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5,柏崎家
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真琴は隣町の有名な解呪師の家の前に立っていた。立派な門があり、表札には『柏崎』と書かれている。つまり四大名家の一つだ。
数少ない解呪師の中でも特に優れた実績を持っているばかりか、退魔師として前線に出て戦うこともあるという。真琴が理想としている退魔師像に最も近い人物だ。双子の娘がいて、この娘たちも相当な腕の退魔師だという噂だ。
赤崎家も四大名家の一つであるが、真琴は火凛の家に行ったことはないし、両親とも直接は会ったことがない。一般的なイメージでは、四大名家は非常に厳格で、極めて強大な霊力を持っており、この世の重要な秘密を握っているとか。普通の退魔師など相手にされないかもしれない。
それでも真琴はここに来ようと、自分の意志で決めた。深呼吸をして、気持ちを落ち着けてから、門のところにあるインターホンを押した。
『はーい、どちら様?』
インターホンから意外にも陽気で若い声が聞こえた。
「突然の訪問、申し訳ありません。退魔師の白石真琴と申します。当主の柏崎早苗様とお会いしたいのですが」
『私がその柏崎早苗よ。どうぞ入って。カワイ子ちゃんは大歓迎』
門のロックがあいた音がした。
「は、はい。ありがとうございます。お邪魔します」
インターホンに向かって頭を下げた。こんなにあっさり通してもらえるものなのか。やたらとノリが軽いような気もする。ここで突っ返される可能性もあると思っていただけに、拍子抜けだった。
真琴は門を押し開いた。
柏崎早苗は、真琴が想像していたよりも若く、気さくな人物だった。年齢は四十くらいか、まだ三十代かもしれない。デニムのパンツにTシャツという出で立ち。黒髪はさっぱりとしている。四大名家などというから、もっと高齢で和服姿のいかめしい老婆が当主をしているのかと想像していたが、全く予想が外れた。
「悪いけど、いま施術中だから少し待っててくれる? そんなにかからないから」
通された部屋は保健室と似ていた。奥にベッドが置いてあるらしく、カーテンで仕切られている。甘い香りがほんのりと漂っている。
「あの、やっぱり、また別の日にしたほうがよいでしょうか?」
「だいじょぶ、気にしないで。もうすぐ終わるから」
「……分かりました」
急に押しかけて申し訳ないと思ったが、待つことにした。しばらく部屋の様子を観察しながら待った。
棚には難しそうな本やカルテらしき書類、薬の瓶が並んでいた。最も奇妙だったのは、テニスボールくらいの黒い球が水槽の中に浮かんでいるのだった。ただのオブジェのようにも、謎の生き物のようにも見える。
カーテンの向こうから、くぐもった声がかすかに漏れ聞こえてきた。苦しそうな詰まった声だ。
「あのう、大丈夫ですか」
「問題ないよ」
当主・柏崎早苗がタオルで手を拭き拭き戻ってきた。
「患者は寝てるからしばらくだいじょぶ」
二人はデスクのそばの回転椅子に腰かけた。早苗は豪快に足を組んでいるが、真琴は背筋を伸ばす。
「真琴ちゃんだっけ? 緊張しなくていいから。気楽に気楽に」
「で、でも……」
「あ、そうだ。これ食べる? おいしいよ」
早苗は引き出しからチョコの包みを取り出して、デスクに置いた。
「あの、ありがとうございます」
断るのは失礼かと思い、真琴は一つ食べた。中にフルーツのシロップが入っていた。
「私、堅苦しいのって苦手なんだよねぇ。伝統だのシキタリだの作法だの。これからは新しい退魔師の時代なんだから」
「新しい退魔師の時代、ですか」
「そうだよ。解呪師はうちで留守番しなきゃって誰が決めた? くっだらないねぇ! 私は解呪師だけど最前線で単独戦闘もやってる。うちの娘たちだって前衛後衛関係なく、一通りの武器は使えるように仕込んでるから、相手の性質とか状況によって戦闘スタイルは自在だよ」
「すごいですね」
率直な感想だった。早苗から感じるエネルギーというか、溌溂とした語りに、圧倒されてしまった。
真琴が過去に先輩退魔師からもらったアドバイスはみんな『一つの武器を究めろ』『回復役は絶対に前に出るな。単独行動するな』というものだった。早苗の考え方は常識とは真逆なのだ。早苗が前線で戦果を挙げたという話は何度か聞いたことがある。たぶん解呪師としては異例中の異例。解呪師の中でも、恐らく最も解呪師らしくないのが早苗だろう。だからこそ『柏崎早苗』という名は退魔師の世界でひときわ強く輝いている。
「で。真琴ちゃんは私のところに何をしに来たのかな? たいてい私を訪ねてくるのは病人か、迷える羊か、私に文句言いたい野郎どもなんだけど。さて、どれだ?」
「私は早苗さんに、弟子にしてもらいたくて来ました」
「わお! 真琴ちゃんなら可愛いから喜んで! ……と言いたいところなんだけど、私、弟子は取らない主義なんだよねぇ」
「そこを何とかお願いします。私を弟子にしてください」真琴は頭を下げた。「私、未熟ですが治癒術が使えます。一流の解呪師になって友だちを支えたいんです。言うことは何でも聞きます。だからお願いします」
「うーん。気持ちはよーく伝わってくるんだけど、なんせ世話のかかる娘が二人もいるからなぁ。真琴ちゃんと同じくらいなんだけど、私がいないとダメなんだよねぇ。つまりシングルマザー真っ盛りなわけだよ」
真琴は頭を下げたまま。
「ごめんね、真琴ちゃん。私は正直、弟子を取るような器じゃないと思ってる。自分の娘だってうまく育てたとは思ってない。勘弁してもらえない?」
「分かりました」真琴は顔を上げた。「今日は帰ります。突然お邪魔して申し訳ありませんでした。ですが、早苗さんに解呪師としての生き方を教わりたいという気持ちは変わりません。むしろ以前より強くなりました」
「そりゃあ、困ったねぇ」早苗は困ったというより楽しそうだ。
「また、お会いしてもいいですか」
「構わないよ。大したもてなしはできないけど」
数少ない解呪師の中でも特に優れた実績を持っているばかりか、退魔師として前線に出て戦うこともあるという。真琴が理想としている退魔師像に最も近い人物だ。双子の娘がいて、この娘たちも相当な腕の退魔師だという噂だ。
赤崎家も四大名家の一つであるが、真琴は火凛の家に行ったことはないし、両親とも直接は会ったことがない。一般的なイメージでは、四大名家は非常に厳格で、極めて強大な霊力を持っており、この世の重要な秘密を握っているとか。普通の退魔師など相手にされないかもしれない。
それでも真琴はここに来ようと、自分の意志で決めた。深呼吸をして、気持ちを落ち着けてから、門のところにあるインターホンを押した。
『はーい、どちら様?』
インターホンから意外にも陽気で若い声が聞こえた。
「突然の訪問、申し訳ありません。退魔師の白石真琴と申します。当主の柏崎早苗様とお会いしたいのですが」
『私がその柏崎早苗よ。どうぞ入って。カワイ子ちゃんは大歓迎』
門のロックがあいた音がした。
「は、はい。ありがとうございます。お邪魔します」
インターホンに向かって頭を下げた。こんなにあっさり通してもらえるものなのか。やたらとノリが軽いような気もする。ここで突っ返される可能性もあると思っていただけに、拍子抜けだった。
真琴は門を押し開いた。
柏崎早苗は、真琴が想像していたよりも若く、気さくな人物だった。年齢は四十くらいか、まだ三十代かもしれない。デニムのパンツにTシャツという出で立ち。黒髪はさっぱりとしている。四大名家などというから、もっと高齢で和服姿のいかめしい老婆が当主をしているのかと想像していたが、全く予想が外れた。
「悪いけど、いま施術中だから少し待っててくれる? そんなにかからないから」
通された部屋は保健室と似ていた。奥にベッドが置いてあるらしく、カーテンで仕切られている。甘い香りがほんのりと漂っている。
「あの、やっぱり、また別の日にしたほうがよいでしょうか?」
「だいじょぶ、気にしないで。もうすぐ終わるから」
「……分かりました」
急に押しかけて申し訳ないと思ったが、待つことにした。しばらく部屋の様子を観察しながら待った。
棚には難しそうな本やカルテらしき書類、薬の瓶が並んでいた。最も奇妙だったのは、テニスボールくらいの黒い球が水槽の中に浮かんでいるのだった。ただのオブジェのようにも、謎の生き物のようにも見える。
カーテンの向こうから、くぐもった声がかすかに漏れ聞こえてきた。苦しそうな詰まった声だ。
「あのう、大丈夫ですか」
「問題ないよ」
当主・柏崎早苗がタオルで手を拭き拭き戻ってきた。
「患者は寝てるからしばらくだいじょぶ」
二人はデスクのそばの回転椅子に腰かけた。早苗は豪快に足を組んでいるが、真琴は背筋を伸ばす。
「真琴ちゃんだっけ? 緊張しなくていいから。気楽に気楽に」
「で、でも……」
「あ、そうだ。これ食べる? おいしいよ」
早苗は引き出しからチョコの包みを取り出して、デスクに置いた。
「あの、ありがとうございます」
断るのは失礼かと思い、真琴は一つ食べた。中にフルーツのシロップが入っていた。
「私、堅苦しいのって苦手なんだよねぇ。伝統だのシキタリだの作法だの。これからは新しい退魔師の時代なんだから」
「新しい退魔師の時代、ですか」
「そうだよ。解呪師はうちで留守番しなきゃって誰が決めた? くっだらないねぇ! 私は解呪師だけど最前線で単独戦闘もやってる。うちの娘たちだって前衛後衛関係なく、一通りの武器は使えるように仕込んでるから、相手の性質とか状況によって戦闘スタイルは自在だよ」
「すごいですね」
率直な感想だった。早苗から感じるエネルギーというか、溌溂とした語りに、圧倒されてしまった。
真琴が過去に先輩退魔師からもらったアドバイスはみんな『一つの武器を究めろ』『回復役は絶対に前に出るな。単独行動するな』というものだった。早苗の考え方は常識とは真逆なのだ。早苗が前線で戦果を挙げたという話は何度か聞いたことがある。たぶん解呪師としては異例中の異例。解呪師の中でも、恐らく最も解呪師らしくないのが早苗だろう。だからこそ『柏崎早苗』という名は退魔師の世界でひときわ強く輝いている。
「で。真琴ちゃんは私のところに何をしに来たのかな? たいてい私を訪ねてくるのは病人か、迷える羊か、私に文句言いたい野郎どもなんだけど。さて、どれだ?」
「私は早苗さんに、弟子にしてもらいたくて来ました」
「わお! 真琴ちゃんなら可愛いから喜んで! ……と言いたいところなんだけど、私、弟子は取らない主義なんだよねぇ」
「そこを何とかお願いします。私を弟子にしてください」真琴は頭を下げた。「私、未熟ですが治癒術が使えます。一流の解呪師になって友だちを支えたいんです。言うことは何でも聞きます。だからお願いします」
「うーん。気持ちはよーく伝わってくるんだけど、なんせ世話のかかる娘が二人もいるからなぁ。真琴ちゃんと同じくらいなんだけど、私がいないとダメなんだよねぇ。つまりシングルマザー真っ盛りなわけだよ」
真琴は頭を下げたまま。
「ごめんね、真琴ちゃん。私は正直、弟子を取るような器じゃないと思ってる。自分の娘だってうまく育てたとは思ってない。勘弁してもらえない?」
「分かりました」真琴は顔を上げた。「今日は帰ります。突然お邪魔して申し訳ありませんでした。ですが、早苗さんに解呪師としての生き方を教わりたいという気持ちは変わりません。むしろ以前より強くなりました」
「そりゃあ、困ったねぇ」早苗は困ったというより楽しそうだ。
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