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取引30件目 もなクマともなピョン

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「――お兄ちゃん、朝だ!」

 寝起きで五感が冴えない中、俺の耳にテンションの高さが隠しきれていない声が聞こえる。

「まだ五時なんすけど……」
「七時にはパークが開く、妥当な時間だぞ」

 言う百鬼さんはウキウキしていた。

「分かりましたよ、今準備します」

 眠すぎるが、一度顔を洗えばそんなことも忘れるだろ。
 パッと支度を済ませ、ササっと着替える。こういう時メイクのいらない男に生まれてよかったと実感する。

「髪型も完璧、よし。いつでも出れる」

 財布持った、スマホ持った、チケット持った、キャリーケースも準備オッケー。

「それではもう行くとするか」
「うす、忘れ物ないすか?」
「ああ、三度チェックしたが問題なかった」
「怒涛の確認魔じゃん」

 念には念を入れたのがわかる。
 せっかく遊びに行っても忘れ物あると落ち込むもんな。

「備えあれば憂いなしだ」
「そすね」

 念のために俺もチケットがカバンに入っているかだけをもう一度チェックして、駅へと向かった。

 いざパークに入ろうとしてチケットがないなんてことになったら大惨事だからな。

   
 ***

   
「見ろ幻中君! 人がいっぱいだ!」
「どこにはしゃいでんだよ、もっと他あるでしょ」

 最寄駅から約一時間程度で着く本日の目的地、ジャパンランド。
 そこに到着して開口一番、百鬼さんは珍しいものを見たような口ぶりで、人の多さにテンションを高めていた。

「だって考えてもみろ! 人がいっぱいなんだぞ!」
「だめだハイになってらぁ」

 この人はどうやらテンションが上がれば馬鹿になるらしい。いつものロジカルな思考が微塵も姿を現さない。

 まぁ新鮮だし面白いからノリを合わせておこう。

「はやくパーク内を巡ろうお兄ちゃん!」
「おっとその前にすべきことがあるんじゃないかね唄子さん?」

 今回は兄妹としてホテルに一泊する。そのため呼び方を徹底することを決めていた。

 万が一職場内の誰かに遭遇し、もしぽろっと百鬼さんなんて呼んでみようものなら、百鬼さんの面影を現上司に重ねているやばい部下だと思われかねない。

 それに、勘のいい奴は唄子の中身が百鬼さんってことに気づくかもしれないしな。

「やるべきことってなんだお兄ちゃん」
「先にカチューシャとシャツの購入、ホテルにチャックインして着替えてからだな。パーク巡りは」
「そうか、先に着替えたら荷物が置けて身軽にパーク内で遊べる。策士だな」

 いやこの程度でほめられましても。

「だが人気のアトラクションなんかは並ばないと混んでしまうぞ?」
「ああ、そこは安心していい。事前にファストパス購入してるから」
「金にものを言わせる汚れた大人の匂いがするな」
「なに言ってんだ。俺は大事な妹との充実した時間を買っただけだ」

 パーク内ではゲリライベントやパレードなんかも頻発する。なのに待ち時間でそれを見逃すのはあまりにも勿体ない。金の使いどころはここしかないよな。

 百鬼さんにとっては初めてのテーマパーク。楽しい思い出にしないと。

「さ、まずはショップ行くぞ」

 パークはもう開門され、ぞろぞろと人が入って行っているがアトラクションに並ぶ心配のない俺たちは、優雅にカチューシャとシャツを見に行った。

「これなんかどうだろうか!」

 百鬼さんがショップ内で長考し選び抜いたカチューシャは、うさ耳とくま耳のカチューシャだった。

「もなクマともなピョンのカチューシャだ」

 ここジャパンパークは、日本の和菓子をメインにしたテーマパーク。

 和菓子だけでは案が詰まったのか、洋菓子のキャラも多数在籍しているが、メインキャラは、もなかの妖精のもなクマともなピョンだ。

 だからカチューシャはもなかを彷彿とさせるカラーに、横から見れば境目のようなデザインが施されていて、その境目にはあんこが見え隠れしている。

 こんな徹底ぶりにも関わらず、一番人気のキャラクターはプリンアラモードちゃんだ。
 和菓子でもない彼女に人気を横取りされたもなかの妖精がかわいそうで、俺はこのカチューシャにすることを承諾した。

「シャツはこの二着で迷っているんだ」

 百鬼さんが迷っている一つは、小さく全体にプリントされまくったもなクマともなピョンが印象的なカッターシャツ。

 もう一つは、前面に胸ポケットがついた無地だが、背面にはもなクマともなピョンが楽しそうにパーク内を歩いているイラストが描かれたティーシャツ。

 怒涛のもなクマともなピョン推しだが、百鬼さんがそれがいいというなら俺もそれがいい。

「二着買えばよくない? 明日もパークで遊ぶんだし」
「それもそうだな」

 どちらもカラーリングは白と黒の二種類。
 カッターシャツは俺が白、百鬼さんが黒。ティーシャツは俺が黒、百鬼さんが白を選択し、ホテルへとチェックインした。

「私が払うと言ったのに」
「いや別にいいって」
「ならせめて私の分だけでも」

 百鬼さんは今、スイートルーム内で俺にお金を受け取らせようと諭吉を数枚押し付けている。怖い。

「さすがに部下にここまでお金を出させるのは上司として不甲斐ない」

 百鬼さんはどうやら、年下の、それも部下の男に奢られることに抵抗があるようだ。

 だが俺にだって譲れない時もある。
 妹にいいかっこ出来ない兄にだけはなりたくないんだ。

「今の俺たちは兄妹だ、それくらい問題ないだろってやつだ。妹に財布出させる兄にだけはなりたくないんで」
「しかしだな」

 百鬼さんはま納得していないような表情を浮かべている。

「じゃあこうしましょ。今回は俺が全部出します、その代わり!」
「その代わり?」

 俺は言葉をためて百鬼さんの関心を引く。

「百鬼さんが目を覚ましたら、美味しいものいっぱい食べに連れてってくださいよ」
「そう来たか。目を覚ます楽しみが増えた」

 俺と百鬼さんは固く小指を結んで約束を破らないことを宣言した。

「さ、早く着替えて遊びに行こ」
「脱衣所で着替えてくる」
「了解」

 自分のシャツをもって、百鬼さんは脱衣所まで着替えに行った。
 俺はその場で服を脱いで、瞬時に着替えを済ませた。

 今日履いていたズボンが図らずも黒のスキニーで、モノトーンでシックな印象のコーデになった。

「すまない待たせた」

 百鬼さんが脱衣所から出てくる。

「似合ってますね」
「ありがとう、君も似合っているぞ」
「あざす」

 白のワイドパンツを履いていた百鬼さんも、モノトーンコーデになっていた。これ知らない人が見たら仲良しのカップルみたいだな。

「さぁ行こうか」

 服とカチューシャとは別に買っていた、もなクマともなピョンをイメージした独創的なデザインのサングラスを着用して、遊ぶ準備は万全。

「うす、この時間だとようかんくんエリアで小豆パレードが近いけどどうする?」
「パレードか、いいな。ぜひ見てみたい」

 スマホでパーク情報を見ていると目についた小豆パレード。
 詳細は知らないが多分ようかんくんが練り歩くんだろうな。ようかんが練り歩く……? 練り羊羹ってこと?

「パレードなんてみるのも当然初でな、三十分前くらいから場所を取る必要があるんだろう?」
「子連れとかじゃないすかそれは。後ろらへんでも場所によってはしっかり見えるんで」
「そうか、なら別に場所取りの必要はないな」

 閉園前のナイトパレードとなれば話は別だが、常時開催のパレードはそんなにじっくりみる人は少ない。

 公式も、サイトには混雑は予想されないと記載しているくらいだしな。
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