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夜鷹編
真相を知ってクロノ死す
しおりを挟む呼吸が整ったあと、ずっと気になっていたことを聞くことにした。
「フィーアちゃんは、どうして暗殺者になったんだい?」
「……言わないと、帰してくれない?」
「【メディック】【ヒール】……単純に気になったのさ。嫌なら帰っていいよ。今は周囲に誰も居ないから、話したいことを話してごらん」
「……わたしは、孤児だったの。教会で暮らしてたんだけど、売られちゃった。買ったのが、夜鷹だったの。わたしも他の子も、8歳くらいのときだったかなぁ……」
「……教会は、知ってたと思う?」
「うん、売られたってはっきり言われたから」
「……誰に言われたのかな? 神父さん?」
「……………………ヘルム」
ヘルム? 兜のことだろうか。コードネームにせよ、そんな特徴のやつには出会っていない。そうなると、夜鷹は組織なのだから、教育者と考えたほうが良さそうだ。
「……わたしたちの他にも、知らない子がたくさん居た。でも、半分くらいあっという間に殺されたの。見込みがないんだって。わたしは怖くて動けなくて、ぼうっと立ってた。生き残ったのは、逃げなかった子だけ」
恐怖で、縛ったのか。誰かを従わせることにおいて、暴力ほど効率的なものはない。原始的で確実な手段。それを何の躊躇いもなく取れるなんて、魔物より悪質だ。
「それからはずっと、盗みや殺しのことだけ教えられた。あとは知らない人から命令をされて、知らない場所の、知らない人のお金や命を奪って生きてきたの」
「……嫌にならなかった?」
「最初は嫌だったよ。でも、途中から希望があったの。100ポイント貯めたら、自由になれるの。一人殺せば1点。大金を盗めば1点。ポイントに応じて、魂を赤く染められる。真っ赤になったら、自由になれるんだよ」
言葉がたどたどしい。まるで夢を見ているような。現実逃避をしているのか、自分に言い聞かせているのか。フィーアちゃんが作り出した希望という幻なのか確認しなければならない。
「……嘘だと思わなかったのかい?」
「自由になった人に、会ったことがあるの。強い人だった。一緒に活動したこともある人。卒業のときに魂の色を抜いて貰えるから、町に入れるし、犯罪歴も残らない。やっと自分の人生を手に入れたんだって、幸せそうに笑ってた」
普通は国家しか持っていない貴重なそれを、夜鷹は所持していることになる。これは嘘をつくより厄介なシステムだ。
犯罪をポイントと称し、赤を植え付ける。逃げる実力が付いてきた頃には、立派な重犯罪者になっている。そこで乾いた心に卒業という希望を与える。
100ポイント貯めて、自分の人生を得る。この目標を心に刻みつけ、その約束をちゃんと守る。たったこれだけで、何でもする暗殺者が完成するわけか。
構成員のほとんどが、孤児だ。死んでも補充は簡単で、ターゲットを一生狙うアフターサービスも楽なもの。個々の実力が低くとも、教育者と魔導具が欠けない限り、夜鷹は滅びない。
「なぜ、そこまで詳しく知っているんだい? 他の暗殺者に聞いても、誰も知らなかったことなのに……」
「……フィーア。それが今の私の名前。隠密に長けてたわたしは、少し前にフィーアになったの。おじさんには、あっさり見つかっちゃうんだけどね」
「今の名前? まさかとは思うけど、4番を意味するフィーア? アイン、ツヴァイ、ドライ……そして、フィーア」
「よく分かったね。あと少しで、わたしも自由になれるの。本当は教えちゃダメなんだけど、わたしを助けてくれたお礼ね。誰も居ないっておじさんが言ったから、特別だよ?」
お互いに監視しあっていたのか。今までは捕まえたやつらを並べて聞いていたので、何の情報も得られないわけだ。
恐らくは、夜鷹に関わることを話したものは拷問される。諦めたように殺せと言ってきた負け犬たちの考えがやっと分かった。俺の殺し方は、きっと彼らにとって優しい方法なのだろう……。
これでは仲間意識が芽生えないし、協力して反旗を翻すものも現れない。暗殺者としての実力よりも、夜鷹という組織の存続のみを考えて作られたシステムのようだ。
フィーアちゃんが立ち上がる。服についた埃を払っていた。
「もう、会えないのかい?」
「また来るよ。おじさんが死ぬか、わたしが死ぬまで」
「いや、それは嘘だね。自分から任務を変えられるんじゃないか? 代償として、これまで貯めたポイントを失う、とか」
「……よく分かったね。おじさんは殺せない。殺したくない。だからわたしは、最初からやり直すしかないの」
短剣はまだ黒く染まっている。あれを使われたら、おじさんは死ぬだろう。フィーアちゃんも気づいているはず。それなのに、短剣を拾おうともしない。
「おじさんが守ってあげようか?」
「……たくさん人を殺して、奪ってきた。わたしは暗殺者なの」
「おじさんだって殺したよ。君の仲間をね」
「わたしの殺しと、おじさんの殺しは違う。分かってるでしょ」
「分かってるさ。だけど、追い詰められたり、パニックになった人は何でもするんだよ。君とおじさんに大した違いはないよ。ただ、違うとしたら……」
「……違うとしたら?」
「おじさんは死にたくないから強くなろうとした。だけど君のお仲間を殺したとき、とても嫌な気分になった。だから、殺さないで済むほど強くなろうとした。結果はあのざまだけどね」
もっとうまくやるつもりだった。敵の強さを知ったとき、手加減する余裕がなくなった。だから殺しという一番楽で、つまらない手段を取ってしまった。
「……わたしとあなたって、歳も同じでどこか境遇が似てる感じがするのに、全然違うんだね。そんな風に考える余裕なんて、なかったなぁ……」
「ふっ、もう一度言うけど、超えてきた場数が違うんだよ。フィーアちゃんは、暗殺者を辞められるとしたら、辞めたい?」
「……辞めたい。やりたくなかった。でももう戻れないから、最後までやるしかないの。おじさんのように強くはなれないから……」
「君はまだ子供だ。もっと大人を頼りなさい。大人が信用できないなら、おじさんを頼りなさい。君が成長するまで、責任を持って守ってあげるよ」
「……本当に?」
「君がもし、本当に暗殺者を辞めたいならね。おじさんの近くに居る限り、どんな悪党だって負け犬にしてあげるよ」
フィーアちゃんは、随分と長いあいだ黙って考えていた。やがて……。
「……友達、連れてきてもいい? 一緒に守ってくれる?」
「もちろんさ。大所帯だと厳しいけど、指で数えられるくらいなら、どうってことないさ。心配なら、さっきのスキルで『約束』してもいい」
「あ、あれはもう懲り懲りだよ。わたしは、おじさんを信じる。友達と一緒に逃げてくるから、それまで待っててくれる?」
「分かった。待つよ。おじさんは一度、町に戻る。スラム近くのログハウスを訪ねておいで」
フィーアちゃんを抱きしめ、頭に手を置く。この子は、他の子とは違う。ちゃんと心を持ってる。苦しい環境のなかで育ったのに、擦り切れていない。だからこそ、ずっと苦しんできたのだ……。
「いつまでも泣いてちゃダメだね。それじゃおじさん、またね!」
泣きながら笑ったフィーアちゃんが、森のなかに消えていった。おじさんも帰ろう。自分の家に。アルバの町に……。
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