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既得権益でクロノ死す
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「本日こうしてお招きしたのは、先日のポーションショックと呼ばれる出来事について、謝罪とお礼を言わせていただきたかったのです」
「お、お礼ですか?」
ミラちゃんはすっかりロイスさんの言葉を信じている。これだから従順なメスはダメなのだ。俺の辞書にあるお礼とは、お礼参りのことだ。ヤンキーが母校に帰って校舎やセンコーを破壊するアレである。恐ろしい。
「ポーションの販売に関わる我々としては、取り返しのつかない不祥事です。。薬師ギルドの信頼に傷が付かなかったのは、ブサイクロノさんと小人族であるミラさんの行動あってのものでしょう」
「……は? どういうことですか? 俺たちを消しに来たんじゃ?」
「け、消す? 先に申し上げた通り、お礼を言うために……どうやら誤解されているようなので、しっかりと説明させていただきます」
ばばあの腰が爆発したことから始まるポーションショック。俺たちにとっては地味に困る程度の認識だったが、薬師ギルドにとっては積み上げてきた信頼にヒビが入りかねないほど重大な事件だったようだ。
薬師ギルド設立がおよそ100年前なのは知っていたが、そのきっかけとなった話から始まった。
当時、この国に大量の難民が押し寄せてきたことで、ポーションの品薄が慢性的に起きるようになった。追い打ちをかけるように原材料の高騰による値上げや、粗悪品が出回りることで、ポーションへの信頼が揺らぎかけていた。
ポーションの生産から販売は、店単位で行われるもので、値段も店主が決める。信頼を勝ち取っているお店は高くても行列が絶えず、生産者からは更なる高騰を歓迎する声も上がるほどだったらしい。
(もはやポーションバブルだな)
そのことを良しとしなかった初代様は、ポーションの価格の均一化と、安定供給を目指して他店に協力を仰ぐも、成果は得られない。儲けが減るのだから賛成する店などありはしない。
悩んだ末に出した答えが、薬師ギルド設立と、認可ポーションの導入だ。有名店の協力はひとまず諦め、希望者を集めてポーションの製法を教え込む。そして育った人材が作ったポーションに、認可というお墨付きを与えた。
その効果は徐々に民衆に浸透し、認可ポーションは安心の証となった。その勢いのままに反対していた有名店を飲み込んだ。一応、店への配慮として、価格の均一化は下級ポーションに限られた。
こうして価格の安定化は盤石のものとなった。人々が安心して暮らせるのも、初代様の熱い志と、それを受け継いだ二代目様によるところが大きい。それが四代目のロイスさんの言い分であった。
「やせ細った母が、ポーションが偽物であることも知らず、衰弱した我が子に与えたのだそうです。やがて事切れた我が子を抱きしめて、呪詛をはくのです。売っていないはずの初代様の店の名を呼びながら……」
粗悪品を売るには、有名店の名を使うと効果的だ。その初代様はとんだとばっちりを受けたことになる。
「私は当時の惨状を目にしたわけではありませんが、犠牲となった方々と初代様の心境を考えると胸が張り裂けそうになります」
ロイスさんは目元をハンカチで拭う。それでも止まらないようで、上を向いて目頭を抑えていた。
(まぁ、よくあるお涙ちょうだい物語だな)
表情には出さないが、冷めた目でロイスさんを見ていると、隣から鼻水をすする音が聞こえるではないか。
「ぐすっ、悲しい話でずっ」
(お前、騙された側だろうが。取り込まれてどうすんだよ……)
そんなわけで、今回のポーションショックは、当時の惨状ほどではないが、薬師ギルドの連中はそれを連想するし、小さな不安が薬師ギルドへの不信感へと繋がってくとロイスさんは考えていたらしい。
非認可ポーションではあるが、小人族のポーションのおかげで混乱を最小限に留められたわけで、薬師ギルド代表であるロイスさんが感謝と謝罪をするためにギルドを訪れたようだ。
「こちらはその謝礼金です。それと、もしよろしければ、同様の事態に陥ったとき、小人族の皆さまにポーション制作のご協力をお願いしたいのです」
「えぇっ!? 謝礼だなんて、そんなっ、受け取ります! それと、困ったときは言ってください。協力します!」
(あー、俺らの脱糞騒ぎは何だったんだろう)
脱糞はしなくて済んだわけだが、ミラちゃんからの信頼は失った。それは別にどうでもいいのだが、個人的に気になることがある。
「ロイスさん、初代様がお亡くなりになられたのは、ポーションの製法を教育し終えたあとですか?」
「その途中で倒れたと聞き及んでおります。志を継いだ二代目様もお若かったようで、指導には随分苦労されたと」
「なるほど。お若い、すなわち半人前だ。だから小人族のポーションの製法を盗んだわけですか」
挨拶代わりに爆弾を投げつける。相手の本性を見るには、こちらの本性を見せるのが手っ取り早い。
「……おっしゃっている意味がよく分かりませんが?」
「ロイスさんのお話に出てきた難民の中に、小人族が居たそうなんですよ。ミラちゃんの祖先で、薬師ギルドに騙されたんですって」
「少々お待ちください。資料を探してみます」
怒るというよりは、慌てていた様子だった。どちらもその場に居たわけではないし、俺なら証拠を残さない。戻って来たところで推測のぶつかり合いになるだろう……。
「お、おじさん! なんてことを言うんですかっ!」
「和やかな雰囲気をぶち壊したって?」
「そうです! せっかく謝礼金も貰えて、ヘルプの約束までしたのに、お話が流れたらどうするんですか……」
「いや、ヘルプって何の解決にもなってないよね? 緊急事態にならなかったら、これまで通り非認可ポーションのままでしょ?」
「別にいいじゃないですか。お客さんも増えてきてますし、これからも冒険者さんたちの口コミで増えると思いますよ」
「あれだけ認可ポーションに心血を注いだ組織が、非認可ポーションの断頭を快く思うか? 小人族が諦めたのも、妨害や報復を恐れたからだろ。今は紳士的でも、追い詰められたら人間って変わるもんだよ。脱糞脱糞!」
「うっ、そうかもしれないです。ティミちゃんに相談しないと……」
「今から呼んでも遅いでしょ。まぁおじさんに任せてみなよ。成功したら、おじさんのこと許してね。いや、水に流して貰おうかな。脱糞だけに」
「だ、脱糞は禁止です! 分かりましたよ。静かにしておけばいいんですね」
しばらくして戻ってきたロイスさんの表情は、微妙なものだった。こちらの主張を否定できる材料が見つからなかったのは間違いない。裏を返せば、肯定する材料もない。
「……おまたせしました。資料を探しましたが、小人族に関わるものはありませんでした。当時のポーションの製法についても盗難を防ぐ目的で焼却処分されているようです。それで、こちらを……」
ロイスさんが遠慮がちに机に置いたのは、古ぼけた手帳だ。かつては鮮やかな赤色をしていたと思われるが、色が抜けて皮の質も傷んでいる。
「二代目様の手記です。祖父にあたる方で、私が生まれる前に他界しています。先ほど申し上げた薬師ギルドの歴史は、残された記録と父から言い聞かされたものなのです」
「それで、この手帳に、俺たちが求めている答えがあるんですか?」
「分からなくなりました。私は、あなた方の主張を否定するつもりでした。しかし、この手記が気になったのです。既に何度も読んだこの手記から見える祖父の人物像が、途中からガラリと変わっていることに」
手記の始まりは熱い志が見て取れる。父親である初代と薬師ギルド設立に心血を注ぎ、正義感に突き動かされているように感じた。しかし、初代が他界して二代目が薬師ギルドを引き継いでから、淡々とした内容に変わっていた。
「責任を自覚したことによる心境の変化だと思っていました。しかし、あなたの話を聞いてから読み返すと、それだけではないと思うようになってしまいます」
「心当たりがある、と?」
「それが分からないのです。はっきりとした証拠があるわけではない。けれど心のどこかで祖父を疑ってしまうのです。若さゆえの泥臭い理想に燃えていた祖父が、たった数日で職務に準じるようになるのかと」
ロイスさんの表情は苦々しい。証拠がないだけに迷いが生まれる。信じていた人に裏切られたという感情と、祖父を疑ってしまう自己嫌悪だろうか。
「……もし、もしもですよ。祖父がポーションの製法を盗んだとしたら、我々の誇りが揺らいでしまいます。周りから地味でつまらない連中と言われようと、人々の生活のためになるなら。呪詛を吐かれるよりはいいと」
(ま、真面目すぎる。聞く人の身にもなってくれ)
やり場のない感情は、金玉に委ねてこそ人生は楽しくなる。若いロイスさんはまだその領域に辿り着いていないようだ。とりあえず恩を売らねば。
「ロイスさんにとって二代目様は、どのような人物像だったんですか?」
「優しく誠実で、信念を貫き通す強い心を持ち、社会に貢献した偉人だと思っておりました。私の誇りでした。それが今となっては……」
「まぁまぁ、落ち着いて。きっとロイスさんのように誠実な人だったんじゃないですか。だから、こう考えましょう。それほどの人が、なぜポーションの製法を盗まなければならなかったのか、と」
ちゃっかり盗んだことを前提に話を進める。そうしなければ、小人族の話を通せなくなるからだ。
「……そうですね。未熟だった祖父は初代様の製法を再現できず、小人族のポーションを頼るしかなかったのでしょう。当時の混乱は相当なものでしたから、罪を犯してでも多くの人々を救おうとしたのではないかと……」
落ち着きを取り戻したロイスさんに言い淀みはない。若くして代表を務めるだけあって、ぶっちゃけ俺なんかよりはるかに賢いと思う。
「ただ、小人族と協力して薬師ギルドを大きくすることも出来たはずです。そうしなかったのは、交渉が難航したのか、欲深い方だったのか……」
ミラちゃんに目を向けたが、首を横に振るだけだった。交渉が決裂したわけではないらしい。
難民は別に珍しいことじゃない。魔物や戦争によって故郷を追われた事例は数えればキリがない。定着して地域の文化が変わることもよくある話だ。だが、小人族に限っては話が違ってくる。
「単純に小人族を信用できなかったのでは? だって、小人族って、本来なら森の民なわけで、騒ぎが収まったら故郷に帰ると思いません?」
難民によって始まったポーション騒動は、難民が去れば解決する話である。別の町はもっと良い環境だと嘘の噂を流すだけでも効果がある。これは畜生の考えなので口には出さないが。
「小人族と協力して薬師ギルドを発展させても、いずれ故郷に帰ってしまえば地盤が揺らぐ。二度と同様の混乱が起きないように、確固たる意思を持った方が上に立ち、実績を示せば、他者からの介入も防げるわけですから」
「……ポーションを盗んだのは、職務に準じるという覚悟の証、ですか」
「……はい。俺はそうだと思います。真っ白な人間なんて、脆いものです。自分の手を汚してでも大勢の方々を守ろうとした二代目の覚悟には、俺も胸を打たれましたよ。感動した!」
いや、知らんけど。このしょうもない憶測だらけのふわっとした会話の目的は、ロイスさんの心を救うことだ。真実はどうでもいい。こんな考えを知られてしまったら、あれれな坊やに半端ないシュートをお見舞いされそうだ。
「そんなわけで、やり直しませんか? 100年越しの契約を」
「そうですね。理由はどうあれ、祖父がポーションの製法を盗んだのは事実です。ミラさんが許してくださるなら、今から認可ポーションの契約を結びましょう」
ミラちゃんに視線を送り、軽く頷く。よく辛抱して黙っていてくれたものだ。あとで良い子良い子してあげよう。
「本当ですかっ!? ありがとうございますっ!」
あとはロイスさんの認可ポーション制度についての説明を聞いた。安定供給と価格の統一が目的なので、店ごとに月の販売数に制限があるらしい。小人族は月ごとに銀貨15枚までの販売を許された。ばばあの雑貨屋と同じ条件らしい。
「ミラちゃんたちは、『小人族』ですから銀貨15枚では苦しいんじゃ? 20枚いけませんか?」
「分かりました。20枚にしましょう。これは上限の話なので、無作為に作ると売れ残ります。調整はそちらでお願いします」
「分かりました。皆と話し合って生産量を決めますね!」
今度はしっかりと契約書にサインしたので、100年にも渡る薬師ギルドと小人族のわだかまりは解決された。金で。
(さて、今度は俺の番だな)
ロイスさんに自分で爆弾を投げ、解除して感謝される。マッチポンプと言われても、解決したのは俺である。普通に話し合えば解決できたものをここまで長引かせたのだから、俺の功績は大きい。間違いない!
「いやぁ、お互いにWIN-WINで終わって何よりです」
「ブサイクロノさんにはなんとお礼を申し上げていいか。わずかばかりですが、感謝の気持ちを受け取っていただきたい。あなた方と話せて良かったです」
俺とロイスさんは固い握手を交わす。が、俺はいつまで経っても離さない。
「あの、ブサイクロノさん?」
「いやぁ、薬師ギルドと小人族の関係が解決して良かった。もしこちらの提案を断られていたら、『認可ポーションの品質にムラがある』ことを冒険者のみんなに聞いてまわるところでしたよ」
「……噂には聞いていましたが、あなたは恐ろしいことを考えますね。薬師ギルドの必要性は理解して貰えたはずです。その信頼が揺らぐようなことは、あなたにとっても痛手だった思いますよ」
薬師ギルドはボランティア団体に近い。下級ポーションに限るとはいえ、社会のために自らの儲けを減らしているのだ。バカがつくほど真面目な連中で、信頼が揺らぐことを嫌う。
「俺がチクリと刺しただけで、信頼が揺らぐと思いますか?」
「自信はあります。ただ、あなたの噂を聞いていると、ひっくり返されるのではないかと不安に思わないわけではありません」
「それが良くない。揺らがないと確信を持って言わないといけない。けれど、実際は『地味でつまらないやつら』と誤解されている部分もある。呪詛を吐かれるよりは陰口の方が良い? そんなの甘えですよ」
「……私にどうしろとおっしゃるのですか」
「先ほどの契約の話は伏せて、薬師ギルドの誕生話を広めましょう。小人族と協力して、薬師ギルドの地位向上を図るべきです」
「先祖は立派なことをしたとは思います。それを笠に着るようなことはしたくありません」
「笠に着るかどうかは、あなた方次第だ。ただ、このまま現状に甘んじていると、いずれ当時のポーションショックの再来になりますよ」
「どっ、どういうことですかっ!?」
ロイスさんは薬師ギルドが国の運営にはかかせない存在であることは自覚していても、薬師ギルドが本当に崩壊する光景は想像していない。外敵に対して、あまりにも無防備なのだ。
「もし俺が悪いやつで、他国の人間だったとしましょう。この国といずれ戦争をする計画を立てている。そうなったとき、真っ先に薬師ギルドを狙います。いや本当にたとえ話なので通報とか止めてね」
「えっ、えぇ、分かっておりますとも。それで、どのように狙いますか?」
「まず悪い噂を流します。ポーションの品質にムラがあることを絡めたやつが信憑性がありますね。少しずつ民衆の不満を育て、新たな薬師ギルドを作る」
ロイスさんの表情が引きつっているが、こんなもの序の口である。独占禁止法に守られていないのだからやりたい放題だ。
「えげつない妨害工作もするし、生産者の引き抜きもします。品質の確かなポーションを安売りします。薬師ギルド崩壊まで追い込んでから、ポーションの値段を爆上げします。混乱している国に攻め込んで滅ぼします」
「……な、なかなか面白いことを考えますね」
「この妄想を鼻で笑えなきゃダメですよ。薬師ギルドの地位向上は、志を受け継いだロイスさんの仕事だと思います」
「分かりました。方法は考えてみます。ブサイクロノさんからも何かアイディアがあればお聞きしたい」
ようやく自分の目的を切り出せる。これから言う提案を通すために、しょうもない話を熱心に続けたのだ。
「薬師ギルドと小人族で協力してイベントを開きましょう。販売したポーションに薬師ギルドの成り立ちを書いたパンフレットなどを添えて。小人族が売り子をすることで、認可ポーションになったことを宣伝できます」
「読んでくださる方は少ないと思いますが、話すよりは気が楽ですね」
「むさいおっさんより、可愛い女の子が売り子をした方が客は喜びます。初めは反響が小さくても、定期的に開催しましょう。いずれは国に申請してお祭りとか開けたら良いですね」
「祭りですか! 建国記念日、星見祭り、勇者誕生祭。そこに我ら薬師ギルド誕生祭が並ぶと思うと興奮しますね!」
祭りが嫌いなやつは居ない。一度でも開催できれば、楽しいことを止めたりはしない。薬師ギルドの設立話は常識に置き換わる。
「おじさん、わたしたちはポーションを売るだけでいいんですか?」
「お客さんの手を握りながら渡してね。町人に愛される小人族を目指して、薬師ギルドと一緒に頑張ってくれ」
「愛されるってのはよく分からないですけど、手を握ればいいんですね。それなら難しくないし、わたしでも出来そうです」
「……はっ! そういうことだったのですか! 我ら薬師ギルドのせいで落ちた小人族の印象を、払拭する機会をいただけると!?」
スラムの住民である小人族のイメージは、お世辞にも良いとは言えない。認可ポーションを勝ち取り、薬師ギルドの添え物としてまずは知名度を上げていく。
民衆から忌避感が薄れていき、子供のような見た目から、やがては民衆に愛される町のアイドルになって貰いたい。俺はそのアイドルに金を払って股を開かせる。興奮して精液が1リットル出るのである。
「ミラちゃん、頑張って町のアイドルになってね?」
「えぇっ!? わたし、娼婦なんですけどっ!?」
ロイスさんがぎょっとした。これはつけ入る隙である。
「聞きましたか、ロイスさん」
「いえ、私は、何も。空耳でしょう……」
「悲しいすれ違いで、生活に困って体を売る人も居るんです。協力して、地位向上に取り組んでいただけますよね? (約:てめーらのせいでミラちゃん娼婦になったから、責任とれよ?)」
「全力を尽くさせていただきますっ!」
「……あの、ロイスさん。わたし、気にしてないですから。でも、他の子をよろしくお願いします」
ミラちゃんが手を差し出すと、ロイスさんは両手で包み込むように握手を交わした。イベントの開催については必要な手順が多いので、打ち合わせは後日になるだろう。俺はそれに参加するつもりはない。俺は忙しいのだ。
(今日は冒険するつもりだったんだよなぁ……)
薬師ギルドを後にして町中を歩きながら、謝礼金を確認すると、どちらの封筒にも銀貨5枚が入っていた。冒険者とは一体何なのかと複雑な心境になった。ミラちゃんに至っては銀貨に頬ずりをしているし、脱糞騒動は収束を迎えた。
「ミラちゃんは、ひょっとして娼婦を続けるのかい?」
「はい。続けます。おじさんの言うアイドルはよく分からないですけど、体を売ったわたしが皆から愛されるのは騙しているような気がします。わたしはその嘘を突き通す自信もないです」
正論である。途中でバレると発狂する連中も現れるだろう。薬師ギルドと小人族全体のイメージ低下にも繋がりかねないし、俺も後ろから刺されそうだ。
(おじさんとしては、アイドルのAV流出なんて最高に興奮するんだけどねぇ。世の中は変態だらけになったほうが平和になるんじゃなかろうか)
「一般人に戻る最後のチャンスなんだよ? 誰かを利用するくらいの心構えでも良いと思うけどねぇ。これからも娼婦を続けるなら、きっと大変だよ?」
「……お友達から嫌われちゃいますか?」
「そういうこともあるだろうね。逆にミラちゃんがお友達に嫉妬するかもね」
「……おじさんなら、こういうときどうしますか?」
「嫉妬を楽しむよ。別に不幸になると決まったわけじゃないからね。こういうのは、最後に笑った人の勝ちなのさ」
表に立つ人間は、常に正しい行動を求められる。それはとても大変なことだ。気の迷いで少しでも道を踏み外せば、転落する。俺ならそいつを指さして、腹を抱えて笑うけど、ミラちゃんなら手を差し伸べそうだ。
「年下とは思えない発言です」
「おやおや、ママと呼んでもいいのかい?」
「それはちょっと、やーですね」
「それは残念だ。ミラちゃんはこれから忙しくなりそうだねぇ」
「ロイスさんとの打ち合わせには参加するつもりです。表舞台に立てなくても、裏からしっかり支えないと!」
「何を勘違いしているのかな? ミラちゃんには他人を手伝っている余裕なんてないよ。だって、小人族がアイドル化したら、その性欲のはけ口としてミラちゃんに群がるんだからね」
ミラちゃんが娼婦として売れっ子になれば、おじさんが抱ける機会は激減する。男同士の猥談になったとき、『ミラちゃんはワシが育てた』とドヤ顔で仕込んだことを自慢できる。あぁ、楽しくなってきたなぁ。
「ロイスさんとの打ち合わせは、ティミちゃんに丸投げします!」
「良い子だ。これあげるから今日は解散にしよう」
「これおじさんの謝礼金じゃないですか。いくら何でも受け取れませんよ」
「おじさんねぇ、冒険者なんだ。本業に関わらないことで得た金は、持ち越さない主義なんだよね。やる気なくなるから」
「お金はお金じゃないですか?」
「おじさんなりの楽しみ方があるからね。そのお金で好きな服を買うといいよ。次に会うときまでに、魅力的な女の子になっていてね」
手を振ってミラちゃんと別れた。しばらく会うことはないだろう。何もかも俺が仕込んでしまっては、つまらない。予想を裏切るテクニックを見せてくれる日を信じて、お別れだ……。
「お、お礼ですか?」
ミラちゃんはすっかりロイスさんの言葉を信じている。これだから従順なメスはダメなのだ。俺の辞書にあるお礼とは、お礼参りのことだ。ヤンキーが母校に帰って校舎やセンコーを破壊するアレである。恐ろしい。
「ポーションの販売に関わる我々としては、取り返しのつかない不祥事です。。薬師ギルドの信頼に傷が付かなかったのは、ブサイクロノさんと小人族であるミラさんの行動あってのものでしょう」
「……は? どういうことですか? 俺たちを消しに来たんじゃ?」
「け、消す? 先に申し上げた通り、お礼を言うために……どうやら誤解されているようなので、しっかりと説明させていただきます」
ばばあの腰が爆発したことから始まるポーションショック。俺たちにとっては地味に困る程度の認識だったが、薬師ギルドにとっては積み上げてきた信頼にヒビが入りかねないほど重大な事件だったようだ。
薬師ギルド設立がおよそ100年前なのは知っていたが、そのきっかけとなった話から始まった。
当時、この国に大量の難民が押し寄せてきたことで、ポーションの品薄が慢性的に起きるようになった。追い打ちをかけるように原材料の高騰による値上げや、粗悪品が出回りることで、ポーションへの信頼が揺らぎかけていた。
ポーションの生産から販売は、店単位で行われるもので、値段も店主が決める。信頼を勝ち取っているお店は高くても行列が絶えず、生産者からは更なる高騰を歓迎する声も上がるほどだったらしい。
(もはやポーションバブルだな)
そのことを良しとしなかった初代様は、ポーションの価格の均一化と、安定供給を目指して他店に協力を仰ぐも、成果は得られない。儲けが減るのだから賛成する店などありはしない。
悩んだ末に出した答えが、薬師ギルド設立と、認可ポーションの導入だ。有名店の協力はひとまず諦め、希望者を集めてポーションの製法を教え込む。そして育った人材が作ったポーションに、認可というお墨付きを与えた。
その効果は徐々に民衆に浸透し、認可ポーションは安心の証となった。その勢いのままに反対していた有名店を飲み込んだ。一応、店への配慮として、価格の均一化は下級ポーションに限られた。
こうして価格の安定化は盤石のものとなった。人々が安心して暮らせるのも、初代様の熱い志と、それを受け継いだ二代目様によるところが大きい。それが四代目のロイスさんの言い分であった。
「やせ細った母が、ポーションが偽物であることも知らず、衰弱した我が子に与えたのだそうです。やがて事切れた我が子を抱きしめて、呪詛をはくのです。売っていないはずの初代様の店の名を呼びながら……」
粗悪品を売るには、有名店の名を使うと効果的だ。その初代様はとんだとばっちりを受けたことになる。
「私は当時の惨状を目にしたわけではありませんが、犠牲となった方々と初代様の心境を考えると胸が張り裂けそうになります」
ロイスさんは目元をハンカチで拭う。それでも止まらないようで、上を向いて目頭を抑えていた。
(まぁ、よくあるお涙ちょうだい物語だな)
表情には出さないが、冷めた目でロイスさんを見ていると、隣から鼻水をすする音が聞こえるではないか。
「ぐすっ、悲しい話でずっ」
(お前、騙された側だろうが。取り込まれてどうすんだよ……)
そんなわけで、今回のポーションショックは、当時の惨状ほどではないが、薬師ギルドの連中はそれを連想するし、小さな不安が薬師ギルドへの不信感へと繋がってくとロイスさんは考えていたらしい。
非認可ポーションではあるが、小人族のポーションのおかげで混乱を最小限に留められたわけで、薬師ギルド代表であるロイスさんが感謝と謝罪をするためにギルドを訪れたようだ。
「こちらはその謝礼金です。それと、もしよろしければ、同様の事態に陥ったとき、小人族の皆さまにポーション制作のご協力をお願いしたいのです」
「えぇっ!? 謝礼だなんて、そんなっ、受け取ります! それと、困ったときは言ってください。協力します!」
(あー、俺らの脱糞騒ぎは何だったんだろう)
脱糞はしなくて済んだわけだが、ミラちゃんからの信頼は失った。それは別にどうでもいいのだが、個人的に気になることがある。
「ロイスさん、初代様がお亡くなりになられたのは、ポーションの製法を教育し終えたあとですか?」
「その途中で倒れたと聞き及んでおります。志を継いだ二代目様もお若かったようで、指導には随分苦労されたと」
「なるほど。お若い、すなわち半人前だ。だから小人族のポーションの製法を盗んだわけですか」
挨拶代わりに爆弾を投げつける。相手の本性を見るには、こちらの本性を見せるのが手っ取り早い。
「……おっしゃっている意味がよく分かりませんが?」
「ロイスさんのお話に出てきた難民の中に、小人族が居たそうなんですよ。ミラちゃんの祖先で、薬師ギルドに騙されたんですって」
「少々お待ちください。資料を探してみます」
怒るというよりは、慌てていた様子だった。どちらもその場に居たわけではないし、俺なら証拠を残さない。戻って来たところで推測のぶつかり合いになるだろう……。
「お、おじさん! なんてことを言うんですかっ!」
「和やかな雰囲気をぶち壊したって?」
「そうです! せっかく謝礼金も貰えて、ヘルプの約束までしたのに、お話が流れたらどうするんですか……」
「いや、ヘルプって何の解決にもなってないよね? 緊急事態にならなかったら、これまで通り非認可ポーションのままでしょ?」
「別にいいじゃないですか。お客さんも増えてきてますし、これからも冒険者さんたちの口コミで増えると思いますよ」
「あれだけ認可ポーションに心血を注いだ組織が、非認可ポーションの断頭を快く思うか? 小人族が諦めたのも、妨害や報復を恐れたからだろ。今は紳士的でも、追い詰められたら人間って変わるもんだよ。脱糞脱糞!」
「うっ、そうかもしれないです。ティミちゃんに相談しないと……」
「今から呼んでも遅いでしょ。まぁおじさんに任せてみなよ。成功したら、おじさんのこと許してね。いや、水に流して貰おうかな。脱糞だけに」
「だ、脱糞は禁止です! 分かりましたよ。静かにしておけばいいんですね」
しばらくして戻ってきたロイスさんの表情は、微妙なものだった。こちらの主張を否定できる材料が見つからなかったのは間違いない。裏を返せば、肯定する材料もない。
「……おまたせしました。資料を探しましたが、小人族に関わるものはありませんでした。当時のポーションの製法についても盗難を防ぐ目的で焼却処分されているようです。それで、こちらを……」
ロイスさんが遠慮がちに机に置いたのは、古ぼけた手帳だ。かつては鮮やかな赤色をしていたと思われるが、色が抜けて皮の質も傷んでいる。
「二代目様の手記です。祖父にあたる方で、私が生まれる前に他界しています。先ほど申し上げた薬師ギルドの歴史は、残された記録と父から言い聞かされたものなのです」
「それで、この手帳に、俺たちが求めている答えがあるんですか?」
「分からなくなりました。私は、あなた方の主張を否定するつもりでした。しかし、この手記が気になったのです。既に何度も読んだこの手記から見える祖父の人物像が、途中からガラリと変わっていることに」
手記の始まりは熱い志が見て取れる。父親である初代と薬師ギルド設立に心血を注ぎ、正義感に突き動かされているように感じた。しかし、初代が他界して二代目が薬師ギルドを引き継いでから、淡々とした内容に変わっていた。
「責任を自覚したことによる心境の変化だと思っていました。しかし、あなたの話を聞いてから読み返すと、それだけではないと思うようになってしまいます」
「心当たりがある、と?」
「それが分からないのです。はっきりとした証拠があるわけではない。けれど心のどこかで祖父を疑ってしまうのです。若さゆえの泥臭い理想に燃えていた祖父が、たった数日で職務に準じるようになるのかと」
ロイスさんの表情は苦々しい。証拠がないだけに迷いが生まれる。信じていた人に裏切られたという感情と、祖父を疑ってしまう自己嫌悪だろうか。
「……もし、もしもですよ。祖父がポーションの製法を盗んだとしたら、我々の誇りが揺らいでしまいます。周りから地味でつまらない連中と言われようと、人々の生活のためになるなら。呪詛を吐かれるよりはいいと」
(ま、真面目すぎる。聞く人の身にもなってくれ)
やり場のない感情は、金玉に委ねてこそ人生は楽しくなる。若いロイスさんはまだその領域に辿り着いていないようだ。とりあえず恩を売らねば。
「ロイスさんにとって二代目様は、どのような人物像だったんですか?」
「優しく誠実で、信念を貫き通す強い心を持ち、社会に貢献した偉人だと思っておりました。私の誇りでした。それが今となっては……」
「まぁまぁ、落ち着いて。きっとロイスさんのように誠実な人だったんじゃないですか。だから、こう考えましょう。それほどの人が、なぜポーションの製法を盗まなければならなかったのか、と」
ちゃっかり盗んだことを前提に話を進める。そうしなければ、小人族の話を通せなくなるからだ。
「……そうですね。未熟だった祖父は初代様の製法を再現できず、小人族のポーションを頼るしかなかったのでしょう。当時の混乱は相当なものでしたから、罪を犯してでも多くの人々を救おうとしたのではないかと……」
落ち着きを取り戻したロイスさんに言い淀みはない。若くして代表を務めるだけあって、ぶっちゃけ俺なんかよりはるかに賢いと思う。
「ただ、小人族と協力して薬師ギルドを大きくすることも出来たはずです。そうしなかったのは、交渉が難航したのか、欲深い方だったのか……」
ミラちゃんに目を向けたが、首を横に振るだけだった。交渉が決裂したわけではないらしい。
難民は別に珍しいことじゃない。魔物や戦争によって故郷を追われた事例は数えればキリがない。定着して地域の文化が変わることもよくある話だ。だが、小人族に限っては話が違ってくる。
「単純に小人族を信用できなかったのでは? だって、小人族って、本来なら森の民なわけで、騒ぎが収まったら故郷に帰ると思いません?」
難民によって始まったポーション騒動は、難民が去れば解決する話である。別の町はもっと良い環境だと嘘の噂を流すだけでも効果がある。これは畜生の考えなので口には出さないが。
「小人族と協力して薬師ギルドを発展させても、いずれ故郷に帰ってしまえば地盤が揺らぐ。二度と同様の混乱が起きないように、確固たる意思を持った方が上に立ち、実績を示せば、他者からの介入も防げるわけですから」
「……ポーションを盗んだのは、職務に準じるという覚悟の証、ですか」
「……はい。俺はそうだと思います。真っ白な人間なんて、脆いものです。自分の手を汚してでも大勢の方々を守ろうとした二代目の覚悟には、俺も胸を打たれましたよ。感動した!」
いや、知らんけど。このしょうもない憶測だらけのふわっとした会話の目的は、ロイスさんの心を救うことだ。真実はどうでもいい。こんな考えを知られてしまったら、あれれな坊やに半端ないシュートをお見舞いされそうだ。
「そんなわけで、やり直しませんか? 100年越しの契約を」
「そうですね。理由はどうあれ、祖父がポーションの製法を盗んだのは事実です。ミラさんが許してくださるなら、今から認可ポーションの契約を結びましょう」
ミラちゃんに視線を送り、軽く頷く。よく辛抱して黙っていてくれたものだ。あとで良い子良い子してあげよう。
「本当ですかっ!? ありがとうございますっ!」
あとはロイスさんの認可ポーション制度についての説明を聞いた。安定供給と価格の統一が目的なので、店ごとに月の販売数に制限があるらしい。小人族は月ごとに銀貨15枚までの販売を許された。ばばあの雑貨屋と同じ条件らしい。
「ミラちゃんたちは、『小人族』ですから銀貨15枚では苦しいんじゃ? 20枚いけませんか?」
「分かりました。20枚にしましょう。これは上限の話なので、無作為に作ると売れ残ります。調整はそちらでお願いします」
「分かりました。皆と話し合って生産量を決めますね!」
今度はしっかりと契約書にサインしたので、100年にも渡る薬師ギルドと小人族のわだかまりは解決された。金で。
(さて、今度は俺の番だな)
ロイスさんに自分で爆弾を投げ、解除して感謝される。マッチポンプと言われても、解決したのは俺である。普通に話し合えば解決できたものをここまで長引かせたのだから、俺の功績は大きい。間違いない!
「いやぁ、お互いにWIN-WINで終わって何よりです」
「ブサイクロノさんにはなんとお礼を申し上げていいか。わずかばかりですが、感謝の気持ちを受け取っていただきたい。あなた方と話せて良かったです」
俺とロイスさんは固い握手を交わす。が、俺はいつまで経っても離さない。
「あの、ブサイクロノさん?」
「いやぁ、薬師ギルドと小人族の関係が解決して良かった。もしこちらの提案を断られていたら、『認可ポーションの品質にムラがある』ことを冒険者のみんなに聞いてまわるところでしたよ」
「……噂には聞いていましたが、あなたは恐ろしいことを考えますね。薬師ギルドの必要性は理解して貰えたはずです。その信頼が揺らぐようなことは、あなたにとっても痛手だった思いますよ」
薬師ギルドはボランティア団体に近い。下級ポーションに限るとはいえ、社会のために自らの儲けを減らしているのだ。バカがつくほど真面目な連中で、信頼が揺らぐことを嫌う。
「俺がチクリと刺しただけで、信頼が揺らぐと思いますか?」
「自信はあります。ただ、あなたの噂を聞いていると、ひっくり返されるのではないかと不安に思わないわけではありません」
「それが良くない。揺らがないと確信を持って言わないといけない。けれど、実際は『地味でつまらないやつら』と誤解されている部分もある。呪詛を吐かれるよりは陰口の方が良い? そんなの甘えですよ」
「……私にどうしろとおっしゃるのですか」
「先ほどの契約の話は伏せて、薬師ギルドの誕生話を広めましょう。小人族と協力して、薬師ギルドの地位向上を図るべきです」
「先祖は立派なことをしたとは思います。それを笠に着るようなことはしたくありません」
「笠に着るかどうかは、あなた方次第だ。ただ、このまま現状に甘んじていると、いずれ当時のポーションショックの再来になりますよ」
「どっ、どういうことですかっ!?」
ロイスさんは薬師ギルドが国の運営にはかかせない存在であることは自覚していても、薬師ギルドが本当に崩壊する光景は想像していない。外敵に対して、あまりにも無防備なのだ。
「もし俺が悪いやつで、他国の人間だったとしましょう。この国といずれ戦争をする計画を立てている。そうなったとき、真っ先に薬師ギルドを狙います。いや本当にたとえ話なので通報とか止めてね」
「えっ、えぇ、分かっておりますとも。それで、どのように狙いますか?」
「まず悪い噂を流します。ポーションの品質にムラがあることを絡めたやつが信憑性がありますね。少しずつ民衆の不満を育て、新たな薬師ギルドを作る」
ロイスさんの表情が引きつっているが、こんなもの序の口である。独占禁止法に守られていないのだからやりたい放題だ。
「えげつない妨害工作もするし、生産者の引き抜きもします。品質の確かなポーションを安売りします。薬師ギルド崩壊まで追い込んでから、ポーションの値段を爆上げします。混乱している国に攻め込んで滅ぼします」
「……な、なかなか面白いことを考えますね」
「この妄想を鼻で笑えなきゃダメですよ。薬師ギルドの地位向上は、志を受け継いだロイスさんの仕事だと思います」
「分かりました。方法は考えてみます。ブサイクロノさんからも何かアイディアがあればお聞きしたい」
ようやく自分の目的を切り出せる。これから言う提案を通すために、しょうもない話を熱心に続けたのだ。
「薬師ギルドと小人族で協力してイベントを開きましょう。販売したポーションに薬師ギルドの成り立ちを書いたパンフレットなどを添えて。小人族が売り子をすることで、認可ポーションになったことを宣伝できます」
「読んでくださる方は少ないと思いますが、話すよりは気が楽ですね」
「むさいおっさんより、可愛い女の子が売り子をした方が客は喜びます。初めは反響が小さくても、定期的に開催しましょう。いずれは国に申請してお祭りとか開けたら良いですね」
「祭りですか! 建国記念日、星見祭り、勇者誕生祭。そこに我ら薬師ギルド誕生祭が並ぶと思うと興奮しますね!」
祭りが嫌いなやつは居ない。一度でも開催できれば、楽しいことを止めたりはしない。薬師ギルドの設立話は常識に置き換わる。
「おじさん、わたしたちはポーションを売るだけでいいんですか?」
「お客さんの手を握りながら渡してね。町人に愛される小人族を目指して、薬師ギルドと一緒に頑張ってくれ」
「愛されるってのはよく分からないですけど、手を握ればいいんですね。それなら難しくないし、わたしでも出来そうです」
「……はっ! そういうことだったのですか! 我ら薬師ギルドのせいで落ちた小人族の印象を、払拭する機会をいただけると!?」
スラムの住民である小人族のイメージは、お世辞にも良いとは言えない。認可ポーションを勝ち取り、薬師ギルドの添え物としてまずは知名度を上げていく。
民衆から忌避感が薄れていき、子供のような見た目から、やがては民衆に愛される町のアイドルになって貰いたい。俺はそのアイドルに金を払って股を開かせる。興奮して精液が1リットル出るのである。
「ミラちゃん、頑張って町のアイドルになってね?」
「えぇっ!? わたし、娼婦なんですけどっ!?」
ロイスさんがぎょっとした。これはつけ入る隙である。
「聞きましたか、ロイスさん」
「いえ、私は、何も。空耳でしょう……」
「悲しいすれ違いで、生活に困って体を売る人も居るんです。協力して、地位向上に取り組んでいただけますよね? (約:てめーらのせいでミラちゃん娼婦になったから、責任とれよ?)」
「全力を尽くさせていただきますっ!」
「……あの、ロイスさん。わたし、気にしてないですから。でも、他の子をよろしくお願いします」
ミラちゃんが手を差し出すと、ロイスさんは両手で包み込むように握手を交わした。イベントの開催については必要な手順が多いので、打ち合わせは後日になるだろう。俺はそれに参加するつもりはない。俺は忙しいのだ。
(今日は冒険するつもりだったんだよなぁ……)
薬師ギルドを後にして町中を歩きながら、謝礼金を確認すると、どちらの封筒にも銀貨5枚が入っていた。冒険者とは一体何なのかと複雑な心境になった。ミラちゃんに至っては銀貨に頬ずりをしているし、脱糞騒動は収束を迎えた。
「ミラちゃんは、ひょっとして娼婦を続けるのかい?」
「はい。続けます。おじさんの言うアイドルはよく分からないですけど、体を売ったわたしが皆から愛されるのは騙しているような気がします。わたしはその嘘を突き通す自信もないです」
正論である。途中でバレると発狂する連中も現れるだろう。薬師ギルドと小人族全体のイメージ低下にも繋がりかねないし、俺も後ろから刺されそうだ。
(おじさんとしては、アイドルのAV流出なんて最高に興奮するんだけどねぇ。世の中は変態だらけになったほうが平和になるんじゃなかろうか)
「一般人に戻る最後のチャンスなんだよ? 誰かを利用するくらいの心構えでも良いと思うけどねぇ。これからも娼婦を続けるなら、きっと大変だよ?」
「……お友達から嫌われちゃいますか?」
「そういうこともあるだろうね。逆にミラちゃんがお友達に嫉妬するかもね」
「……おじさんなら、こういうときどうしますか?」
「嫉妬を楽しむよ。別に不幸になると決まったわけじゃないからね。こういうのは、最後に笑った人の勝ちなのさ」
表に立つ人間は、常に正しい行動を求められる。それはとても大変なことだ。気の迷いで少しでも道を踏み外せば、転落する。俺ならそいつを指さして、腹を抱えて笑うけど、ミラちゃんなら手を差し伸べそうだ。
「年下とは思えない発言です」
「おやおや、ママと呼んでもいいのかい?」
「それはちょっと、やーですね」
「それは残念だ。ミラちゃんはこれから忙しくなりそうだねぇ」
「ロイスさんとの打ち合わせには参加するつもりです。表舞台に立てなくても、裏からしっかり支えないと!」
「何を勘違いしているのかな? ミラちゃんには他人を手伝っている余裕なんてないよ。だって、小人族がアイドル化したら、その性欲のはけ口としてミラちゃんに群がるんだからね」
ミラちゃんが娼婦として売れっ子になれば、おじさんが抱ける機会は激減する。男同士の猥談になったとき、『ミラちゃんはワシが育てた』とドヤ顔で仕込んだことを自慢できる。あぁ、楽しくなってきたなぁ。
「ロイスさんとの打ち合わせは、ティミちゃんに丸投げします!」
「良い子だ。これあげるから今日は解散にしよう」
「これおじさんの謝礼金じゃないですか。いくら何でも受け取れませんよ」
「おじさんねぇ、冒険者なんだ。本業に関わらないことで得た金は、持ち越さない主義なんだよね。やる気なくなるから」
「お金はお金じゃないですか?」
「おじさんなりの楽しみ方があるからね。そのお金で好きな服を買うといいよ。次に会うときまでに、魅力的な女の子になっていてね」
手を振ってミラちゃんと別れた。しばらく会うことはないだろう。何もかも俺が仕込んでしまっては、つまらない。予想を裏切るテクニックを見せてくれる日を信じて、お別れだ……。
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