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9、箱

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 次の妖魔討伐の日取りが母から告げられた。失踪した柏崎姉妹の行方の捜索は、退魔師たちにとって重要任務なのだ。
 その日、桐葉は生徒会を早めに切り上げて帰宅した。討伐は妖魔が特に活発に動き始める夕方から始まる。まだ少し時間がある。
 ひと目に注意して向かったのは裏庭だった。片隅にある、崩れた祠。人に忘れられ、時代の流れに忘れられたかのように、ひっそりしている。【PPⅠ】
 これからやることが、悪いことだとは理解している。それでも……やらなければならない。
 桐葉はもう一度、辺りを見回して誰もいないことを確認すると、崩れた板をどかし始めた。大した大きさではないように見えるが、案外重く、動かすのに苦労する。あまり大きい音を立てないように気を遣いつつ、一枚、また一枚と邪魔な板をどかす。
「……っ!」
 手にささくれが刺さった。血の珠が浮く。まるで誰かが「それ以上近づくな」と言っているみたいだ……。
(弱気になっちゃダメ)
 桐葉は血をなめて、作業を再開した。
(これは早苗さんが示してくれた道なんだから……)
 やがて祠に祭られているものがはっきりと見えた。……木箱だ。【MP】
 桐葉が大き目のリンゴが入るくらいのサイズで、何やらお札が全体にベタベタと貼られている。その変色の度合からして相当に古そうだ。中身を示すラベルのようなものはない。蓋は付いているが、紐で十字に縛られている。意識を集中させると、箱から禍々しいオーラが立ち上っているように見えた。こんな普通でないものが庭にあったのに、今まで気づかなかったことが不思議でならない。
(きっとこの中に……!)
 だがそのオーラに反して、持ってみると……妙に軽い。不審に思って蓋に手をかけた、そのとき。
「桐葉お嬢さんでございますか」
 後ろから声をかけられた。
「はっ、はい!」桐葉の声が裏返った。振り返ると、庭師の男が枝切りバサミを手に立っていた。タオルを鉢巻のように頭に巻いているのは仕事中ということだ。
「僭越でございますが、あんまり、それに近づかないほうがいいと思いますよ」庭師は声をひそめた。「裏庭の祠には一切触るなと、奥様からきつく言いつけられておりますので」
(やっぱり、母は知っていたんだ)
 桐葉は確信した。ここに何かが隠されている。
「わたし、探し物しているんです。母には許可をもらってあります」自分の口からさらりと嘘が出たことに、内心驚いた。
「そうでございましたか。よろしければ、わたくしも一緒に……」
「いえ、大丈夫です。たぶんもう見つかるので」
「でしたら、わたくしは仕事に戻ります。奥様に、表の松の枝が美しくないと言われてしまいましてね。どうも最近はあんまり機嫌がよくないようで参ります」
「そうですか。いつもお庭のお手入れ、ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそよくしてもらっとりますよ」
 庭師はうやうやしく礼をして、表のほうへ歩いていった。
(早くしないとお母様の耳に入るかもしれない。ここに長くいないほうがいい……)
 桐葉は箱を体で隠すようにして抱え、自室に戻った。幸い誰にも会わなかった。机の上に箱を置き、蓋に手をかけた。
 手に力をこめた瞬間、ドクンと心臓が大きく脈打った。驚いて箱から手を放した。
(えっ……? 今の……何?)
 自分の胸に手を当てた。心臓が早鐘を打っている。冷や汗が額を流れる。やはりこの中には特別なものが入っている。桐葉は確信を強めた。もう一度蓋に手をかける前に、大きく息を吸って吐いた。……これはとんでもない力だ。この力があれば、母に認められるような成果を出せるに違いない……。気づくと手が震えている。
 蓋を開けた。恐る恐る中をのぞきこむと、空っぽだった。
「うそ……」
 呆然とする。いや、そんなはずはない……と手を入れてまさぐってみたり箱を逆さまにして振ってみたりしたが……何もなかった。
 ドクン。
 心臓がもう一度大きく脈打った。すると激しい痛みが胸を襲った。心臓を焼けた鉄の網の上に乗せられたかのように、壮絶な痛み。苦しさのあまり胸を押さえたままうずくまり、床に倒れた。息をすることもできない。声にならない声が喉からかすかに漏れた。苦しい。苦しい……!
 桐葉はハッと目を開けた。自分は床に転がっていた。胸の痛みはない。体を起こして時計を見ると、五分も経っていない。
 足音が……聞こえた。いや、そんなはずはない、おかしいと思い直した。足袋を履いた母が廊下を歩く音が聞こえるはずがない。だが音もなく歩いてくる音が分かる。しかもなぜ近づいてくるのが母だと特定できる……?
 ともかく桐葉は箱を机の下に隠した。直後、ノックの音がして、戸が開いた。
「妖魔が出ました。お行きなさい」感じたとおり、母であった。
「……はい。行って参ります」
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