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●今日は忘れられない日だ。俺の夢が一歩実現に近づいた。XXからアルバム作成の話が来た!!! メジャーデビューなのか? そうなのか俺! 会いに来る! 新曲作らねば!
デビューの話が進んでいく。新曲を三つ作る。動画サイトに投稿した曲を手直ししてそれも収録する。藤井と担当さんとの間の話し合いについて書かれている。
●俺のデビューアルバムのキャッチフレーズの候補が出て来た。
『ほとばしるイマジネーション! 現代のメルヘン!』
かっこいい! やばい! 担当さん曰く、キミが作る曲は一言で言えばメルヘン、だって。
「メルヘン……?」
思わずその言葉を舌の上で転がしていた。印象深く記憶に残っている、その言葉を。
「ああ、確かにこれは言い得て妙ですね。そうか、藤井くんの音楽は、メルヘンだったんですね」
綾乃さんが納得したように言った。
メルヘン。
そうだ。今思えば、藤井が作った一連の曲は『メルヘン』と呼ぶに相応しい。藤井がこの言葉を口にしたのは、確かにアルバム作成が決まってからだ。よほど嬉しかったのだろう。
いいや、しかし待て。確か藤井は、あのとき少しだけ違う言葉を呟いていたような。そう、確か……『ヘルメン』。あのとき俺が聞きなおしたから、藤井の言い間違いでも俺の聞き間違いでもない。
ヘルメン。
似ているようで、違うのか? それとも同じことなのか。この微妙な差に、何か意味があるのか?
「西村くん」
名前を呼ばれて思考が中断する。
「今度、例の藤井くんの曲、聞かせてもらってもいいですか」
「え?」心臓が跳ねた。「ああ、えーっと……」
だが盗作して作った曲は誰にも聞かせていないから、俺が編集前のデータだけ渡せば何もばれることはないと思い直す。自分が作ったデータは消去すればいい。ネットに投稿などしてしまっていたら言い逃れできないが、その一線を越えていなくて心底良かったと思う。
「ああ、あれですか。はい。もちろんです。未完成で、まだ曲っていう感じにはなってなかったですけど」
「それでもいいです。きっと藤井くんのメルヘンが感じられるでしょうから」
綾乃さんが聞いてくれれば、藤井の遺作も報われるだろう。そう思った俺の中で、何か引っかかった。藤井という存在が欠けてしまったことによって俺や綾乃さん、藤井の両親、そしてファンたち――みなの歯車が少しだけ狂ってしまったのと同じように、綾乃さんの言葉には何か不適切なものが感じられるのだ。
藤井が綾乃さんに未完成の曲を聴かれるのをよく思わないということか? いいや、恥ずかしいとしても、それこそ笑って許してくれるような些細なことだと思える。
じゃあ、一体、綾乃さんの言葉のどこに引っかかったのか?
「西村くん……?」
綾乃さんが俺の顔を除きこんでいた。
「いえ、何でもないです」
俺は誤魔化してページをめくる。
●かっこいいけど何かが違う。俺の音楽はメルヘン? 一言で言うとメルヘン? やっぱり何か別のに変えてもらおう……。
「メルヘン、気に入らないのでしょうか。さっきはかっこいいって書いてたのに」
綾乃さんはがっかりしている。
キャッチフレーズの問題は結局解決されないまま、ノートは白紙を迎えた。
綾乃さんは大切なものを封じ込めるように、そっとノートを閉じた。
俺は原付に乗って帰宅した。ベッドに寝転んでその言葉を口に出してみる。
「ヘルメン」
魔法の呪文でもないから当然何も起きない。
「ヘルメン」
もう一度呟いた。言葉は虚しく虚空に吸い込まれていく。
「メルヘンの何が不満なんだ?」
ぴったりのキャッチフレーズだと思う。悪い言葉ではない。仮に「メルヘンなヤツ」などと呼ばれればそれは悪口の一種とも受け取れるかもしれない。だがここでは明らかに肯定的な意味合いで使われている。藤井の多彩な音楽性を表現する言葉として。
なのにどうして不満なのか。
それから、『ヘルメン』は何なのか?
何が違うのか?
デビューの話が進んでいく。新曲を三つ作る。動画サイトに投稿した曲を手直ししてそれも収録する。藤井と担当さんとの間の話し合いについて書かれている。
●俺のデビューアルバムのキャッチフレーズの候補が出て来た。
『ほとばしるイマジネーション! 現代のメルヘン!』
かっこいい! やばい! 担当さん曰く、キミが作る曲は一言で言えばメルヘン、だって。
「メルヘン……?」
思わずその言葉を舌の上で転がしていた。印象深く記憶に残っている、その言葉を。
「ああ、確かにこれは言い得て妙ですね。そうか、藤井くんの音楽は、メルヘンだったんですね」
綾乃さんが納得したように言った。
メルヘン。
そうだ。今思えば、藤井が作った一連の曲は『メルヘン』と呼ぶに相応しい。藤井がこの言葉を口にしたのは、確かにアルバム作成が決まってからだ。よほど嬉しかったのだろう。
いいや、しかし待て。確か藤井は、あのとき少しだけ違う言葉を呟いていたような。そう、確か……『ヘルメン』。あのとき俺が聞きなおしたから、藤井の言い間違いでも俺の聞き間違いでもない。
ヘルメン。
似ているようで、違うのか? それとも同じことなのか。この微妙な差に、何か意味があるのか?
「西村くん」
名前を呼ばれて思考が中断する。
「今度、例の藤井くんの曲、聞かせてもらってもいいですか」
「え?」心臓が跳ねた。「ああ、えーっと……」
だが盗作して作った曲は誰にも聞かせていないから、俺が編集前のデータだけ渡せば何もばれることはないと思い直す。自分が作ったデータは消去すればいい。ネットに投稿などしてしまっていたら言い逃れできないが、その一線を越えていなくて心底良かったと思う。
「ああ、あれですか。はい。もちろんです。未完成で、まだ曲っていう感じにはなってなかったですけど」
「それでもいいです。きっと藤井くんのメルヘンが感じられるでしょうから」
綾乃さんが聞いてくれれば、藤井の遺作も報われるだろう。そう思った俺の中で、何か引っかかった。藤井という存在が欠けてしまったことによって俺や綾乃さん、藤井の両親、そしてファンたち――みなの歯車が少しだけ狂ってしまったのと同じように、綾乃さんの言葉には何か不適切なものが感じられるのだ。
藤井が綾乃さんに未完成の曲を聴かれるのをよく思わないということか? いいや、恥ずかしいとしても、それこそ笑って許してくれるような些細なことだと思える。
じゃあ、一体、綾乃さんの言葉のどこに引っかかったのか?
「西村くん……?」
綾乃さんが俺の顔を除きこんでいた。
「いえ、何でもないです」
俺は誤魔化してページをめくる。
●かっこいいけど何かが違う。俺の音楽はメルヘン? 一言で言うとメルヘン? やっぱり何か別のに変えてもらおう……。
「メルヘン、気に入らないのでしょうか。さっきはかっこいいって書いてたのに」
綾乃さんはがっかりしている。
キャッチフレーズの問題は結局解決されないまま、ノートは白紙を迎えた。
綾乃さんは大切なものを封じ込めるように、そっとノートを閉じた。
俺は原付に乗って帰宅した。ベッドに寝転んでその言葉を口に出してみる。
「ヘルメン」
魔法の呪文でもないから当然何も起きない。
「ヘルメン」
もう一度呟いた。言葉は虚しく虚空に吸い込まれていく。
「メルヘンの何が不満なんだ?」
ぴったりのキャッチフレーズだと思う。悪い言葉ではない。仮に「メルヘンなヤツ」などと呼ばれればそれは悪口の一種とも受け取れるかもしれない。だがここでは明らかに肯定的な意味合いで使われている。藤井の多彩な音楽性を表現する言葉として。
なのにどうして不満なのか。
それから、『ヘルメン』は何なのか?
何が違うのか?
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