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赤崎火凛(吉田定理)

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『新しい就職先はお隣のアイドル男子の部屋でした』2話目原稿

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********2話*********

「リンに何したんだ!?」
 今ここにいるのは、大人気の男性アイドルグループ『エレメンタル・ウィザーズ』の三人組に間違いない。
 ブラッドオレンジの短髪の男性――ホムラが私に飛びかかってくるんじゃないかと思い、私は身を固くした。だけど飛びかかってこなかったのは、もう一人の金髪の優しそうな男性――フウマが、ホムラの肩を捕まえて制止したからだ。
「落ち着きなよホムラ。そういう状況じゃなさそうだ」
 ホムラを下がらせ、フウマが優雅な髪をなびかせて前に出る。
「失礼なことを言って申し訳ないね。君がリンを介抱してくれたのかい?」
「そうです」
 私はかろうじて声を絞り出した。
 エレメンタル・ウィザーズのメンバーを直接この目で見られるだけで、すごいことなのだ。羨ましがられることなのだ。
 それなのに、私、彼らとこんなに近くにいて、会話までしている。
 当然、声が震える。
「い、いきなり倒れてしまって、すごい熱があるんです。麦茶を飲ませてあげたら、ちょっと落ち着いたみたいで」
 フウマとホムラはじっと私を見ている。私が嘘を吐いていないか見抜こうとしているのだろう。
「事実だ」
 ぽつりと。リンが壁にもたれたままつぶやいた。
 それで私は思い出した。……私、恐れ多くもリンの身体に触れてしまった!?
 恐れ多すぎて、手が震えてくる。
 動揺している私をよそに、リンは続けた。
「この人に、助けられた」
「じゃあ、もう一つ質問。君はリンとどういう関係かな」
 ハッとして我に返る。
 質問された。答えなきゃ。
「私は……」
 赤の他人。ただのお隣さん。なぜここにいるのかを説明するのは面倒だけど、変な誤解をされるのはもっと嫌だ。素直に説明するしかないと思った。
「隣の部屋に住んでいる者です。この方と面識はないのですが、私が不注意で間違えてこちらの部屋のドアを開けてしまって、そうしたら、ちょうどこの人が倒れて」
「ホントにただの隣人なのか?」
 ホムラがフウマの後ろから身を乗り出し、私に疑いの目を向けた。
「ホ、ホントです」
 だけど、フウマのほうはあっさりと信じてくれたらしく、
「ホムラ、警戒するのもわかるけど、やっぱりその手の人物じゃなさそうだね」
「だけど、リンの部屋に女だぞ? オレ、思わず大声出しちゃうところだったよ」
「出してたけどね」
 やれやれ、とフウマは苦笑し、
「リンを助けてくれてありがとう。僕からもお礼を言わせてもらうよ。リンは風邪を引いているだけだし、僕たちが来たからもう大丈夫。君は自分のうちに戻っていいよ。ただ、今日君が知ったことは一切他言しないでもらいたいのだけど」
 ここにリンが住んでいることとか、いきなり倒れたことだろうか。トップアイドルともなれば、マスコミや過激なファンにいろいろと嗅ぎ回られたりで大変なのかもしれない。
「は、はい。私、誰にも何も言いません。じゃあ、あとはよろしくお願いします」
 フウマに促されるまま、この部屋を出ていこうとした。
 私は彼らのファンだけど、そんなに熱心なほうではないし、何より彼らに迷惑はかけたくない。スマホの画面の中で輝いている彼らの姿を今後も見られれば、それでいい。今日の出来事は夢だったと思って忘れよう。
 だから私の役目はこれでおしまい。とにかく、リンが無事でよかった。
 そんなふうに思っていた。
 けれど、次の二人のやりとりを聞き、思わず足を止めた。
「リン、僕が作ったこの風邪薬十種ミックスドリンクを飲もう。絶対に効果があるよ」
「さらにオレが買ってきたこの激辛ラーメンに、地獄の鬼辛デスソースをかけて食えば、風邪なんてあっという間に治る! 風邪には辛いものが効くって決まってるからな!」
「ホムラにしては、いいものを買ってきたね。それ、僕の風邪薬十種ミックスドリンクと混ぜてみるのはどう?」
「ナイスなアイデアだな!」
「ぜんぜんナイスじゃないですっ!!」
 ここから去ろうとしていたのに、うっかり振り返ってツッコミを入れてしまった。
「そんなもの飲ませたら良くなるどころか死んじゃいますよ!」
 二人も私を振り返る。怪訝そうな顔。
 ああ、天下の「エレウィズ」のメンバーに対してツッコミを入れてしまうなんて。私はなんてことをしてしまったのだろう。だけど、スルーせずにはいられなかったのだ。
「え、でも、そんなこと言われてもさ……」
 困ったように視線を彷徨わせるホムラ。
「……辛いものを食べると元気になるし」
「絶対にダメです!」
「じゃあ君、なんだったらいいのかな?」
 フウマが問いかけてくる。その微笑がなんとなく怖かったけれど、私は勇気を出す。
「もっと普通の、スポーツドリンクとかお粥とかです」
「オレ、辛いお粥なんて聞いたことないんだけど」
「なんでもデスソースをかけないでください!」
「じゃあ、お粥にスポーツドリンクをかけよう! よし!」
 ひらめいた、とばかりにホムラの顔が輝いた。
「なんで混ぜるんですか!? なんで余計なことをしないと気が済まないんですか!?」
「ちょっと待って。スポーツドリンク程度の物なら、リンが自分でコンビニに行けばいいじゃないか」
 フウマも反論してきた。
「それを病人の代わりに買ってきてあげることに意味があるのでは!?」
 私、少し前まで自分の部屋を間違えるくらい酔ってたくせに、その事実を棚に上げちゃうけれど、今は間違ったことは言っていないはず。
 この二人、致命的にズレている、というか、常識がないの?
 この二人にリンを任せておくのは、危ない気がしてならない。かと言って救急車を呼ぶほどでもなさそうだし、他に頼れる人もいないし、二人とも説得するのは大変そうだし……。
「と、とにかく! デスソースもお薬ドリンクも絶対に飲ませないでください! 私が今すぐ食事を作るので!」
 怒鳴るように宣言すると、二人とも圧倒されたような、ポカンとしたような顔をしていた。
「ちょっと待っててください! 十五分、いいえ十分!」
 私は謎の使命感に駆られ、腕まくりしながら自分の部屋へと向かった。確か冷凍しておいたご飯があったはず。それから卵とネギも。
 すっかり酔いの覚めた頭で、鍋を火にかけ、ダシを入れ、ご飯を解凍し、卵を割り、味噌で味付けして、ネギを散らし、ちゃちゃっと雑炊の完成。
 お鍋を持って隣の部屋に戻る。
 ノックすると、すぐにホムラがドアを開けて中に入れてくれた。いや、雑炊を渡せさえすれば、中にお邪魔する必要はないのだけど。
 奥のリビングには、四人掛けの四角いテーブルがあって、フウマが座っていた。さらに奥には寝室があり、仕切りが半分くらい開けてあって、ベッドに風邪のリンが横たわっているのが見えた。落ち着いた様子からして、あの二人が持ってきたヤバいものは口にしていないのだろう。
「やあ、早かったね」
 やけにくつろいだ様子で、フウマが手をひらひらと振った。
「雑炊です。お口に合うか分からないですけど」
 私はテーブルに鍋を置き、ふたを上げた。真っ白い湯気が立ち昇り、ほのかな味噌の香りが部屋に広がる。
「これは美味しそうだね」
 フウマの笑顔が眩しくて見れない。一方、ホムラも「こ、これは雑炊だ!」と、あまり意味のないセリフを残し、リンを起こしに行った。
「メシだぞー」
 リンはもそもそと起き上がり、こっちに歩いてくる。
「…………」
 フウマがお皿とスプーンを並べた。なぜか四人分。
 エレウィズ三人衆が着席した。三人のイケメンが私を見つめている。
「何してるの? お姉さんも早く座って」
 ホムラが当然のように言った。
「一緒に食べようよ」
 とフウマが皆のお皿にお玉で雑炊を取り分ける。
 それ、多めに作ったのは、健康な二人のためじゃなく、病人の明日の朝ご飯を兼ねてのつもりだったのだけど。……言い出せなかった。
「いいです、私はお腹いっぱいなので」
「だからって、そんなところに立っていられたら食事に集中できないよ。ほらほら」
「まあ、とにかく座りなよ。席も空いていることだし」
 フウマが椅子を引いて促すので、私はなんだか申し訳ない気持ちで着席した。
 エレウィズ三人衆に囲まれて食事?
 何この状況……。
 とりあえず、お鍋が空になったら、回収して帰ろう。
「よし、食べるぞ!」とホムラが子どもっぽくはしゃぐ。
「うん、いただこう」とフウマ。
 先に二人が食べ始め、最後にリンが、
「いただきます」
 と礼儀正しく両手を合わせた。
「ほう、これはなかなか美味しいね」
「うっま! なんだこれ!? 雑炊か。なんだこの雑炊!?」
 ホムラが大袈裟に驚く。そんなバカな、いつも高い物食べてるんでしょ? と思うけれど、ちょっと嬉しかった。
 リンはまだ体調がよくないのか、ゆっくりだった。スプーンですくったひと口をふーふーしてから、口に入れた。
「……うまい」
 ふっと微笑みが浮かんだ。リンはクールな印象があるので、こんなふうに自然に微笑むのは初めて見た。
 リンってこんなふうに笑うんだな。
 ファンの人たちも知らないであろう一面を発見し、思わずほくそ笑んでしまう。
 三人とも黙々と食べ、私は黙ってその様子を眺めた。あっという間に、お皿もお鍋も空になった。
「辛くないのにめちゃくちゃ美味かった! オレの負けだー!」
 ホムラが悔しそうに頭を抱えた。いやいや、勝負とかしてないのだけど……。
「とても美味しかったよ。なんだか心まで温まった」
 とフウマ。
「大げさですよ、ただの雑炊なのに」
 私は嬉しさが半分、恥ずかしさが半分。
「優しい味だった。本当に、美味しかった」
 リンが念を押すように付け加えた。
「こんな時間に、ありがとう。他人の俺なんかのために、ありがとう。気づかってくれて、ありがとう」
 リンの深く透き通った瞳が真っ直ぐに私を見つめていた。不器用に紡がれた言葉が胸に刺さった。
 私は涙がこぼれそうになった。
 ああ、自分は「ありがとう」のひと言が欲しかったんだな。そのひと言のために、今までいろいろなことを頑張っていたのだな。
 結局、大好きだった「あの人」には言ってもらえなかったけど。不意に思い出した元カレのことを、頭を振って振り払った。もう未練はない。どちらかと言えば、思い出したくない記憶。
「お、おい、どうした!?」
 ホムラがうろたえていた。
 何? 私の顔に何か付いてる?
「あれ……?」
 熱いものが頬を伝っていた。テーブルの上にぽたり、ぽたりと落ちる。手でぬぐっても、涙は次から次へとあふれてくる。
 どうして?
 何が起きているのか、自分でも分からない。
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