上 下
2 / 16

2、妖魔と退魔師

しおりを挟む
「追え! 追えー! 一匹も逃がすなー!」
 暗い林に朗々とした声が響く。
 陽はすでに落ちた。木々の不気味な影を縫うように、桐葉は走っていた。長い髪は普段おろしているのだが、今は後ろで一結びにしている。それが馬の尻尾のように風を切ってたなびく。服装こそ着慣れた高校の制服姿だが、手には身長よりも長い薙刀(なぎなた)を持っていた。素人であればそこらの枝や幹にぶつけてしまいそうなものだが、桐葉は器用に操りながらするすると木立ちを抜けていく。
 桐葉の表情は、生徒会室で見せていた温かなものから一転し、冷たく尖った印象へと変わっている。それもそのはずだ。ここは生徒会室のような、心安らぐ場所ではない。……戦場なのだ。母からの要請を受けた桐葉は、制服を着替える間も惜しんで参戦した。
「いたぞ! こっちだ!」
 男性の声が右前方からあがった。上半身のシルエットがかろうじて見えるだけで、それが誰なのか、状況はどうなのかも分からない。
「ぐわあっ!」
 今度は悲鳴があがった。
 桐葉は声のほうへ急ぐ。徐々に浮かび上がる妙なシルエット。……人間でもなければ樹木でもない。
 林を抜けた先は開けた場所になっていた。桐葉はそこへ転がるように飛び出した。
 なんとも形容しがたい、肥大しすぎた腫瘍のような姿が、目の前に立ちはだかった。……妖魔だ。
 この妖魔は特に気色悪い姿をしていた。ずんぐりとした腐肉の山とでも言おうか。人間の倍以上のサイズで、どぎつい色をしている。何となく突起のような出っ張りがあるが、どこが手なのか、どこが顔なのか、そもそも手や顔などないのか……そういう形状をしている。一部がゆっくりと規則的に脈打つのは、心臓のようなものを持っているということなのか。見ているだけで吐き気がするような醜悪さだった。
 対峙しているのは、袴姿の男性二人だ。一人は負傷したらしく、片膝を突いている。それをもう一人がかばうようにして立ち、刀を構えていた。
 桐葉は敵前に飛び出した一瞬のうちに状況を把握し、薙刀を斜めに振り下ろした。
「やああああッ!」
 一閃。……単なる薙刀であれば、刃は妖魔の体に届かないはずの距離があった。しかし霊力を乗せた刃は不可視の巨大な刃となって、妖魔の肉を両断した。
 肉が破裂したかのように四方へ飛び散る。妖魔は悲鳴をあげることもなくバラバラになって絶命したのだった。
「桐葉さん!」無事なほうの男性が呼んだ。「ありがとうございます。助かりました」
「いえ、遅くなってすみませんでした。傷を見せてください」
「俺なら大丈夫です。下級妖魔だからって、ちと油断しただけですから。あの野郎、肉の下に爪を隠してやがったんですよ」
 負傷によって精神が高揚しているのか、怪我人は饒舌にしゃべった。
 だが桐葉はおしゃべりをさえぎって、「いいから見せてください」と男の袖をまくった。
「出血していますが、深くはなさそうです。よかった……」ほっと胸をなでおろした。
「桐葉さん、大袈裟ですぜ。こいつは簡単にくたばるようなヤツじゃないですから、なあ?」
「当然だ。あんなザコにやられてたまるもんか」そう息巻く男の左手には、指輪が光っている。
「治療しますから、じっとしていてください。あと、下級相手だからって油断しないでください」
 桐葉は男に釘を刺すと、両手のひらで傷を包むようにした。目を閉じ、体の奥底を流れる霊力の流れに意識を集中する。
 男の傷……引き裂かれた皮膚が、筋肉が、血管が……みるみる癒合していく。
「いてててて……。桐葉さん、もうちょっと優しく……」
「時間ないので我慢してください」
 男の傷は、あっという間に塞がった。退魔師の中でも霊力の扱いに長けた一部の者だけができる、治癒術。それが桐葉の専売特許だ。
「はい、終わりです」ぽん、と傷のあったところを叩いた。
「ありがとうございます。恩に着ます」
「良かったな。ところで治療中、顔がにやけてたぞ」
「にやけてねえよ!」
「軽口を叩いている暇はありません」桐葉は調子のいい二人をたしなめた。「妖魔は一体だけじゃないと聞いていますが」
「最初は固まってたんだが、俺たちが攻撃を仕掛けたら散り散りに逃げやがったんです。五、六匹はいましたぜ。だからこうして二人一組で括弧撃破してるわけです」
「一匹だけヒト型がいやした」
「ヒト型……嫌な相手ですね」それは知能の低い下級妖魔とは一線を隔す存在を意味する。退魔師にとって、最も注意しなければならない敵だ。時に奴らはからめ手や罠も用いる厄介な相手だが、だからといって野放しにしておけば、市井の人々に被害が出る可能性がある。
 桐葉は生徒会の面々、それから高校の生徒たちのことを思った。ここから遠くないところに住んでいる生徒もいるだろう。それだけでなく、気になるのは先月の退魔師の失踪事件だ。天才と言われていた姉妹の退魔師がそろって行方知れずになってしまった。その手がかりが、つかめるかもしれない。
「ヒト型を探し出して……討ちます」
 一般人では妖魔には太刀打ちできない。妖魔を切り、えぐり、貫き、殺すことができるのは、霊力を帯びた武器だけ。霊力を操り、妖魔を狩る者……それが退魔師だ。退魔師である以上、討たねばならない。
「桐葉さん……」男ののどが震えた。「探し出す必要はなさそうですぜ」
 林の中からゆらりと現われたのは、ヒトの姿をした、ヒトでないもの。
 ヒト型妖魔だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

処理中です...