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その3

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 頭が痛い。息が苦しい。重いものに潰されているような圧迫感と息苦しさ。
 そして、暑い!
「お兄ちゃん! 何してんの!」
 この声は……妹のシオン!? なぜ? 俺は生きているのか?
「寝ぼけてないで早く起きなさいよ! 今日、入学式なんでしょ? 遅れるよ!」
 目を開けると、縞々のパンツと見慣れた部屋の天井が見えた。
「あ、起きた」
「三角絞めキメてんじゃねえ! 殺す気か!?」
 シオンが俺の首を絞めていた脚を緩めたので、俺はベッドからガバッと身を起こした。どう見ても俺の部屋。カーテンは開いていて、朝日が差し込んでいる。
「俺……助かったのか?」
「何言ってんの? 本気で殺(や)るわけないじゃん。頭おかしくなった?」
「いや、だって、俺、チサトんちの車にひかれた後、どうなったんだ?」
「はあ? お兄ちゃん、車にひかれたの? よく無傷だったね」
「いや、頭から血がドバドバと……」
 そう思って頭を触ってみたが、寝ぐせはあれど出血や傷はなかった。
「意味分かんないし、怖いんだけど……」
 なんだこれ。どうなってんだ?
 俺はスマホを手に取り、日付を確認する。
「四月十日、七時四十五分……。シオン、今、西暦何年だ?」
「2023」
「だよな」
「当たり前でしょ」
 時間が戻っている。さっきと同じだ。また同じ時間に戻ってきたのだ。
「シオン、今日は俺の高校の入学式だよな」
「昨日、自分で言ってたじゃん」
「朝ご飯はできてるか?」
「お兄ちゃんの分もキッチンに置いてあるよ」
「そうか。理解した」
「は? 理解?」
「妹よ。どいてくれ。兄は忙しい。これから美少女との運命的な出会いを果たさなきゃならないんだ」
「今日のお兄ちゃん、マジでキショいんだけど……」
 白い眼をして去っていく妹。
 俺はすぐに制服に着替えて家を出ることにした。もう少しすれば、みな登校し始めるはずだ。あまり時間の余裕があるとは言えないので、朝ご飯なんて食べている場合ではない。
 どうしてなのかは分からないが、俺はタイムリープを繰り返しているようだ。まあ、原理はどうであれ、美少女と運命的な出会いを果たして、バラ色の高校生活を送れれば構わない。
 クラスで一番可愛いユウカは性格ブスのビッチだから却下。
 二番目に可愛いチサトは両親の車で登校するから、接点を作るのは難しい。車の前に飛び出すのも、また失敗して悲惨な結果になるのは御免だから、諦めることにする。
 だが何も問題はない。三番目に可愛い女子――ミオと接点を作りに行けばいいのだから!
 そういうわけで、俺は自転車に乗って自宅を飛び出した。
 途中、見知らぬ婆さんが、やっぱり横断歩道で転んでいた。気の毒だが、かまっている暇はない。見なかったことにして、とにかくミオのところへ急いだ。
 十五分ほど自転車を走らせると、ミオのアパートの前に着いた。
 ミオは少し天然の、誰にでも優しい美少女だ。カースト上位にいるのに、下位の男たちにも時々話しかけたりしてくれる平等主義者。どう考えても性格は最高にいいし、庶民的な感覚を持っているので、お嬢様のチサトより、俺との相性は良さそうだ。
 ところで、今度はどうやって運命の出会いを演出しようか。
 たぶんミオは入学式といえど、車ではなく歩いて登校すると思われる。今度こそ、曲がり角でぶつかれそうだ。
 うん、とりあえず、そうしよう。
 俺は作戦を実行すべく、ミオのアパートが見える曲がり角に隠れて待機した。
 さあ、来い!
 しばし待っていると、制服姿のミオがドアを開けて出てきた。肩の上のサラサラの髪、ちょっと太めの眉。……小動物っぽくて、やっぱり可愛い。あんな美少女とイチャイチャしてみたい!
 両親に手を振って、歩き出したかと思いきや、アパートの駐車場で足を止めてしまった。髪の毛先を指でくるくるといじりながら、辺りをきょろきょろしている。どうやら誰かを待っているらしい。
 どうすればいいんだ? 俺のほうから近づいて声をかけるのは、あまりに不自然だ。しかも普通に話しかけただけでは意味がない。特別な運命を感じさせなきゃいけないのだから。かといって、このままただ待っていれば、友だちが合流して、二人で登校してしまう。そうなれば、俺とミオの出会いの特別感がなくなってしまう。
 友だちが来るのは時間の問題だ。これ以上、ゆっくりしていられない。
 俺は運命的で劇的な出会いをするのが簡単ではないと、今更ながら理解した。何をしていいのか分からない。だけどもう、やるしかなかった。灰色の高校生活はもう嫌だ。
 俺はミオの前に飛び出していった。
「や、やあ、運命的な朝だな!」
 我ながらひどいセリフだった。
「えっ……?」
 ミオは表情を曇らせたが、俺が同じ高校の制服を着ているのを見て、ちょっと安心したようだった。
「ええ、そうですね。今日は特別な日です」
「だ、だよな!」
「もしかして、あなたも?」
「そうなんだ。俺も新入生で、偶然ここを通りかかって、君を見つけたんだ」
「そうなんですか。本当に運命的ですね」
 なんだかうまくいきそうだ!
 と思ったのも束の間。
「俺の名前は――」
 そこでタイミング悪く、友だちが来てしまった。クラスで六番目くらいに可愛い女子のカオルだった。この二人、入学する前から仲が良かったのか。
「おはよう、ミオ。どうしたの?」
「おはよう、カオル。分からないけど、この人に声をかけられて、おしゃべりしてたの」
「……ナンパ?」
 カオルは俺を頭から爪先までいぶかしげに睨みつけたかと思うと、腰を落として拳を構えた。こいつはやがて女子空手部の主将になる女であり、全国レベルの技の持ち主だ。一人では危なっかしいミオのボディーガードみたいに、一緒にいることが多い。
 カオルの実力が見せかけでないことを知っている俺は、つい、たじろいでしまった。
「あなた、何者? 同じ北高の学生のようだけど、ミオに何の用?」
「うっ……お、俺は……ただ、きっかけが欲しくて……」
「ミオの知り合い?」
 聞かれたミオは俺の顔を見て「私の知り合いですか?」と聞いてきた。
「いや、この世界では初対面だが、高校で知り合う予定なんだ! 名前は中山だ、同じクラスの!」
「誰?」
 カオルが顔を一層しかめた。
「ああ、同じクラスの中山くんですね!」
 ミオが、ひらめいた、とばかりに、ポンと手をたたいた。
「え? ミオ、知ってるの?」
「今、知りました」
「つまり知らないヤツじゃん! ていうか、同じクラスかどうかなんて、まだ発表されてないじゃん」
「うっ……確かに」
 カオルの鋭い指摘に、俺は動揺した。
「ミオ、こいつ変だよ。気をつけて。ストーカーかも。ミオにつきまとう変態は、あたしが許さない!」
「ち、違う! 俺は悪いことは何もしてない! どうせ同じクラスになるんだから、少し早く知り合いになろうと思って声をかけただけなんだ!」
「何を言ってるか分からん! 問答無用っ!」
 カオルが追いかけてきたので、俺は反射的に走って逃げた。
 途中までうまくいってたのに、なんでこうなるんだ!
「おいこら! 待て変態!」
 俺が悪いのか!? 入学式の前に会いに来たら、いけないのか!? それだけで犯罪者扱いかよ!?
 カオルは速かった。一方、俺は運動音痴。すぐに追いつかれるのは明らかだ。
 だから、どっちにしてもダメだっただろう。
 破れかぶれになった俺は一時停止の標識を無視して十字路を突っ切っろうとし、車に撥(は)ねられた。
 吹っ飛ばされて空中を飛んでいる間、時間がスローモーションで流れていて、「クソっ! またかよ」なんていう悪態が頭をよぎった。衝撃とともにアスファルトに叩きつけられ、体の感覚が消えた。青空を見上げながら、またもや意識が遠のいていった。
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