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夜鷹編
テレサ
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夕暮れになりボロ宿に戻ってきた俺の目に付いたのは、受付で真顔で頬付えを付いているティミちゃんと、部屋の隅でうなだれているテレサちゃんの姿だった。
「見学は、うまくいかなかったのかい?」
「あっ、ブサクロノおかえり。はっきり言って、この子は使えない」
顔をあげて何かを言おうとしていたテレサちゃんが再び落ち込む。女の嫉妬によるイジメというわけではないのだろうが、ここまで言われると純粋に気になる。
「どこがダメだった? 手伝いすらできないってことはないはずだけど」
「その手伝いができない。この子、物音がまったくしないの」
「物音がしない? 隠密スキルは解除させたよね?」
「素で音がしない。気配もしない。だから連携がうまくいかなくて、曲がり角でドッタンバッタン大騒ぎ」
どうやら本当に気配がしないらしく、死角からいきなり現れて驚いた子が運んでいた荷物を落としてしまったらしい。
他にも、振り向いたら後ろにいて、驚いた子が棚にぶつかって薬草や器具に埋まってしまったのだとか。
その光景を想像すると笑い話に思えるが、実際はもっと危ないことなのだろう。おじさんもかつて、プリ○スが静かすぎて轢かれそうになったことが何度もあるのだ。
「もし怪我した子が居たら、お詫びに治療させて貰えないかな」
「そこは大丈夫。軽い擦り傷くらいだからポーションで済ませた。とにかく、この子はポーション作りというか、お手伝いには向かないと思う」
「……分かった。迷惑かけてごめんね。この埋め合わせはそのうちさせてくれ。さぁ、テレサちゃん。帰ろうか」
テレサちゃんは返事もなく立ち上がる。生意気な態度が見る影もないほどに落ち込んでいる。
お手伝いができないとなると、冒険者にモテるらしいウェイトレスなども向かないだろう。サービス業は存在を主張してなんぼだからなぁ。
「テレサちゃん、今日はよく頑張ったね。ご褒美に、晩ごはんを食べに行こう」
「……迷惑かけてばかりだったわ。途中からもう部屋の隅でおとなしくしていてくれって言われたし」
「まぁまぁ、反省はまだしなくていいよ。とにかく、ご飯を食べて気持ちを切り替えよう。美味しいご飯は、元気の源さ!」
テレサちゃんとともにやってきたのは、ギルドの酒場である。もうギルドが閉まる時間であるが、人が居ない今なら大丈夫だろう。
「ハゲー、何か作ってくれ。二人分だ」
「しょうがねぇな……おい、ブサクロノ。後ろに居るやつは誰だ?」
「テレサちゃんだよ。可愛いでしょ?」
「……そこの女、止まれ。一歩でも動けば殺すぞ」
「おいハゲ、殺すとは穏やかじゃないな。どういうつもりだ」
「それはこっちのセリフだ! てめぇ、ろくでもないやつを連れてきやがったな。お前の後ろに居るテレサとかいう女は、裏の人間だ」
ハゲがテレサちゃんに睨みを利かせると、空気が震えた。肌がひりつくようだ。これも何かのスキルなのか……?
「裏の人間だって? どうしてそう思うんだ。こんなに可愛いのに」
「足音がしない。気配が希薄だ。スキルによるものじゃない。そいつの生き方が、身のこなしに現れてるんだよ」
またしても気配か。そういう知識は持ち合わせていないが、こう立て続けに指摘されると真実なのだろう。
「昔はやんちゃしてたけどね、今はとっても良い子なんだ」
「……知ってて連れてきたなら、救えねぇ。そいつを匿うつもりなら、止めておけ。衛兵に見つかればお前も同罪で処刑されるぞ」
ハゲの目に見えない圧力に当てられ、テレサちゃんが俺の後ろに隠れる。こんな厳つい男に睨まれたら、誰だって怖いよな。
「この子は、確かに悪人だったよ。でも変わったんだ。もう悪さはしない。俺が保証する!」
「女好きのお前のことだ。騙されてるんだろ。仮に変わったとしても、そいつは間違いなく犯罪者だ!」
「なぁ、ハーゲル。誰かが許してあげないと、それこそ本当にこの子は犯罪者として生きていくしかなくなるじゃないか……」
「その考えは立派だと思うぜ。俺には真似できねぇ。ここはギルドだ。悪党が土足で踏み入っていい場所じゃねぇ。お前に免じて見逃してやるから、今すぐ失せろ!」
「ただ、ご飯を食べに来ただけじゃないか。それすらも、許されないって言うのか?」
「……そうだ。俺はギルド職員として、ギルドに関わる人を守る義務がある。お前の保証なんて曖昧なものじゃ、覆らないことなんだよ」
静かな睨み合いが続く。食い下がっても無駄のようだ。本当に通報されたら困るし、こちらが折れるしかない……。
テレサちゃんの腰に手を回して、ギルドを出た。気分転換をさせるつもりが、思わぬ誤算だ。
結局、落ち込んでいたところに追い打ちをかけられたテレサちゃんは、帰宅するまで一言も喋ることはなかった。
用意していた食事を淡々と済ませ、一人で風呂に入らせたが、沈んだ気持ちはまだ晴れてないらしい。しっとりと濡れた髪のまま、倒れ込むようにベッドに寝転がっていた。
「テレサちゃん、元気出してよ」
「……放っておいてよ。どうせあたしなんか何もできない犯罪者よ」
俺に背を向けて弱々しく呟いた。完璧にふてくされてしまっている。うぅむ、この辺はまだ成長の余地がある。
テレサちゃんがどういう立ち直り方をするかまだ分からないので、おじさんもベッドに寝転がり、テレサちゃんを後ろから抱きしめる形で話しかける。
「初めてなんだから失敗して当然だよ。それにあのハゲは口が悪い。何も気にすることはないじゃないか」
「きっと他の人はもっとうまくやるんだわ。それにあの人の言うことも正しい。普通の生活ができるなんて思ってたあたしがバカだったのよ」
「失敗せずに成功した人、おじさん知らないなぁ。仮に最初からうまくいったとしても、それはまぐれさ。失敗を知った人だから、成功したって分かるんだよ」
「……あんたはどうして、あたしなんかに優しくするの」
「決まってる。おじさんが君を絶対的に信頼してるからさ。テレサちゃんがテレサちゃんであろうとし続ける限り、おじさんはずっと味方だよ」
テレサちゃんは枕に顔を埋めたまま、返事をしなかった。
「人は完璧を求めがちだけど、こういう洗礼は誰にでもあることなんだ。でもどうせ苦しむなら、やりたくないことで悩むより、やりたいことをして苦しんだほうが良いと思わないか?」
「……うん。あたし、負けないわ」
決意の言葉を口にしたテレサちゃんは、泣き疲れて眠ってしまった。手間のかからない子だ。きっとすぐに持ち直すだろう。俺も今後のことを考えながら眠りについた……。
翌朝、目覚めた俺はテレサちゃんに新しい司令を出すことにした。
「テレサちゃん、今日からしばらく町をお散歩してみて。周りをよく観察して、距離を縮めよう。夜になるまでには帰って来ること」
「ふーん……隠密スキルは使っていいの?」
「禁止だよ。もし夜鷹の残党に襲われても、決して反撃せずに逃げ延びること。衛兵に見つからないこと。この条件は絶対に守ってくれ」
「反撃しちゃいけないの? 逃げられるとは思うけど……釈然としないわ」
「普通の人は、悪党を返り討ちにしないもんさ。周りに助けを求めるのが普通なんだけど、テレサちゃんはワケありだから逃げるしかない。まぁ、忍耐力を培うテストだとでも思ってくれ」
銀貨1枚を手渡す。どうせ町を出歩くなら、食べ歩きでもすればいい。適当な提案をすると、テレサちゃんは目を輝かせた。
「はぁい。行ってきます」
きっと楽しい散歩になる。うまい飯を食って喜ぶこともあれば、ハズレを引いて顔をしかめることもあるだろう。その様子を隣で見れないのは残念だが、シャドーデーモンを付けたから見守ることはできる。
「行ったか。さて、無事にヘルムを釣り上げてくれよ」
テレサちゃんは餌だ。ヘルムを釣り上げる生き餌だ。彼女が昼間の町を出歩けば、いずれやってくる夜鷹の連中の目に留まるだろう。その話は必ずヘルムの元に届く。
しかし、テレサちゃんは腐っても元アイン。構成員ごときに捕まるはずがない。そうなれば、ヘルムが自らテレサちゃんと接触するはずだ。
毎日欠かさずテレサちゃんに散歩をさせ、俺はヒーラーをしながら静かに待ち続けた。
三文芝居の期限になる前日に、テレサちゃんに変化が訪れた。
誰かに耳打ちされたのだろうか。人混みの中で、テレサちゃんは明らかに怯えている。縮こまって俯きながら、隠密スキルを使って町の外に出てしまった。
北の森の中でぽつりと佇んでいると、やがて夜になる。そしてとうとう、ヘルムと思われる人物がテレサちゃんの前に現れた。
「久しぶりだな、アイン。てっきり死んだものと思っていたが、元気そうじゃないか」
「へ、ヘルム……っ」
星の明かりにぼんやりと映し出されたヘルムは、黒い布で全身を覆った屈強な体つきだった。
肝心の顔は兜というより鉄仮面に覆われていて確認できない。声質は鉄仮面で反響して歪んでいるが、低い音からして男だろう。
「近頃、妙な噂を耳にしてな。夜鷹の仕組みを公開しようとするろくでもないやつが居るらしい。心当たりはあるか?」
「あっ……いえ……ありまっ、せん……っ」
「嘘だな。普通なら殺しているところだが、特別に許してやる。クロノと言ったか? その男をお前の手で殺せ。それで100人目となる。自由にしてやろう」
俺の名前を呼べる……? ライオネルのように純粋な人間なのか、あるいはギルド長以上に高レベルなのだろうか。テレサちゃんの怯え様から察するに、恐ろしく強いのは間違いない。
「もう一度だけ言う。その男を殺せ。これは命令だ」
「……………………っ」
「アイン。返事は? まさか断るつもりか! 答えろ、アイン!」
ヘルムの恫喝に、テレサちゃんは萎縮しきっている。顔は真っ青で、体はすくみ上がり、震える手を握りしめて、立っているのが精一杯といった様子だ。
「……ないっ」
「何だ? はっきり言ってみろ」
「……アインじゃないっ」
「アイン、お前は何を言っている?」
「あたしは……アインじゃない! テレサだぁぁぁぁぁぁっ!!」
顔を上げ、大口を開けて叫ぶ。それは、テレサとしてこの世界に生まれたことを知らしめるような、力強い産声だった。
「……クズが。ならば死ね」
ヘルムが重心を落とし、半身に構える。テレサちゃんもまた、双短剣を構えて飛びかかる。
「あたしは変わったんだ! あんたなんかにっ、負けるものかぁぁぁっ!」
テレサちゃん。君の決意は聞いた。おじさんの胸を打ったよ。俺が到着するまで、どうか負けないでくれ。
ギルドを出て森に向かっていると、夜鷹の構成員に囲まれた。
「足止めのつもりかもしれないが、俺はとても気が立ってる。皆殺しだ」
襲いくる暗殺者をアイアンクローと【ダークネス】の合わせ技で瞬殺し、【ナイトスワンプ】で死体を隠す。包囲を突破しつつ、テレサちゃんの元に急いだ。
「見学は、うまくいかなかったのかい?」
「あっ、ブサクロノおかえり。はっきり言って、この子は使えない」
顔をあげて何かを言おうとしていたテレサちゃんが再び落ち込む。女の嫉妬によるイジメというわけではないのだろうが、ここまで言われると純粋に気になる。
「どこがダメだった? 手伝いすらできないってことはないはずだけど」
「その手伝いができない。この子、物音がまったくしないの」
「物音がしない? 隠密スキルは解除させたよね?」
「素で音がしない。気配もしない。だから連携がうまくいかなくて、曲がり角でドッタンバッタン大騒ぎ」
どうやら本当に気配がしないらしく、死角からいきなり現れて驚いた子が運んでいた荷物を落としてしまったらしい。
他にも、振り向いたら後ろにいて、驚いた子が棚にぶつかって薬草や器具に埋まってしまったのだとか。
その光景を想像すると笑い話に思えるが、実際はもっと危ないことなのだろう。おじさんもかつて、プリ○スが静かすぎて轢かれそうになったことが何度もあるのだ。
「もし怪我した子が居たら、お詫びに治療させて貰えないかな」
「そこは大丈夫。軽い擦り傷くらいだからポーションで済ませた。とにかく、この子はポーション作りというか、お手伝いには向かないと思う」
「……分かった。迷惑かけてごめんね。この埋め合わせはそのうちさせてくれ。さぁ、テレサちゃん。帰ろうか」
テレサちゃんは返事もなく立ち上がる。生意気な態度が見る影もないほどに落ち込んでいる。
お手伝いができないとなると、冒険者にモテるらしいウェイトレスなども向かないだろう。サービス業は存在を主張してなんぼだからなぁ。
「テレサちゃん、今日はよく頑張ったね。ご褒美に、晩ごはんを食べに行こう」
「……迷惑かけてばかりだったわ。途中からもう部屋の隅でおとなしくしていてくれって言われたし」
「まぁまぁ、反省はまだしなくていいよ。とにかく、ご飯を食べて気持ちを切り替えよう。美味しいご飯は、元気の源さ!」
テレサちゃんとともにやってきたのは、ギルドの酒場である。もうギルドが閉まる時間であるが、人が居ない今なら大丈夫だろう。
「ハゲー、何か作ってくれ。二人分だ」
「しょうがねぇな……おい、ブサクロノ。後ろに居るやつは誰だ?」
「テレサちゃんだよ。可愛いでしょ?」
「……そこの女、止まれ。一歩でも動けば殺すぞ」
「おいハゲ、殺すとは穏やかじゃないな。どういうつもりだ」
「それはこっちのセリフだ! てめぇ、ろくでもないやつを連れてきやがったな。お前の後ろに居るテレサとかいう女は、裏の人間だ」
ハゲがテレサちゃんに睨みを利かせると、空気が震えた。肌がひりつくようだ。これも何かのスキルなのか……?
「裏の人間だって? どうしてそう思うんだ。こんなに可愛いのに」
「足音がしない。気配が希薄だ。スキルによるものじゃない。そいつの生き方が、身のこなしに現れてるんだよ」
またしても気配か。そういう知識は持ち合わせていないが、こう立て続けに指摘されると真実なのだろう。
「昔はやんちゃしてたけどね、今はとっても良い子なんだ」
「……知ってて連れてきたなら、救えねぇ。そいつを匿うつもりなら、止めておけ。衛兵に見つかればお前も同罪で処刑されるぞ」
ハゲの目に見えない圧力に当てられ、テレサちゃんが俺の後ろに隠れる。こんな厳つい男に睨まれたら、誰だって怖いよな。
「この子は、確かに悪人だったよ。でも変わったんだ。もう悪さはしない。俺が保証する!」
「女好きのお前のことだ。騙されてるんだろ。仮に変わったとしても、そいつは間違いなく犯罪者だ!」
「なぁ、ハーゲル。誰かが許してあげないと、それこそ本当にこの子は犯罪者として生きていくしかなくなるじゃないか……」
「その考えは立派だと思うぜ。俺には真似できねぇ。ここはギルドだ。悪党が土足で踏み入っていい場所じゃねぇ。お前に免じて見逃してやるから、今すぐ失せろ!」
「ただ、ご飯を食べに来ただけじゃないか。それすらも、許されないって言うのか?」
「……そうだ。俺はギルド職員として、ギルドに関わる人を守る義務がある。お前の保証なんて曖昧なものじゃ、覆らないことなんだよ」
静かな睨み合いが続く。食い下がっても無駄のようだ。本当に通報されたら困るし、こちらが折れるしかない……。
テレサちゃんの腰に手を回して、ギルドを出た。気分転換をさせるつもりが、思わぬ誤算だ。
結局、落ち込んでいたところに追い打ちをかけられたテレサちゃんは、帰宅するまで一言も喋ることはなかった。
用意していた食事を淡々と済ませ、一人で風呂に入らせたが、沈んだ気持ちはまだ晴れてないらしい。しっとりと濡れた髪のまま、倒れ込むようにベッドに寝転がっていた。
「テレサちゃん、元気出してよ」
「……放っておいてよ。どうせあたしなんか何もできない犯罪者よ」
俺に背を向けて弱々しく呟いた。完璧にふてくされてしまっている。うぅむ、この辺はまだ成長の余地がある。
テレサちゃんがどういう立ち直り方をするかまだ分からないので、おじさんもベッドに寝転がり、テレサちゃんを後ろから抱きしめる形で話しかける。
「初めてなんだから失敗して当然だよ。それにあのハゲは口が悪い。何も気にすることはないじゃないか」
「きっと他の人はもっとうまくやるんだわ。それにあの人の言うことも正しい。普通の生活ができるなんて思ってたあたしがバカだったのよ」
「失敗せずに成功した人、おじさん知らないなぁ。仮に最初からうまくいったとしても、それはまぐれさ。失敗を知った人だから、成功したって分かるんだよ」
「……あんたはどうして、あたしなんかに優しくするの」
「決まってる。おじさんが君を絶対的に信頼してるからさ。テレサちゃんがテレサちゃんであろうとし続ける限り、おじさんはずっと味方だよ」
テレサちゃんは枕に顔を埋めたまま、返事をしなかった。
「人は完璧を求めがちだけど、こういう洗礼は誰にでもあることなんだ。でもどうせ苦しむなら、やりたくないことで悩むより、やりたいことをして苦しんだほうが良いと思わないか?」
「……うん。あたし、負けないわ」
決意の言葉を口にしたテレサちゃんは、泣き疲れて眠ってしまった。手間のかからない子だ。きっとすぐに持ち直すだろう。俺も今後のことを考えながら眠りについた……。
翌朝、目覚めた俺はテレサちゃんに新しい司令を出すことにした。
「テレサちゃん、今日からしばらく町をお散歩してみて。周りをよく観察して、距離を縮めよう。夜になるまでには帰って来ること」
「ふーん……隠密スキルは使っていいの?」
「禁止だよ。もし夜鷹の残党に襲われても、決して反撃せずに逃げ延びること。衛兵に見つからないこと。この条件は絶対に守ってくれ」
「反撃しちゃいけないの? 逃げられるとは思うけど……釈然としないわ」
「普通の人は、悪党を返り討ちにしないもんさ。周りに助けを求めるのが普通なんだけど、テレサちゃんはワケありだから逃げるしかない。まぁ、忍耐力を培うテストだとでも思ってくれ」
銀貨1枚を手渡す。どうせ町を出歩くなら、食べ歩きでもすればいい。適当な提案をすると、テレサちゃんは目を輝かせた。
「はぁい。行ってきます」
きっと楽しい散歩になる。うまい飯を食って喜ぶこともあれば、ハズレを引いて顔をしかめることもあるだろう。その様子を隣で見れないのは残念だが、シャドーデーモンを付けたから見守ることはできる。
「行ったか。さて、無事にヘルムを釣り上げてくれよ」
テレサちゃんは餌だ。ヘルムを釣り上げる生き餌だ。彼女が昼間の町を出歩けば、いずれやってくる夜鷹の連中の目に留まるだろう。その話は必ずヘルムの元に届く。
しかし、テレサちゃんは腐っても元アイン。構成員ごときに捕まるはずがない。そうなれば、ヘルムが自らテレサちゃんと接触するはずだ。
毎日欠かさずテレサちゃんに散歩をさせ、俺はヒーラーをしながら静かに待ち続けた。
三文芝居の期限になる前日に、テレサちゃんに変化が訪れた。
誰かに耳打ちされたのだろうか。人混みの中で、テレサちゃんは明らかに怯えている。縮こまって俯きながら、隠密スキルを使って町の外に出てしまった。
北の森の中でぽつりと佇んでいると、やがて夜になる。そしてとうとう、ヘルムと思われる人物がテレサちゃんの前に現れた。
「久しぶりだな、アイン。てっきり死んだものと思っていたが、元気そうじゃないか」
「へ、ヘルム……っ」
星の明かりにぼんやりと映し出されたヘルムは、黒い布で全身を覆った屈強な体つきだった。
肝心の顔は兜というより鉄仮面に覆われていて確認できない。声質は鉄仮面で反響して歪んでいるが、低い音からして男だろう。
「近頃、妙な噂を耳にしてな。夜鷹の仕組みを公開しようとするろくでもないやつが居るらしい。心当たりはあるか?」
「あっ……いえ……ありまっ、せん……っ」
「嘘だな。普通なら殺しているところだが、特別に許してやる。クロノと言ったか? その男をお前の手で殺せ。それで100人目となる。自由にしてやろう」
俺の名前を呼べる……? ライオネルのように純粋な人間なのか、あるいはギルド長以上に高レベルなのだろうか。テレサちゃんの怯え様から察するに、恐ろしく強いのは間違いない。
「もう一度だけ言う。その男を殺せ。これは命令だ」
「……………………っ」
「アイン。返事は? まさか断るつもりか! 答えろ、アイン!」
ヘルムの恫喝に、テレサちゃんは萎縮しきっている。顔は真っ青で、体はすくみ上がり、震える手を握りしめて、立っているのが精一杯といった様子だ。
「……ないっ」
「何だ? はっきり言ってみろ」
「……アインじゃないっ」
「アイン、お前は何を言っている?」
「あたしは……アインじゃない! テレサだぁぁぁぁぁぁっ!!」
顔を上げ、大口を開けて叫ぶ。それは、テレサとしてこの世界に生まれたことを知らしめるような、力強い産声だった。
「……クズが。ならば死ね」
ヘルムが重心を落とし、半身に構える。テレサちゃんもまた、双短剣を構えて飛びかかる。
「あたしは変わったんだ! あんたなんかにっ、負けるものかぁぁぁっ!」
テレサちゃん。君の決意は聞いた。おじさんの胸を打ったよ。俺が到着するまで、どうか負けないでくれ。
ギルドを出て森に向かっていると、夜鷹の構成員に囲まれた。
「足止めのつもりかもしれないが、俺はとても気が立ってる。皆殺しだ」
襲いくる暗殺者をアイアンクローと【ダークネス】の合わせ技で瞬殺し、【ナイトスワンプ】で死体を隠す。包囲を突破しつつ、テレサちゃんの元に急いだ。
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