ブサイクは祝福に含まれますか? ~テイマーの神様に魔法使いにしてもらった代償~

さむお

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夜鷹編

三文芝居でクロノ死す

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 二人と別れて向かったのは、人気の少ないスラムの路地である。薄暗いこの場所には、しなびた果物の食べカスや、腐った木くずに、見る影もないボロ布が散乱している。


 ここなら取引場所にはうってつけだろう。顔を隠して待っていると、黒い布を纏った男が近づいてくる。俺はそいつに語りかけた。


「とびっきりの情報を仕入れたんだ。犯罪組織・夜鷹の秘密が分かるかもしれない」


 黒衣の男の肩が、ぴくりと揺れる。いい食いつき方だ。


「夜鷹のアインを生け捕りにした。懐柔にも成功した。今はなかなか口を割らないが、時間の問題だ。一ヶ月後には必ず情報を聞き出して、すべてをお前に話そう」


 黒衣の男は動かない。実に良い反応だった。


「そう早まるな。夜鷹の仕組みが分かれば、夜鷹を作れる。一般市民ですら知っているあの有名な組織を、自分の手で作れるとなったら、裏の人間は大金を払ってでも知りたいと思わないか?」


 黒衣の男が頷く。音もなく手を伸ばしてきて、金貨2枚を渡してきた。俺はそれを受け取って、空に掲げて隅々まで確認してから微笑んだ。


「交渉成立だな。今から一ヶ月後に必ず話す。お前も、俺から仕入れた情報を買う相手を探しておくんだな……」


 路地の向こうで、砂を蹴るような物音がした。どうやらスラムの誰かに話しを聞かれていたらしい。


「誰か居るのかっ!?」


 物音の方角を見てみたが、もう人影も気配もない。俺は追わずに、黒衣の男に微笑んだ。


「……お疲れ。シャドーデーモン」


 この取引は、ヘルムを釣り出すために俺が仕込んだ三文芝居だ。黒衣の男の正体はシャドーデーモンで、渡された金貨はヌル討伐で貰った金の一部だ。そして、わざわざ人に聞かれる場所で取引の話をした。


 夜鷹の作り方が分かる。この噂は、俺とまったく接点がない相手によって拡散させなければいけない。難しい条件を可能にしたのが、空にかざして見せつけた金貨だ。


 人を動かすのに金を渡す必要はない。匂わせるだけでいい。貧しいスラムの住人にとって、金貨は一生拝めないであろう大金だ。盗み聞きしたやつは、大金が動く情報だと嫌でも知った。


 情報の真偽を確かめることもせず、素性を調べることも忘れて、この話を別の誰かにいくらかの金で売るだろう。


 夜鷹の作り方が一ヶ月後に売られる。この話はあっという間に裏で広がるが、情報元となる俺にはたどり着けない。顔を隠した俺と、どこにでも居るが何者でもないシャドーデーモンなのだから。


「……人生を賭けた大博打。結果は一ヶ月後に分かる」


 まず夜鷹が不滅と聞いて、俺は首を傾げた。どれだけ巨大な組織であろうと、必ず揺らぎ崩壊する瞬間がやってくる。それなのに、夜鷹は何度崩壊しても忘れた頃に復活し、数千年前から存在するらしいじゃないか。


 次におかしいと感じたのは、魔王を倒した勇者と国が総力を上げても消滅させることができなかったという点だ。


 俺は夜鷹の構成員と接してきた。ヌルの拷問を恐れているにせよ、組織に殉じるやつらではない。別の誰かから拷問を受ければ、あっさりと自分の知っていることを話すだろう。


 少なくとも当時の勇者様と国の連中は、夜鷹の内情を知っていることになる。それなのに滅ぼせず、内情も一般に浸透していないとなれば、導き出される答えはひとつしかない。


 夜鷹の仕組みが知られると、世界に不利益が生じるのだ。


「……注意喚起が新たな犯罪を生む、か」


 とある詐欺が流行ると、注意喚起のために手口が公開される。それでその詐欺が潰えるかというと、そうでもない。


 皮肉なことに、公開された手口を使って、情報に疎いものを騙す輩が現れる。


 もうひとつの理由は、夜鷹が魂を染める魔導具を所持していることだろう。


 この世界の善人と悪人の基準は、魂の色だ。国以外がそれを自由に決められると民衆に知られたら、司法への信頼は地に落ちる。


 つまり、国はこれらの問題が解決されるまで夜鷹を黙認しているわけだ。


 夜鷹を滅ぼせないなら、監視する存在をひとつに纏めたほうが都合がいい。その理屈は分かる。問題は、数千年経った今でも解決される気配がないことだ。


「黙認しているツケを、払わせてやる」


 夜鷹を滅ぼすには、構成員を減らすだけでは不十分だ。弱らせることは大事だが、そこに競争相手が居ないから何度でも立ち直ってしまう。


 まずは夜鷹のライバルを作る。何も俺が作る必要はない。今の夜鷹は弱りきっている。手口を公開するだけで、悪党はチャンスを逃すまいと劣化版夜鷹をこぞって作ってくれるだろう。


 それは原材料の高騰……孤児の値段を少なからず上げることになり、銀貨30枚でターゲットが死ぬまで続くという夜鷹の謳い文句に土を付ける。


 仮に夜鷹が競争に勝ったとしても、手口は未来永劫語り継がれる。犯罪の駒は人身売買を目的とした仮初めの孤児院にあるのだと。長い目で見ればいつの時代も夜鷹のライバルが存在することになる。


「さぁ、ヘルム。夜鷹の危機だぞ。お前は俺を殺しに来るしかない」


 ライバル企業の乱立と、原材料の高騰……それを引き起こす俺は、夜鷹にとってこれ以上ないほどうっとおしい存在だろう。


「……一歩間違えば、俺はテロリストか」


 手口を公開すると、夜鷹にとって不利益が生じるとともに、世界にとっても悪影響が出る。犯罪組織の乱立を引き起こすのだから当たり前だが。


 今まで以上に死が身近になる。クソみたいな時代の到来に、民衆は国への不信感を抱くだろう。


 失った信頼を取り戻すには、黙認を決め込んだ国が、本腰を入れて夜鷹を潰し、世界のどこかにある染色の魔導具を回収する。そこまでしてようやく混乱に満ちた時代が終わるのだ。


 歪んだ世界を正すために、不特定多数を巻き込む劇薬を投入する。この考えがテロリストでなくて何だと言うのか。


 もちろん、俺としてはそんなことをしたくない。もし公開することになったら、俺の前に現れなかったヘルムが悪いのだ。


 孤児のためにここまでするやつなど居ない。だが、俺は夜鷹のせいで人生をめちゃくちゃにされてしまった。恨みとは、ときに損得勘定を超越するものだ。


 ヘルムとしても、世界中を本気で敵に回すより、俺を始末するほうがずっと楽だと分かってくれる。だから、きっと来る。一ヶ月も時間を与えたのだから、遅刻は厳禁だぞ。


「今回ばかりは俺が悪党で、ヘルムが英雄だ。悪意に満ちた俺から、世界を救ってくれ」


 目的は果たした。テレサちゃんを迎えに行こう……。


あとがき

またブックマークが85になったよ。もうダメね
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