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夜鷹編
デスハンド・クロノ死す その2
しおりを挟むずっと隠れていた暗殺者が、とうとう姿を現した。身長が高く、体つきもしっかりしている。自分から隠れることを辞めたのだから、俺を倒す算段がついたのだろうか。
「お前がこの戦いの指揮官だな? 降参する気はないか? 知ってることを話してくれれば、無事に帰してあげよう」
「断る……作戦通りにやれ。行けっ!」
待機していた下っ端たちが、一斉に向かってくる。短剣を構えての体当たり。これまでの戦いでシャドーデーモンは何枚も剥がれてしまったが、この程度の攻撃なら何の問題もない。
「【ウィスパー】【闇の感覚】」
見せしめにひとりを無力化する。崩れ落ちる雑魚を見て、他のやつがひるんでくれると思ったが、単調な攻撃は止むことはなかった。次々と無力化していき、MPを回復するために丸薬を取り出した。
「今だ! やれっ!」
倒れていた雑魚どもが俺の足に絡みついてくる。体当たりのような刺突攻撃を繰り返していたやつらも加わり、羽交い締めにされる。そして、食べようとしていた丸薬を袋ごと奪われた。
「いくらお前の防御力が桁外れだとしても、魔術師であることに変わりはない。MPの補充さえなければどうにでもなる」
最強に思える今の俺にも、しっかりと弱点が存在する。まずはこの男に言われたように、MPがなければ何もできないこと。戦士ほどのステータスがない俺には人海戦術に対抗する術がない。
ふたつめは、シャドーデーモンの存在だ。最大MPが許す限りサモンしてから戦いに臨むため、一時的ではあるが俺の最大MPはLV1のステータスより低くなっていることだろう。
常識はずれの防御力を得る代わりに、序盤はほとんどスキルを使えない。敵の攻撃を受け続けて、シャドーデーモンが倒されると最大MPが元に戻っていく。そこからMPを回復して、ようやく魔術師らしいスキルを使えるようになるのだ。
安全に敵の実力を知る意味では有用だが、ボコられ続けるのも癪なので、相手の心をへし折る煽りワードを考えて過ごしていた。
「しょうもない攻撃を続けていたのはフェイクだったのか。やられたよ。特攻隊も丸薬は持ってないようだ」
足に絡みついている雑魚どもは、下半身の自由を奪った代わりに上半身のステータスが上がっている。ダークネスをぶち込む余裕がないわけではないが……。
「取引しないか? 俺の足に絡みついているやつらの命と引き換えに、盗んだものを返してくれないか?」
「ふははははっ! 乗るわけがなかろう! さて、奪い返されては敵わん。この丸薬は捨てるとしよう。こんな風にな!」
俺に見せつけるように袋を逆さまにして、地面に落とす。そして、執拗に踏み潰したあと、ご丁寧に唾まで吐きやがった。
「これでお前は無力だ! タフさの秘密は知らん。だが死ぬまで攻撃を続ければいいだけのこと……殺せっ!」
視界を覆うほどの大量の投げナイフが、俺に向かってくる。仲間もろとも殺すつもりか? いや、攻撃は上半身にしか受けていない。
「いいぞ、攻撃を続けろ! だが決して、あのブサイクに近づくな。やつは遠距離攻撃の手段を持っていない!」
俺の最大の弱点は、遠距離攻撃の手段がないことだ。ダークネスは遅すぎて当たらないし、シャドウバインドやナイトスワンプは補助スキルである。おじさんピーンチ……。
シャドーデーモンがどんどん剥がれていく。このままでは本当に死ぬ。何とかしてMPを回復しないと……。
(もう本気を出すしかないか……)
俺の本気は、どこぞの主人公のようにカッコイイものではない。目からビームも出せないし、変身もできない。どんなことをしてでも絶対に生き残るという強い覚悟だ!
(シャドーデーモン! やつの足元の土ごとっ、俺に食わせろ!)
俺が動けないならシャドーデーモンに取ってきて貰えばいいじゃない。丸薬が地面と一体化したなら、同時に食べればいいじゃない。アントワネットサバイバル術、ここに完成する!
「なっ、何を食った!?」
「【ウィスパー】【闇の感覚】」
闇の感覚を自分に使う。上半身の感覚を奪い、下半身に与える。へばりついている雑魚を踏み潰し、一瞬にして指揮官の前まで移動した。
「……はっ? なぜ【アクセル】まで使えるんだ……?」
もう一度、自分の体に闇の感覚を使って、上半身を強化する。下半身はシャドーデーモンに支えて貰う。指揮官には、挨拶代わりのアイアンクロー。
宙ぶらりんになったらどれだけ足が早くても動けまい。こいつの唾まで食うことになったのだ。お礼はしっかりとさせていただくっ!
「生きてたら教えてやるよっ!」
「ま、待て待て! まっ――」
後頭部を掴んで、地面に顔面を叩きつける。かなり痛いだろう。少なくとも気絶してくれないと困る。ほんの数秒のあいだに、闇の感覚を2回使ったわけで、MPがまるで足りない。別のスキルを使う余裕がないのだ。
「……よし、生きてるな! 他のやつらはどうする? 丸薬をくれるって言うなら、おじさん見逃しちゃうぞ」
暗殺者たちが武器を落とした。後方に隠れていたやつが、カオ○シのように丸薬を差し出してくる。ガリガリと食べてMPを回復し、泡吹いてる指揮官に【ヒール】をかけてやった。
内心は冷や汗が止まらない展開だったが、表面上の笑顔を作って、負け犬たちが去る光景を手を振りながら見送った……。
「さぁて、こいつどうするかなぁ……」
油断していたところを不意打ちで仕留めただけで、きっとこいつは強い。だから夜鷹の秘密を知っている可能性も高いわけで、理想を言えば聞き出したい。
だが、どういうわけか固く口を閉ざすのだ。煽りで心を折ってもダメ、実力差を見せつけてもダメ。拷問してムリヤリ聞き出すくらいしか浮かばないが、それは俺の趣味じゃない。野郎の悲鳴を聞いてもつまらないし。
逃がせばまたいつか殺しに来るだろう。遠距離攻撃が使えないという俺の秘密を知られてしまったので、こいつにまた指揮されたら次こそ負けるかもしれない……。
なるべく殺しに頼らない方法で、やつらを無力化したい……そう思っていると、瞼の裏に新しい文字が浮かんでいた。
「……よし、お前は生きたモルモットになって貰おう!」
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