上 下
40 / 110

第20話 失礼な異国の冒険者②

しおりを挟む
「──だいたい、この本、あなたの身分証明書で借りられませんよね?あなたの身分証明書は、恐らくは冒険者証明書ですよね?
 だったらこの本は借りられないです。」
「──は?どういうこと?なんであんたに借りられて、あたしに借りられないのよ。図書館の中で読むだけじゃない。」

 わけが分からない、という表情で私を見ている赤髪の冒険者。その理由はこの国の身分証明書の等級別優遇措置の差が関係しているのだ。冒険者は冒険者独自の優遇措置はあるものの、身分証明書の等級は平民以下。
 最も低い、ということになる。冒険者ギルドが身分を保証するというだけで、実際には誰にでも発行してしまうのがその原因だ。

 冒険者は冒険者証が身分証明書になる。平民の場合は、商人は商人ギルドが保証してくれるけれど、市井の人たちにはそんなものはない。村や町に属していれば、そこの村長なり町長なりが、必要な時にだけ身分を保証してくれる。もっと大きな都市になると、市民としての権利を売ってくれるところもある。

 流浪の民だったり、移動販売をしている商人たちにはそれがないから、お金を稼いで最終的に市民権を購入するのだ。
 そうでなければ家も買えないのだという。
 確かになんの身分証明書もない人が突然家を購入して、隣近所に住みだしたら、得体が知れなくて恐ろしいでしょうね。

 小さな村や町にはそれはないけれど、代わりによそ者を滅多なことでは受け入れないのだという。だから権利を購入しなくても住める筈なのに、みんな大きな都市で市民権を購入するのだそう。お金で解決する話であるのなら、そうした方が楽なのだろうと思う。
 まあ、移動販売商人の場合は、商売的には大都市のほうがいいというのもあるだろう。

 私の場合はもともとアンの知り合いだということと、工房長が私に対して好意的でいて下さるから、工房長のご家族の家を借りられそうだけれど、もしも無関係な土地に行こうものなら、絵を売ることで家を借りたり買ったりするお金は作れても、住むこと自体は拒絶されていたかも知れないわね。

「──それに、本を借りている人は、身分証明書を提示することで、その本を読む権利を持つと同時に、その本をなくしたり傷付けたりした場合、本の補修代金やら弁済金やらを支払わなくてはならないものなんです。
 私に口頭で返却を依頼するのであればともかく、そんな風に乱暴に扱って、なにかあったらどうするおつもりなんですか?」

「知らないよ、あんたがひとりじめして、いつまでも返さないのが悪いんじゃん。」
 理解できないとでも言いたげな、まったく悪びれない態度。冒険者の身分証明書の権利が最下位なのもうなずけるわね、こんな人たちに、なんの保証人もない状態で、この国で好き勝手されてはたまらないわ。

 よそ者を滅多なことでは受け入れないという、村や町の考えも無理からぬことだ。
 本当にアンと工房長のおかげだわ。アンの村が駄目だったら、私はどこかの大都市で家を買うか借りるかすることになっただろう。
 私は貴族だから市民権はあるのだし、お金さえあれば文句を言われないものね。
 だけどそういう場所には危険もつきもの。

 ある程度お金を持っている人たちが、住んでいることが分かっているから、犯罪者にも狙われやすいという欠点がある。
 ロイエンタール伯爵家もそうだけど、貴族の屋敷には専属の護衛兵士たちがいる。だけど私にそんな人たちを雇うお金なんてない。

 イザークと離婚すれば伯爵夫人ではなくなるけれど、それでも子爵令嬢なのだ。そんな私がたった1人で暮らしていて、しかも子爵令嬢であると知られたら?実家にお金がないとか犯罪者が調べもしないで襲って来たら?
 そう考えると大都市に暮らすという選択肢は初めから考えられなかった。

 農業を中心とした自給自足の村や、商店なんかの集まった小さな町には、昼間外に出ている人間の数が、数こそ多くないもののそれなりにいる。なおかつ大半の人間がお互いに顔見知りのご近所さん。つまりは人の目が多いということ。犯罪目的で入り込んだよそ者なんかがいれば、すぐに誰かが不審に思う。

 そういう場所こそ私のような1人で暮らしたい女性に向いているのだ。大都市にはそれがない。隣近所の顔も知らないなんてこともあるそう。おまけに襲われていたとしても、知り合いじゃないから助けてなどくれない。
 戦う術のない人たちの場合、自分の命を危険にさらす行為だし、それは決して非難されるようなことでは、もちろんないけれど。

 私だって、下手に正義感を出すより、それが正しい自分の身を守る行為だから、静観したほうがいいのは分かってはいる。
 役人を呼びに行ってくれれば、まだいいほうで、路地裏に突然連れ込まれた人がさらわれた、なんて話も聞く。絶対住みたくない。 
 今後彼女のような人に遭遇するとしたら、きっとそういう地域でしょうしね。

────────────────────

少しでも面白いと思ったら、エピソードごとのイイネ、または応援するを押していただけたら幸いです。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢の立場を捨てたお姫様

羽衣 狐火
恋愛
公爵令嬢は暇なんてないわ 舞踏会 お茶会 正妃になるための勉強 …何もかもうんざりですわ!もう公爵令嬢の立場なんか捨ててやる! 王子なんか知りませんわ! 田舎でのんびり暮らします!

【完結】要らないと言っていたのに今更好きだったなんて言うんですか?

星野真弓
恋愛
 十五歳で第一王子のフロイデンと婚約した公爵令嬢のイルメラは、彼のためなら何でもするつもりで生活して来た。  だが三年が経った今では冷たい態度ばかり取るフロイデンに対する恋心はほとんど冷めてしまっていた。  そんなある日、フロイデンが「イルメラなんて要らない」と男友達と話しているところを目撃してしまい、彼女の中に残っていた恋心は消え失せ、とっとと別れることに決める。  しかし、どういうわけかフロイデンは慌てた様子で引き留め始めて――

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

バイバイ、旦那様。【本編完結済】

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
妻シャノンが屋敷を出て行ったお話。 この作品はフィクションです。 作者独自の世界観です。ご了承ください。 7/31 お話の至らぬところを少し訂正させていただきました。 申し訳ありません。大筋に変更はありません。 8/1 追加話を公開させていただきます。 リクエストしてくださった皆様、ありがとうございます。 調子に乗って書いてしまいました。 この後もちょこちょこ追加話を公開予定です。 甘いです(個人比)。嫌いな方はお避け下さい。 ※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。

それでも、私は幸せです~二番目にすらなれない妖精姫の結婚~

柵空いとま
恋愛
家族のために、婚約者である第二王子のために。政治的な理由で選ばれただけだと、ちゃんとわかっている。 大好きな人達に恥をかかせないために、侯爵令嬢シエラは幼い頃からひたすら努力した。六年間も苦手な妃教育、周りからの心無い言葉に耐えた結果、いよいよ来月、婚約者と結婚する……はずだった。そんな彼女を待ち受けたのは他の女性と仲睦まじく歩いている婚約者の姿と一方的な婚約解消。それだけではなく、シエラの新しい嫁ぎ先が既に決まったという事実も告げられた。その相手は、悪名高い隣国の英雄であるが――。 これは、どんなに頑張っても大好きな人の一番目どころか二番目にすらなれなかった少女が自分の「幸せ」の形を見つめ直す物語。 ※他のサイトにも投稿しています

愛されたのは私の妹

杉本凪咲
恋愛
そうですか、離婚ですか。 そんなに妹のことが大好きなんですね。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈 
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

年に一度の旦那様

五十嵐
恋愛
愛人が二人もいるノアへ嫁いだレイチェルは、領地の外れにある小さな邸に追いやられるも幸せな毎日を過ごしていた。ところが、それがそろそろ夫であるノアの思惑で潰えようとして… しかし、ぞんざいな扱いをしてきたノアと夫婦になることを避けたいレイチェルは執事であるロイの力を借りてそれを回避しようと…

処理中です...