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3、戦い

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 空気が一瞬にして引き締まり、息をするのも苦しくなった。
 桐葉は構えの姿勢を取り、敵を警戒する。
 ヒト型妖魔はその名の通り、形は人間によく似ている。ただしそれ以外はおよそ人間らしい部分はなく、個体ごとに特徴は様々だ。目の前の妖魔に関しては、皮膚は赤黒く、鱗のような硬質の物に覆われている。切れ長の目には心や理性が感じられない。ひどく裂けた口には、ギザギザの歯が並ぶ。まるで爬虫類と人間を掛け合わせた失敗作のような生き物だった。
「戦えますか」桐葉が問う間に、ヒト型妖魔は前傾姿勢を取った。
「俺はいけるぜ」「桐葉さんのおかげで、ばっちりですよ」二人が桐葉の両隣に並んだ。
「こちらから行きます」最初に動いたのは桐葉だった。真っ直ぐに妖魔へと向かう。持ち手を軸にして薙刀を回転させ、勢いよく振り下ろした。妖魔は身を翻してかわす。それを追うように横薙ぎ。妖魔はその場で跳躍してかわす。思いのほか俊敏だ。
 男二人は妖魔を囲むように展開した。桐葉の連撃の切れ目に一人が斬撃を繋ぐ。妖魔はこれを腕で受け止めた。カキンと刀が弾かれる。驚きの表情。その隙をつくように妖魔が腕を伸ばす。男は跳び退って一旦体勢を立て直した。
 妖魔のほうも、今のは準備運度だとでも言うように、首を左右に曲げてゴキゴキと間接を鳴らしている。
「この野郎、なめやがって」
 霊力をこめた刃でさえ弾く強靭さを持っている妖魔は、そう多くはない。だが弱点はあるはずだ、と桐葉は冷静に考える。
「気をつけてください。手数はこちらが有利です。常に連携を」
「連携ならお手のもんです、任せてください」
 今度は妖魔のほうから動いた。桐葉に跳びかかり、振りかぶった腕で襲い掛かる。桐葉も斬撃で応じ、霊力と妖力がぶつかりあい、弾け、激しく空気が渦巻いた。
(一撃が、重い……!)
 お互いが数メートル飛ばされる結果となった。ヒト型の中でも並以上の実力と思われる。厄介な相手だ。
「大丈夫ですか、桐葉さん」
 男たちが駆け寄り、陣形を整えた。
「問題ありません」
(引くべき……? 応援が来るのを待つ……?)
 桐葉は逡巡する。もともと桐葉は霊力を用いた快復術など、サポート的な役割を得意としている。無論、基本的な戦闘もこなせるし、退魔師の中でもかなりの実力者なのだが、強敵相手であれば後衛に回りたいのが本音だ。
「今度はこっちから行くぜ」「おう!」男たちが突進していった。息の合った連携で妖魔に連続攻撃を仕掛ける。互いの隙を消し合うように動いており、妖魔に反撃の時間を与えない。「てめえらには、俺たちの町で好き勝手させねえ!」
 男の強い思いを聞き、桐葉はようやく決断した。
(敵は散らばって逃げた。待っているうちにそいつらが合流してくる可能性だってあるじゃない。だったら今、三対一という利を活かして攻めなきゃ)
 桐葉は肉薄して戦う二人と一匹のもとへ駆けた。
「何とかして隙を作ってください! 一瞬で構いません」
「分かりやした!」「合点です!」
 男たちはギアを上げた。目にも止まらぬ連撃に妖魔は防戦一方と見える。
「うおりゃあッ!」重みのある一振り。妖魔がそれを片腕で受け止めた。バランスが崩れる。
 さらに反対側からもう一人が大上段から切りつけた。妖魔はそれをもう片方の腕で受け止めるしかない。膝が土に着いた。両手が塞がった……!
「はあッ!」
 その刹那、桐葉が突きを放った。切っ先は妖魔の首のあたり……稼動部の鱗と鱗の隙間を狙いすました必殺の一撃だ。桐葉自身も、桐葉の実力を知る男たちも、これが妖魔に致命傷を与えると思っていた。
 パンッと何かが弾けるような音と同時に、鱗が四方に弾丸のように飛んだ。
「何っ……!?」
 桐葉は柄の長い武器を使っているため妖魔との距離があり、寸前のところで防御することができた。しかし刀で両手を押さえ込んでいた男二人は、至近距離で鱗の弾丸を受けた。硬く鋭い鱗は袴を破り、いくつも皮膚に突き刺さった。戦闘用に特殊な素材で作られた袴であったが、防ぎきれなかったようだ。
「大丈夫ですか!?」
 よろめいて後ずさる二人。鱗のなくなった妖魔がゆっくりと立ち上がる。
「……この野郎……俺たちを引きつけるために、機を狙ってやがったか」
「俺たちのことなら、大丈夫です、桐葉さん。ほら、こいつ、鱗を飛ばしちまったから、丸裸ですよ、はははっ」
 確かに敵は鱗がなくなって、つるんとして、無防備な姿になったように見えた。
 一方男たちの声は穏やかだが……血が袴に染みて……出血している。表情も苦しそうだ。
(まずいわ。作戦が裏目に出てしまった。私のせいで、二人が……)
「桐葉さん、そんな顔しないでください」
 言われて自分が情けない顔になっていたことに気づく。
「そうですぜ。龍ヶ崎家の跡取り……桐葉さんと言えば、妖魔も逃げ出す最強退魔師の一人。俺たちの勝利は、桐葉さんが来たときから決まっていやす」
「そんなこと……」
 ……ない。確かに名門・龍ヶ崎家は数々の天才と呼ばれる退魔師を輩出してきた。だが自分はできそこないの、半端者の、未熟者の……名前だけの跡取りだ。
 二人を置いて逃げるわけにはいかない。敵も切り札を消費して、弱体化したはずだ。今はとにかく二人の安全を確保しなくては。だが快復術をかけるような時間は与えてもらえないだろう。
 で、あれば……。
 桐葉は妖魔に向かっていった。大きく孤を描いて、刃を振り下ろす。妖魔はまだ残っている爪の部分でそれを受け流す。すぐに反撃が来る。身を引いてかわす……。
「こっちです! 私を食らいたければ……力が欲しければ……、来なさい!」
 桐葉は妖魔が二人から遠ざかるように挑発した。今やほとんど無力化された二人は無視して、妖魔は付いてくる。
(うまくいった……!)
 桐葉はとりあえず二人から危険を遠ざけることに成功し、安堵した。妖魔というのは人を食らう。人間の持つ精気や、退魔師だけが持つ霊力を体に取り込むためだ。人間より退魔師、退魔師の中でも霊力の強い退魔師のほうが奴らにとって極上の味となる。人を食らった妖魔は、精気や霊力を妖気へと変換し、より強く、より賢く、より長く生きるようになる。
 この妖魔も誰かを食ったことがあるのだろう。
 桐葉は真っ直ぐに敵を見据え言い放った。
「ここからは、あなたと私、一対一の勝負です」
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