ブサイクは祝福に含まれますか? ~テイマーの神様に魔法使いにしてもらった代償~

さむお

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夜鷹編

拷問姫ヌル

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 初めての遠征は、復讐を成す直行便である。街道を走っていた馬車に乗せてもらうと、連日連夜、馬車に揺られて東に向かい続けた。


 本当は速度と気分の問題でワイバーンに乗りたかったのだが、万が一にも上空で【強運】が発動したら死ぬしかないので、陸路を選んだ。


 俺の選択は正しかった。ほとんどが整備された道だったので、揺れも少なく魔物も少なかった。顔を引きつらせた同乗者にわけを聞けば、王都の冒険者様たちのおかげらしい。ありがたい話だっぺ。


 馬車を降りて歩き続けるのにも飽きを感じていた頃、目的地付近まで来ていることをシャドーデーモンが教えてくれた。


 地図を広げると、ここは大陸の中央よりの場所で、国境付近の山の麓らしい。


 これといった地名がないのは、戦争のたびに管理する国が変わるからだとか。俺に命名権があったなら、『中央尻軽地帯』と名付けるだろう。


 獣道にはうっすらと車輪の跡があり、山の上へと続いている。シャドーデーモンを展開して周囲の探索を行っているが、人影はおろか魔物の姿も見当たらない。


 人の寄り付かない名もなき山ともなれば、それらしい魔物が生息していてもおかしくないのだが、拷問姫は魔物討伐にも長けているのだろうか。


 車輪の跡を追い続けていると、廃屋を見つけた。床には物が散乱しているが、ヌルの住処だと頭に入っていれば、人が通るところだけ物が避けられているのが分かる。


「……ここか。隠し部屋ってわけね」


 シャドーデーモンに案内されたのは、立派な石造りの暖炉だ。開けるには仕掛けが必要らしいが、開かないなら破壊すればいいじゃない。


「【ダークネス】」


 砕けた石の先には階段があり、降りた先には分厚い鉄の扉がある。こちらも鍵が必要らしいが、【ダークネス】の前には無意味である。


「こーんにーちはー」


 中に入った瞬間、腐臭が鼻を突き刺す。闇の感覚を使って嗅覚を奪い、腕力を強化した。


 弱々しいランタンの明かりを頼りに、石造りの廊下を歩きながらシャドーデーモンを展開する。いくつも部屋があるらしく、内部には見慣れない鉄製の像らしきものが多かった。


「……牛の像? よく分からんが、悪趣味だな」

「……あらぁ! とっても楽しいアトラクションよ? 体験させてあげるわぁ」


 部屋の奥から甲高い声とともに現れたのは、ボロ布を纏い、口元をマスクで隠し、鞭を持った長髪の女だった。


「お前が拷問姫ヌルか?」

「えぇ、そうよ。よくここが見つけられたわね。お礼に素敵なアトラクションの楽しみ方を教えてあげるわ」


 気味の悪い鉄の像は、ファラリスの雄牛というらしい。内部は空洞になっていて、人を入れて雄牛に火をかけると、熱に悶え苦しむ声が本物の牛のうなり声のように聞こえるそうだ。


「悪趣味な拷問器具か。まぁ、いい。フィーアを殺したのはお前か?」

「もちろん、私が殺したわ。いい声で鳴いてくれたわ。あなたにも体験させてあげる。ブタのような脂肪を切り落としてからね……【ウィスパー】」

「【ウィスパー】」


 ウィスパー。それが戦いの合図だ。
 ヌルの周囲から黒い霧が湧いてくる。その密度が増すとともに、不快な羽音がこの場に満ちる。この黒い霧の正体は、無数の蚊のようだ。


 黒いカーテンの向こうで、ヌルが怪しく笑う。それを合図に、蚊の群れが一斉に俺に迫ってくる!


 剣を振るうも無数の蚊の前には効果がなく、体を覆われて何も見えない。不快な羽音に混じって、ヌルの高笑いが聞こえる。


「あははっ! 私のモスキートでミイラにしてあげるわっ! 本当は拷問するつもりだったけどぉ、今はお腹いっぱいなのよねぇ!」


 どれだけ振り払っても、蚊は俺に張り付いて離れない。これは俺ではどうしようもない。諦めてその場に立ち尽くした。


「……あら、立ったまま死んだのかしら? 面白みのないブタね。ブラッドモスキート、下がりなさい」

「なんだ、もう終わりか?」

「なっ!? モスキート!」


 再び蚊に覆われてしまう。羽音こそ不快だが、吸血しようにもシャドーデーモンを抜けないらしい。てっきり視界を塞いで別の攻撃が来るのではと身構えていただけに、俺としては拍子抜けである。


「カオスバインド」


 展開していた一匹のシャドーデーモンを呼び戻し、びっしりと俺に張り付いていた蚊をまとめて覆い潰す。木にひっかき傷を付けることがやっとの非力さだが、蚊を潰すくらいなら簡単だ。


 普通なら衣服の隙間から無数の蚊が侵入し、一瞬でミイラにされてしまうのだろうが、シャドーデーモンを纏った俺に死角なし。単純に、相性の問題だろう。


「ちっ……厄介なブタね!」


 ヌルは下がりながらも丸薬を齧った。なるほど、蟲使いを調べても何の情報も得られなかったが、目にしてみれば大したことはない。


「昆虫型の魔物を召喚するただのサモナーか。適正は土と何かだな?」

「賢い子は嫌いよ。【サモン:マッドローチ】」


 ヌルの足元からカサカサと黒光りしたアレが湧いて来る。やはりこいつは悪趣味だ。強さより、相手を不快にさせることを目的で魔物を選んでいる気がする。


 俺がよく知る地球のGより一回り大きく、よく飛ぶ! 一斉に飛びかかってくる光景は悪夢だ。思わず目を閉じてしまうが、不快な羽音はしばらく耳に残りそうだ……。


「あははは! 生きたまま食われる気分はどうかしら!? 悲鳴のひとつくらいあげてくれないと面白く――」


 俺を覆い尽くしていたであろうGを、もう一度シャドーデーモンに覆わせて潰す。ねちゃっとした液体が床に落ちていく……頼む、しばらく俺に近づくな。


「私の虫たちを……一体、どうやって……っ!」

「ザコが何匹集まろうと、ザコだぞ。さっさと奥の手を出さないと、まずいって分からないのか?」

「遊んでいるのはこっちよ! 【サモン:ケイブマンティス】」


 表情から余裕が消えたヌルが呼び出したのは、黒っぽい二匹のカマキリだった。まだ戦ったことのない魔物であり、背丈は俺と同等で、鋭い鎌はシャドーデーモンを抜くかもしれない。


「その防御力にどんな種があるか知らないけどっ、解体してあげ――」

「カオスバインド」


 昆虫型の魔物には共通の弱点がある。外骨格こそ固いものの、手足の関節は脆い。シャドーデーモンたちに潰させれば無力化できる。この考えは、暗殺者が防具の隙間を狙う手法とまったく同じだ。羽も薄いため、簡単に折れる。


 手足と羽を失ったカマキリは、その場でもがくことしかできない。死んでいないため、ヌルにMPが戻ることもない。


 戦ったことのない魔物だろうと、俺は冒険者であり、知識は予め頭に入れている。隣にテレサちゃんが居たならば、無駄な勉強などないと、ドヤ顔で説いていたことだろう。


「うそっ、嘘よ……見えない手でもあるって言うの!?」

「見えざる手……お前にしてはセンスがあるな。お礼にさっきの……なんたらの牛とやらをお前に使ってやろうか?」

「……このっ、役立たずっ!」


 ヌルはもがいていたマンティスの頭を踏み潰して殺した。非道な行いのように見えるが、最大MPを確保する意味では正しい行為だ。血走った目で俺をにらみながら、丸薬を噛み砕いている……。


「もう殺す! 【サモン:イビルドーザー】」


 現れたのは黒い甲殻に無数の赤い足……長く巨大な、ムカデだった。


 甲殻の存在感は一級の鎧を連想させる。並の攻撃ではダメージを与えられないだろう。こうも足が多くてはシャドーデーモンで無力化するのも難しい。


「死ね! 死ね! 死ねぇぇぇっ!」


 無数の足が蠢き、壁を登り天井を走る。気色悪い光景に尻込みしていると、真上から落ちてきやがった。


 巨大な体から繰り出される締め付け攻撃は、シャドーデーモンたちの歓声から察するに、生身なら一瞬で肉塊になっていたに違いない……。


「【ダークネス】」


 黒い甲殻に亀裂が入る。二発目は耐えられず、大穴が空く。不快な悲鳴をあげたムカデは体液を撒き散らしながらのたうち回り、やがて事切れて消えた。


「……こんなものか。アインのほうがよほど強かったな」


 恐らくヌルは強いのだろう。それこそ、アインよりずっと強い。単純に俺と相性が悪かっただけだ。


 無数の蚊に覆われたら大抵の人間は何もできずに死ぬし、ゴキブリに生きたまま食われる光景を想像するとゾッとする。


 散開されたら大規模な範囲攻撃でもない限り倒しようがないが、虫たちはターゲットに密着しなければ攻撃できない。だから一塊になってしまい、シャドーデーモンの餌食となった。


 マンティスは火力特化なのだろうが、防御力に難がある。ムカデの装甲は並の攻撃では突破できないが、【ダークネス】にかかれば脆いものだ。


 俺もヌルもサモンを介しての遠距離攻撃しか持たない。同じ条件で戦いながら、こうも明暗を分けたのは、サモナーとしての価値観の違いだろう。


 タフで非力なシャドーデーモンと、高火力ながら紙装甲な俺……互いの短所を補うように戦っている俺たちの敵ではなかった。

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