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第18話 引退した元第一騎士団長②

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「なんだい?そのお嬢ちゃんは。」
 と言った。私はお嬢ちゃんと言われる程の年齢ではないのだけれど、大人な元第一騎士団長様から見れば、私なんてまだまだ子どもということかしら。……それにしても色っぽい方だわ。フィッツェンハーゲン侯爵令息も艶のある男性だったけれど、この方のはなんていうか、こう……、なんだか見てはいけないもののような気持ちにさせられるのだ。

 騎士ってみんなこういう感じなのかしら?だとしたらだいふイメージが異なるわ。もっと無骨な感じを想像していたのに。無骨は無骨なのだけれど、素敵な殿方がご自分の美しさに無頓着なのは、なんだかとても男らしい感じがして、ああ、これが騎士というもの、騎士団長をつとめる程の方なのね、と思うくらいには、元第一騎士団長は魅力的な方だった。大人の男性に慣れていない私は、それがとても落ち着かなくて仕方がなかった。

「この方は、僕の取引先である、ロイエンタール伯爵家の伯爵夫人です。実はレオンハルトさんにお願いしたいことがありまして、一緒におうかがいした次第です。」
「──人妻?伯爵夫人が俺になんの用事だってんだ?ひょっとして護衛の依頼か?あんたんとこには専属の騎士はいねえのか?」

 そんなもの、嫁いでこの方、つけていただいたことなんてないわ。
 それにしても、レオンハルト様から人妻と言われると、なんだかいけない響きがするわね……。まあ、やがてそうは呼ばれなくなるだろうから、その時はまた、お嬢ちゃんとでも呼ばれるのかしら?

「実は、奥様は先日魔法絵師としての力を魔塔に認められたそうなんです。」
「へえ?このお嬢ちゃんがか。」
 ……やっぱりそうみたいね。
「その件でちょっと……。家の中に入らせていただいても?」
「ああ、別に構わねえぜ。」

 どうやって入るつもりなのかしら?と思っていると、レオンハルト様は普通に鍵のかかっていないドアをあけて、──どうぞ?むさ苦しいところだがな、と私たちを中に招待してくれた。家主が自宅にいるとはいえ、本当に不用心な方だわ。それとも、それくらいご自分の実力に自信がおありなのかしら。

 雨の日に帰宅してそのままにしているのだろうか、廊下の上にはレオンハルト様の靴跡と思わしき泥のついた足跡が、いくつも乾いてこびりついていて、それが更に上から踏まれて土が崩れていた。……ひょっとして掃除をまったくしないのかしら?
 リビングに通されると、私の隣にヨハン、向かいあった席にテーブルを挟んでレオンハルト様が座った。リビングは綺麗だった。

 意外なことに、レオンハルト様は、私たちにきちんとお茶を振る舞って下さった。それもかなり美味しかった。……この無頓着ぶりからは、本当に意外だわ。それとも騎士団勤めだと、こういうこともマナーとして教わるものなのかしら?そう思っていると、レオンハルト様はイタズラっぽく笑いながら、

「俺がこういうことをするのは意外か?」
 と私の目の奥を覗き込むように言った。
 私は思わずドキリとしてしまった。
「そうですね、失礼ながら……、かなり意外でした。お茶もそうですが、茶器もとても素晴らしいですわ。貴族の家に出てきたとしても、なんら遜色ないものです。」

「そいつは嬉しいな。俺の趣味なんだが、あまり男らしくないってんで、騎士団にいた時は散々からかわれたもんさ。」
 騎士団員が全員マナーとして覚えているわけじゃなく、レオンハルト様独自のものだったのね。確かに騎士様たちがお茶を入れる姿は想像出来ないわ。

「料理も得意なんだぜ?騎士団にいた頃は、遠征のメシはほとんど俺が作ってたもんさ。まあ、掃除は嫌いだがな。」
 ──まあ、そうなんでしょうね、と、美しい茶器の出てくる家としては、違和感のある室内を見回しながらそう思った。リビングにはホコリこそつもっていないものの、玄関やここに来るまでの廊下は凄まじかったもの。

 出来るだけ物を置かないようにしている様子がうかがえる。恐らくは掃除が面倒だからなのだろう。何も置かなければそのぶん掃除は楽だものね。テーブルや椅子をどかすだけで事足りるわ。キッチンとリビングが一体化している部屋なのだけれど、フライパンと鍋が1つずつ。それだけだった。

 それでいて、棚に置かれた茶器たちは美しく磨かれているのが、この距離からでもわかるほどだ。今私が使わせていただいている茶器も、茶しぶ1つない。洗うだけだと茶しぶがついて取れないのだと、昔アンが言っていた気がするわ。水で流してそのまま水を切って終了していそうな感じなのに、意外な繊細さだ。大切にしているものだと違うのね。

「それで?俺に頼みたいことってなんだ。」
 レオンハルト様が本題をうながしてくる。私の方を見て。私がヨハンの雇人の場合はこれが正しい。従者と重要な話をする場合は、従者がそれなりの地位にいた時だけだ。
「……奥様、僕から話しても?」
「任せるわ。」
 私の言葉にヨハンがコックリとうなずく。

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