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夜鷹編
デスハンド・クロノ死す その1
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人里離れた森の中で、今宵も俺の右手は血に染まる……。
「……痛ぇっ! あー、ケツ切れたわ。やっぱこの葉っぱじゃダメだ。痔になる」
ちょっとした山男と化しているおじさんは、自然と大自然の中で脱糞せざるを得ない。オナホちゃんたちの秘所をティッシュで拭いていたら、あっという間になくなってしまったのだ。
「おっ、こいつは良いんじゃ……ちょっと固いな」
『葉っぱガチャ。ケツが切れる感覚は、ボクちょっと嫌だなぁ』
葉っぱガチャは続く。だがちょっと待って欲しい。たかがケツ拭くものがウルトラレアってどうなのよ。仮に見つけたとしても、安心して拭けないじゃん。大自然のなんと厳しいことか……。
「これだけ拭けばもういいか……【ヒール】」
痔も立派な怪我である。治すしかないだろう。掘った穴を埋め終えて、ズボンを穿いて手を洗う。ふぅっと一息ついたとき、潜んでいた暗殺者が現れる。
ベストタイミングと言いたいところだが、普通に待ってくれたのだ。排泄中はもっとも無防備な状態なのだが、どこぞの小便かけられた雑魚一号の話が広まっているのだろう。終わるまで決して、襲って来ないのだ。
気になる雑魚一号は、あの日から姿を見せない。出てきたらタコ殴りにしてやろうと思っているだけに、はやく会いたい。震える。
「……さて、やりますか。先に言っておくが、今日の俺は一味違うぞ。煽られたいやつからかかってきな!」
待てども暗殺者は動かない。視線は俺より少し下……穴を埋めた場所を見ていた。ナイトスワンプからの肥溜めコンボを恐れているのだろう。そんな趣味はないので、普通に歩いて離れると、今度こそ襲ってきた。
「だるまさんが……【シャドウバインド】」
ビタっと動きを止める暗殺者に近づいていく。他のやつらからの攻撃は気にしない。動きそうになったら、何度でも【シャドウバインド】を使って、とうとうその腕に触れた。
「【ウィスパー】【闇の感覚】」
「ぐっ……かっ……体が動かない……っ!」
「……どう? デスハンド・クロノの恐ろしさが分かった?」
「い、一体……何をした……っ!?」
茶番とも言える戦いに飽きた俺は、ずっと隠していた新しいスキルを使った。こいつは他の魔術とは気色が違う。
【闇の感覚】
スキルタイプ:アクティブ
消費MP:50
触れた対象の感覚を切り替える。人型にのみ有効。効果は永続する。
簡単に言うと、視力を奪って聴覚を倍にしたり、下半身の自由を奪って上半身にその力を与えることができるスキルだ。
こいつは、バフでもデバフでもない。治すには、闇の感覚を使って元にすげ替えるか、【ディスペル】を使うしかない。
弱点は触らないと発動しないし、人型にしか効かないし、無効化したら別のどこかに与える必要がある。すけべなことで使いたいが、どうあがいても感度2倍にしかならない。10000倍は遠い夢である。
俺の足元で倒れているこいつは、下半身の感覚を奪われ、上半身がパワーアップしているのだ。
「脱糞する秘孔を突いた。漏らす前に知ってることを教えろ」
「そっ!? そんなばかなことがあるかっ!」
「でも下半身に感覚ないでしょ? 腕の力で逃げたいならご自由に」
「……殺せ。俺は何も話せない」
「つまらないやつだなぁ。じゃあ、雑魚一号くん知ってる?」
「小便をかけられたという間抜けのことか? 面識もないし、居場所も知らん」
「じゃあ、好きな子、教えて」
「……か、髪の長い女性がタイプだ」
「そっかそっか。女の子らしくて、いいよね」
「……いつまでくだらん話を続ける気だ?」
「お仲間さんがお前を助けに来るまで。警戒するのは分かるけど、この状態で放置するとか、冷たいよな」
「ふん、そんなものだ。お互いに声しか知らないのだからな……」
それっきり、転がっている男は口を閉ざした。軽いノリなら話して貰えるかもしれないと思ったが、今日も大外れである。結局、闇の感覚を解除してやると、暗殺者たちはすぐに消えていった……。
「……こんなこと、いつまで続けにゃならんのかねぇ」
『せめて彼女が来てくれたら、退屈しなくて済むんだけどね』
「フィーアちゃん、良い反応してくれたもんなぁ」
夜鷹の情報を引き出すために、様々な方法を試したが、めぼしい成果は得られていない。分かったことと言えば、構成員はお互いに面識がないこと、根っからの悪党じゃない感じがする。
そして、いくら脅しても話さないということだ。忠誠心があるようには思えない。話せない事情を教えてくれれば解決法も浮かぶのだが、そこも含めて話してくれないから手詰まりである。
『明日はきっと、うまくいくさ』
「……そうだな。フィーアちゃんの言葉が気になる。これだけ手の内を晒してやったんだ。敵も本腰を入れてくるだろ」
翌日……俺の予想は正しかった。今夜の襲撃は、いつもと違う。
姿を見せたのは、金属の大盾にメイスを持ったタンク。両手剣を持った戦士も居る。どちらも何かを塗り込んで鎧の色を隠しているが、音からして金属鎧に間違いない。
その後ろに控えるのは、杖にローブを着込んだ魔術師。弓を構える狩人も居る。こちらは黒く染めた皮鎧だろう。いつもの暗殺者たちの気配もするので、こいつらが俺をオークと勘違いしているわけじゃなさそうだ。
その中に、気配の消し方がとんでもなくうまいやつが居る。少し気を抜くと見失いかける。【シックスセンス】で見えるマナの輝きも希薄だった。
恐らくは、上位の隠密スキルを習得している。ひとりはフィーアちゃんだとして……相手も本気を出してきたのだ。
「……寄ってたかっておじさんひとりを攫おうだの殺そうだの、恥ずかしくないのかな?」
「ブタ野郎が吠えるじゃねぇか……【コンバットクライ】」
【コンバットクライ】……タンクが敵の注意を引きつけるヘイトスキル。赤い光が俺の体を包んだ。これにかかったやつは、怒り狂って使用者を優先的に襲うようになる。
「ブタ野郎だとぉ!? ぶっ殺してやる!」
「間抜けが釣れたぜ……【シールドバッシュ】」
タンクに飛びかかると、俺の攻撃もろとも吹き飛ばされる。すぐに立ち上がって、怒りのままに単調な攻撃を繰り返す。
「へなちょこの剣戟じゃ、俺の守りは崩せねぇ……やれっ!」
両手剣を持った戦士が、俺の側面から迫る。コンバットクライさえなければ余裕で避けられるのに……。
「指図するな! 【パワースラッシュ】」
「……ほい、捕まえた。【ウィスパー】【闇の感覚】」
振り下ろされた大剣を避けると、土埃に紛れて戦士の顔面を掴む。視力を奪って聴覚を強化してやった。
「なっ、何だ!? 何も見えねぇ! くそっ、くそぉぉぉっ!」
「ちっ、もうヘイトが切れてやがった! バカ野郎、大剣を振り回すんじゃねぇ!」
仲間内でわちゃわちゃしている間に、青い丸薬を噛み砕く。今の俺では、闇の感覚を一回使うたびに回復しないと、吐き気が酷くて動けない。
「お、落ち着いて戦士! 【ディスペル】」
ディスペル持ちまで居るのか。つまり光の魔術師。優先順位が見えてきた。
「助かった! 今度こそこのブサイクはぶった切る! 【パワースラッシュ】」
振り下ろされた大剣を受けると、円盾がひしゃげた。踏ん張って耐えていたら、切り払いのコンボで、またしても俺は吹き飛ばされる……。
「何てしぶとさだ。だが盾は壊した。次で仕留められる」
「もう一度やる! 【コンバットクライ】」
起き上がろうとした俺の体を、赤い光が包み込む。口に含んでいた丸薬を噛み砕きながら、タンクに突撃する。そびえ立つ大盾の横を通り抜けて、後ろに居る光の魔術師を最初に潰すことに決めた。
「うそっ!? 効いてな――」
魔術師の顔を掴んで持ち上げ、生み出したナイトスワンプに沈める。そのままダークネスをぶち込み、厄介なヒーラーを片付けた。
「……まず、一人。次はどいつだ?」
「なっ、わしのコンバットクライを受けたはずなのにっ!?」
「大盾を構えると自分の視界も塞ぐことになる。オーク以下の知能のお前に、おじさんが特別に教えてあげよう。【ウィスパー】」
タンクは無視する。俺が次に狙ったのは狩人だ。光の魔術師に向かっていることにいち早く気づき、矢で妨害してきた。広い視野を持つこいつは、邪魔だ!
「はっ、早くコンバットクライをかけ直せ! 【レインアロー】」
天に放たれた一本の矢が、無数の弓矢に分裂して降り注ぐ。その中を俺は歩いて進む。【シャドウバインド】で動きを封じれば、捕まえるのは簡単だ。また頭を掴んで、持ち上げる。
「いくらおじさんが怖いからって、レインアローはないでしょ。それとも足止めのつもりだったのかな? どちらにせよ、仲間が近づけなくて棒立ちしてるじゃないか。あの世で反省しろ」
「まっ、待って! 殺さな――」
「……助けを求める相手が間違っている。自分で活路を塞いだお前は、死ぬしかない」
ダークネスで頭を消し飛ばす。落下する体をナイトスワンプが飲み込んだ。
「……次は、誰が死ぬんだ? 誰も守れない無能なタンクか? 大剣ブンブン丸か? それとも、仲間が死ぬのを見ているだけのクズどもか?」
「わしだ! この大盾をぶち抜いてみやがれ!」
指名されたのでタンクに襲いかかる。重厚な金属の大盾には、いくらルーティンソードを振るっても、細かな傷を付けるだけで精一杯だ。
「がはははっ! 魔術師のへなちょこ剣で破られるわしではないわっ! 【シールドバッシュ】」
「流石はタンク。やっぱり固いな……【ウィスパー】【エンチャント・ダークネス】」
ルーティンソードにダークネスを塗り込む。これだけ固い相手なら、正確な威力を調べることができるだろう。
「なっ、何だその黒い剣は……スキルなのかっ!?」
「俺の必殺技だ。固いタンクと俺の剣。どっちが強いか勝負しよう」
「面白い! 受けて立つ!」
大盾に剣を振るう。まず一発……黒い稲妻が走る。次に二発……大盾が凹む。そして三発……大盾がひしゃげた。最後に四発……大盾は跡形もなく消えた。
「あ、ありえん。わ、わしの大盾が……魔術師如きに……」
「タンクと正面から殴り合う貴重な機会をありがとう。お礼に、お前は生かしてやろう。そこで仲間が死ぬのを見ていろ。【ウィスパー】」
膝から崩れ落ちたタンク。それを見た戦士が後ずさる。【シャドウバインド】をかけたが拘束は一瞬で解かれる。背中を向けて逃げ出したので、【ナイトスワンプ】で足を取った。
「なっ、何だよこれっ。くそっ、抜けねぇ!」
「金属の鎧は重くて肩こりしないか? 温泉に入ってゆっくりしていけよ」
「がぼごぼぼおがぼっ! げほっ、助けっ、助けて――」
「だから俺に言ってどうする。お仲間に助けを求めろ」
後頭部を掴んで沼に沈める。これだけ隙を見せているのに、潜んでいる暗殺者は動かない。こいつらはどう考えても主戦力。雑魚と違って情報を持っているはずだし、仲間意識があるのではないかと期待したが、ダメなのか。
「げほっ、げほぉ! 頼む、助けて――」
これまで襲ってきた雑魚のほとんどを生きて帰したのは、全てこの日のため。結集した戦力を一度で叩き潰すためだ。逃げられるくらいなら、いっそのこと皆殺しにするしか――。
「止めて! わたしが相手よ!」
「やっとお仲間が……おや、君は」
現れたのはフィーアちゃんだった。ただ一人、短剣を構えている。
「……優しい子だねぇ。足がすくんでいるのに、よく出てきたね。君の行いに免じて、彼は助けてあげよう」
肩に手を置き、闇の感覚で下半身の自由を奪う。これで巻き込まれることはないだろう。
「おじさん、待って! もう殺さないで――」
「約束はできないね。努力はしてみるよ。彼がラスボスだと良いんだけどねぇ」
存在が希薄だった暗殺者が、森の奥から歩いて来ていた……。
「……痛ぇっ! あー、ケツ切れたわ。やっぱこの葉っぱじゃダメだ。痔になる」
ちょっとした山男と化しているおじさんは、自然と大自然の中で脱糞せざるを得ない。オナホちゃんたちの秘所をティッシュで拭いていたら、あっという間になくなってしまったのだ。
「おっ、こいつは良いんじゃ……ちょっと固いな」
『葉っぱガチャ。ケツが切れる感覚は、ボクちょっと嫌だなぁ』
葉っぱガチャは続く。だがちょっと待って欲しい。たかがケツ拭くものがウルトラレアってどうなのよ。仮に見つけたとしても、安心して拭けないじゃん。大自然のなんと厳しいことか……。
「これだけ拭けばもういいか……【ヒール】」
痔も立派な怪我である。治すしかないだろう。掘った穴を埋め終えて、ズボンを穿いて手を洗う。ふぅっと一息ついたとき、潜んでいた暗殺者が現れる。
ベストタイミングと言いたいところだが、普通に待ってくれたのだ。排泄中はもっとも無防備な状態なのだが、どこぞの小便かけられた雑魚一号の話が広まっているのだろう。終わるまで決して、襲って来ないのだ。
気になる雑魚一号は、あの日から姿を見せない。出てきたらタコ殴りにしてやろうと思っているだけに、はやく会いたい。震える。
「……さて、やりますか。先に言っておくが、今日の俺は一味違うぞ。煽られたいやつからかかってきな!」
待てども暗殺者は動かない。視線は俺より少し下……穴を埋めた場所を見ていた。ナイトスワンプからの肥溜めコンボを恐れているのだろう。そんな趣味はないので、普通に歩いて離れると、今度こそ襲ってきた。
「だるまさんが……【シャドウバインド】」
ビタっと動きを止める暗殺者に近づいていく。他のやつらからの攻撃は気にしない。動きそうになったら、何度でも【シャドウバインド】を使って、とうとうその腕に触れた。
「【ウィスパー】【闇の感覚】」
「ぐっ……かっ……体が動かない……っ!」
「……どう? デスハンド・クロノの恐ろしさが分かった?」
「い、一体……何をした……っ!?」
茶番とも言える戦いに飽きた俺は、ずっと隠していた新しいスキルを使った。こいつは他の魔術とは気色が違う。
【闇の感覚】
スキルタイプ:アクティブ
消費MP:50
触れた対象の感覚を切り替える。人型にのみ有効。効果は永続する。
簡単に言うと、視力を奪って聴覚を倍にしたり、下半身の自由を奪って上半身にその力を与えることができるスキルだ。
こいつは、バフでもデバフでもない。治すには、闇の感覚を使って元にすげ替えるか、【ディスペル】を使うしかない。
弱点は触らないと発動しないし、人型にしか効かないし、無効化したら別のどこかに与える必要がある。すけべなことで使いたいが、どうあがいても感度2倍にしかならない。10000倍は遠い夢である。
俺の足元で倒れているこいつは、下半身の感覚を奪われ、上半身がパワーアップしているのだ。
「脱糞する秘孔を突いた。漏らす前に知ってることを教えろ」
「そっ!? そんなばかなことがあるかっ!」
「でも下半身に感覚ないでしょ? 腕の力で逃げたいならご自由に」
「……殺せ。俺は何も話せない」
「つまらないやつだなぁ。じゃあ、雑魚一号くん知ってる?」
「小便をかけられたという間抜けのことか? 面識もないし、居場所も知らん」
「じゃあ、好きな子、教えて」
「……か、髪の長い女性がタイプだ」
「そっかそっか。女の子らしくて、いいよね」
「……いつまでくだらん話を続ける気だ?」
「お仲間さんがお前を助けに来るまで。警戒するのは分かるけど、この状態で放置するとか、冷たいよな」
「ふん、そんなものだ。お互いに声しか知らないのだからな……」
それっきり、転がっている男は口を閉ざした。軽いノリなら話して貰えるかもしれないと思ったが、今日も大外れである。結局、闇の感覚を解除してやると、暗殺者たちはすぐに消えていった……。
「……こんなこと、いつまで続けにゃならんのかねぇ」
『せめて彼女が来てくれたら、退屈しなくて済むんだけどね』
「フィーアちゃん、良い反応してくれたもんなぁ」
夜鷹の情報を引き出すために、様々な方法を試したが、めぼしい成果は得られていない。分かったことと言えば、構成員はお互いに面識がないこと、根っからの悪党じゃない感じがする。
そして、いくら脅しても話さないということだ。忠誠心があるようには思えない。話せない事情を教えてくれれば解決法も浮かぶのだが、そこも含めて話してくれないから手詰まりである。
『明日はきっと、うまくいくさ』
「……そうだな。フィーアちゃんの言葉が気になる。これだけ手の内を晒してやったんだ。敵も本腰を入れてくるだろ」
翌日……俺の予想は正しかった。今夜の襲撃は、いつもと違う。
姿を見せたのは、金属の大盾にメイスを持ったタンク。両手剣を持った戦士も居る。どちらも何かを塗り込んで鎧の色を隠しているが、音からして金属鎧に間違いない。
その後ろに控えるのは、杖にローブを着込んだ魔術師。弓を構える狩人も居る。こちらは黒く染めた皮鎧だろう。いつもの暗殺者たちの気配もするので、こいつらが俺をオークと勘違いしているわけじゃなさそうだ。
その中に、気配の消し方がとんでもなくうまいやつが居る。少し気を抜くと見失いかける。【シックスセンス】で見えるマナの輝きも希薄だった。
恐らくは、上位の隠密スキルを習得している。ひとりはフィーアちゃんだとして……相手も本気を出してきたのだ。
「……寄ってたかっておじさんひとりを攫おうだの殺そうだの、恥ずかしくないのかな?」
「ブタ野郎が吠えるじゃねぇか……【コンバットクライ】」
【コンバットクライ】……タンクが敵の注意を引きつけるヘイトスキル。赤い光が俺の体を包んだ。これにかかったやつは、怒り狂って使用者を優先的に襲うようになる。
「ブタ野郎だとぉ!? ぶっ殺してやる!」
「間抜けが釣れたぜ……【シールドバッシュ】」
タンクに飛びかかると、俺の攻撃もろとも吹き飛ばされる。すぐに立ち上がって、怒りのままに単調な攻撃を繰り返す。
「へなちょこの剣戟じゃ、俺の守りは崩せねぇ……やれっ!」
両手剣を持った戦士が、俺の側面から迫る。コンバットクライさえなければ余裕で避けられるのに……。
「指図するな! 【パワースラッシュ】」
「……ほい、捕まえた。【ウィスパー】【闇の感覚】」
振り下ろされた大剣を避けると、土埃に紛れて戦士の顔面を掴む。視力を奪って聴覚を強化してやった。
「なっ、何だ!? 何も見えねぇ! くそっ、くそぉぉぉっ!」
「ちっ、もうヘイトが切れてやがった! バカ野郎、大剣を振り回すんじゃねぇ!」
仲間内でわちゃわちゃしている間に、青い丸薬を噛み砕く。今の俺では、闇の感覚を一回使うたびに回復しないと、吐き気が酷くて動けない。
「お、落ち着いて戦士! 【ディスペル】」
ディスペル持ちまで居るのか。つまり光の魔術師。優先順位が見えてきた。
「助かった! 今度こそこのブサイクはぶった切る! 【パワースラッシュ】」
振り下ろされた大剣を受けると、円盾がひしゃげた。踏ん張って耐えていたら、切り払いのコンボで、またしても俺は吹き飛ばされる……。
「何てしぶとさだ。だが盾は壊した。次で仕留められる」
「もう一度やる! 【コンバットクライ】」
起き上がろうとした俺の体を、赤い光が包み込む。口に含んでいた丸薬を噛み砕きながら、タンクに突撃する。そびえ立つ大盾の横を通り抜けて、後ろに居る光の魔術師を最初に潰すことに決めた。
「うそっ!? 効いてな――」
魔術師の顔を掴んで持ち上げ、生み出したナイトスワンプに沈める。そのままダークネスをぶち込み、厄介なヒーラーを片付けた。
「……まず、一人。次はどいつだ?」
「なっ、わしのコンバットクライを受けたはずなのにっ!?」
「大盾を構えると自分の視界も塞ぐことになる。オーク以下の知能のお前に、おじさんが特別に教えてあげよう。【ウィスパー】」
タンクは無視する。俺が次に狙ったのは狩人だ。光の魔術師に向かっていることにいち早く気づき、矢で妨害してきた。広い視野を持つこいつは、邪魔だ!
「はっ、早くコンバットクライをかけ直せ! 【レインアロー】」
天に放たれた一本の矢が、無数の弓矢に分裂して降り注ぐ。その中を俺は歩いて進む。【シャドウバインド】で動きを封じれば、捕まえるのは簡単だ。また頭を掴んで、持ち上げる。
「いくらおじさんが怖いからって、レインアローはないでしょ。それとも足止めのつもりだったのかな? どちらにせよ、仲間が近づけなくて棒立ちしてるじゃないか。あの世で反省しろ」
「まっ、待って! 殺さな――」
「……助けを求める相手が間違っている。自分で活路を塞いだお前は、死ぬしかない」
ダークネスで頭を消し飛ばす。落下する体をナイトスワンプが飲み込んだ。
「……次は、誰が死ぬんだ? 誰も守れない無能なタンクか? 大剣ブンブン丸か? それとも、仲間が死ぬのを見ているだけのクズどもか?」
「わしだ! この大盾をぶち抜いてみやがれ!」
指名されたのでタンクに襲いかかる。重厚な金属の大盾には、いくらルーティンソードを振るっても、細かな傷を付けるだけで精一杯だ。
「がはははっ! 魔術師のへなちょこ剣で破られるわしではないわっ! 【シールドバッシュ】」
「流石はタンク。やっぱり固いな……【ウィスパー】【エンチャント・ダークネス】」
ルーティンソードにダークネスを塗り込む。これだけ固い相手なら、正確な威力を調べることができるだろう。
「なっ、何だその黒い剣は……スキルなのかっ!?」
「俺の必殺技だ。固いタンクと俺の剣。どっちが強いか勝負しよう」
「面白い! 受けて立つ!」
大盾に剣を振るう。まず一発……黒い稲妻が走る。次に二発……大盾が凹む。そして三発……大盾がひしゃげた。最後に四発……大盾は跡形もなく消えた。
「あ、ありえん。わ、わしの大盾が……魔術師如きに……」
「タンクと正面から殴り合う貴重な機会をありがとう。お礼に、お前は生かしてやろう。そこで仲間が死ぬのを見ていろ。【ウィスパー】」
膝から崩れ落ちたタンク。それを見た戦士が後ずさる。【シャドウバインド】をかけたが拘束は一瞬で解かれる。背中を向けて逃げ出したので、【ナイトスワンプ】で足を取った。
「なっ、何だよこれっ。くそっ、抜けねぇ!」
「金属の鎧は重くて肩こりしないか? 温泉に入ってゆっくりしていけよ」
「がぼごぼぼおがぼっ! げほっ、助けっ、助けて――」
「だから俺に言ってどうする。お仲間に助けを求めろ」
後頭部を掴んで沼に沈める。これだけ隙を見せているのに、潜んでいる暗殺者は動かない。こいつらはどう考えても主戦力。雑魚と違って情報を持っているはずだし、仲間意識があるのではないかと期待したが、ダメなのか。
「げほっ、げほぉ! 頼む、助けて――」
これまで襲ってきた雑魚のほとんどを生きて帰したのは、全てこの日のため。結集した戦力を一度で叩き潰すためだ。逃げられるくらいなら、いっそのこと皆殺しにするしか――。
「止めて! わたしが相手よ!」
「やっとお仲間が……おや、君は」
現れたのはフィーアちゃんだった。ただ一人、短剣を構えている。
「……優しい子だねぇ。足がすくんでいるのに、よく出てきたね。君の行いに免じて、彼は助けてあげよう」
肩に手を置き、闇の感覚で下半身の自由を奪う。これで巻き込まれることはないだろう。
「おじさん、待って! もう殺さないで――」
「約束はできないね。努力はしてみるよ。彼がラスボスだと良いんだけどねぇ」
存在が希薄だった暗殺者が、森の奥から歩いて来ていた……。
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