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魂を捧げてクロノ死す
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赤竜に出会ったらどうするか? 決まってる、逃げるんだよ。
俺の意思とは裏腹に、体はピクリとも動かない。ついでに漏らした。ゴブリンにびびって逃げ出した俺が、棒立ちなどありえない。
恐怖で体が動かないというより、恐怖が体を縛っている。そんな印象を受けた。何らかのスキルによるものだろう。それならば、恐怖に対抗するスキルを使えばいいのだ。口だけは動くのだから。
「ククッ、ククク……ハーッハッハッハ! 赤いリザードマン如きにビビる俺ではないわっ!!」
『あぁ、君も知ってると思うけど、竜は人の言葉を理解するからね』
「嘘です赤竜様ぁぁぁぁっ!」
遅かった。変なテンションで煽っちまった。赤竜が大口を開ける。喉の奥で炎がゆらめている。体は動くようになったが、ブレスを避けれる気がしない。
『ボクが戦おうか? 君が逃げるまでの時間は稼ぐよ』
「お前を見捨てて逃げるわけないだろぉぉぉっ!」
吐き出される炎を、真横にダイブしてどうにか避けた。至近距離なのが幸いした。半端な距離だったら拡散した炎に飲み込まれて上手に焼けていただろう。死ぬ気で走っているが、次のブレスまで時間がない。
『君の死は、ボクの死なんだ。一緒に生き残るか、一緒に死ぬか。選択のときだ』
瞼の裏に浮かぶ、新しい言葉。それはとても物騒な響きで、口にするのを躊躇ってしまう。しかし、言わなければ確実に死ぬ。やけくそ気味で叫んだ。
「【眷属よ、我が魂を喰らえ】」
体から力が抜けていく。膝ががくりと落ちた。俺の影が急激に成長していき、やがてその影は赤竜に並ぶ、大きな狼になった。深い紫色の肌に、星が輝く影の狼だ……。
「ナイトメア、なのか……?」
返事の代わりか、天を仰いで遠吠えをする。赤竜もまた、闘志を燃やして咆哮をぶつけ合う。この場に俺が居たところで、出来ることは何もないのだと瞬時に理解した。
「待ってろナイトメア! 助けを呼んで戻ってくる!」
体が重い。揺れた肉が千切れそうだ。それでも走った。辺り一面は既に火の海であり、少しでも立ち止まれば囲まれてしまう。景色が森の緑に変わっても、火の手はすぐそこまで迫っているのだ。
森を抜けて町の門にたどり着くと、門番が集まっている。その中心にはガイルさんが居た。
「ブサクロノかっ! あの火は何だ!?」
「赤竜が出ました!」
「バカなっ、竜だと……っ。鐘を鳴らせ! 警戒レベルを最大に引き上げろ。完全武装して配置に就けっ! ブサクロノ、お前はギルドにこの事実を伝えろ。俺たちは持ち場を離れられない!」
門番の仕事は町を守ることだ。非常事態を速やかに伝え、市民の避難が済むまで門を死守する。火から逃れようと森の魔物が町にやってくることも珍しくないのだ。竜を討つのは、冒険者の仕事だ。
ギルドに入った瞬間、ギルド長が険しい顔で話し込んでいた。髪を結び、背中には黒い大弓。既に武装しているようだった。
「北の森に、赤竜が出ました!」
「竜が……良く知らせてくれた。皆、聞いたか! 赤竜が出た。Dランク冒険者は耐火装備を整え北門に集合しろ。Eランクは森の外でバックアップ。それ以下のものは、衛兵と協力して町の守備を固めろ!」
「俺も連れて行ってください。案内が必要でしょう!?」
「不要だ。行けばすぐに分かる。君は休んでいたまえ」
「お願いします! 俺はどうしても行かないと……ごほっ!?」
ナイトメアが待っているのだ。ギルド長にすがりついてでも着いていくつもりだったのに、目の前に現れた黒銀のフルプレートの男に吹き飛ばされた。そこで俺の意識は途切れた。
(ナイトッ、メア……)
大きな歓声が俺を呼び起こした。それで悟った。赤竜が討伐されたのだと。俺の相棒はどうなったんだ……?
『おはよう。酷い怪我だね』
「ナイトメア……無事だったんだな!」
相棒は俺の胸元から何事もなかったように顔を覗かせている。竜がどうなろうと知ったことはでないが、これだけが気がかりだったのだ。
『君が死なない限り、ボクは死なないよ。少し疲れたけどね』
「あぁ、俺も疲れたよ。パト○ッシュ……」
『それ死ぬやつだろう? 今は素直に喜ぼうよ』
もうすぐ赤竜の討伐を祝う宴が始まるらしい。俺はその誘いを断り、宿舎に帰って寝ることにした。宴の主賓ではないのだ。構うものか。
翌日、ギルドに入って掲示板を見ていると、ギルド長がやってきた。
「やぁブサクロノくん。昨日はすまなかったね。一刻を争う事態だったので手荒な手段になった。それと、今日から君はFランク冒険者だ。昇格おめでとう」
意味不明である。ギルド長も赤竜討伐の酒が残っているのだろうか。
「お水、出しましょうか? 悪酔いには水が一番ですよ」
「酔ってなどいないさ。君の働きはランクアップに値する素晴らしいものだったのだよ。君の発見と報告がなければ、町の被害は甚大だっただろう。それに、赤竜の姿を見て、生きて帰ってきたソロのGランク冒険者など君くらいだぞ?」
褒めているようで、探りを入れられているような。やましいところなどないのだが、おじさんはイジワルなので素直に教えてあげたくないのだ。
「……よく生きてましたね」
「本当にな。どうやって生き延びたんだ?」
考えを表に出すのが早すぎる。ギルド長は学者気質なところがある。よほど知りたいらしいな……。
「うーん、どうしようかなぁ。言っちゃおうかなぁ。でもなぁ……」
「昨日のことなら謝ったじゃないか。それにレポートの提出は義務だぞ?」
「おやおや、赤竜との遭遇は、突発的に起こったことです。依頼を引き受けていないのですから、レポートを報告する義務はないのでは?」
「やはり君は妙に聡いな。分かった、私の負けだ。私が職権乱用をする前に話してくれたまえ」
「えー、そういうこと言っちゃう? あー、何も覚えてないなー。きっと赤竜に気づかれなかったんじゃないかなー」
「嘘はまだ下手なようだな。探知能力に長ける竜が、隠密スキルを持たない君を見落とすなどありえないことだ」
(……まじかよ。よく生きてたな、俺)
そうなると俺の体験にはそれなりの価値がある。軽々しく話すわけにはいかなくなった。優越感など俺にとってはクソの役にも立たない。
「……分かった。本当に私の負けだ。真実を話してくれるのなら、報酬として銀貨10枚を出そう。断るのなら私も乙女の端くれとして、職権乱用を決断する」
(恥じらって! もっと恥じらって!?)
何もかもかなぐり捨てるか、ぽんと銀貨10枚を出す価値があるらしい。元から断るつもりはなかったが、素直に応じる俺ではない。人の足元を見るのは、人として当たり前の行動である。
「俺の質問にいくつか答えてくれるのなら、その依頼を受けます」
「答えられる範囲でなら構わない。契約成立だな」
誰かに聞かれると売った意味がなくなってしまう。ギルド長と共に別室へ移動する。あとはスキル名など一部を隠してギルド長に真実を伝えた。
「なるほど。君はそのレベルで恐怖を緩和するスキルを習得しているのか」
「それがなければ何も出来ずに食われてましたね。まるで金縛りでしたから」
「私はレベルのおかげか【威圧】スキルの影響はなかったが、若かりし頃の私が今の話を聞いていたのなら、最優先で習得しただろうな。それで、君の相棒はどこに居るのかね? 生きているそうだが……」
ナイトメア絡みのことは、ただ相棒とだけ伝えたのだ。名前も物騒だし、討伐されたりしたら大変だ。
「こいつが俺の相棒です。可愛いでしょ?」
懐に潜んでいたナイトメアを机の上に置いた。ギルド長はただ怪訝そうに見つめていた。
「……これは、何かね? 魔物なのか?」
それが分からないから聞いたのだが、ギルド長が知らないのなら調べても無駄だろう。ナイトメア本人は、絶対に答えてくれない。
「サモンなのか? それともテイム? スキル名を教えてくれないか」
「えーっと、契約スキルだから、サモンですかね?」
「……ユニークスキルか。召喚スキルがサモン。従魔とするのがテイムだ。契約スキルなど聞いたことがない」
「よく分からないけど、こいつが小さな体で赤竜の気を引いてくれました。おかげで俺は逃げ切れたんですよ」
「ほぅ、見た目に似合わず勇敢なのだな。契約スキルについては私も調べてみよう。何か分かったらすぐに伝えるつもりだ」
『逃げられたのは、君の力なんだけどね』
ナイトメアの謙遜は軽く流した。期待せずにギルド長の続報を待とう。別の目的は果たせそうなので問題ないだろう。
「俺の話はこれで終わりです。契約書、ありますか?」
「契約書など必要かね? こちらは約束通り銀貨10枚を支払う。それで済む話だと思うが……」
「いやいや、ギルド長は俺の話を買ったんです。俺があとから話したらギルド長は大損じゃないですか。きっちり契約書を作って証拠を残すべきですよ」
「君が話すとは思えないが、いいだろう。すぐに用意しよう。君からの要望があれば文章に加えるが?」
出来上がった契約書を確認する。俺の要望もしっかり入っているし、問題がなかったのでサインした。これで俺は厄介事から逃れられる。その効力は、きっとすぐに発揮されるはずだ。
部屋を出ると、冒険者たちが出待ちしていた。口を揃えて赤竜の話を聞きたいと言ってくる。俺の返事は最初から決まっている。
「すみません。赤竜の話はギルド長に売りました。ですから、俺はもう話せないんです。聞きたい人はギルド長に直談判して貰うしか……」
人だかりはあっという間に消えた。優越感などいらない。金もどうでもいい。無駄な時間を取られないように、ギルド長に売ったという証拠が欲しかっただけだ。
赤竜から逃げ延びたことは凄いらしい。聞けば聞くほど、我ながらよく生き延びたとは思う。だが、俺は悔しいのだ。いつかナイトメアと並んで威張りくさった赤竜をしばき回したいものである。
宿に帰った俺は、強くなるために、新しいスキルを習得することにした。昨日の【吸魔】を習得しても、黒い文字は浮かんでいた。まだSPが残っていることになるのだが……。
「……は? 習得出来ないぞ。どうなってるんだ?」
黒かった文字が、灰色に変わっている。SPが足りない? 昨日は習得できたはずなのに……。
『眷属よ、我が魂を喰らえ。あれは契約者が自分の魂であるレベルを捧げて発動するものなんだ。だから、レベルが下がってSPも足りないわけさ』
「魂ってレベルのことだったのか。走ってるときの疲労感も、レベルダウンによるステータス低下が原因ってことかよ。もっと早く言ってくれ……」
『未知のスキルの効果を知るときは、いつかな?』
「そりゃ、効果が発動したときだ。まさか……」
【魂の契約:ナイトメア】
契約者が任意のレベルを捧げることで、ナイトメアを召喚する。捧げたレベルの5倍の数値がナイトメアのレベルになる。ナイトメアを召喚中は経験値を得られない。契約を取り消すことは出来ない。
「……なんてこった。一緒に戦えないじゃん」
『そう落ち込まないで。ボクは君さ。いつでもボクらは一緒に戦っているんだ』
「そういうふわっとしたやつじゃなくてさぁ。並んで、強いやつに挑みたかったわけよ。分かるだろ?」
『一応、一緒に戦えるよ。おすすめはしないけど』
ナイトメアを召喚するときは、自分より強いやつに出会ったときだろう。LV.1を捧げればナイトメアはLV.5。戦闘力は期待出来ない。LV.10を捧げればナイトメアはLV.50で強いが、俺が雑魚化する。
「……赤竜のときの使い方がベストか。でも俺、任意のレベルとやらは何も考えてなかったぞ?」
『君はLV.8だったから、LV.3を受け取ったよ。ボクと契約したのがLV.5だったから、限界まで捧げてもLV.5を下回ることはないんだ』
「なるほど。スキル効果の説明にあった、『契約を取り消すことは出来ない』ってやつか。5倍の強さは魅力的だが、自分のレベルが下がるのはキツいな。とりあえず【吸魔】を取り直そう」
『魂の契約はSPを消費しない。だからLV.5で習得したスキルは【吸魔】だよ。消えないから安心してね』
とにかくLV.5が下限だ。またレベルの上げ直しになるが、習得する順番も重要になるだろう。デメリットの大きさに頭を抱えそうになったが、ふとあることに気づいた。
(……あぁ、これは擬似的なスキルリセットとして使えるか)
レベルが下がれば、スキルを習得したという結果がなかったことになる。時間と手間はかかるが、【星の記憶】がもたらす未知のスキルの効果を、いくらでも知ることが出来るのだ。
(低レベルだがスキルの組み合わせは最適ってか。ますますロマンだな)
念のために他に変化が起きていないか確認すると、俺は目を疑った。長らく謎で、もうすっかり忘れていた【強運】の効果が現れたのだ。
【強運】
強敵に出会いやすくなる。
それは俺にとって、死刑宣告に等しいものだった……。
俺の意思とは裏腹に、体はピクリとも動かない。ついでに漏らした。ゴブリンにびびって逃げ出した俺が、棒立ちなどありえない。
恐怖で体が動かないというより、恐怖が体を縛っている。そんな印象を受けた。何らかのスキルによるものだろう。それならば、恐怖に対抗するスキルを使えばいいのだ。口だけは動くのだから。
「ククッ、ククク……ハーッハッハッハ! 赤いリザードマン如きにビビる俺ではないわっ!!」
『あぁ、君も知ってると思うけど、竜は人の言葉を理解するからね』
「嘘です赤竜様ぁぁぁぁっ!」
遅かった。変なテンションで煽っちまった。赤竜が大口を開ける。喉の奥で炎がゆらめている。体は動くようになったが、ブレスを避けれる気がしない。
『ボクが戦おうか? 君が逃げるまでの時間は稼ぐよ』
「お前を見捨てて逃げるわけないだろぉぉぉっ!」
吐き出される炎を、真横にダイブしてどうにか避けた。至近距離なのが幸いした。半端な距離だったら拡散した炎に飲み込まれて上手に焼けていただろう。死ぬ気で走っているが、次のブレスまで時間がない。
『君の死は、ボクの死なんだ。一緒に生き残るか、一緒に死ぬか。選択のときだ』
瞼の裏に浮かぶ、新しい言葉。それはとても物騒な響きで、口にするのを躊躇ってしまう。しかし、言わなければ確実に死ぬ。やけくそ気味で叫んだ。
「【眷属よ、我が魂を喰らえ】」
体から力が抜けていく。膝ががくりと落ちた。俺の影が急激に成長していき、やがてその影は赤竜に並ぶ、大きな狼になった。深い紫色の肌に、星が輝く影の狼だ……。
「ナイトメア、なのか……?」
返事の代わりか、天を仰いで遠吠えをする。赤竜もまた、闘志を燃やして咆哮をぶつけ合う。この場に俺が居たところで、出来ることは何もないのだと瞬時に理解した。
「待ってろナイトメア! 助けを呼んで戻ってくる!」
体が重い。揺れた肉が千切れそうだ。それでも走った。辺り一面は既に火の海であり、少しでも立ち止まれば囲まれてしまう。景色が森の緑に変わっても、火の手はすぐそこまで迫っているのだ。
森を抜けて町の門にたどり着くと、門番が集まっている。その中心にはガイルさんが居た。
「ブサクロノかっ! あの火は何だ!?」
「赤竜が出ました!」
「バカなっ、竜だと……っ。鐘を鳴らせ! 警戒レベルを最大に引き上げろ。完全武装して配置に就けっ! ブサクロノ、お前はギルドにこの事実を伝えろ。俺たちは持ち場を離れられない!」
門番の仕事は町を守ることだ。非常事態を速やかに伝え、市民の避難が済むまで門を死守する。火から逃れようと森の魔物が町にやってくることも珍しくないのだ。竜を討つのは、冒険者の仕事だ。
ギルドに入った瞬間、ギルド長が険しい顔で話し込んでいた。髪を結び、背中には黒い大弓。既に武装しているようだった。
「北の森に、赤竜が出ました!」
「竜が……良く知らせてくれた。皆、聞いたか! 赤竜が出た。Dランク冒険者は耐火装備を整え北門に集合しろ。Eランクは森の外でバックアップ。それ以下のものは、衛兵と協力して町の守備を固めろ!」
「俺も連れて行ってください。案内が必要でしょう!?」
「不要だ。行けばすぐに分かる。君は休んでいたまえ」
「お願いします! 俺はどうしても行かないと……ごほっ!?」
ナイトメアが待っているのだ。ギルド長にすがりついてでも着いていくつもりだったのに、目の前に現れた黒銀のフルプレートの男に吹き飛ばされた。そこで俺の意識は途切れた。
(ナイトッ、メア……)
大きな歓声が俺を呼び起こした。それで悟った。赤竜が討伐されたのだと。俺の相棒はどうなったんだ……?
『おはよう。酷い怪我だね』
「ナイトメア……無事だったんだな!」
相棒は俺の胸元から何事もなかったように顔を覗かせている。竜がどうなろうと知ったことはでないが、これだけが気がかりだったのだ。
『君が死なない限り、ボクは死なないよ。少し疲れたけどね』
「あぁ、俺も疲れたよ。パト○ッシュ……」
『それ死ぬやつだろう? 今は素直に喜ぼうよ』
もうすぐ赤竜の討伐を祝う宴が始まるらしい。俺はその誘いを断り、宿舎に帰って寝ることにした。宴の主賓ではないのだ。構うものか。
翌日、ギルドに入って掲示板を見ていると、ギルド長がやってきた。
「やぁブサクロノくん。昨日はすまなかったね。一刻を争う事態だったので手荒な手段になった。それと、今日から君はFランク冒険者だ。昇格おめでとう」
意味不明である。ギルド長も赤竜討伐の酒が残っているのだろうか。
「お水、出しましょうか? 悪酔いには水が一番ですよ」
「酔ってなどいないさ。君の働きはランクアップに値する素晴らしいものだったのだよ。君の発見と報告がなければ、町の被害は甚大だっただろう。それに、赤竜の姿を見て、生きて帰ってきたソロのGランク冒険者など君くらいだぞ?」
褒めているようで、探りを入れられているような。やましいところなどないのだが、おじさんはイジワルなので素直に教えてあげたくないのだ。
「……よく生きてましたね」
「本当にな。どうやって生き延びたんだ?」
考えを表に出すのが早すぎる。ギルド長は学者気質なところがある。よほど知りたいらしいな……。
「うーん、どうしようかなぁ。言っちゃおうかなぁ。でもなぁ……」
「昨日のことなら謝ったじゃないか。それにレポートの提出は義務だぞ?」
「おやおや、赤竜との遭遇は、突発的に起こったことです。依頼を引き受けていないのですから、レポートを報告する義務はないのでは?」
「やはり君は妙に聡いな。分かった、私の負けだ。私が職権乱用をする前に話してくれたまえ」
「えー、そういうこと言っちゃう? あー、何も覚えてないなー。きっと赤竜に気づかれなかったんじゃないかなー」
「嘘はまだ下手なようだな。探知能力に長ける竜が、隠密スキルを持たない君を見落とすなどありえないことだ」
(……まじかよ。よく生きてたな、俺)
そうなると俺の体験にはそれなりの価値がある。軽々しく話すわけにはいかなくなった。優越感など俺にとってはクソの役にも立たない。
「……分かった。本当に私の負けだ。真実を話してくれるのなら、報酬として銀貨10枚を出そう。断るのなら私も乙女の端くれとして、職権乱用を決断する」
(恥じらって! もっと恥じらって!?)
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「俺の質問にいくつか答えてくれるのなら、その依頼を受けます」
「答えられる範囲でなら構わない。契約成立だな」
誰かに聞かれると売った意味がなくなってしまう。ギルド長と共に別室へ移動する。あとはスキル名など一部を隠してギルド長に真実を伝えた。
「なるほど。君はそのレベルで恐怖を緩和するスキルを習得しているのか」
「それがなければ何も出来ずに食われてましたね。まるで金縛りでしたから」
「私はレベルのおかげか【威圧】スキルの影響はなかったが、若かりし頃の私が今の話を聞いていたのなら、最優先で習得しただろうな。それで、君の相棒はどこに居るのかね? 生きているそうだが……」
ナイトメア絡みのことは、ただ相棒とだけ伝えたのだ。名前も物騒だし、討伐されたりしたら大変だ。
「こいつが俺の相棒です。可愛いでしょ?」
懐に潜んでいたナイトメアを机の上に置いた。ギルド長はただ怪訝そうに見つめていた。
「……これは、何かね? 魔物なのか?」
それが分からないから聞いたのだが、ギルド長が知らないのなら調べても無駄だろう。ナイトメア本人は、絶対に答えてくれない。
「サモンなのか? それともテイム? スキル名を教えてくれないか」
「えーっと、契約スキルだから、サモンですかね?」
「……ユニークスキルか。召喚スキルがサモン。従魔とするのがテイムだ。契約スキルなど聞いたことがない」
「よく分からないけど、こいつが小さな体で赤竜の気を引いてくれました。おかげで俺は逃げ切れたんですよ」
「ほぅ、見た目に似合わず勇敢なのだな。契約スキルについては私も調べてみよう。何か分かったらすぐに伝えるつもりだ」
『逃げられたのは、君の力なんだけどね』
ナイトメアの謙遜は軽く流した。期待せずにギルド長の続報を待とう。別の目的は果たせそうなので問題ないだろう。
「俺の話はこれで終わりです。契約書、ありますか?」
「契約書など必要かね? こちらは約束通り銀貨10枚を支払う。それで済む話だと思うが……」
「いやいや、ギルド長は俺の話を買ったんです。俺があとから話したらギルド長は大損じゃないですか。きっちり契約書を作って証拠を残すべきですよ」
「君が話すとは思えないが、いいだろう。すぐに用意しよう。君からの要望があれば文章に加えるが?」
出来上がった契約書を確認する。俺の要望もしっかり入っているし、問題がなかったのでサインした。これで俺は厄介事から逃れられる。その効力は、きっとすぐに発揮されるはずだ。
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人だかりはあっという間に消えた。優越感などいらない。金もどうでもいい。無駄な時間を取られないように、ギルド長に売ったという証拠が欲しかっただけだ。
赤竜から逃げ延びたことは凄いらしい。聞けば聞くほど、我ながらよく生き延びたとは思う。だが、俺は悔しいのだ。いつかナイトメアと並んで威張りくさった赤竜をしばき回したいものである。
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『未知のスキルの効果を知るときは、いつかな?』
「そりゃ、効果が発動したときだ。まさか……」
【魂の契約:ナイトメア】
契約者が任意のレベルを捧げることで、ナイトメアを召喚する。捧げたレベルの5倍の数値がナイトメアのレベルになる。ナイトメアを召喚中は経験値を得られない。契約を取り消すことは出来ない。
「……なんてこった。一緒に戦えないじゃん」
『そう落ち込まないで。ボクは君さ。いつでもボクらは一緒に戦っているんだ』
「そういうふわっとしたやつじゃなくてさぁ。並んで、強いやつに挑みたかったわけよ。分かるだろ?」
『一応、一緒に戦えるよ。おすすめはしないけど』
ナイトメアを召喚するときは、自分より強いやつに出会ったときだろう。LV.1を捧げればナイトメアはLV.5。戦闘力は期待出来ない。LV.10を捧げればナイトメアはLV.50で強いが、俺が雑魚化する。
「……赤竜のときの使い方がベストか。でも俺、任意のレベルとやらは何も考えてなかったぞ?」
『君はLV.8だったから、LV.3を受け取ったよ。ボクと契約したのがLV.5だったから、限界まで捧げてもLV.5を下回ることはないんだ』
「なるほど。スキル効果の説明にあった、『契約を取り消すことは出来ない』ってやつか。5倍の強さは魅力的だが、自分のレベルが下がるのはキツいな。とりあえず【吸魔】を取り直そう」
『魂の契約はSPを消費しない。だからLV.5で習得したスキルは【吸魔】だよ。消えないから安心してね』
とにかくLV.5が下限だ。またレベルの上げ直しになるが、習得する順番も重要になるだろう。デメリットの大きさに頭を抱えそうになったが、ふとあることに気づいた。
(……あぁ、これは擬似的なスキルリセットとして使えるか)
レベルが下がれば、スキルを習得したという結果がなかったことになる。時間と手間はかかるが、【星の記憶】がもたらす未知のスキルの効果を、いくらでも知ることが出来るのだ。
(低レベルだがスキルの組み合わせは最適ってか。ますますロマンだな)
念のために他に変化が起きていないか確認すると、俺は目を疑った。長らく謎で、もうすっかり忘れていた【強運】の効果が現れたのだ。
【強運】
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