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第22話 勘違いじゃなければ……①
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「歩きながら話しましょうか、本も返却しなくてはなりませんしね。」
「読みかけでいらしたのに、もうよろしいのですか?──あ、ありがとうございます。」
フィッツェンハーゲン侯爵令息が、私が描きあげた絵やイーゼルを入れた袋を代わりに持って運んでくれる。
「休憩時間をこうして過ごしていただけですので。また来た時に続きを読むだけです。」
「それでしたらよろしいのですが。」
「口座決済についてですが、先ほどのあれは、私が持っているペンダントと、それをかざした小箱のどちらもが、魔道具になるのです。ペンダントに登録した銀行の口座情報を読み取って、あとで請求されるのですよ。」
これだとあまり大きな現金を持たずに済みますのでね、とフィッツェンハーゲン侯爵令息が笑った。生体認証魔法陣を組み込んでいるので、勝手に誰かが触れても決済はされないとのこと。便利なものがあるのね……。
私って本当に世間知らずだわ。
銀行口座はいずれ作らなくてはと思っていたし、その時に一緒に作ろうかしら。
私はフィッツェンハーゲン侯爵令息とともに、それぞれ借りていた本をカウンターに返すと、外で待たせていたロイエンタール伯爵家の馬車で家具屋へと向かった。
馬車を降りる際に、フィッツェンハーゲン侯爵令息が手を差し出してくれる。私は手を添えて馬車を降りた。
「こちらです。」
「まあ……!!凄く素敵ね……!!」
フィッツェンハーゲン侯爵令息が案内してくれた家具屋は、入口が大きく開け放たれていて、外から店内が見られるつくりになっていた。おまけに2階が工房になっていて、作業している人たちの姿が見えるのが安心出来るわね。イキイキと働いているのが伝わってくるようで、それだけでもここの家具に心惹かれる気持ちになるわ。
この人たちが心を込めて作って下さるのはどんな家具なのだろう。
木のいい香りが外まで漂ってきて、柔らかく鼻孔を刺激する。ここにいるだけでもとても落ち着く素敵なお店だ。
「……こんな素敵なお店をご紹介いただいてとても嬉しいです。」
「その感想はまだ早いですよ、とりあえず、中に入ってみましょうか。」
そう言ってフィッツェンハーゲン侯爵令息が笑いながら中に誘導してくれる。
置かれている家具はすべて見本で、前払い制度の完全注文生産なのだそうだ。きっとお高いんでしょうね……。でもここの家具を、1つでもいいから手に入れたいものだわ。
こんな家具と暮らせたらどんなに素敵だろうか。優しい木のぬくもりと同時に、凛とした美しさを持つ家具を眺めながらそう思う。
「フィッツェンハーゲン侯爵令息も、こちらの家具はよくお求めになられるのですか?」
「いえ、普段は眺めるだけです。いざ購入する際には、やがて伴侶になって下さる方と、一緒に選びたいと思っておりますので。」
2人で一緒に使うものですからね、と、フィッツェンハーゲン侯爵令息は、家具を愛おしげに撫でながらそう言った。この方は妻の意見を聞いて下さる方なのね。
「とても素敵なお考えだと思いますわ。フィッツェンハーゲン侯爵令息の伴侶となられる方はお幸せですね。」
私は心からそう言った。
「……まあ、なかなか難しいですけどね。」
フィッツェンハーゲン侯爵令息は苦笑いのような表情を浮かべながらそう言った。
「──恋愛結婚をする人たちもだいぶ増えはしましたが、やはり貴族の結婚は家同士の問題ですから……。侯爵家と言っても何も継げる財産のない三男坊のところには、結婚の話は持ち上がらないものですよ。今の私は商人となんら変わりはありませんからね。」
確かに、どれだけフィッツェンハーゲン侯爵令息自身が素敵な方だと言っても、貴族令嬢の結婚の許可はその家の当主が出すもの。
家を継ぐことのない貴族令嬢には、持参金として持たせて貰えるお金以外に財産なんてものはない。それだって婚家に渡されるものだから、自分が自由に使えるお金というものがないのだ。だから生活するためには、当主の決めた通りの結婚をするしかない。
大抵の上位貴族には幼い頃、遅くとも王立学園在学中に婚約者が決まる。家同士で決めてしまうから、顔合わせの時点でそれは確定事項なのだ。フィッツェンハーゲン侯爵令息が家を継ぐお立場であれば、今頃とっくに結婚していらしただろう。家柄も財産も申し分のない、麗しき侯爵令息。引く手数多で選び放題だったに違いないわね。
……だけど三男ともなると話は別だ。まだ次男であれば、辺境の領地があれば譲って貰えるけれど、家の財産が分散しすぎるのはよくないからと、三男以上が生まれた場合は、その時点で何も譲り渡されないことが決まってしまう。だから貴族の三男以降は自力で生活する道を見つけなくてはならないのだ。
貴族令嬢が働くよりは、仕事の幅があるけれど、それでも無から有を生み出すか、騎士団や商会に勤められる道を探す必要がある。
公子であっても、爵位を譲られるまでは騎士団にいたりと、働いている人が多いけど、後継者教育は同時並行で行われる。
侯爵家以上ともなると、管理する領地が多いから、配偶者や令嬢も、領地管理や屋敷の管理を学び任されることになる。
婚約者がいればその家に合わせて幼い頃からそれらを学ぶのだ。特に王太子に嫁ぐご令嬢のお妃教育は二桁に届かない年齢から始まるものだという。
────────────────────
少しでも面白いと思ったら、エピソードごとのイイネ、または応援するを押していただけたら幸いです。
たまにリクエストを頂戴するのですが、具体的な状況やエピソード(子ども時代だとか、その後だとか、仕事の時はどんな、ですとか)を添えていただけるとありがたいです。
(どんなものが読みたいのかわからず、イメージが浮かびにくいのと、書いてもその後コメントがないのが常で、書いたものがご要望に添えているのかわからず、不安なのです汗)
「読みかけでいらしたのに、もうよろしいのですか?──あ、ありがとうございます。」
フィッツェンハーゲン侯爵令息が、私が描きあげた絵やイーゼルを入れた袋を代わりに持って運んでくれる。
「休憩時間をこうして過ごしていただけですので。また来た時に続きを読むだけです。」
「それでしたらよろしいのですが。」
「口座決済についてですが、先ほどのあれは、私が持っているペンダントと、それをかざした小箱のどちらもが、魔道具になるのです。ペンダントに登録した銀行の口座情報を読み取って、あとで請求されるのですよ。」
これだとあまり大きな現金を持たずに済みますのでね、とフィッツェンハーゲン侯爵令息が笑った。生体認証魔法陣を組み込んでいるので、勝手に誰かが触れても決済はされないとのこと。便利なものがあるのね……。
私って本当に世間知らずだわ。
銀行口座はいずれ作らなくてはと思っていたし、その時に一緒に作ろうかしら。
私はフィッツェンハーゲン侯爵令息とともに、それぞれ借りていた本をカウンターに返すと、外で待たせていたロイエンタール伯爵家の馬車で家具屋へと向かった。
馬車を降りる際に、フィッツェンハーゲン侯爵令息が手を差し出してくれる。私は手を添えて馬車を降りた。
「こちらです。」
「まあ……!!凄く素敵ね……!!」
フィッツェンハーゲン侯爵令息が案内してくれた家具屋は、入口が大きく開け放たれていて、外から店内が見られるつくりになっていた。おまけに2階が工房になっていて、作業している人たちの姿が見えるのが安心出来るわね。イキイキと働いているのが伝わってくるようで、それだけでもここの家具に心惹かれる気持ちになるわ。
この人たちが心を込めて作って下さるのはどんな家具なのだろう。
木のいい香りが外まで漂ってきて、柔らかく鼻孔を刺激する。ここにいるだけでもとても落ち着く素敵なお店だ。
「……こんな素敵なお店をご紹介いただいてとても嬉しいです。」
「その感想はまだ早いですよ、とりあえず、中に入ってみましょうか。」
そう言ってフィッツェンハーゲン侯爵令息が笑いながら中に誘導してくれる。
置かれている家具はすべて見本で、前払い制度の完全注文生産なのだそうだ。きっとお高いんでしょうね……。でもここの家具を、1つでもいいから手に入れたいものだわ。
こんな家具と暮らせたらどんなに素敵だろうか。優しい木のぬくもりと同時に、凛とした美しさを持つ家具を眺めながらそう思う。
「フィッツェンハーゲン侯爵令息も、こちらの家具はよくお求めになられるのですか?」
「いえ、普段は眺めるだけです。いざ購入する際には、やがて伴侶になって下さる方と、一緒に選びたいと思っておりますので。」
2人で一緒に使うものですからね、と、フィッツェンハーゲン侯爵令息は、家具を愛おしげに撫でながらそう言った。この方は妻の意見を聞いて下さる方なのね。
「とても素敵なお考えだと思いますわ。フィッツェンハーゲン侯爵令息の伴侶となられる方はお幸せですね。」
私は心からそう言った。
「……まあ、なかなか難しいですけどね。」
フィッツェンハーゲン侯爵令息は苦笑いのような表情を浮かべながらそう言った。
「──恋愛結婚をする人たちもだいぶ増えはしましたが、やはり貴族の結婚は家同士の問題ですから……。侯爵家と言っても何も継げる財産のない三男坊のところには、結婚の話は持ち上がらないものですよ。今の私は商人となんら変わりはありませんからね。」
確かに、どれだけフィッツェンハーゲン侯爵令息自身が素敵な方だと言っても、貴族令嬢の結婚の許可はその家の当主が出すもの。
家を継ぐことのない貴族令嬢には、持参金として持たせて貰えるお金以外に財産なんてものはない。それだって婚家に渡されるものだから、自分が自由に使えるお金というものがないのだ。だから生活するためには、当主の決めた通りの結婚をするしかない。
大抵の上位貴族には幼い頃、遅くとも王立学園在学中に婚約者が決まる。家同士で決めてしまうから、顔合わせの時点でそれは確定事項なのだ。フィッツェンハーゲン侯爵令息が家を継ぐお立場であれば、今頃とっくに結婚していらしただろう。家柄も財産も申し分のない、麗しき侯爵令息。引く手数多で選び放題だったに違いないわね。
……だけど三男ともなると話は別だ。まだ次男であれば、辺境の領地があれば譲って貰えるけれど、家の財産が分散しすぎるのはよくないからと、三男以上が生まれた場合は、その時点で何も譲り渡されないことが決まってしまう。だから貴族の三男以降は自力で生活する道を見つけなくてはならないのだ。
貴族令嬢が働くよりは、仕事の幅があるけれど、それでも無から有を生み出すか、騎士団や商会に勤められる道を探す必要がある。
公子であっても、爵位を譲られるまでは騎士団にいたりと、働いている人が多いけど、後継者教育は同時並行で行われる。
侯爵家以上ともなると、管理する領地が多いから、配偶者や令嬢も、領地管理や屋敷の管理を学び任されることになる。
婚約者がいればその家に合わせて幼い頃からそれらを学ぶのだ。特に王太子に嫁ぐご令嬢のお妃教育は二桁に届かない年齢から始まるものだという。
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たまにリクエストを頂戴するのですが、具体的な状況やエピソード(子ども時代だとか、その後だとか、仕事の時はどんな、ですとか)を添えていただけるとありがたいです。
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