える!? 我々に襲いかかってきたんだぞ!?」

「クロノは夜鷹に狙われてる。長く苦しい戦いのなかで、自分を見失ってるだけなんだ!」

「なん……だと……? いいや、ありえん! あれはオークだ! 衛兵、構えろ!」


 ガイルは町の守備隊長として、部下の命を預かっている。不確かな情報では、動けない。


「お願いだ、待ってくれ! 話をさせてくれ!」


 ライオネルは両手を広げ、オークを庇う。その気迫に押され、衛兵たちが再びざわついた。


 ライオネルはオークに振り返り、話しかける。


「クロノ……お前、クロノだろ? なに棍棒なんて持ってるんだよ。似合いすぎだぜ。それじゃ、オークと間違われてもしょうがねぇよ、はははっ」


 オークは薄汚い腰巻きに、棍棒を持っていた。オークの標準装備なのだが、ライオネルの考えは違った。


「でも、仕方ねぇよな。満足に補給もできない場所で、ひとり戦ってたんだろ? 生きるために何でもする。その強さを笑っちゃダメだよな」


 では、どうして門番に襲いかかったのか? その疑問についても、彼なりの考えがあるようだ。


「お前……怖いんだろ? 誰が自分の味方なのか、分からなくなってるんだろ? 仕方ねぇよな。だっていきなり命を狙われてさ……信じるのは難しいよな」


 ライオネルが優しく語りかけながら、一歩踏み出す。オークは、一歩後ずさった。


「大丈夫だ。怖くないさ。俺たち、友達じゃないか! そんで俺は、ガードだ! 夜鷹からお前を守ってやるよ!」


 オークは動揺していた。言葉の意味はほとんど分からないが、なぜか獲物が優しく笑いながら近寄ってくるのだ。


 もしオークが喋れるのなら、きっとこう言うだろう。


『なに、こいつ……怖い』


 顔から戦意が薄れたと思ったライオネルは、オークをクロノだと確信した。振り返り、門番たちにこのオークがクロノであることを証明した。


「ほら、やっぱりこいつはクロノだ。今は混乱してるだけで、そのうちまたバカみたいなことを言ってくるさ」

――本当に、ブサクロノなのか……?

――俺は信じる。ライオネルさんが言うなら、きっとブサクロノだ。

――ガイル隊長……自分はっ、自分はっっっ! 信じます!!


 流れが変わり、門番たちは次々と武器を下ろした。部下の意見を聞くのも守備隊長としての務め。ガイルもまた、信じて武器を下ろしかけた次の瞬間――。


「みんなで暖かく迎えてやろうぜ……ぐぇぇっ!」


 ライオネルは後ろからオークに殴られた。もうお分かりだろう。


「やっぱり、オークじゃないか!!」

――よ、要救助者一名!!

――あー、まじで見分けつかないもんなぁ。


 その後、オークは討伐され、伸びていたライオネルも救助された。
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