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『少女とロボット』 約2000文字
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小雨の降る夜、赤い傘を差した少女が巨大なロボットを見上げていた。
ロボットの全身は鈍色にくすんだハイドレンジア合金の装甲に覆われ、高さは建物の三階に達する。胴体は太っちょで、肩幅は広く、胴体に対してやけに細長い手足を二本ずつ持っている。頭部は胴体に埋め込まれており、目のような緑色のライトがひとつ、胸のあたりで心臓の鼓動のように規則正しい明滅を繰り返している。頭のない不格好な人間とでもいうような姿だった。装甲には傷や汚れや焦げ跡があちこちにあり、戦闘の激しさをうかがわせた。
そんなロボットを見上げる少女は、まだ十二、三くらいで、戦闘とは無縁のあどけない顔をしている。
ここは町のはずれの、比較的戦闘の少ない地域だ。それでも少女の立っている道の真ん中から、被害の様子をいくらでも探すことができる。ひび割れたアスファルト、積み上がった瓦礫の山、焼け焦げて骨組みだけになった自動車、横っ腹にミサイルが命中してえぐれた五階建てのマンション。遠くで聞こえる砲撃の音、物悲しい犬の遠吠え。
町は夜の闇と冷たい雨とに包まれて、死んだように静まり返っている。
「そんなところにいたら濡れちゃうよ」
少女は友人にでも話しかけるような調子で、ロボットの胸で明滅しているライトにむかって言った。
ロボットは巨体をぴくりとも動かさず、何も答えなかった。合金に覆われた表面を、雨粒が滴り落ちていく。
「もしかして、誰かを待っているの?」
少女はめげずに問いかけた。
「レオナ、やめておけ」
同じくらいの年の少年がどこからともなく現われて、少女の隣に並んだ。雨に濡れた短い髪の下で、鋭い目がロボットの腕の先にむいた。指がない代わりに、銃弾を発射するための穴がハチの巣状に並んでいる。
「こいつは解放軍の自律思考型の殺人ロボだ。こんなところを役人に見られたら疑いをかけられるぞ」
「自律思考型だから、おしゃべりだってできるのでしょう?」
少女はようやく少年の方をむいた。
「できるだろうけど、壊れちまったんだろ。まともに動かなくなったから、こんなところに放置されてるんだ」
「なんだか、かわいそう」
言いながら、ロボットの明滅するライトを再び見上げる。一定の機械的なリズムには、何の意図も読み取れない。
「なに言ってんだ、行くぞ」
少年が道を横切って建物と建物の間に駆け込み、姿を消す。
少女は数秒間、じっと目に焼きつけるようにロボットを注視すると、少年のあとを追って歩き出す。
その日も分厚い雲が太陽を隠し、しとしとと雨が降っていた。
道の真ん中に立ち塞がるように立っているロボットを、赤い傘を差した少女が見上げていた。
「私のお父さん、戦争で死んじゃったんだって。本当かどうかわからないけれど。すごく優しくて、大きくて、大好きだったのに。実はまだ、どこかで生きているのかも」
ロボットはやはり何も答えず、細長い手足を一ミリたりとも動かしもせず、胸のライトを一定の間隔で明滅させているだけである。
左脚のハイドレンジア合金の装甲と装甲の隙間から、黄色やピンクや白の花の束が飛び出している。自然に生えてきたものではなく、今朝、少女が生けたのだ。
一台の大型トラックが町の外の方向からむかってきた。トラックはロボットと少女の手前で、けたたましい音を立てて止まった。荷台にはクレーンのような重機が設置されているが、それでもまだかなりの荷物が積めそうな広いスペースがあった。
運転席からひげの老人が降りてきた。
「お前さん、何をしとるんだ?」
老人が古いエンジンみたいなガラガラした声で尋ねた。少女は指の数が少ない老人の手を見て、
「おしゃべり。それから、お花をあげたの」
老人は眉根を寄せ、少女からロボットの脚へと視線を移した。脚の装甲の間から花が飛び出しているのを見て、
「おかしな奴だな。どけ、仕事の邪魔だ」
ロボットに近づいてくる老人に、少女は下がって道をゆずり、
「ロボットをどうするの?」
「こいつに乗せて工場に運ぶ。修理してまた戦場に送り出す」
老人は場違いな生け花には目もくれず、ロボットの周りを歩き回って状態を確かめていた。それが済むと、運転席に乗り込み、トラックを動かして荷台をロボットの側にむけ、さらにクレーンの位置を調整して、ロボットを動かす作業を始めた。
少女は道を渡って建物の軒下に移動し、その様子を眺めていた。老人は運転席のドアを開けて、何度も振り返って位置を確かめながら、ロボットを完璧に荷台に寝かせた。脚の花はそのまま刺さっていた。
「悪いな。じゃあな」
老人は最後まで作業を見ていた少女にそれだけ言って、大音量のエンジンを響かせ、去っていった。
ロボットがいなくなった道の真ん中に歩み出て、少女は赤い傘ごしに灰色の雲に覆われた空を見上げた。
「またどこかで会えるかな」
そのつぶやきは、しとしとと降る雨に消えていく。
遠くで砲撃の音が鳴っていた。
おわり
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
お題は「雨とSF」でした。
SFは普段書かないジャンルなので、とりあえずロボット出しとくか、みたいな安易な発想。
ロボットの全身は鈍色にくすんだハイドレンジア合金の装甲に覆われ、高さは建物の三階に達する。胴体は太っちょで、肩幅は広く、胴体に対してやけに細長い手足を二本ずつ持っている。頭部は胴体に埋め込まれており、目のような緑色のライトがひとつ、胸のあたりで心臓の鼓動のように規則正しい明滅を繰り返している。頭のない不格好な人間とでもいうような姿だった。装甲には傷や汚れや焦げ跡があちこちにあり、戦闘の激しさをうかがわせた。
そんなロボットを見上げる少女は、まだ十二、三くらいで、戦闘とは無縁のあどけない顔をしている。
ここは町のはずれの、比較的戦闘の少ない地域だ。それでも少女の立っている道の真ん中から、被害の様子をいくらでも探すことができる。ひび割れたアスファルト、積み上がった瓦礫の山、焼け焦げて骨組みだけになった自動車、横っ腹にミサイルが命中してえぐれた五階建てのマンション。遠くで聞こえる砲撃の音、物悲しい犬の遠吠え。
町は夜の闇と冷たい雨とに包まれて、死んだように静まり返っている。
「そんなところにいたら濡れちゃうよ」
少女は友人にでも話しかけるような調子で、ロボットの胸で明滅しているライトにむかって言った。
ロボットは巨体をぴくりとも動かさず、何も答えなかった。合金に覆われた表面を、雨粒が滴り落ちていく。
「もしかして、誰かを待っているの?」
少女はめげずに問いかけた。
「レオナ、やめておけ」
同じくらいの年の少年がどこからともなく現われて、少女の隣に並んだ。雨に濡れた短い髪の下で、鋭い目がロボットの腕の先にむいた。指がない代わりに、銃弾を発射するための穴がハチの巣状に並んでいる。
「こいつは解放軍の自律思考型の殺人ロボだ。こんなところを役人に見られたら疑いをかけられるぞ」
「自律思考型だから、おしゃべりだってできるのでしょう?」
少女はようやく少年の方をむいた。
「できるだろうけど、壊れちまったんだろ。まともに動かなくなったから、こんなところに放置されてるんだ」
「なんだか、かわいそう」
言いながら、ロボットの明滅するライトを再び見上げる。一定の機械的なリズムには、何の意図も読み取れない。
「なに言ってんだ、行くぞ」
少年が道を横切って建物と建物の間に駆け込み、姿を消す。
少女は数秒間、じっと目に焼きつけるようにロボットを注視すると、少年のあとを追って歩き出す。
その日も分厚い雲が太陽を隠し、しとしとと雨が降っていた。
道の真ん中に立ち塞がるように立っているロボットを、赤い傘を差した少女が見上げていた。
「私のお父さん、戦争で死んじゃったんだって。本当かどうかわからないけれど。すごく優しくて、大きくて、大好きだったのに。実はまだ、どこかで生きているのかも」
ロボットはやはり何も答えず、細長い手足を一ミリたりとも動かしもせず、胸のライトを一定の間隔で明滅させているだけである。
左脚のハイドレンジア合金の装甲と装甲の隙間から、黄色やピンクや白の花の束が飛び出している。自然に生えてきたものではなく、今朝、少女が生けたのだ。
一台の大型トラックが町の外の方向からむかってきた。トラックはロボットと少女の手前で、けたたましい音を立てて止まった。荷台にはクレーンのような重機が設置されているが、それでもまだかなりの荷物が積めそうな広いスペースがあった。
運転席からひげの老人が降りてきた。
「お前さん、何をしとるんだ?」
老人が古いエンジンみたいなガラガラした声で尋ねた。少女は指の数が少ない老人の手を見て、
「おしゃべり。それから、お花をあげたの」
老人は眉根を寄せ、少女からロボットの脚へと視線を移した。脚の装甲の間から花が飛び出しているのを見て、
「おかしな奴だな。どけ、仕事の邪魔だ」
ロボットに近づいてくる老人に、少女は下がって道をゆずり、
「ロボットをどうするの?」
「こいつに乗せて工場に運ぶ。修理してまた戦場に送り出す」
老人は場違いな生け花には目もくれず、ロボットの周りを歩き回って状態を確かめていた。それが済むと、運転席に乗り込み、トラックを動かして荷台をロボットの側にむけ、さらにクレーンの位置を調整して、ロボットを動かす作業を始めた。
少女は道を渡って建物の軒下に移動し、その様子を眺めていた。老人は運転席のドアを開けて、何度も振り返って位置を確かめながら、ロボットを完璧に荷台に寝かせた。脚の花はそのまま刺さっていた。
「悪いな。じゃあな」
老人は最後まで作業を見ていた少女にそれだけ言って、大音量のエンジンを響かせ、去っていった。
ロボットがいなくなった道の真ん中に歩み出て、少女は赤い傘ごしに灰色の雲に覆われた空を見上げた。
「またどこかで会えるかな」
そのつぶやきは、しとしとと降る雨に消えていく。
遠くで砲撃の音が鳴っていた。
おわり
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お題は「雨とSF」でした。
SFは普段書かないジャンルなので、とりあえずロボット出しとくか、みたいな安易な発想。
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