ヘルメン

赤崎火凛(吉田定理)

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16(終)

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「それにしても、再生数、どこまで行くんだか」
 四宮(しのみや)さんが濃い髭をいじりながら呆れたように呟いた。アニメスタジオの休憩室には、今、俺とプロデューサーの四宮さん、二人きりしかいない。
「三百万強? 四百は行ってないよね?」
「ええ、伸び方も鈍くなってますし……」
 俺は最近の再生数の推移グラフを思い出して答えた。
「正直、ここまで行くとは思ってなかったですよ」
「西村くん、この企画がうまく行っても、本当にもう曲を書かないの?」
「すみません、書かないって決めたんです。これ完成させたとき、俺の役目は終わったっていう気がして」
「もったいないなあ」
 四宮さんのサングラス越しの目線が痛かった。俺は笑って誤魔化す。
 藤井が残した最後の楽曲を俺がアレンジして発表した。もちろん藤井の未発表楽曲のアレンジだということも明言している。最初はパクリだとか藤井の曲を汚すなとか、一部の攻撃的なファンから非難を浴びもしたが、悪い意味でもいい意味でも話題になり、拡散されたおかげで、その動画は見る見る再生数が伸び、気づけばミリオンヒット。曲の世界観を生かしたショートアニメ化の話が来た。
「それにしても、どうしてタイトルが『ヘルメン』なのよ? っていうかみんな思ってると思うんだけど『ヘルメン』って何よ? メルヘンじゃなくて?」
 この質問はよくファンからもされる。そのとき、俺はいつもこう答える。
「字のごとくです。ヘルメン・イズ・ヘルメンです」
「分からんなあ。地獄から来た男じゃないんだろう?」
「たぶん違います。そもそもこの『ヘルメン』っていうのも藤井が言い出した言葉だから、百パーセント完全に否定できるかというと、僕にも分からないですけど」
「もう誰にも分からんというわけか。最後にいいもんを残してくれたな」
「そうですね。本当に」
 俺はあいつの遺志を継いで曲を完成させた。そして人気アーティストの仲間入り……には至らなかった。大学を五年目に卒業した後、アーティストではなく、アーティストになりたい人たちを支援する仕事を始めた。要は音楽の添削とかアドバイスということをやってみたのだ。それがうまく行くかどうかはまだ分からない。
 『ヘルメン』を完成させた後、俺は一つの曲も完成させることができなくなった。一曲できればもういくつでもできそうな気がしたものだが、どういうわけかダメだった。まるで自分が持っているものを全て『ヘルメン』に吸われてしまったような、あるいは注ぎ込んでしまったような。
「……何か馬鹿なこと口走ったっけな?」
「西村くん、何か言ったかい?」
「いや、何も」
「そうか。んじゃあ、そろそろ戻るかね。打ち合わせの続き」
「はい。お願いします」
 藤井。お前の音楽の世界は、メルヘンなんて既存の言葉じゃ表わせない世界だ。言葉が現実化するなら、『メルヘン』と呼ばれる限り『メルヘン』になってしまう。つまり『メルヘン』という枠にハマる。誰もが藤井の音楽を『メルヘン』と呼ぶ状況がそれだ。お前はこれを望まなかったんだよな?
 だから既存の言葉にはない、言葉にしても枠が存在しない言葉を求めていたのだ。藤井、これからもお前の作品はそういう世界であり続けるだろう。それは俺が保障する。だから向こうでも気にせず次の曲を書けよ。お前らしく進んでくれ。
 俺は立ち上がって、四宮さんの後に続いて部屋を出た。ドアを閉める。
「ヘルメン」
 誰かが呟いた。


<了>
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みんなの感想(1件)

2023.05.07 ユーザー名の登録がありません

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2023.05.07 赤崎火凛(吉田定理)

岡本圭地様、コメント&お気に入り追加、ありがとうございます。
読みやすい文章、続きも読む、というお言葉、嬉しく思います。
私は音楽についてあまり詳しいとは言えないので、実際に作曲や投稿をしていた方から見ると、いろいろと不自然な点が見つかってしまうかもしれませんが、ご容赦ください。

解除

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