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わちゃわちゃしてクロノ死す

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「……朝チュン!」


 新しい朝である。すけべなおじさんは死に、真人間な俺の誕生を意味する。もうすっかり忘れていたが、ポーションの話を切り出すことにした。


「ミラちゃん、ポーションの売れ行きはどうかな?」

「……あっ、そうでした。おじさんの紹介でポーション買いに来てくれたお客さんがたくさんで、数日で1ヶ月分の売上を超えました!」

(どんだけ売れてなかったんだよ……)

「今後も買ってくれるそうなので、小人族のみんなで毎日ポーション作りです」

「良かったねぇ。ミラちゃんも忙しくなりそうだねぇ」

「わたしは娼婦を続けますよ。そんなわけで、今晩もどうですか?」


 ポーション販売がメインだと思っていただけに、娼婦を続ける意思があるのは意外だった。まぁ、ポーションの話が今になって出てくるくらいなので、販売促進部門と生産部門で分かれているのかもしれない。


「嬉しいお誘いだけど、今晩はちょっとね。ポーションショックが終わったから探索に出ようかと思ってるんだ」

「分かりました。ではおじさんから教わったテクニックで、お客さんを喜ばせるとします!」

(凄いヤル気だ。ぜひとも合法ロリビッチを目指して欲しい。そのときはホットパンツをプレゼントしよう)

「それじゃおじさんは帰るよ。ミラちゃんも頑張ってね」

「待ってください。ギルドに行くのでしたら、わたしも行きます。おじさんを送るついでに、頼まれたポーションを届けに行こうかと」

「頑張り屋だねぇ。ティミちゃんも見習うと良いねぇ」


 受付で爆睡しているティミちゃんを横目で見ながら、小言を漏らすが、ぴくりとも動かない。


「ティミちゃんはポーション作りで頑張っていたので、許してあげてください。大釜を何時間もかき混ぜるのすっごく疲れるんですよ」

(……ラーメンのスープ作りみたいなもんかね)


 ふわっとしたことを考えながら、ミラちゃんとギルドに向かう。揃って入ると周りから『こいつらヤったな』と思われるのでどうかと思ったが、それによる強烈な印象はミラちゃんの客引きを助けるだろう。


(早くおじさん好みのテクニシャンになってね)


 いざギルドに入ると、ミラちゃんのポーションを買う冒険者は多かった。ばばあより美少女から買いたいのは男として当たり前の考えであるが、それを抜きにしてもポーションの効果で信頼されているようだ。


 ちょっと仲介役をしただけでこれだけ物事が動くとなると、どうも心配になってくる。こういうとき、既得権益の方々は黙っていなかったりするものだ。


「……ブサイククロノさんという冒険者はいらっしゃいますか?」

「俺ですけど、あなたは……?」


 黒いローブに深緑色の帽子。胸元にはポーションの瓶の形をしたバッジが輝いている。左目にモノクルを付けた若い男は、ひょっとしなくても……。


「はじめまして。私はロイス。薬師ギルドの代表を務めております。非認可のポーションのことで少しお話がありまして」

(はい、死んだ。完璧に俺をロックオン)


 ミラちゃんが心配そうに俺を見つめている。安心してくれ。君も道連れだよ。


「はいっ、かしこまりました。ポーションのことでしたら、こちらの生産販売を手がける小人族のミラさんとご一緒に聞かせていただきます」

「えーっ!? お、おじさーん!?」

「……あぁ! その方が生産者なのですね。探していた人が同時に見つかるなんて、今日は茶柱が立ちそうですね。では、薬師ギルドまで参りましょうか」


 とんとん拍子で話が進んでいく。やだ怖い。


「はい! さぁ、ミラちゃん。はぐれたら危ないからね、おじさんがお手てをつないであげるからね」

「いだだだだっ! 力強くないですか!? どこにそんな力あるんですかっ」

「人が本気を出すのは、誰かを道連れにするときなんだよ」

「そんな全力いやですよっ。手を離してくださいっ」

「やだ。死んでも離さないぞ!」


 小声でお互いの足を引っ張っていると、先を進んでいたロイスが振り返った。


「どうかなさいましたか?」


 何でもないです。爽やかに返答をして誤魔化した。


「せっかく断るチャンスだったのにどうするんですかっ。ぽんぽん痛いとか言って逃げられたかもしれないのにっ」

「バカヤロー。既に裏口も固められてるに決まってるだろうがっ。それに都合が悪いって言ったら罪を認めるようなもんじゃないかっ」

「だったらちゃんとした言い訳あるんですかっ」

「それを今から考えるんだよっ。やっぱり無理だわ。逃げよう」

「言ってることグッチャグチャじゃないですかーっ。でもわたしも逃げた方が良いと思います」

「どこに逃げようか。いい場所ある?」

「わたしは女湯に逃げますっ」

「あっ、ずっこい! おじさんを見捨てる気かっ」

「逃げるんじゃないんです。時間を稼ぐんです。わたしが捕まるまでにそれっぽい言い訳を考えてくださいよ」

「あーっ、もう分かったから。まずは逃げてから考えよう。薬師ギルドに到着するまでに、いくらでもチャンスはあるはずだ」


 言い争いをしても何も解決しない。ここは臨機応変に行動する。冒険者ギルドの外に出た瞬間に逃走するのも辞さない。


「って、馬車があるぅぅぅっ!?」

「おじさんの嘘つきーっ!?」

「薬師ギルドまでは少し距離がありますからね。どうぞお乗りください」


 これは困った。開幕早々のテクニカルタイムを取る。


「どうするんですかっ。直行便じゃないですかっ」

「そーんなこと言ったってしょうがないじゃないか。まさか連行するのに馬車を使うとは思ってなかったんだよっ」


 これは非常にまずい。金のかかる乗り物を手配済みとなると、証拠は既に固まっている可能性が極めて高い。馬車に乗ったら終わりである。角が立たない断り方……そうかっ!


「せっかく馬車を用意して貰って恐縮なのですが、自分は馬車に乗ると乗り物酔いが酷くて、すぐ戻してしまうんです。ですから、馬車は……」


 何度も『馬車』と言う。無駄に強調する。馬車はNG。届け、この想い!


「ご安心ください。スプリングを組み込んであるので乗り心地は抜群ですよ。素晴らしい発明家が考案されたもので、他にも食べ物のケバブなども作られたとか。いやはや、昔の偉人には頭があがりませんね」

(ケバブゥゥゥッ! てめぇらの仕業かーっ! もっかい死ねーっ!)


 軽く背中に手を添えられてしまっては逃げるに逃げられない。今はまだそのときではないということだ。馬車に乗っても、あとで飛び降りればいいのだ。


(我ながら名案だ。ミラちゃん抱えて飛び降りても死ぬことはないだろ。人の少ない道に入ったらすぐに……ガチャン?)

「お、おじさんどうしましょう。か、鍵を閉められましたっ!?」

「慌てるな。鍵が閉まったなら、開ければいいだろ」

「……あの、鍵が見当たらないんですけど?」

「ははは、そんなわけないだろ。そんなわけ……そんなわけぇぇぇぇっ!?」


 ない。鍵がない。ドアノブを捻っても開かない。


「外から鍵をかける仕組みなんです。チャイルドロックと言いまして、お子様が間違って開けられないようになっています。この馬車は中古で買ったものでして、前の持ち主がお子様用に買われたのでしょうね。

あぁ、スプリングとチャイルドロックは同時に発明されたものだそうですよ。天才の発想には驚かされるばかりですね」

(ケバブゥゥゥッ! 何してくれとんじゃぁぁぁっ!!)

「どうするんですか、どうするんですかっ!?」

「落ち着け。ロイスさんがまだ乗ってない。開かない扉はないんだ」

「私が馬車を動かすので、お二人はどうぞ楽にしてください」

「おじさんの嘘つきーっ!?」


 このまま時が止まればいい。俺たちの願いも虚しく、馬車はゆっくりと動き始める。スプリングのおかげで揺れが少なく、快適である。窓越しに流れる景色を堪能し……なーんだ、簡単じゃん!


「窓から出ればよかったんだよ。鍵なんて飾りさ」

「……あの、おじさん。開かないんですけど」

「いやいや、建付けが悪いだけだから。もっと腹に力入れて! 下からぐっと持ち上げるんだよ! せーのっ――」

「あぁ! 窓もチャイルドロックです。少ししか開きませんので、お子様が窓から乗り出したときに落ちることもありません!」


(ケバブゥゥゥッ! てめーぜってー許さねぇからなぁぁぁっ!)


 安全と制限は表裏一体である。このままではミラちゃんと一緒に地獄に居るケバブを殴りに行くはめになる。こうなったら最後まで足掻く。再びのテクニカルタイム発動だ。


「どうやって出ようか。扉を蹴破ったらすぐにバレるし」

「外から開けて貰うしかないので、何か騒ぎを起こしましょう。ボヤ騒ぎなんてどうでしょう?」

「開けて貰えなかったら丸焼きか燻製になるぞ。そもそもこの密室でイグニションを使うのは不自然すぎる」

「相手の気を引きつつ、納得させないといけない……? そんなのすぐには浮かばないですよ……」

「いや、ある。なるべくやりたくないが、ふたつだけ方法がある」

「流石はおじさんですっ。それで、その方法は!?」

「……吐く。リバースだ。さっき乗り物酔いが酷いって言ったからな」

「うわぁ……でも捕まるよりは、いいのかな……?」

「しかし問題がある。俺はまだ朝食を食っていない。吐き出すものがない」

「わたしもまだ食べてないです。ハーゲルさんの料理が美味しいらしいので、ポーション届けるついでに奮発して食べる予定だったんです……」


 切り札を、出すべきか。大切なものを失うが、命は助かる。そう、命より大事なものなどないのだ。頭では分かっていても、ためらってしまうほどのタブー。もう時間がない。生き延びるための努力を怠ってはならない!


「……脱糞するか」

「……えっ? 今、何て言ったんですか……?」

「……脱糞するしかない」

「なっ、何考えてるんですかっ、頭おかしいんじゃないですかっ!?」

「……他に方法が、あるのか?」

「あばばばばっ、きっとありますよ! 一緒に考えましょ、ねっ、ねっ!?」

「こうしているあいだにも馬車は進み続けている。時間はない。やるしかないんだよ。だから、やってくれるね? ミラちゃん?」

「……えっ? はぁ? えぇっ!? わたしがやるんですか!?」

「だって俺、ミラちゃんが寝てるときに出しちゃったもん。腹の中すっからかんなんだもん」

「おおお、女の子になんてこと言うんですかっ。するわけないでしょ!」

「じゃあ誰がするのさ?」

「おじさんがやってくださいよっ。わたし、鼻摘んでおきまふからっ」

「いやいや、出ないものは出ない。ミラちゃん、ファイトだ!」

「いやですよっ。あんまりです、がっかりです、失望しましたっ!」


 俺だってこんなことは言いたくなかったのだ。怒ってそっぽを向いてしまったミラちゃんは、しばらく俺と話したくもないだろう。それがどうした。


「すいませーん、ロイスさーん! ミラちゃんが脱糞しそうなので馬車止めてくださーい!!」

「ちょちょちょ、ちょっと待ってくださいよぉぉぉっ。おじさん、そう、おじさんが脱糞しそうなので扉を開けてくださーい!!」


 あいつが脱糞。こいつが脱糞。言葉の応酬というにはあまりにも酷い。もはやクソの投げつけ合いである。お互いに全力で否定しあったので、その騒ぎはロイスさんに届いたようだ。


「そ、それは大変です! 馬車を飛ばすので、もう少し我慢してください!」

「おじさぁぁぁぁぁぁん!!? 悪化してるじゃないですかぁぁぁ!」

「オーマイガー。そう来たか……」


 俺たちの健闘も虚しく、馬車は走り続ける。やがて、止まってしまった。あれだけ馬車から出たかったのに、今となっては一歩も動きたくない。


「トイレまで案内します。さぁ、急いで!」

「いや、その、動いたら出ちゃう的な……」

「で、ですです。先におじさんを案内してあげてください」

「何を遠慮しているのですか。行きますよ!」


 ロイスさんに両脇に抱えられて強制連行。便所にこもって考えてる人のポージングをしてまだ見ぬひらめきに期待したが、『ヤバイ』しか出てこなかった。女子トイレから出てきたミラちゃんもヤバイ顔をしていた。


「いやぁ、間に合ったようで何よりです。それでは参りましょうか」

「おじさん、わたしたちどうなっちゃうんでしょうか……?」

「だ、大丈夫さ。優しそうな人だし、厳重注意くらいで済むかもよ」


 打つ手なし、となれば罰が軽くなることを祈るしかないのである。階段を登りきると、廊下のつきあたりに別の職員が立っていた。半歩横に移動し、おじぎをしたまま動かない。よく教育された職員である。


「お話はこちらの客室で行いましょう。どうぞ先に入ってお座りください。私は彼と少し話がありまして」


 入りたくない。でも入るしかない。ゆっくりと扉が閉まり、逃げ道は塞がれてしまった。ややくたびれたソファに腰掛けるが、貧乏ゆすりが止まらない。


「お、おじさん。本当に大丈夫なんでしょうか……? 3階じゃ飛び降りれないですよ」

「カーテンを結んで窓から脱出する。俺は作業に取り掛かるから、ミラちゃんは話が終わらないか聞き耳を立てておいてくれ」


 足を引っ張り合うより、役割分担をして脱出の確率を高めるのが大人である。取り外したカーテンの耐久性を確かめていると、ミラちゃんが血相を変えて駆け寄ってきた。


「あわわわ……わたし、聞いちゃいました。ロイスさんが、この部屋に誰も近づけるなって言ったんです……」

「か、完全に殺る気だ。ミラちゃんも手伝ってくれ!」


 二人でカーテンをわちゃわちゃしていると、部屋が少し暗くなった。窓の外は晴天で、雲ひとつない。そうなると、この影は後ろの――。


「おや? 何をしているのですか?」

「いや、その、カーテンが外れたので直そうかと!」

「ですですですです。念のために破れてないか確認をしていたんですっ」

「そうですか。あとでこちらで直しておきますので大丈夫ですよ。さぁ、おかけください。ポーションの件でお話をしましょう」


 今度こそ打つ手なしである。二人並んでソファで縮こまるように座って、ロイスさんの出方を伺った……。
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