この世界にスローライフなぞという甘いモンは存在しない

オメガシロップ

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この世界に楽しい酒の席など存在しない

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「なあ、旅人さんよ。アンタには『夢』ってのはあんのかい?」

「夢?」

「そう、夢だ!たとえば金銀財宝を手に入れたいとか、ドラゴンを倒して英雄になって、女に囲まれてチヤホヤされたいみたいな!人それぞれが持つ願望の形さ!普通のヤツなら、夢の一つや二つくらいあるだろ?」

「たしかになあ……。だが生憎、俺は普通の人じゃないんで夢なんて持ってねえな」

「嘘つけよ!オレたちゃ今日が初対面だが、お前だって人間なんだろ?少しくらい願い事とかあるだろうよ!別に大したことじゃなくて良いんだぜ?酒を大量に飲みたいとか、その程度でも良いから言ってみろよ」

「何度聞かれたって、残念ながら無えよ」

「な~んだよつまんねえな。ここは冒険者の集まる酒場だぜ?嘘でもいいからデカい事言ってみろっての!ガハハハハハ!」

 ……などと、対面に座った男は意気揚々と話しながら、木製のジョッキになみなみ注がれた黄金色の液体を流し込むように食らった。

 毛皮のようなヒゲ。傷だらけの革鎧、背負われた両刃の斧。大柄で筋肉質なその男は、ひと目見ただけでも荒くれ事で日銭を稼いでいる人間であることが伝わってくる。

「アンタまだエール一杯しか飲んでねぇじゃねえか。そんで酔いが回ってねえんだ!だから真面目くさって舌が回らねえ!オレが奢ってやるから、ホラもっと飲めって!」

 男は右手を挙げると「おい!一番強い酒をくれ!」と大声を出した。
 すると、厨房からウェイターの女が現れ、蒸留酒の注がれたコップを机の上に置いた。

「これ一杯さえクイッと飲めば酔いどれ男の完成よ!」

「おいおい、勝手に頼むなよ!ったく、強すぎて匂いだけで酔いそうだ!……で、夢の話だっけ?俺は夢なんて持ってねえけど、あんたはどうなんだよ」

「おうおう、よくぞ聞いてくれた!」

 男が空になったジョッキを横に突き出すと、すぐさまウェイターがやってきて水瓶みずがめを傾け、黄金色の液体でジョッキをフチまで満たした。

「オレにはあるぜ、『夢』!冒険者として世界中で活躍して、歴史に名を刻むこと……それがオレの夢さ!」

「おお、以外だな。金や女かと思いきや、案外ロマンチックな夢じゃねーか」

「そうだろ~!?今でもオレは英雄や伝説にあこがれる夢見る少年なのさ!ガッハッハッハ!」

 ガッハッハと口を大きく開いた拍子に男がジョッキを勢いよく傾けると、ギリギリまで中身が注がれていたにも関わらず一瞬にして彼の喉を下っていった。

「この酒場にいるヤツらはみんなそうさ!夢を追って冒険者になった野郎どもだ!まあ野郎っつっても女もいるけどな!」

 男の言葉に合わせて、俺は酒場の客たちを見回す。
 それぞれの席には酒や料理が並べられている。豆やクズ肉なんかで作った、安くて美味くて量のある料理。
 それを囲んで、パーティやギルドでまとまった冒険者たちが和気あいあいと談笑を繰り広げていた。

 彼の言うとおり、男も居れば女も居る。実力さえあれば、どんな人間だって冒険者に成れるというワケだ。

 視線を戻すと、男はいつの間にかジョッキをカラッポにしており、再びウェイターが水瓶で満たしていた。

「ふーん……ここにいるヤツらみんな、ねえ。……いいじゃねーか、なんか夢持つってのも楽しそうに見えてきたぜ」

「だろー!?それならアンタ、その酒をクイッと飲んで夢見心地になりゃ、夢も勝手に思い浮かぶってもんよ!ガハハハハ!」

「いや、その必要は無えな」

 俺は突き放すようにそう言う。

「夢言うためだけに、この酒を飲む意味が分からねえ」

 楽しい酒の場を台無しにするような、不躾な発言。
 さっきまで笑顔を浮かべていた男は眉をひそめ、低い声を出した。

「……アンタ、そりゃねぇよ。奢られた酒の一杯も飲めねえってのか?オレの何が気に入らねえのか知らねえけどよ、断るにしたって言葉は選べるはずだろ」

「別にあんたが気に入らないワケじゃねーよ」

「だったらなんで───」

「……お前のジョッキに入ってる『ソレ』、酒じゃねえよな?」

「はあっ……!?」

 俺の指摘に対して、男は明らかな動揺を見せる。
 男が目を見開いて動きを止めた所を見計らい、俺は素早くジョッキを奪い取り、ソレを一口飲む。

「ちょっ…!?おいっ!?」

「なんだこれ、茶か?アルコールなんて一滴も入ってねえじゃねえか」

 ジョッキを揺らしながら中に入った茶を眺める。
 たしかに見た目だけならエールそっくりで、酒の場で出されたら見破れる人は少ないだろう。

「途中から怪しいと思ってたんだよな。ウェイターがお前の所に持ってくる水瓶だけ、ずっとおんなじヤツなんだからさ」

 俺はそう言い放つと、男の手元に嫌味ったらしくジョッキを置いた。

「おいおい、水瓶は全部同じデザインだぞ!?あんた何か勘違いしてるんだよ!」

「たしかに同じデザインだがな……よーーく見ると、あの水瓶だけ注ぎ口の部分が僅かに薄い。陶工が手作りしてる以上、陶器ごとに個性が出んだよ」

 口角を緩ませながらそう語るも、男は困惑したような表情をするばかりだった。

「……それと、もうひとつ!」

 俺は席を立ち上がり、大声で言う。

「あんたらさっきから、酒にも料理にもほとんど口つけてねぇじゃねえか!今日は禁欲日か?それともこの後、でもあんのか!?」

 とたんに店内に静寂が走り、横目でこちらの様子を伺っていた客たちが、一斉に顔を向けてくる。

 俺の問に客たちは返答をしない。代わりに、彼らのそれぞれの武器───剣や杖やその他もろもろ───に軽く手を置き、すぐにでも戦えるよう身構えるだけだった。

「……酒場に居るやつら全員グルかよ。ったく……そんなに欲しいのかよ。俺の懸賞首が!『この世界』に来てからずっとこんな調子だ!どこに逃げたって誰かが襲ってきやがる!なにせ俺は『転生者』ってヤツだからな、存在すること自体が罪みたいなモンだ!
『転生者の知識と力は帝国の支配を揺るがす』だ?『一度死んで蘇った者だから人間ではない』だ!?ああそうとも、俺たちはモンスターだ!バケモノだ!そんなに俺を殺したきゃ、さっさとかかって来やがれ!!」

 睨みつけるように周囲を見渡す。
 店内の客はざっと10人。360度全方位を囲まれた状態であり、そのうえ敵は荒事に馴れた冒険者ときた。

 正直言って、並の人間があがいた所で生き残れる確率は無いに等しいだろう。

 ……だが生憎、俺は転生者なんだよ。天から授かったスキルで、お前らをブチのめせる。

「で、誰から来んだよ?最初に倒されてぇのは誰だ?」

 まさしく一触即発。緊張が限界に達し、刃が抜かれようかというその時───

「アンタちょっと落ち着けよ!なっ!?」

 あの茶を飲んでた男が俺をたしなめた。

「……………」

 ……コイツ、まだ誤魔化せるとでも思ってんのか?
 この状況じゃ、どう頑張ったって無理だろ。見た目からして算段深い悪漢かと思っていたが、案外天然なのかもしれない。

「………悪い悪い。酔いが回ってつまらんジョークを言っちまったな、今のは忘れてくれ」

「そ、そうか?オレぁ面白えと思ったぜ!ガッハッハ……」

「なら良かった、はははは」

「……ガハハハハハハ!」

「はははははははは」

「ガハハハハハハハハハハハハ!」

「はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」

 俺は机の上を蒸留酒を引っ掴むと、それを一気に口内へ流し込んだ。

 目の前の男も、周りの冒険者たちも、信じられないことが起こったかのように息を呑み、俺が酒を飲む様子を凝視していた。

「……はあ。この味は……神経毒系の野草。多分トリカブトだろ?」

 全ての空気が固まってしまったかのような、冷たい静寂。

 俺はそれを断ち切るようにコップを「ドン」と机に置いた。

「いいこと教えてやる。転生者アンデットに毒は効かねえ」

 そう言い放ち、踵を返して酒場の出口の方へ歩いていく。

「待て」

 冒険者のひとりが剣先を向けて俺を制止した。
 それに続くように他の冒険者たちも武器を構えて俺の周りを囲んでいく。

「ここで終わりだ、バケモノめ」

「お前らじゃ無理だ、やめとけよ」



 ───瞬間、後方の死角から刃の風切り音が鳴る。
   音の大きさからして、おそらく斧。

 ああ、あの茶飲み男か。チャンスと見れば迷いなく武器を振ってきやがった。

 俺はまだ武器を抜いてない。腰に差した剣は鞘に収まったままだ。今から抜剣して防御するのは現実的に不可能。まさしく千載一遇の殺害チャンスだ。

 あいつも立派な冒険者の一員という事か。刹那の中でそう思った。


 斧が振り下ろされる瞬間、閃光のような速さで手を突き出す。
 俺の指先は鋼の刃先を挟み込むと、重機のような圧力でそれを握り潰した。

 ガンッ!

 耳をつんざくような破壊音が響き渡り、男は思わず斧を手離した。
 泥のように潰れた斧は、変形による熱を帯びながら床の上に転がった。

「……手配書で知ってると思うが、俺のスキルは『怪力ストレングス』だ。この斧みたいにお前らも潰してやるよ」

 二人の冒険者が雄叫びを上げながら両脇から斬り掛かってくる。茶飲み男の胸ぐらを掴むと、そのまま円を描くように振り投げた。
 両脇の冒険者は巨体と衝突し、壁際まで吹き飛ぶ。茶飲み男と二人はうめき声を上げながら地面にうずくまった。

「残り7人」

 とんがり帽子の女が魔法を詠唱すると、杖の先端から光り輝く矢が放たれた。
 すぐさま酒場の机を女の方へ蹴り飛ばす。

 魔法の矢は机を貫き、粉々に破壊するが、その木片は蹴り飛ばした勢いのまま女の顔面に直撃した。
 勢いよく鼻血を噴き出し、女は背中から倒れた。残り6人。

「ウオオオオオオオ!!」

 巨漢の戦士が勢いよく突進し、俺の両脚を抱えながら地面に打ち倒した。
 その勢いのまま馬乗りになった戦士は、ナックルダスターをはめた拳で俺の顔面を滅多打ちにする。
 重砲のような連撃。一撃食らうごとに後頭部が床に激突する。

「どけ!トドメを刺す!」

 胴鎧を着た冒険者が、鋭く研がれたハルバードを振り上げる。
 俺は戦士を両手で突き飛ばす。優に100kgは超えるかという巨体が丸めた紙のように吹き飛び、天井に勢いよく打ち付けられた。
 荷重から解放されてすぐさま、寝そべった体勢から体をひねり、上方への回転蹴りを繰り出す。ムチのような速度で放たれた足がハルバードの柄をへし折り、そのまま冒険者の脇腹を蹴り飛ばした。

 背中を押さえてのたうち回る戦士と、凹んだ胴鎧に圧迫されて苦しそうにあえぐ冒険者。
 残り4人───

 ドスッ!
 
 突然頭部への衝撃が加わり、激痛が走る。

「んぐあっ!!」

 あまりの痛みで転げそうになるが、必死に我慢して衝撃を受けた方向へ目線を向ける。

 見ると弓を構えた冒険者が一人。
 なるほど、こめかみを矢で射抜かれたのか。

「クソッ、打撃には強くても刺す系の武器には弱いんだよな……!」

 こめかみに刺さった矢を乱暴に引き抜く。
 矢尻の返しが肉と脳を切り裂き、射抜かれた以上の痛みを与えてくる。

「ッッッッああーーー!!!クソ痛えッッッ!!」

 大きく抉れた傷口。濁濁と流れ出る真っ赤な血液。
 この体はもう生ける屍だと言うのに、依然として痛みや流血はある。それにも関わらず脳を損傷しても死なないというのは、もはや転生者の肉体の神秘であり、人間に値せぬアンデットモンスターの査証だろうか。

「ひいっ!ば、バケモノ!」

「バケモノだっつってんだろ!」

 ヒグマのような加速度のスタートダッシュで弓手との距離を一気に詰めると、勢いのまま左頬を殴り抜く。

「ぐべえっ!!」

 弓手は情けない悲鳴を絞り出して、膝から崩れ落ちた。

 あっという間に距離を詰められ、戦々恐々とした面持ちでこちらに武器を向ける残り3人の冒険者。
 額は汗にまみれ、武器の切っ先は子犬のように震えている。

「うっ……う、うああああ!」

 三人が片手剣と槍を振るって攻撃してくる。恐怖にくらんだその斬突を半身になって避けると、腹に一発ずつ拳をめり込ませた。

「がはっ!うあ………」

 腹を抑えてうずくまる三人。

「…………残り"0"人」


 ……ひと仕事を終え、両手をズボンで拭うと、倒れた冒険者たちを避けながら厨房に入る。

 レンガの窯、カゴいっぱいの黒パン、積み重なったエールの樽、すっかりぬるくなった大鍋のスープ。隅のほうではウェイターと料理人の老女が身を寄せ合ったこちらを見ている。

「関係ないやつには何もしねーよ」

 そう言って両手の平を向けて交差するように振る。

「ほら、武器とか持ってねえだろ?」

 机に置かれたいくつかの水瓶からひとつを選んで口をつける。
 夜風のように冷えた茶が、運動で渇いた喉を潤す。

「……いや、待てよ。酒に毒盛ったんだから全然関係者じゃねーか」

 その言葉に女たちが子馬のような悲鳴を上げたが、無視して元の部屋へ戻り、うずくまる冒険者たちのサイフや装備を片っ端から回収し始めた。

「ま……待て……それはオレの斧……」

「うるせえ。命狙ってきた相手を見逃してやるだけ感謝しろよ」

「うう……」

 この帽子は高値で売れそうだな、この鎧は凹んでるから握り潰して鉄屑しよう、槍は穂先だけ回収、ポーションは希少品なものだけ持っていくか……などと考えながら冒険者たちの持ち物を半分以上奪い、風呂敷に包んで颯爽と酒場を抜け出した。



 外に出ると、夜闇を照らすように満月と星々が光輝いていた。
 春の小風が吹き、抜けきらない冬の寒さが頬を撫でる。

 森に囲まれた分かれ道に立つ酒場。敷地を囲む低い柵は、このあたり一帯がモンスターの出現しない安全地帯であることを示している。

「俺にとっちゃ安全な場所じゃなかったが……」

 今はとにかく、どこか安全な場所に行きたい。
 まずは転生者排斥を掲げる帝国領から抜け出すことだ。そのためには金は入り用になる。食費はもちろん、関所の番兵にワイロを握らせたり、馬車や船に乗るための運賃にも必要だろう。

「そして何より、安住の地を見つけた後の生活資金として……」


 この世界に来てから、俺はずっと命を狙われてきた。


 だからこそ俺は追い求める。安全で快適な楽しい新生活を。


 この危険で野蛮な異世界で俺だけのスローライフを実現してやる。


「………それが俺の唯一の夢だ。」



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