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第17話 アンへの贈り物②
しおりを挟むニーナのかえのオムツや着替を2種類、敷物、玩具、授乳ケープ、おしぼりをいくつかと、それを使ったら入れる為の布袋、ハンカチを数枚、赤ん坊が眠った時用のおくるみなどだ。アンが以前持って出かけた時の物と数を参考にさせて貰った。たぶんこの数と種類で間違っていないと思うけれど、別に不足があれば、後からいくらでも描き足せばいい。
これは以前家令に命じて、ここに来るだいぶ前に、近場でメイドに買ってこさせたものだ。これを私は持ち運びがしやすい小さなキャンバスに、あらかじめ描いておいたのだ。
「この絵を、左から右に撫でてみてちょうだい。絵に描かれたものが絵から出てくるわ。絵に品物をしまう時はその逆ね。」
アンが絵を左から右に撫でる。すると渡したプレゼントたちが、絵からスッと飛び出て来た。敷物とは別に、下に描いた布ごと、上に赤ちゃん用品が乗っかった形で。
「……凄い……!本当に絵から描いたものが飛び出てくるなんて!」
アンは右から左に絵を撫でて、絵の中に品物が消えていくのに驚いていた。
「直接どれか1つを絵に近付けてもしまえるわ。以前アンと出かけた時に、ずいぶん大荷物だったのを見て、ずっと考えていたの。もう少し楽にしてあげられないかしら?って。
描いたものしか出せないから、これと同じものしか出てこないけれど、これからはお出かけの時はこの絵だけ持てば楽でしょう?」
私がそう言うと、
「お嬢様……!」
アンは絵を抱きしめて涙を浮かべて、泣き笑いのような表情で私を見つめた。
「おいおい、抱きしめちゃって、絵は大丈夫なのか?いくら乾いてると言っても……。」
ヨハンの言葉に、アンが慌てる。
「あっ!そうか!すみません!」
アンは椅子から立ち上がり、急いで体から絵を離すと、慌ててひっくり返して絵を見たけれど、無事でした~!とホッとしたように笑った。それを見て私もヨハンも笑った。
アンは赤ちゃんの着替えを描いた絵を木箱にしまい、改めてお礼を言ってくれた。
「──私の絵を最初に人にプレゼントするのなら、あなたと決めていたのよ、アン。
あなたが喜んでくれて嬉しいわ。」
「お嬢様……!!あの家から出たら、絶対この村に住んで下さいね?お嬢様は私が絶対に幸せにしてみせますから……!!」
「アン……!!」
椅子から立ち上がっていたアンが、ウルウルと目に涙をためて私に近寄り、私の頭を抱えて抱きしめてくれる。私たちは涙を浮かべてお互いを抱きしめあった。
「オイオイ、僕よりもお嬢様かい?まったくもう……。まあ、アンのそういうところに惚れちゃったんだから、まあ仕方がないか。」
アンの私に対するプロポーズのような言葉に、ヨハンが少し焦って苦笑しながら私たちを見ている。ごめんなさいねヨハン、少しだけあなたのアンを貸してちょうだい。今の私にはどうしてもこれが必要なの。なんの駆け引きも他意もなく、ただお互いを思いやれる相手との心の交流が。──アンの前でしか、私は素直に泣けないのだから。
それからお互いにわれにかえって、ちょっと恥ずかしいですね、と照れているアンに、私も、そうね、とほんの少しだけ恥ずかしくなって笑う。ヨハンが、2人は本当に姉妹みたいだね、と笑った。姉妹で幼なじみで親友だもの。アンは私の一番の味方よ。
「それでね、召喚の力のある魔法絵が描けることが分かったから、今度魔物の絵を描きにいこうと思っているの。私が描いた絵を持っていれば、魔力のない人でも魔物を操ることが出来る筈だわ。それを試してみたいのよ。
もしそれが成功すれば、高く売れる絵になると思うの。そうしたら、すぐにでもあの家を出て自立して、この村に住むわ。」
私がそう言うと、両手をあげて喜んでくれると思っていたアンが難色をしめした。
「お嬢様……。それはあまりにも危険過ぎるのでは?──魔物って、騎士団の演習や冒険者たちが狩るものですよね?そんな近くで、のんびり絵が描けるものだとは、とうてい思えないです。危ないですよ。」
と言った。
「そうかしら?
でも、王立学園でも、騎士クラスや魔法使いクラスの生徒たちが、授業で狩りに行っていたじゃない?誰か護衛をつければ、そこまで危なくもないんじゃないかしら。」
「僕も危険だと思います、奥様。」
私はアンは少し心配し過ぎね、と思っていた。だけどそこにヨハンも同調する。
私の魔法絵の力は魔法絵師のスキル持ちと同じもの。魔物を召喚出来るのであれば、それが最も高く売れる筈だわ。自立の為に絵を売るのであれば、魔物を描いた絵を売らないという選択肢はない。それが売れる時だけを夢見て今まであの家で我慢をしてきたわ。だけど2人して私を説得にかかってきた。
「お嬢様、お願いです、それだけはやめて下さいませんか?」
「僕も同意見です。何があるかなんて分かりませんよ。王立学園の生徒たちは、全員が戦えるうえに、魔物を前に気を抜いたりなんてしない筈です。戦いの場でのんびり絵が描けるとはとても思えません……。」
ええ?そう言われるとそうかも知れないと思うけれど、少し大げさじゃないかしら?
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