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第20話 失礼な異国の冒険者②
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「──だいたい、この本、あなたの身分証明書で借りられませんよね?あなたの身分証明書は、恐らくは冒険者証明書ですよね?
だったらこの本は借りられないです。」
「──は?どういうこと?なんであんたに借りられて、あたしに借りられないのよ。図書館の中で読むだけじゃない。」
わけが分からない、という表情で私を見ている赤髪の冒険者。その理由はこの国の身分証明書の等級別優遇措置の差が関係しているのだ。冒険者は冒険者独自の優遇措置はあるものの、身分証明書の等級は平民以下。
最も低い、ということになる。冒険者ギルドが身分を保証するというだけで、実際には誰にでも発行してしまうのがその原因だ。
冒険者は冒険者証が身分証明書になる。平民の場合は、商人は商人ギルドが保証してくれるけれど、市井の人たちにはそんなものはない。村や町に属していれば、そこの村長なり町長なりが、必要な時にだけ身分を保証してくれる。もっと大きな都市になると、市民としての権利を売ってくれるところもある。
流浪の民だったり、移動販売をしている商人たちにはそれがないから、お金を稼いで最終的に市民権を購入するのだ。
そうでなければ家も買えないのだという。
確かになんの身分証明書もない人が突然家を購入して、隣近所に住みだしたら、得体が知れなくて恐ろしいでしょうね。
小さな村や町にはそれはないけれど、代わりによそ者を滅多なことでは受け入れないのだという。だから権利を購入しなくても住める筈なのに、みんな大きな都市で市民権を購入するのだそう。お金で解決する話であるのなら、そうした方が楽なのだろうと思う。
まあ、移動販売商人の場合は、商売的には大都市のほうがいいというのもあるだろう。
私の場合はもともとアンの知り合いだということと、工房長が私に対して好意的でいて下さるから、工房長のご家族の家を借りられそうだけれど、もしも無関係な土地に行こうものなら、絵を売ることで家を借りたり買ったりするお金は作れても、住むこと自体は拒絶されていたかも知れないわね。
「──それに、本を借りている人は、身分証明書を提示することで、その本を読む権利を持つと同時に、その本をなくしたり傷付けたりした場合、本の補修代金やら弁済金やらを支払わなくてはならないものなんです。
私に口頭で返却を依頼するのであればともかく、そんな風に乱暴に扱って、なにかあったらどうするおつもりなんですか?」
「知らないよ、あんたがひとりじめして、いつまでも返さないのが悪いんじゃん。」
理解できないとでも言いたげな、まったく悪びれない態度。冒険者の身分証明書の権利が最下位なのもうなずけるわね、こんな人たちに、なんの保証人もない状態で、この国で好き勝手されてはたまらないわ。
よそ者を滅多なことでは受け入れないという、村や町の考えも無理からぬことだ。
本当にアンと工房長のおかげだわ。アンの村が駄目だったら、私はどこかの大都市で家を買うか借りるかすることになっただろう。
私は貴族だから市民権はあるのだし、お金さえあれば文句を言われないものね。
だけどそういう場所には危険もつきもの。
ある程度お金を持っている人たちが、住んでいることが分かっているから、犯罪者にも狙われやすいという欠点がある。
ロイエンタール伯爵家もそうだけど、貴族の屋敷には専属の護衛兵士たちがいる。だけど私にそんな人たちを雇うお金なんてない。
イザークと離婚すれば伯爵夫人ではなくなるけれど、それでも子爵令嬢なのだ。そんな私がたった1人で暮らしていて、しかも子爵令嬢であると知られたら?実家にお金がないとか犯罪者が調べもしないで襲って来たら?
そう考えると大都市に暮らすという選択肢は初めから考えられなかった。
農業を中心とした自給自足の村や、商店なんかの集まった小さな町には、昼間外に出ている人間の数が、数こそ多くないもののそれなりにいる。なおかつ大半の人間がお互いに顔見知りのご近所さん。つまりは人の目が多いということ。犯罪目的で入り込んだよそ者なんかがいれば、すぐに誰かが不審に思う。
そういう場所こそ私のような1人で暮らしたい女性に向いているのだ。大都市にはそれがない。隣近所の顔も知らないなんてこともあるそう。おまけに襲われていたとしても、知り合いじゃないから助けてなどくれない。
戦う術のない人たちの場合、自分の命を危険にさらす行為だし、それは決して非難されるようなことでは、もちろんないけれど。
私だって、下手に正義感を出すより、それが正しい自分の身を守る行為だから、静観したほうがいいのは分かってはいる。
役人を呼びに行ってくれれば、まだいいほうで、路地裏に突然連れ込まれた人がさらわれた、なんて話も聞く。絶対住みたくない。
今後彼女のような人に遭遇するとしたら、きっとそういう地域でしょうしね。
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だったらこの本は借りられないです。」
「──は?どういうこと?なんであんたに借りられて、あたしに借りられないのよ。図書館の中で読むだけじゃない。」
わけが分からない、という表情で私を見ている赤髪の冒険者。その理由はこの国の身分証明書の等級別優遇措置の差が関係しているのだ。冒険者は冒険者独自の優遇措置はあるものの、身分証明書の等級は平民以下。
最も低い、ということになる。冒険者ギルドが身分を保証するというだけで、実際には誰にでも発行してしまうのがその原因だ。
冒険者は冒険者証が身分証明書になる。平民の場合は、商人は商人ギルドが保証してくれるけれど、市井の人たちにはそんなものはない。村や町に属していれば、そこの村長なり町長なりが、必要な時にだけ身分を保証してくれる。もっと大きな都市になると、市民としての権利を売ってくれるところもある。
流浪の民だったり、移動販売をしている商人たちにはそれがないから、お金を稼いで最終的に市民権を購入するのだ。
そうでなければ家も買えないのだという。
確かになんの身分証明書もない人が突然家を購入して、隣近所に住みだしたら、得体が知れなくて恐ろしいでしょうね。
小さな村や町にはそれはないけれど、代わりによそ者を滅多なことでは受け入れないのだという。だから権利を購入しなくても住める筈なのに、みんな大きな都市で市民権を購入するのだそう。お金で解決する話であるのなら、そうした方が楽なのだろうと思う。
まあ、移動販売商人の場合は、商売的には大都市のほうがいいというのもあるだろう。
私の場合はもともとアンの知り合いだということと、工房長が私に対して好意的でいて下さるから、工房長のご家族の家を借りられそうだけれど、もしも無関係な土地に行こうものなら、絵を売ることで家を借りたり買ったりするお金は作れても、住むこと自体は拒絶されていたかも知れないわね。
「──それに、本を借りている人は、身分証明書を提示することで、その本を読む権利を持つと同時に、その本をなくしたり傷付けたりした場合、本の補修代金やら弁済金やらを支払わなくてはならないものなんです。
私に口頭で返却を依頼するのであればともかく、そんな風に乱暴に扱って、なにかあったらどうするおつもりなんですか?」
「知らないよ、あんたがひとりじめして、いつまでも返さないのが悪いんじゃん。」
理解できないとでも言いたげな、まったく悪びれない態度。冒険者の身分証明書の権利が最下位なのもうなずけるわね、こんな人たちに、なんの保証人もない状態で、この国で好き勝手されてはたまらないわ。
よそ者を滅多なことでは受け入れないという、村や町の考えも無理からぬことだ。
本当にアンと工房長のおかげだわ。アンの村が駄目だったら、私はどこかの大都市で家を買うか借りるかすることになっただろう。
私は貴族だから市民権はあるのだし、お金さえあれば文句を言われないものね。
だけどそういう場所には危険もつきもの。
ある程度お金を持っている人たちが、住んでいることが分かっているから、犯罪者にも狙われやすいという欠点がある。
ロイエンタール伯爵家もそうだけど、貴族の屋敷には専属の護衛兵士たちがいる。だけど私にそんな人たちを雇うお金なんてない。
イザークと離婚すれば伯爵夫人ではなくなるけれど、それでも子爵令嬢なのだ。そんな私がたった1人で暮らしていて、しかも子爵令嬢であると知られたら?実家にお金がないとか犯罪者が調べもしないで襲って来たら?
そう考えると大都市に暮らすという選択肢は初めから考えられなかった。
農業を中心とした自給自足の村や、商店なんかの集まった小さな町には、昼間外に出ている人間の数が、数こそ多くないもののそれなりにいる。なおかつ大半の人間がお互いに顔見知りのご近所さん。つまりは人の目が多いということ。犯罪目的で入り込んだよそ者なんかがいれば、すぐに誰かが不審に思う。
そういう場所こそ私のような1人で暮らしたい女性に向いているのだ。大都市にはそれがない。隣近所の顔も知らないなんてこともあるそう。おまけに襲われていたとしても、知り合いじゃないから助けてなどくれない。
戦う術のない人たちの場合、自分の命を危険にさらす行為だし、それは決して非難されるようなことでは、もちろんないけれど。
私だって、下手に正義感を出すより、それが正しい自分の身を守る行為だから、静観したほうがいいのは分かってはいる。
役人を呼びに行ってくれれば、まだいいほうで、路地裏に突然連れ込まれた人がさらわれた、なんて話も聞く。絶対住みたくない。
今後彼女のような人に遭遇するとしたら、きっとそういう地域でしょうしね。
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