ブサイクは祝福に含まれますか? ~テイマーの神様に魔法使いにしてもらった代償~

さむお

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夜鷹編

ヘルム戦 その4

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 テレサが俺の身を案じて、名前を呼ぶ。ブサクロノと叫ぶ。あぁ、俺は最後まで締まらないな。こんなシリアスな状況でも、【ブサイク】の呪いが台無しにしやがる。男の散り際なのに、あんまりだ……。


 裏を返せば、死に時ではない。そういうことにしよう。だから、動いてくれ。俺の口……逆流してくる血と肉片に負けず、唱えてくれ……っ!


「【ハイヒール】」


 薄れゆく意識が急激に覚醒していく。まばゆい光が俺の全身を包み込み、傷を直していく。


 ハイヒール……ヒールの上位スキルにして、『重症を治す』強力な回復スキルだ。あくまで怪我を治すものなので、失った血や内蔵を作り出すものではない。

 臓物と血は、俺の体から確かに分かたれた。しかし、背中を覆うシャドーデーモンが血の一滴に至るまで残さず受け止めてくれている。だから、ハイヒールで治療が可能だった。


 とはいえ、体中の怪我まで治せなかったし、ヘルムの腕は俺を貫通したままだ。そんな状態で回復したものだから、一体化してしまっている。離れるのは難しい。裏を返せば、今が唯一の攻め時だッッッ!!


(ごめんよ、ティミちゃん。おじさん、浮気しないと生きられないみたいだ)


 頬に仕込んでいた丸薬を噛み砕き、ハイヒールで底を尽きたMPを回復させる。頭が回るようになった。これなら、いける!


「これだけっ、近けりゃ……当たるだろ! 【ダークネス】」

「ぬぅぉ……っ! 驚いたな! ここまでされでも無駄に足掻くか……しかし、ダークネス如きではオリハルコンの鎧に傷を付けることすらできんわっ!!」


 オリハルコンの鎧には、ダークネスは通用しない。そんなこと分かっている。


「【ダークネス】【ダークネス】【ダークネス】」


 俺の人生はいつだってダークネスとともにある。シャドウバインドも、ナイトスワンプも、へんてこなスキルたちも、すべてダークネスを当てるために俺が望んで習得したスキルだ。


 俺はダークネスを信じている。良いところも悪いところも、すべてひっくるめて信じている。通用しないからといって、捨てたりしない。生きるも死ぬも、ダークネスと一緒だ。


「【ダークネス】【ダークネス】【ダークネス】【ダークネス】【ダークネス】【ダークネス】【ダークネス】【ダークネス】【ダークネス】【ダークネス】」


 たとえダークネスが通用しないとしても、死ぬまでダークネスを唱え続ける。それが俺の人生だ。ダークネスと一緒に死ぬ覚悟がある。どうなろうと後悔はない!


「ふはははは……無駄無駄無駄ァ! どれだけ当てようとこのオリハルコンの鎧の前には無意味――っ!?」


 ビシリ……黒銀の鎧に亀裂が入った。ヘルムが息を飲み、すぐさま俺を殴りつける。それでも、決して詠唱の口は止めない。これだけ近ければ、両手をへし折られようと、狙いを定めるまでもなく、絶対に当たる!


「離れろ! 離れろっっっ! このっ、クズがぁぁぁ!」

「変態っ、スドーカーっ、おじさんっ、がらぁ! 逃げられるどっ、思う……なよォォォッ!!」


 インファイトを超えるゼロ距離の状態での殴打は、いささか威力に欠ける。この間合いを制したのは、ダークネスだ。


 亀裂が広がり、深く刻まれる。この状態ならもう少しで完全に破壊できる。勝機を見出した俺を止めたのは、マナ不足だった。


 どれだけ唱えたところで、ダークネスが出ない。丸薬では、回復力が乏しい。愛が足りないようだ……。


「ククク……マナ切れか! 随分と驚かせてくれたな……っ!」

「……安堵しているところで悪いが、何か忘れてないか?」

「まさか、まだ奥の手を――」

「テレサッッッ! 俺ごと、ヘルムを殺れッッッ!」


 お互いに満身創痍。立ち上がったテレサが怪しい足取りで突撃してくる。その両手には、黒く輝く短剣がしっかりと握られている。


「私と一緒にこいつまで殺す気か!? できるはずがないっ!!」


 ヘルムが腕に刺さったまま宙吊りの俺を、テレサの前に向けた。肉の盾にするつもりらしいが、ヘルムを地獄に道連れにできるなら、受け入れよう。


「悪いわね……あんたもろとも、ヘルムを殺すわっ! 【クロスエッジ】」


 双短剣が、俺ごとヘルムを切り裂く……そのはずが、テレサはヘルムの懐に現れ、亀裂の広がる鎧に必殺のスキルを打ち込んだ。


「ばっ、バカな……この私が……貴様のようなクズに負けるなど……この……この……っ、おのれクロノォォォォォォォッッッ!!」


 鎧が砕け散り、ヘルムが崩れ落ちた……。


「悪いわね。暗殺者は嘘つきなの。隙間をかいくぐって急所を狙うのが得意なのよ……」


 悪びれる様子はない。それでこそ、強い女の子だ。


「ヘルム……あんたで100人目よ。暗殺者は、今日で辞めさせて貰うわ!」


 血の混じった唾を吐き捨て、退職志願……いいところ、何もかも持っていかれてしまったな。ははは!


「いやぁ、迫真の演技だったな。そんで、ヘルムは死んだのか……?」

「手応えはあったわ……死んだと思うけど……なんだか、妙な感触がしたのよね……確認するために立ち上がる気力もないんだけど……っ」

「うるせぇ。立て。立って俺にマナポーションを飲ませてくださいお願いします。このまま寝ると死んでしまいます」


 両腕はへし折れ、鎧は穴だらけ。食いしばる歯もいくらか口の中にある。呼吸をするたびに壊れた笛のような音がするし、アドレナリンが切れたら痛みで即死しそうな重症っぷりである。


「……あんた、よく生きてるわね。ちょっと……っ、待ってなさいよ……っ」


 テレサもまた傷だらけである。こちらも鎧は砕け、血が滲んでいる。顔色も悪いし、両手を使って立ち上がる光景は、生まれたての子鹿といった様子だ。


 震える手付きで口元に伸ばされたマナポーションを飲み、覚悟を決めて腹から異物を引き抜いた。【ハイヒール】を唱えると痛みが引いていく。両腕もまともになった。


 吐き気と一緒にまたマナポーションを飲み、テレサにも【ハイヒール】をかける。お互いに安堵のため息をついて、地面に情けなく座り込んだ。


「……あっ、テレサちゃんはもうひと仕事ね。黒い輝きが消える前に、ヘルムの鉄仮面の切断をよろしく」

「ひ、人使いが荒い……はぁぁ」


 渋々といった様子でテレサが立ち上がり、鉄仮面に短剣を突き立てる。バチバチと黒い火花を散らしていくと、鉄仮面が切れて……オリハルコンの仮面が出てきた。


「何だこのキャベツ太郎。レタス次郎か? マトリョーシカは……響きがかっこよくてムカつくからダメだ」

「二重構造だったのね。用心深いヘルムらしいけど……どうするの?」

「……頑張ってね。おじさん応援してる」


 そこで、エンチャントの効果が切れた。今日はもう3回使ったので、かけ直すことはできないが、ここまできてお預けは御免である。


 テレサも同じ考えだったようで、やけくそ気味に短剣を突き立てていたが、刃が折れて座り込んだ。


「こうなったらダークネスをぶち当ててみるか……?」

「……ちょっと待って。これ、仮面じゃないわ」

「すぐバレる嘘は嘘とは呼ばん。ウンコと呼ぶ。しょうがないから明日まで我慢をするしか――」

「違うのよ。これ、仮面じゃなくて……顔だと、思う……」

「根拠は? 仮面と顔の違いを簡潔に述べよ」

「頭の大きさよ。これが仮面なら、頭が小さすぎるの。音の響きを聞けば分かるけど、かなり分厚いものよ……ありえないわ」

「そうか、めっちゃ小顔だから鉄仮面で隠していたのか。とんでもないコンプレックスを抱えていたから歪んでしまった……って、バカ! あるかそんなもん!」


 ノリツッコミを済ませ、思い腰をあげてヘルムに近づく。覗き込むと、確かに頭の大きさはオリハルコンの仮面を付けた今の状態が正常に思える。指でノックすると、鈍い音がする。本当に分厚いぞ……?


「……どういうことだ? まさか首なしってことはないだろ」

「あぁ、そういうこと。こいつ……ゴーレムだったのね」


 ゴーレム……俺が知るゴーレムは、土の固まりっぽくて、こんなに精巧な作りではない。喋り方もカタコトなはずだ。


「ゴーレム、コワクナイ。オレトオマエ、トモダチ。オマエヲクウ。クッテヒトツニナル。トモダチ……」

「意味分からないけど怖いから止めて。あたしは鋼のゴーレムと戦ったことがあるもの。スキルのゴーレムは土塊だけど、これは魔導技師にオリハルコンで作られたゴーレムなんだと思う」


 それはもはや、ゴーレムではなく、ロボットかアンドロイドではなかろうか。伝わらないから黙っているが……待て、この概念が正しければ……?


「まさかとは思うが……ケバブ製じゃねぇだろうな……」

「ケバブ? 食べ物じゃないでしょ」

「凄いんだが俺に不幸を届けがちな発明家の俗称だ。常識離れした発想と、技術を持っていると思うが……まぁ、いいや。ギルド長かハゲかガイルさん呼んで来てくれないか。運んで調べて貰おう」

「ひ、人使いが荒い。あたしも疲れたの!」

「そう言うな。テレサちゃんは足が早い。頼んだぞ」

「分かったわよ……行けばいいんでしょ……っ」


 テレサが怪しい足取りで、闇に消える。俺はこのゴーレムを見張っておく……つもりだが、それすらもできないだろう。


『まったく……君は本当に無茶をする。何よりも自分の命が大事なくせに、人の命が絡むと簡単に自分の命を投げ出す。そんな調子だから君はパーティーが組めないんだ』

「体が勝手に動いちまうんだから、しょうがねぇだろ……」

『今回は辛うじて生きてたけど、次こそ本当に死んでしまうよ』


 俺を見守ってくれていた相棒の説教は耳が痛い話だ。怪我こそ治したが、俺の精神はボロボロだった。静かになった森で、無防備だと知りながらも、気絶するように眠る。


 目を開けたとき、見知った顔が見れることを信じて……。


 あとがき

久しぶりにまたブクマ増えて嬉しい
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