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『新しい就職先はお隣のアイドル男子の部屋でした』3話目原稿(おわり)
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********3話************
「あ、あの、ごめんなさい。違うんです、なんでか分からないけれど……。変だな私、どうして……」
三人が困惑している。いきなり泣き出したら、変なヤツだと思われてしまう。だけど、涙があふれて止まらない。
「あっ、あのっ、あのっ……」
ダメだ。泣いちゃダメだ。なんとかしなきゃ。
そう思っても、涙腺がまったくコントロールできない。ぼろぼろと涙が落ちる。
「ごめんなさいっ!」
私はいたたまれなくて椅子から立ち上がり、逃げるようにその部屋を出て、自分の部屋へ戻った。
そして、声をあげて泣いた。
翌朝、鏡に映る私はひどい姿だったけれど、胸のつかえが取れたみたいに気分はすっきりしていた。シャワーを浴びて着替えると、身体が羽のように軽くなった気がした。窓の外は青空。こんなに晴れやかな気持ちになったのは何年振りだろうか。
スマホに親友の七海(ななみ)からメッセージが来ていた。『寂しくなったらまたいつでも電話してこい』まるで彼氏みたい。
そうだ、七海に「昨日、エレウィズに会っちゃった!」って自慢しよう。もう会社に行かなくていいんだし、七海も今日は休みって言ってたし、いくらでもおしゃべりできる!
通話ボタンを押そうとしたところで手が止まった。ダメだ、他言しないでってフウマに言われたんだった。すごく話したくて、うずうずする……。でも約束は守らなきゃ。
電話をあきらめて、冷蔵庫にあった残り物を温めて食べながら、今日から無職だな、なんて他人事のように思った。普段ならもう出勤している時間だけど、今日は何もやらなくていいんだ。ずっと部屋でのんびりしていてもいいんだ。就活は……心と身体が回復したら始めよう。ちょっと不安もあるけれど、うまくいきそうな気がする。
そういえば、昨日、お鍋を隣のうちに置いてきちゃったな、リンはもう元気になったかな、と思い出した。
あとでお鍋を取りに行かなきゃだけど、ちょっと顔を合わせづらい。私がいきなり泣き出したから、みんな困惑していたし。
どうしよう、あのお鍋、このままでもいいか、なんて考える。エレメンタル・ウィザーズ……略してエレウィズのリンが私のお鍋を使って料理をしているところを想像してみたら、なんだか面白くなった。
ちょうど朝ご飯の食器を洗い終わったとき、インターフォンが鳴った。部屋の前に誰かが来たらしい。
リンがお鍋を返しに来てくれたのかも!? でもどんな顔をして会えばいいんだろう、と思ってモニターを見ると、そうではなかった。
一ヶ月ほど前に別れた元カレが映っていた。しかもオートロックのはずのマンションの入り口をすり抜けて、私の部屋の前にいる。別れるとき、「もうここには来ないで」とはっきり伝えたのに。
居留守を使おうか。だけどそれだと、また来るかもしれない。もう一度、はっきり「来ないで」と言ったほうがいいか。
迷ったけれど、応答することにした。
「もう来ないで、って言ったでしょ」
「ああ、いたか。まどか、お前、会社辞めたんだって? 俺のせい? 俺のことそんなに嫌いになった?」
「あなたにはもう関係ない。帰って」
元カレ――アキラはしつこく部屋の前に居座った。せっかく今朝は爽やかな気分だったのに、最悪だ。何が目的でここに来たのかもはっきりしない。どうしても一度だけ直接話がしたい、と言い出し、私はそれで彼の気が済むなら、と思って仕方なく玄関に向かった。
ドアチェーンをかけて入って来れなくしてから、少し開けた。
「おお、ありがとな、やっぱお前って優しいな」
今更そんなことを言われても、まるで心に響かなかった。昨晩、あの三人が私を誉めてくれたときの、心のこもった感じとか、感謝とか、そういうものはアキラの口から出る言葉には全く感じられない。
アキラは私に仕事を紹介するとかなんとか言って、私を外に連れ出したいようだった。とにかくしつこい。
「あなたと話したいことなんて何もない! 帰って!」
私の声はつい大きくなる。
「俺たち、うまくやってたじゃねえか? それなのに、あんまりだろ?」
「帰って! 迷惑だから!」
「おい、迷惑ってなんだ? 何様だ?」
これ以上は私のメンタル的にも、ご近所さんへの影響的にも無理だと思い、私はドアを閉めようとした。
だがアキラの足がドアの間に差し込まれていて閉まないことに気づく。
「おい、痛えじゃねえか」
日焼けした太い腕が急に隙間から伸びてきて、私の手首をつかんだ。
「やめて! いやっ!」
怖くなって思わず悲鳴を上げた。力が強くて振り解けない。痛い。
誰か助けて……!
「誰か――!」
そのとき、
「何してるんだ」
冷気を感じさせるくらい冷たく澄んだ声。リンの声だった。
直後、私の手首からアキラの腕が離れた。ドアの隙間から一瞬だけリンの姿が見えた。アキラにつかみかかったのだろうか。だけど、体調は? 昨晩、あんなふうにいきなり倒れたのだから、簡単に回復するものでもないと思う。
「てめえこそ、何しやがるんだ!」
アキラのドスの効いた声。私はその声を聞くと、どうしてかいつも身体が硬くなり、うまく考えられなくなる。
閉まってしまったドアの向こうで、今、私の元カレと人気アイドルのリとンが対峙しているに違いない。助かった、という安堵は、すぐに不安と心配にかき消される。もし殴り合いの喧嘩や、警察沙汰にでもなったら!? 大変なスクープになってしまう。私と元カレとの個人的な問題に、無関係なリンを巻き込んじゃダメだ……!
止めに入らなきゃ!
ドアノブをつかむ。
そのとき、アキラの怒鳴り声が聞こえた。私はビクッと震えたかと思うと、それ以上身体が動かなくなった。二人の間に割って入ったとして、アキラに何をされるかと想像すると、身がすくむのだ。少なくともこのままドアを開けなければ、危険はない。私は身を縮めてドアの向こうの音に耳を傾ける。
「あんた、今すぐ消えなよ」とリンの声。
「あ? 俺はこの部屋の女の元カレなんだよ。部外者は黙ってやがれ!」
「部外者? あんた、何も分かってないんだな」
リンが鼻で笑う姿が見える気がした。
「俺のカノジョに近づくなって言ってるんだよ」
「なにっ!?」
アキラの頓狂な叫び。
私もびっくりして息が止まった。
そして、理解した。
今のセリフは嘘、演技だ。リンは私の今のカレシの振りをして、元カレを追い払おうとしてくれているのだ、と。
そんなことまでさせてしまった事実が、申し訳なくて、自分が情けなくて。私は震える手にぎゅっと力をこめ、外に飛び出した。
リンがちょうどドアを守るように、そばにいた。その顔は驚いていた。
私はアキラに向かって叫んだ。
「今の私のカレシはこの人だから! あなたとはもう会いたくない! 二度と私に関わらないで! これ以上付きまとうなら警察呼ぶから!」
アキラの顔が見る見る赤くなる。恥をかかされて怒りが膨れ上がったのだ。
殴りかかってくる……と思って、怖くてもう何も考えられなかった。お願いだから帰って、と祈ることしかできなかった。
アキラは結局、手を出してこなかった。
それどころか、信じられないことが起こった。
隣に立つリンが私の肩をそっと抱いて、引き寄せる。微熱の身体。華奢なその身体に、微かな震えを感じた。
「俺のカノジョは、あんたのことが大嫌いみたいだ。だから今すぐ消えろ。二度と姿を見せるな」
アキラが内心で激怒しているのは明らかだったけれど、何も言い返せないらしく、「このクソビッチが!」と言い捨てて去っていった。
リンは迷惑男の背中が完全に見えなくなると、私から手を離した。
嵐は去ったのに、私の心臓はまだドキドキしている。
「あ、あの……ありがとうございました」
まともに顔を見ることができなかった。と、いきなりリンの身体が私にのしかかってきた。
「きゃっ!?」
あまりに突然のことで、わけが分からず悲鳴を上げた。
顔が近い。
キスされる……!?
と、思ったのは、私の勘違いだった。
リンは辛そうな表情で、膝を突き、私に寄りかかっていただけだった。
「大丈夫ですか!? まだ体調が良くなってなかったんですね!?」
さっきの騒動で悪化したのか、もともとかなり悪かったのか。
私は彼の身体を支えながら呼びかけた。
重い。重すぎて、支えているだけでやっとだった。
「こんな状態なのに、無理しちゃダメじゃないですか」
「……君の声、怯えてたから」
リンのか細い声が返ってきた。同時にリンがまた自分の足で立ってくれたので、なんとか私たちは倒れずに済んだ。
助けを呼んだのは私自身で、リンはそれを聞いて駆けつけてくれただけ。無理をさせたのは私。
私は何をしているんだろう。
自己嫌悪が募り、「ごめんなさい」とつぶやく。
「まだ寝てなきゃダメです」
「…………」
私は彼に肩を貸したまま、隣の部屋――つまり彼の部屋へと入っていった。リビングの奥のベッドにまで彼を連れていき、寝かせ、布団をかけてあげた。
リンは綺麗な顔を少し歪め、苦しげな表情をしていたけれど、次第に安らかな表情へと変わった。私はベッドのそばに膝を突き、小さな寝息が聞こえるようになるまで、その顔を見つめていた。
お昼頃、私は足音と話し声でハッと目を覚ました。リンの様子を見ていたら、そのままベッドに顔をうずめるようにして眠ってしまっていたのだ。
「リンー? 元気ー? また来てあげたぞー」
「ホムラが行きたいって言ったんだろう?」
「い、行きたいとは言ってねえよ。オレは念のため様子を見に行ったほうがいいんじゃないかって」
「はいはい。ホムラは優しいなぁ」
「フウマ、どういう意味だ!?」
エレウィズの二人が私を見て足を止めた。
「な、なんでこのお姉さんがまたいるんだあっ!?」
「やあ、雑炊ちゃんもまた来ていたんだね」
ホムラは大袈裟に頭を抱えて目を丸くし、フウマはひらひらと手を振っていた。
「あ、あの、これには色々あって……」
十分後、エレウィズの三人と私は昨晩のようにテーブルを囲んでいた。
私たちは初めて互いに自己紹介をした。
「私は神崎まどかです。雑炊ちゃんはやめてください」
彼らは有名なアイドルグループ「エレメンタル・ウィザーズ」のメンバーだとも明かした。分かっていたことだけれど、改めて宣言されると、本物に会えた興奮と緊張で手が汗ばんだ。
そのあとは、恐縮にもひたすら私がしゃべった。今朝の、元カレとの騒動について。それから、昨晩遅くにこの部屋に入ってしまった経緯。つまり、昨日で会社を辞めたこととか、久しぶりに親友と飲みに行って酔っぱらったこととか。
そうしたら、
「まどかさん、ここでちょっと待っててくれる? 僕たち大事な話をしてくるからさ」
なぜか三人が奥の寝室のほうで、こそこそと相談を始めた。時折ちらちらと私を見るけれど、嫌な感じはしなかった。
やがて結論が出たのか、三人は並んで私のところに戻ってきた。
何を言われるんだろう? 我々の秘密を知ってしまった以上、生きては返さないとか? 全然想像がつかなくて不安になる。
リンが代表して口を開く。
「あなたにお願いがある」
「え?」
エレウィズからじきじきにお願いをされるなんて……! いったい何? 期待していいのか、それとも……。
「俺たちの、メイドさんになってくれないか」
へ? メイドさん?
意味不明すぎて、はしたなく口がぽかんと開いてしまった。
メイドさんって、秋葉原とか立派なお屋敷とかにいて、ご主人様にお仕えして働く、あのメイドさん?
「変な意味じゃないよ」
フウマが微笑みかけてくる。
「まあ、つまりはね、僕らにときどき食事を作ってほしい。ここ、僕らのたまり場だからね。それから、よくリンは体調を崩すから、面倒を見てあげたりもしてくれると助かる。もちろん、できる範囲でいい」
「もちろん、タダで働けなんて言わない。オレたちは超ホワイト企業だ」
今度はホムラが補足する。
「給料はオレたちが出す。まどかさんはちょうど無職なんだし、ここに就職してくれればウィンウィンってやつだよ!」
「そういうことだ。だから、メイドさんになってくれないか」
もう一度、リンがじっと私を見つめて言った。
「ごめんなさい待って! 私がここに就職!? この部屋に!? リンにご飯作るの!? うそでしょっ!?」
私、エレウィズの――というかリンの、お世話係にスカウトされてるってこと!?
★企画なので、とりあえず、ここまでで終わりです。
「あ、あの、ごめんなさい。違うんです、なんでか分からないけれど……。変だな私、どうして……」
三人が困惑している。いきなり泣き出したら、変なヤツだと思われてしまう。だけど、涙があふれて止まらない。
「あっ、あのっ、あのっ……」
ダメだ。泣いちゃダメだ。なんとかしなきゃ。
そう思っても、涙腺がまったくコントロールできない。ぼろぼろと涙が落ちる。
「ごめんなさいっ!」
私はいたたまれなくて椅子から立ち上がり、逃げるようにその部屋を出て、自分の部屋へ戻った。
そして、声をあげて泣いた。
翌朝、鏡に映る私はひどい姿だったけれど、胸のつかえが取れたみたいに気分はすっきりしていた。シャワーを浴びて着替えると、身体が羽のように軽くなった気がした。窓の外は青空。こんなに晴れやかな気持ちになったのは何年振りだろうか。
スマホに親友の七海(ななみ)からメッセージが来ていた。『寂しくなったらまたいつでも電話してこい』まるで彼氏みたい。
そうだ、七海に「昨日、エレウィズに会っちゃった!」って自慢しよう。もう会社に行かなくていいんだし、七海も今日は休みって言ってたし、いくらでもおしゃべりできる!
通話ボタンを押そうとしたところで手が止まった。ダメだ、他言しないでってフウマに言われたんだった。すごく話したくて、うずうずする……。でも約束は守らなきゃ。
電話をあきらめて、冷蔵庫にあった残り物を温めて食べながら、今日から無職だな、なんて他人事のように思った。普段ならもう出勤している時間だけど、今日は何もやらなくていいんだ。ずっと部屋でのんびりしていてもいいんだ。就活は……心と身体が回復したら始めよう。ちょっと不安もあるけれど、うまくいきそうな気がする。
そういえば、昨日、お鍋を隣のうちに置いてきちゃったな、リンはもう元気になったかな、と思い出した。
あとでお鍋を取りに行かなきゃだけど、ちょっと顔を合わせづらい。私がいきなり泣き出したから、みんな困惑していたし。
どうしよう、あのお鍋、このままでもいいか、なんて考える。エレメンタル・ウィザーズ……略してエレウィズのリンが私のお鍋を使って料理をしているところを想像してみたら、なんだか面白くなった。
ちょうど朝ご飯の食器を洗い終わったとき、インターフォンが鳴った。部屋の前に誰かが来たらしい。
リンがお鍋を返しに来てくれたのかも!? でもどんな顔をして会えばいいんだろう、と思ってモニターを見ると、そうではなかった。
一ヶ月ほど前に別れた元カレが映っていた。しかもオートロックのはずのマンションの入り口をすり抜けて、私の部屋の前にいる。別れるとき、「もうここには来ないで」とはっきり伝えたのに。
居留守を使おうか。だけどそれだと、また来るかもしれない。もう一度、はっきり「来ないで」と言ったほうがいいか。
迷ったけれど、応答することにした。
「もう来ないで、って言ったでしょ」
「ああ、いたか。まどか、お前、会社辞めたんだって? 俺のせい? 俺のことそんなに嫌いになった?」
「あなたにはもう関係ない。帰って」
元カレ――アキラはしつこく部屋の前に居座った。せっかく今朝は爽やかな気分だったのに、最悪だ。何が目的でここに来たのかもはっきりしない。どうしても一度だけ直接話がしたい、と言い出し、私はそれで彼の気が済むなら、と思って仕方なく玄関に向かった。
ドアチェーンをかけて入って来れなくしてから、少し開けた。
「おお、ありがとな、やっぱお前って優しいな」
今更そんなことを言われても、まるで心に響かなかった。昨晩、あの三人が私を誉めてくれたときの、心のこもった感じとか、感謝とか、そういうものはアキラの口から出る言葉には全く感じられない。
アキラは私に仕事を紹介するとかなんとか言って、私を外に連れ出したいようだった。とにかくしつこい。
「あなたと話したいことなんて何もない! 帰って!」
私の声はつい大きくなる。
「俺たち、うまくやってたじゃねえか? それなのに、あんまりだろ?」
「帰って! 迷惑だから!」
「おい、迷惑ってなんだ? 何様だ?」
これ以上は私のメンタル的にも、ご近所さんへの影響的にも無理だと思い、私はドアを閉めようとした。
だがアキラの足がドアの間に差し込まれていて閉まないことに気づく。
「おい、痛えじゃねえか」
日焼けした太い腕が急に隙間から伸びてきて、私の手首をつかんだ。
「やめて! いやっ!」
怖くなって思わず悲鳴を上げた。力が強くて振り解けない。痛い。
誰か助けて……!
「誰か――!」
そのとき、
「何してるんだ」
冷気を感じさせるくらい冷たく澄んだ声。リンの声だった。
直後、私の手首からアキラの腕が離れた。ドアの隙間から一瞬だけリンの姿が見えた。アキラにつかみかかったのだろうか。だけど、体調は? 昨晩、あんなふうにいきなり倒れたのだから、簡単に回復するものでもないと思う。
「てめえこそ、何しやがるんだ!」
アキラのドスの効いた声。私はその声を聞くと、どうしてかいつも身体が硬くなり、うまく考えられなくなる。
閉まってしまったドアの向こうで、今、私の元カレと人気アイドルのリとンが対峙しているに違いない。助かった、という安堵は、すぐに不安と心配にかき消される。もし殴り合いの喧嘩や、警察沙汰にでもなったら!? 大変なスクープになってしまう。私と元カレとの個人的な問題に、無関係なリンを巻き込んじゃダメだ……!
止めに入らなきゃ!
ドアノブをつかむ。
そのとき、アキラの怒鳴り声が聞こえた。私はビクッと震えたかと思うと、それ以上身体が動かなくなった。二人の間に割って入ったとして、アキラに何をされるかと想像すると、身がすくむのだ。少なくともこのままドアを開けなければ、危険はない。私は身を縮めてドアの向こうの音に耳を傾ける。
「あんた、今すぐ消えなよ」とリンの声。
「あ? 俺はこの部屋の女の元カレなんだよ。部外者は黙ってやがれ!」
「部外者? あんた、何も分かってないんだな」
リンが鼻で笑う姿が見える気がした。
「俺のカノジョに近づくなって言ってるんだよ」
「なにっ!?」
アキラの頓狂な叫び。
私もびっくりして息が止まった。
そして、理解した。
今のセリフは嘘、演技だ。リンは私の今のカレシの振りをして、元カレを追い払おうとしてくれているのだ、と。
そんなことまでさせてしまった事実が、申し訳なくて、自分が情けなくて。私は震える手にぎゅっと力をこめ、外に飛び出した。
リンがちょうどドアを守るように、そばにいた。その顔は驚いていた。
私はアキラに向かって叫んだ。
「今の私のカレシはこの人だから! あなたとはもう会いたくない! 二度と私に関わらないで! これ以上付きまとうなら警察呼ぶから!」
アキラの顔が見る見る赤くなる。恥をかかされて怒りが膨れ上がったのだ。
殴りかかってくる……と思って、怖くてもう何も考えられなかった。お願いだから帰って、と祈ることしかできなかった。
アキラは結局、手を出してこなかった。
それどころか、信じられないことが起こった。
隣に立つリンが私の肩をそっと抱いて、引き寄せる。微熱の身体。華奢なその身体に、微かな震えを感じた。
「俺のカノジョは、あんたのことが大嫌いみたいだ。だから今すぐ消えろ。二度と姿を見せるな」
アキラが内心で激怒しているのは明らかだったけれど、何も言い返せないらしく、「このクソビッチが!」と言い捨てて去っていった。
リンは迷惑男の背中が完全に見えなくなると、私から手を離した。
嵐は去ったのに、私の心臓はまだドキドキしている。
「あ、あの……ありがとうございました」
まともに顔を見ることができなかった。と、いきなりリンの身体が私にのしかかってきた。
「きゃっ!?」
あまりに突然のことで、わけが分からず悲鳴を上げた。
顔が近い。
キスされる……!?
と、思ったのは、私の勘違いだった。
リンは辛そうな表情で、膝を突き、私に寄りかかっていただけだった。
「大丈夫ですか!? まだ体調が良くなってなかったんですね!?」
さっきの騒動で悪化したのか、もともとかなり悪かったのか。
私は彼の身体を支えながら呼びかけた。
重い。重すぎて、支えているだけでやっとだった。
「こんな状態なのに、無理しちゃダメじゃないですか」
「……君の声、怯えてたから」
リンのか細い声が返ってきた。同時にリンがまた自分の足で立ってくれたので、なんとか私たちは倒れずに済んだ。
助けを呼んだのは私自身で、リンはそれを聞いて駆けつけてくれただけ。無理をさせたのは私。
私は何をしているんだろう。
自己嫌悪が募り、「ごめんなさい」とつぶやく。
「まだ寝てなきゃダメです」
「…………」
私は彼に肩を貸したまま、隣の部屋――つまり彼の部屋へと入っていった。リビングの奥のベッドにまで彼を連れていき、寝かせ、布団をかけてあげた。
リンは綺麗な顔を少し歪め、苦しげな表情をしていたけれど、次第に安らかな表情へと変わった。私はベッドのそばに膝を突き、小さな寝息が聞こえるようになるまで、その顔を見つめていた。
お昼頃、私は足音と話し声でハッと目を覚ました。リンの様子を見ていたら、そのままベッドに顔をうずめるようにして眠ってしまっていたのだ。
「リンー? 元気ー? また来てあげたぞー」
「ホムラが行きたいって言ったんだろう?」
「い、行きたいとは言ってねえよ。オレは念のため様子を見に行ったほうがいいんじゃないかって」
「はいはい。ホムラは優しいなぁ」
「フウマ、どういう意味だ!?」
エレウィズの二人が私を見て足を止めた。
「な、なんでこのお姉さんがまたいるんだあっ!?」
「やあ、雑炊ちゃんもまた来ていたんだね」
ホムラは大袈裟に頭を抱えて目を丸くし、フウマはひらひらと手を振っていた。
「あ、あの、これには色々あって……」
十分後、エレウィズの三人と私は昨晩のようにテーブルを囲んでいた。
私たちは初めて互いに自己紹介をした。
「私は神崎まどかです。雑炊ちゃんはやめてください」
彼らは有名なアイドルグループ「エレメンタル・ウィザーズ」のメンバーだとも明かした。分かっていたことだけれど、改めて宣言されると、本物に会えた興奮と緊張で手が汗ばんだ。
そのあとは、恐縮にもひたすら私がしゃべった。今朝の、元カレとの騒動について。それから、昨晩遅くにこの部屋に入ってしまった経緯。つまり、昨日で会社を辞めたこととか、久しぶりに親友と飲みに行って酔っぱらったこととか。
そうしたら、
「まどかさん、ここでちょっと待っててくれる? 僕たち大事な話をしてくるからさ」
なぜか三人が奥の寝室のほうで、こそこそと相談を始めた。時折ちらちらと私を見るけれど、嫌な感じはしなかった。
やがて結論が出たのか、三人は並んで私のところに戻ってきた。
何を言われるんだろう? 我々の秘密を知ってしまった以上、生きては返さないとか? 全然想像がつかなくて不安になる。
リンが代表して口を開く。
「あなたにお願いがある」
「え?」
エレウィズからじきじきにお願いをされるなんて……! いったい何? 期待していいのか、それとも……。
「俺たちの、メイドさんになってくれないか」
へ? メイドさん?
意味不明すぎて、はしたなく口がぽかんと開いてしまった。
メイドさんって、秋葉原とか立派なお屋敷とかにいて、ご主人様にお仕えして働く、あのメイドさん?
「変な意味じゃないよ」
フウマが微笑みかけてくる。
「まあ、つまりはね、僕らにときどき食事を作ってほしい。ここ、僕らのたまり場だからね。それから、よくリンは体調を崩すから、面倒を見てあげたりもしてくれると助かる。もちろん、できる範囲でいい」
「もちろん、タダで働けなんて言わない。オレたちは超ホワイト企業だ」
今度はホムラが補足する。
「給料はオレたちが出す。まどかさんはちょうど無職なんだし、ここに就職してくれればウィンウィンってやつだよ!」
「そういうことだ。だから、メイドさんになってくれないか」
もう一度、リンがじっと私を見つめて言った。
「ごめんなさい待って! 私がここに就職!? この部屋に!? リンにご飯作るの!? うそでしょっ!?」
私、エレウィズの――というかリンの、お世話係にスカウトされてるってこと!?
★企画なので、とりあえず、ここまでで終わりです。
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