上 下
138 / 190

第58話 離婚専門弁護士の心当たり③

しおりを挟む
 あら、でもそうね。レオンハルトさまは平民でいらっしゃるけど、なんとなくレオンハルトさまと呼んでしまっているわ。そう呼ばせる雰囲気があるからだけど⋯⋯。

 フェルディナンドさまのことは、王弟の令息だけれど、魔塔の賢者というお立場が、学生時代貴族令嬢の間で憧れの存在だったことから、お名前呼びをその時からしていたわ。

 だから⋯⋯特に関わりが深いわけじゃないフィッツェンハーゲン侯爵令息のことは、そういう風に呼んでしまっているのよね。

「私のことも、これからはステフとお呼びいただけませんか?」
「あ、愛称呼びはちょっと⋯⋯。」

 先日のお茶会でだって、どなたもフィッツェンハーゲン侯爵令息のことを愛称で呼んでいらっしゃる方なんていなかったもの。

 恋人でもないし、友人としてもそこまで親しい間柄でもないのに、愛称で呼ぶなんて不自然だわ。周りの注目も集めてしまうし。

「駄目⋯⋯ですか?」
 念を押すように、フィッツェンハーゲン侯爵令息が私の目の奥を覗き込んでくる。

「はい、さすがに⋯⋯。それでしたら、シュテファンさまとお呼びしても?」
 そのくらいなら、呼んでいる方がいなくもなかったような気もするわ⋯⋯。多分。

 貴族女性に人気の高い、フィッツェンハーゲン侯爵令息を、お名前でお呼びするというだけでも、かなり大胆なことをしているような気持ちになるけれど⋯⋯。

 それを聞いたフィッツェンハーゲン侯爵令息が、とても嬉しそうに破顔した。
 ⋯⋯そんなことの、何がそんなに嬉しいのかしら。ただお名前で呼んだだけだわ。

 こんな風に、自然と女性を喜ばせるから、この方は女性に人気があるのね。⋯⋯そして勘違いする女性も多数生まれそうだわ。

 私だって、自分の既婚者という立場がなければ、名前を呼ぶことを了承しただけで、あんなに嬉しそうな笑顔を見せられたら、勘違いしそうになってくるもの。

 ⋯⋯もっと若い時だったら、正直あぶなかったわね。本当に罪作りな方だわ、フィッツェンハーゲン侯爵令息という方は。

「ええ、もちろんです。あなたのお名前をお呼びしたいところですが、それはあなたが離婚した後の楽しみにとっておきましょう。」

 既婚者の女性の名前を、他の男性が呼んではいけない決まりがあるものね。もちろん離婚してからなら、やぶさかではないけれど。

「わかりました。シュテファンさまから私のことを、名前で呼んでいただけるその日を、楽しみにしておりますわ。」
 私はそう言って微笑んだ。

 離婚をしたら、私はメッゲンドルファー子爵令嬢に戻るから、男性から名前で呼ばれることにも、なんら問題はないものね。

 久しく呼ばれなかった名前を、アデリナ嬢に呼んでいただけた時は、自分自身を取り戻したような気持ちになって嬉しかったもの。

 早く私は私を取り戻したい。フィリーネ・メッゲンドルファー子爵令嬢に戻って、堂々と魔法絵師として、そして魔塔の賢者の1人として、生きていきたいわ。

「よろしければこれから、彼女の事務所に一緒に行きましょうか?裁判が入っていなければ、事務所にいる筈ですので。」
「彼女⋯⋯。女性なんですか?」

「ええ、まだまだ女性弁護士は珍しい存在ですが、その中でもかなり優秀なほうの方ですよ。離婚弁護士を主にやられています。それも貴族の離婚弁護を中心にね。」

「そうなんですね、それはとても心強いですわ。ぜひ連れて行っていただけますか?」
「わかりました。ではそろそろここを出ましょうか。彼女のところに案内いたします。」

 お会計はフィッツェンハーゲン侯爵令息がもってくださった。私はまだ既婚者の身だ。夫以外の男性から単独で食事などをごちそうになるのは、正直はばかられる身分だ。

 だから自分の分は支払うとお伝えしたのだけれど、もうすぐお1人になるのですし、ディナーをご馳走したというわけでもないのですから、と、優雅に微笑まれてしまった。

 馬蹄のマークの下げられた辻馬車を捕まえて、フィッツェンハーゲン侯爵令息が心当たりがあるという、貴族を中心とした離婚専門弁護士の事務所へと向かうことになった。

────────────────────

少しでも面白いと思ったら、エピソードごとのイイネ、または応援するを押していただけたら幸いです。
しおりを挟む
感想 86

あなたにおすすめの小説

年に一度の旦那様

五十嵐
恋愛
愛人が二人もいるノアへ嫁いだレイチェルは、領地の外れにある小さな邸に追いやられるも幸せな毎日を過ごしていた。ところが、それがそろそろ夫であるノアの思惑で潰えようとして… しかし、ぞんざいな扱いをしてきたノアと夫婦になることを避けたいレイチェルは執事であるロイの力を借りてそれを回避しようと…

【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。

112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。  ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。  ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。 ※完結しました。ありがとうございました。

もう尽くして耐えるのは辞めます!!

月居 結深
恋愛
 国のために決められた婚約者。私は彼のことが好きだったけど、彼が恋したのは第二皇女殿下。振り向いて欲しくて努力したけど、無駄だったみたい。  婚約者に蔑ろにされて、それを令嬢達に蔑まれて。もう耐えられない。私は我慢してきた。国のため、身を粉にしてきた。  こんなにも報われないのなら、自由になってもいいでしょう?  小説家になろうの方でも公開しています。 2024/08/27  なろうと合わせるために、ちょこちょこいじりました。大筋は変わっていません。

前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします

柚木ゆず
恋愛
 ※明日(3月6日)より、もうひとつのエピローグと番外編の投稿を始めさせていただきます。  我が儘で強引で性格が非常に悪い、筆頭侯爵家の嫡男アルノー。そんな彼を伯爵令嬢エレーヌは『ブレずに力強く引っ張ってくださる自信に満ちた方』と狂信的に愛し、アルノーが自ら選んだ5人の婚約者候補の1人として、アルノーに選んでもらえるよう3年間必死に自分を磨き続けていました。  けれどある日無理がたたり、倒れて後頭部を打ったことで前世の記憶が覚醒。それによって冷静に物事を見られるようになり、ようやくアルノーは滅茶苦茶な人間だと気付いたのでした。 「オレの婚約者候補になれと言ってきて、それを光栄に思えだとか……。倒れたのに心配をしてくださらないどころか、異常が残っていたら候補者から脱落させると言い出すとか……。そんな方に夢中になっていただなんて、私はなんて愚かなのかしら」  そのためエレーヌは即座に、候補者を辞退。その出来事が切っ掛けとなって、エレーヌの人生は明るいものへと変化してゆくことになるのでした。

完結 貴族生活を棄てたら王子が追って来てメンドクサイ。

音爽(ネソウ)
恋愛
王子の婚約者になってから様々な嫌がらせを受けるようになった侯爵令嬢。 王子は助けてくれないし、母親と妹まで嫉妬を向ける始末。 貴族社会が嫌になった彼女は家出を決行した。 だが、有能がゆえに王子妃に選ばれた彼女は追われることに……

前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy
恋愛
(※長編なため、少しネタバレを含みます) ある日目覚めたら、そこは見たことも聞いたこともない…異国でした。 ここは、どうやら転生後の人生。 私は大貴族の令嬢レティシア17歳…らしいのですが…全く記憶にございません。 有り難いことに言葉は理解できるし、読み書きも問題なし。 でも、見知らぬ世界で貴族生活?いやいや…私は平凡な日本人のようですよ?…無理です。 “前世の記憶”として目覚めた私は、現世の“レティシアの身体”で…静かな庶民生活を始める。 そんな私の前に、一人の貴族男性が現れた。 ちょっと?訳ありな彼が、私を…自分の『唯一の女性』であると誤解してしまったことから、庶民生活が一変してしまう。 高い身分の彼に関わってしまった私は、元いた国を飛び出して魔法の国で暮らすことになるのです。 大公殿下、大魔術師、聖女や神獣…等など…いろんな人との出会いを経て『レティシア』が自分らしく生きていく。 という、少々…長いお話です。 鈍感なレティシアが、大公殿下からの熱い眼差しに気付くのはいつなのでしょうか…? ※安定のご都合主義、独自の世界観です。お許し下さい。 ※ストーリーの進度は遅めかと思われます。 ※現在、不定期にて公開中です。よろしくお願い致します。 公開予定日を最新話に記載しておりますが、長期休載の場合はこちらでもお知らせをさせて頂きます。 ※ド素人の書いた3作目です。まだまだ優しい目で見て頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。 ※初公開から2年が過ぎました。少しでも良い作品に、読みやすく…と、時間があれば順次手直し(改稿)をしていく予定でおります。(現在、142話辺りまで手直し作業中) ※章の区切りを変更致しました。(11/21更新)

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです

新条 カイ
恋愛
 ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。  それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?  将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!? 婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。  ■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…) ■■

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

処理中です...