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10、鬼神の舞

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 桐葉が指定された場所に着くと、一斉に顔がこちらを向いた。すでに十名ほどの退魔師が集まっていた。どの顔も見知った、実力者ばかりだ。
「おお、来たな」
「龍ヶ崎の譲ちゃん! よく来てくれた」
「頼りにしてるぜ」
「よっしゃ、いっちょやるかー!」
 桐葉が人気者なのは、退魔師としての力量だけでなく治癒術を得意とする数少ない退魔師だからだ。また、そのルックスも相まって、討伐隊の士気は大きく上がる。ファンを公言する男性退魔師も多く、制服姿ともなればちょっとしたアイドルでも登場したかのような騒ぎだ。
「よーし、出発するぞ!」
「おー!」
 口々に鬨(とき)の声が上がった。討伐開始である。
 退魔師たちが薄暗い林へと分け入っていく。周囲を警戒しつつ、そばにいた退魔師から情報をもらう。
「一時間ほど前、目撃証言があった。複数のヒト型妖魔と少女二人が一緒にいたそうだ」
「その二人って……!」桐葉は武者震いした。
「ああ、柏崎家の姉妹だろう。一緒にいたヒト型妖魔と、君は一度戦ったんだね?」
 一瞬思い出したくもない記憶が蘇ったが、何事もないように答える。「はい、恐らくその妖魔が何らかの方法で二人を操っているのだと思います。早く解放してあげないと」
「そうだね。今夜こそ、決着を着けてやろう。だがヒト型複数というのは、なかなか厄介かもしれない」
「そうですね」
 桐葉は話しながら、奇妙なことに気づいた。この人以外の、いろいろな話し声まで妙にはっきりと耳に入ってくるのだ。退魔師たちは今、数メートルの間隔を取って広がりつつ、林を進んでいる。だからあちこちで交わされる会話の一言一句が聴き取れるなんてこと、ありえないはずなのに。しかも大した苦もなく、同時に全ての会話の内容を把握できている自分に驚く。
 足音さえも全てが聞こえる。無論、退魔師たちは下手に音を立てず、慎重な足取りで進んでいるのだが、小さな枝を踏む音、下草をこする音、小石が転がった音……風の流れ、落下する木の葉の動き、退魔師たちの呼吸……何もかも、手に取るように分かる。
 そして……妖魔が近づいてきた気配も感じ取ることができた。
「いたぞ! 下級妖魔だ!」桐葉の察知よりもやや遅れて誰かが叫び、戦闘が始まった。
 もう一匹が前方から近づいていることに桐葉は気づいていた。いきなり駆け出した。
「はあッ!!」
 薙刀を一振りすると、空気が渦巻き、地面がえぐれ、砂煙が上がった。姿の見えない敵を両断したという確信があった。
「龍ヶ崎の譲ちゃん!? 今の衝撃波は何だ!?」追いかけてきた退魔師は下級妖魔の残骸を見て目を丸くした。「こりゃすげえ、綺麗に真っ二つだ。俺なんて何も見えてなかったってのに! ……って、おい! どうした!? 待て!」
 桐葉は制止を振り切ってすでに暗闇に飛び込んでいた。夜目はきかないが木にぶつかることはないと思えたし、妖魔が出たらむしろ先制攻撃を仕掛けられる自信があった。
 と、次の瞬間、妖魔が横手から鋭い爪を振りかざして跳びかかってきた。いきなり不意を突かれた形だが桐葉そちらに顔を向けることすらせずに、薙刀を振り回し、腕を切り落とした。耳障りな悲鳴を上げる妖魔。
(体が……軽い! それに妖魔の動き、遅い!)
 逃げようと背を向けた相手に突きの一撃。断末魔が林に響き渡る。
(次は……向こう!)
 桐葉は軽やかに跳ね、駆ける。
(いた……! ヒト型!)
 敵は離れた木立ちの陰から様子を見ていたようだが、簡単に視認することができた。先日のとは別の個体。ほんの瞬きの間に、ためらうことなく一蹴りで距離を詰める。ヒト型の顔が驚愕に歪んだ。
「はああッ!!」
 必殺の一撃を放とうとした刹那、閃光と火花が暗闇を照らした。爆発だ。賢いヒト型妖魔が搦め手を使うことは珍しくもない。桐葉は敵の罠に飛び込んでしまったのだ。
「何事だ!?」
「燃えてるぞ! こっちだ!」
 退魔師たちの声がこだまする。
 桐葉は炎と煙の中から転がり出た。
「危なかった……」頬には黒いススがついているが、怪我をした様子はない。「あっ、スカートが……!」見ると桐葉のスカートは一部が燃えてスリットのようになってしまっていた。それを残念がる余裕さえあった。
(そうだ、ヒト型は……?)
 振り仰いだとき、ヒト型妖魔および三体の下級妖魔が四方から襲い掛かってくるところだった。その距離、妖魔の牙の一本一本の形がくっきりと視認できるほど。爆音、閃光、煙にまぎれての……急襲。
 いや、それすらも桐葉にとっては亀の歩みも同然だった。その場で体を軸にして三百六十度回転しつつ、刀を閃かせた。直後、凄まじい烈風が吹き荒れ、四体の妖魔の体が空中でバラバラに切り刻まれた。飛び散った血肉が周囲の木にべちゃべちゃとぶつかって落ちる。ひゅん、と薙刀を一振りすると、刃に残っていた血も飛んでいった。
(これなら、負けない。これがきっと、龍の力なんだ)
 かつてない手ごたえを感じ、他の妖魔を探そうと一歩踏み出したときだった。
 ドクン、と心臓に激痛が……あの、心臓を炙られるような激痛が走った。
「あッ……が……」
 胸を押さえてうずくまってしまう。唯一の相棒が手を離れ、カランと音を立てた。顔をしかめて痛みに耐える。
 その様子を木陰からうかがっている下級妖魔が一匹、二匹、三匹……。今の桐葉には邪悪な気配がじりじりと近づいてくるのが分かる。数が多い。
 妖魔が仕掛けてきた。桐葉は薙刀を拾うと、膝を突いたまま横薙ぎに振るった。先陣を切った妖魔は両腕をもがれ、地面をのたうった。
 桐葉はそれを無視してゆっくりと立ち上がる。薙刀を杖の代わりにして体を支えた。また心臓が鳴り、ナイフを突き立てられたような痛みが走る。歯を食いしばって、相棒にすがるように、かろうじて立っている。
「はぁ……はぁ……はぁ……」桐葉は肩で息をしている。立っているだけでやっとの状態に見える。「静かにして」桐葉はまだ地面をのたうっていた瀕死の妖魔に、刃を振り下ろした。妖魔は血を吹いてビクビクと痙攣するだけになった。
 それが合図だったかのように、妖魔たちが一斉に襲いかかった。
「ああああああああああッ!!」
 鬼神のごとき雄叫びをあげ、桐葉が舞った。武芸と呼ぶにはあまりに荒々しく、激しく、本能のままの、容赦のない舞だった。勝負がつくのに一分も必要なかった。片膝を突いている桐葉の周りには、血溜まり、肉塊、もげた腕、脳髄……そんなものが積み重なっていた。
「けほっ……けほっ」桐葉が咳をすると、口を押さえた手のひらに血が付いた。
(これも、龍の力のせい……?)
 分からなかったが、体は燃えるように熱くたぎり、力にあふれている。本当に内蔵が焼けたのではないかと感じるくらいだ。たぶん得意の治癒術がきかない類の痛みだと本能的に直感した。外傷は治せても、病気や内蔵の損傷までは治せないのだ。
 耳を澄ますと、幸い近くに妖魔はいなそうだった。その代わり、退魔師の声がする。
「誰か来てくれ!」
「大丈夫か!?」
「すぐに手当てを!」
(誰か怪我したんだ……)
 だが桐葉は立ち上がると声のするほうへ向かうどころか背を向けた。
(これが龍の力のせいなら、もう戻れないのかもしれない)
 もう一度、咳をした。口の中の鉄っぽい味を吐き捨てた。
(……ごめんなさい。私は、あのヒト型と二人を探さないと……)
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