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第一部 桃井さんとイチャイチャしたい編
5, パンチラという名の凶器
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十分ほど待っていると、だんだん東山ナナ(とおやま なな)が泣き止み、落ち着いてきた。
「何があったか話せ。情報は生き残りのカギだ。あの三人の最期を見たのが東山だけなら、生き残った者には責務がある。だから話せ」
伊集院慧(いじゅういん けい)は静かに、しかし厳しく東山さんに催促した。
俺は伊集院慧を東山さんから引き離したほうがいいのではないか、と迷ったが、結局、そうはしなかった。
東山さんが伊集院慧の言葉に、何度もうなずきを返していたからだ。彼女は辛い友の死を乗りこえて、何かを話そうとしている。
「私とほのかは、最初の教室から、走って逃げたの」
やがて東山さんは胸に手を当てて自分を落ち着かせながら、ゆっくりと語り出した。
「ほのか」というのは、「西山ほのか」のこと。
恐らく、そこの教室で爆死した三人のうちの一人。東山さんと西山さんは仲が良く、いつも一緒にいたからだ。
「どこに逃げるとか、考えてたわけじゃなくて、とにかく怖くて逃げた。走ったの。だけど、最初の教室を出てすぐ、私が誰かとぶつかって、足をひねって、捻挫かもだけど、それで走れなくなって」
東山さんは右の足首の辺りを手で押さえている。今もまだ痛むのかもしれない。
「私はほのかに、『ほのかだけ逃げて』って言ったけど、ほのかは『そんなのダメ。一緒にここに隠れよう』って言ってくれた。それで、この教室に入ったの」
「死んだのは三人だ。男二人は先にここにいたのか?」
伊集院慧が尋ねた。
東山さんは首を横に振る。
「誰もいなかった。花岡(はなおか)と大久保(おおくぼ)は、私とほのかがこの教室に入るのを見てたのかもしれなくて、それで後から入ってきたの。たぶん二人とも、ほのかのこと好きだから……」
確かに花岡と大久保は頭の中で常にエロいことを考えていそうなヤツだ。明るくてノリがよくてちょっと性に奔放そうな西山ほのかに一方的な好意や「ワンチャンやらせてくれるかも」という期待を抱いていてもおかしくはない。
「二人は何をした?」と伊集院慧。
「何をした、っていうか、『俺たちも一緒にいるよ』とか、『君たちを絶対に守るよ』とか言って、教室の入り口を見張ってくれてた」
97%は下心、3%は善意だな、と俺は思った。
「それで?」と伊集院慧が先を促す。
「それで……私は椅子に座って、ほのかは机の上に脚を組んで座って、スマホを見たり、しゃべったりしてた。この首輪どうやって外すんだろう、とか、みんな死んじゃうのかな、とか、あのネコなんだったんだろう、とか。花岡と大久保も話に入ってきて、やっぱり二人ともほのかのことを意識して見てるなって私は思ったんだけど、そうしたら、いきなりピピピピッていう音がして……三人が……」
その瞬間のことを思い出してしまったのか、東山の声は震え、怯えたように頭を抱え込んだ。
でも、どうして死んだのが東山以外の三人なんだ?
「それじゃあ三人が死んだ理由が分からない。音が鳴り出す直前のことをもう一度詳しく教えてくれ」
伊集院慧が言った。
「覚えてない。二人がほのかを見てただけ」
「そんなはずはない。首輪はラッキースケベの波動を感知すると爆発するんだぞ。何かがあったはずだ、誰かが、何かをしたんじゃないのか?」
「そんなこと言われても……」
「もっとよく思い出せ」
「無理……分かんない……」
東山は困ったようにまた頭を抱える。
俺には東山が不憫で仕方なかった。伊集院慧を止めたほうがいいかもしれないと思ったが、東山の説明には確かに決定的な情報が足りないような気もする。
情報は生き残りのカギ。
俺はどうすればいい? 分からず、ただ東山と伊集院慧を見ていることしかできなかった。
「あのとき、ほのかは机に座ってて、それで……」
「もっと細かく思い出すんだ。何をしたか?」
「確か、組んでた脚を組み直した……? でも本当にそれくらいしか……」
東山は伊集院慧に酷な要求をされ、また泣きそうだった。
俺はもうこれ以上は見ていられないと思い、口を出そうとしたとき、
「分かった。たぶんそれが原因だ」
と伊集院慧が満足げにうなずいた。
「それ……?」
東山がしょぼくれた顔を上げて伊集院慧を見つめる。
「そうだ。西山が脚を組み替えた。直後に、西山とそれを見ていた男二人が爆死した。つまり、」伊集院慧は名探偵みたくクイッとメガネを上げた。「パンチラだ」
「へ?」
東山がきょとんとした顔をする。無理もない。パンチラで人が死ぬなんて、常識では考えられないのだから。
「パンチラはラッキースケベの定番。キング・オブ・ラッキースケベと言っても過言ではない。西山は普段からスカートが短めであり、机の上に座って脚を組み替えれば、パンチラは充分に起こり得る。しかも同じ教室にいた男二人は下心丸出しのスケベ野郎どもで、かつ、西山に好意を抱いていた。あわよくばパンツが見たいと思っていた……期待していたに違いない。だからパンチラが起こりそうな状況であれば、必ず二人は見ていたはずだ。そして、実際に、西山が脚を組み替えたとき、パンチラは起こった。男二人は同時にパンチラを目撃したんだ。その至福の瞬間、ラッキースケベの波動が感知され、三人の首輪が爆発した。これが事件の真相だ」
「なるほどな……」
俺は伊集院慧の推理力と洞察力に感心せずにはいられなかった。
「だけど、そうなると、身体の接触がなくても、たかがパンチラを目撃しただけで誰でも死ぬ可能性があるってことか?」
「たかが、じゃない。パンチラってのは偉大なんだぞ。たった一秒にも満たないパンチラを見るために、これまでも多くの男どもが法を破り、罪を犯し、人生を棒に振ってきた。それほどまでに価値があることなんだよ。無論、犯罪者を擁護するつもりはないがな」
「確かに。たかがパンチラだなんて言ってすまなかった」
俺は軽率な発言を恥じて謝罪した。
「分かればいいんだ。このゲームの主催者は、男の深層心理を巧みに利用しているようだ。ゆえに、想像以上に過酷な戦いになるだろう……」
伊集院慧は深刻そうに額にしわを刻んでいる。
俺もようやくこのゲームの恐ろしさを理解した。パンチラを見たいという欲望は、地球上のすべての男子に共通の心理、いや真理だ。その純粋で穢れた心をこんなふうにもてあそぶなんて、なんて非道なゲームなんだ……!
俺は初めてこのデスゲームの主催者が心底憎いと思った。絶対に許さねえ……!
「よく分かんないけど、あんたたちの会話って普通にキモいし、もし私もほのかのパンツを見ちゃってたら死んでたってこと?」
東山がウジムシを見るような目で伊集院慧と俺の顔を交互ににらみながら尋ねた。
「いや、それはまだ分からない。同性でもラッキースケベと判定されることはあるのか? 多くの場合、ヒトは異性を性愛の対象と見ている。では、同性愛者がいた場合、ラッキースケベは同性だけに限るのか? それとも、パンチラという普遍的ラッキースケベがすべての生徒に適応され、死をもらたすのか? 新たな謎が生まれたな」
俺たちは厳しい現実を前に、黙り込んだ。
これから、どうすればいいのか?
ふと、重要なことに気がついた。
「身体の接触がなくてもパンチラを見ただけで死ぬなら、男女が互いに見える範囲にいるのはマズイんじゃないか……?」
「ああ、マズイ。だから絶対にパンチラをするなよ? 東山」
「わ、わ、分かった」
東山がスカートを両手で押さえつつ、恐る恐る答えた。
1日目 9:58
生存者 25人
「何があったか話せ。情報は生き残りのカギだ。あの三人の最期を見たのが東山だけなら、生き残った者には責務がある。だから話せ」
伊集院慧(いじゅういん けい)は静かに、しかし厳しく東山さんに催促した。
俺は伊集院慧を東山さんから引き離したほうがいいのではないか、と迷ったが、結局、そうはしなかった。
東山さんが伊集院慧の言葉に、何度もうなずきを返していたからだ。彼女は辛い友の死を乗りこえて、何かを話そうとしている。
「私とほのかは、最初の教室から、走って逃げたの」
やがて東山さんは胸に手を当てて自分を落ち着かせながら、ゆっくりと語り出した。
「ほのか」というのは、「西山ほのか」のこと。
恐らく、そこの教室で爆死した三人のうちの一人。東山さんと西山さんは仲が良く、いつも一緒にいたからだ。
「どこに逃げるとか、考えてたわけじゃなくて、とにかく怖くて逃げた。走ったの。だけど、最初の教室を出てすぐ、私が誰かとぶつかって、足をひねって、捻挫かもだけど、それで走れなくなって」
東山さんは右の足首の辺りを手で押さえている。今もまだ痛むのかもしれない。
「私はほのかに、『ほのかだけ逃げて』って言ったけど、ほのかは『そんなのダメ。一緒にここに隠れよう』って言ってくれた。それで、この教室に入ったの」
「死んだのは三人だ。男二人は先にここにいたのか?」
伊集院慧が尋ねた。
東山さんは首を横に振る。
「誰もいなかった。花岡(はなおか)と大久保(おおくぼ)は、私とほのかがこの教室に入るのを見てたのかもしれなくて、それで後から入ってきたの。たぶん二人とも、ほのかのこと好きだから……」
確かに花岡と大久保は頭の中で常にエロいことを考えていそうなヤツだ。明るくてノリがよくてちょっと性に奔放そうな西山ほのかに一方的な好意や「ワンチャンやらせてくれるかも」という期待を抱いていてもおかしくはない。
「二人は何をした?」と伊集院慧。
「何をした、っていうか、『俺たちも一緒にいるよ』とか、『君たちを絶対に守るよ』とか言って、教室の入り口を見張ってくれてた」
97%は下心、3%は善意だな、と俺は思った。
「それで?」と伊集院慧が先を促す。
「それで……私は椅子に座って、ほのかは机の上に脚を組んで座って、スマホを見たり、しゃべったりしてた。この首輪どうやって外すんだろう、とか、みんな死んじゃうのかな、とか、あのネコなんだったんだろう、とか。花岡と大久保も話に入ってきて、やっぱり二人ともほのかのことを意識して見てるなって私は思ったんだけど、そうしたら、いきなりピピピピッていう音がして……三人が……」
その瞬間のことを思い出してしまったのか、東山の声は震え、怯えたように頭を抱え込んだ。
でも、どうして死んだのが東山以外の三人なんだ?
「それじゃあ三人が死んだ理由が分からない。音が鳴り出す直前のことをもう一度詳しく教えてくれ」
伊集院慧が言った。
「覚えてない。二人がほのかを見てただけ」
「そんなはずはない。首輪はラッキースケベの波動を感知すると爆発するんだぞ。何かがあったはずだ、誰かが、何かをしたんじゃないのか?」
「そんなこと言われても……」
「もっとよく思い出せ」
「無理……分かんない……」
東山は困ったようにまた頭を抱える。
俺には東山が不憫で仕方なかった。伊集院慧を止めたほうがいいかもしれないと思ったが、東山の説明には確かに決定的な情報が足りないような気もする。
情報は生き残りのカギ。
俺はどうすればいい? 分からず、ただ東山と伊集院慧を見ていることしかできなかった。
「あのとき、ほのかは机に座ってて、それで……」
「もっと細かく思い出すんだ。何をしたか?」
「確か、組んでた脚を組み直した……? でも本当にそれくらいしか……」
東山は伊集院慧に酷な要求をされ、また泣きそうだった。
俺はもうこれ以上は見ていられないと思い、口を出そうとしたとき、
「分かった。たぶんそれが原因だ」
と伊集院慧が満足げにうなずいた。
「それ……?」
東山がしょぼくれた顔を上げて伊集院慧を見つめる。
「そうだ。西山が脚を組み替えた。直後に、西山とそれを見ていた男二人が爆死した。つまり、」伊集院慧は名探偵みたくクイッとメガネを上げた。「パンチラだ」
「へ?」
東山がきょとんとした顔をする。無理もない。パンチラで人が死ぬなんて、常識では考えられないのだから。
「パンチラはラッキースケベの定番。キング・オブ・ラッキースケベと言っても過言ではない。西山は普段からスカートが短めであり、机の上に座って脚を組み替えれば、パンチラは充分に起こり得る。しかも同じ教室にいた男二人は下心丸出しのスケベ野郎どもで、かつ、西山に好意を抱いていた。あわよくばパンツが見たいと思っていた……期待していたに違いない。だからパンチラが起こりそうな状況であれば、必ず二人は見ていたはずだ。そして、実際に、西山が脚を組み替えたとき、パンチラは起こった。男二人は同時にパンチラを目撃したんだ。その至福の瞬間、ラッキースケベの波動が感知され、三人の首輪が爆発した。これが事件の真相だ」
「なるほどな……」
俺は伊集院慧の推理力と洞察力に感心せずにはいられなかった。
「だけど、そうなると、身体の接触がなくても、たかがパンチラを目撃しただけで誰でも死ぬ可能性があるってことか?」
「たかが、じゃない。パンチラってのは偉大なんだぞ。たった一秒にも満たないパンチラを見るために、これまでも多くの男どもが法を破り、罪を犯し、人生を棒に振ってきた。それほどまでに価値があることなんだよ。無論、犯罪者を擁護するつもりはないがな」
「確かに。たかがパンチラだなんて言ってすまなかった」
俺は軽率な発言を恥じて謝罪した。
「分かればいいんだ。このゲームの主催者は、男の深層心理を巧みに利用しているようだ。ゆえに、想像以上に過酷な戦いになるだろう……」
伊集院慧は深刻そうに額にしわを刻んでいる。
俺もようやくこのゲームの恐ろしさを理解した。パンチラを見たいという欲望は、地球上のすべての男子に共通の心理、いや真理だ。その純粋で穢れた心をこんなふうにもてあそぶなんて、なんて非道なゲームなんだ……!
俺は初めてこのデスゲームの主催者が心底憎いと思った。絶対に許さねえ……!
「よく分かんないけど、あんたたちの会話って普通にキモいし、もし私もほのかのパンツを見ちゃってたら死んでたってこと?」
東山がウジムシを見るような目で伊集院慧と俺の顔を交互ににらみながら尋ねた。
「いや、それはまだ分からない。同性でもラッキースケベと判定されることはあるのか? 多くの場合、ヒトは異性を性愛の対象と見ている。では、同性愛者がいた場合、ラッキースケベは同性だけに限るのか? それとも、パンチラという普遍的ラッキースケベがすべての生徒に適応され、死をもらたすのか? 新たな謎が生まれたな」
俺たちは厳しい現実を前に、黙り込んだ。
これから、どうすればいいのか?
ふと、重要なことに気がついた。
「身体の接触がなくてもパンチラを見ただけで死ぬなら、男女が互いに見える範囲にいるのはマズイんじゃないか……?」
「ああ、マズイ。だから絶対にパンチラをするなよ? 東山」
「わ、わ、分かった」
東山がスカートを両手で押さえつつ、恐る恐る答えた。
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