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第13話 新進気鋭の若手魔法絵師②
しおりを挟む私もじっと夢中になって眺めていると、
「──その絵、いかがですか?」
「とても素晴らしいですわ。魔法絵は魔法がかかっているのは付加価値のようなもので、絵そのものが素晴らしいから人々を引き付けるのだというのが、よく分かる気がいたします。魚に目がいきがちですが、とくにこの、石についた苔の濃淡や細やかさ、苔も生きていることが伝わってくるかのようですわ。」
誰かに声をかけられて、私は絵を眺めたまま感想を漏らした。
「……ありがとうございます。
その絵、僕が描いたんです。」
そう言われてハッと振り返ると、明るい茶色の髪の可愛らしい顔立ちの細身の男性が、私を嬉しそうに見つめていた。
「ヴィリバルト・トラウトマンと申します。どうぞヴィリと呼んで下さい、美しい方。」
一瞬聞き慣れない単語が聞かれて私は呆然としてしまったあと、ハッとして、
「──トラウトマン?
というと、トラウトマン商会の……。」
「はい、ヴィンフリート・トラウトマンは、僕の父です。」
トラウトマン商会は代々続く商人家系で、平民の中ではかなり大手の裕福な商人だ。正直ロイエンタール伯爵家の、というか、イザークのライバルに当たる。ご子息は確かお一人しかいないのではなかったかしら?
後を継がずに魔法絵師になられたのね。
「そうだったのですね。私はロイエンタール伯爵の妻です。どうぞよろしく。」
私が名乗ると、ヴィリはビクッとした。
恐らくは、貴族に名乗られる前に話しかけてしまったことと、私がロイエンタールを名乗ったからだろう。
後を継がなかったとはいえ、父親のライバルであるロイエンタール伯爵家のことを、父親から聞いていたとしてもおかしくはない。
だけどヴィリが驚いたのは、そこではなかったようだ。
「ご結婚……なされているんですね。」
「?……ええ。」
貴族の令嬢は私の年齢で結婚していないほうが珍しいけれど、平民は自分で結婚相手を決めるというから、彼らからしたら早いのかも知れないわね。ヴィリは私とそう年齢が変わらないようにも見えるから。
「そうでしたか、はは……。
それはそうですよね、こんなにお美しい方が、独り身なわけはありませんから。」
「……ありがとうございます。」
ああ、たまに聞く、既婚者を褒める時の常套手段ね。あなたが独身でないのが残念ですって、とりあえず言っておけば、お世辞になると思っている男性は多いから。
貴族なら髪の結い方や長さで独身か既婚者か分かるものだけれど、平民だからヴィリにはあまり馴染みがないのかも知れないわね。
未婚の貴族の娘は首筋をあまり見せてはいけないことになっているから、結婚するまでは髪を全部結い上げたり、ショートカットにしてはいけないものなのだ。
バルテル侯爵夫人のように髪全体を短くしたり、私のように髪を全部結い上げている時点で、貴族婦人の場合独身はありえないと分かる。アデリナ嬢や他の若い令嬢たちが髪を全部おろしているのがそういう理由からだ。
まだ誰のものでもない存在であるというアピール。この決まりがあるのは女性だけ。
もちろんアデリナ嬢は公爵令嬢の立場を捨てているわけだから、気にしなくてもよい気もするけれど、習慣というのはなかなか捨てられないものなのだろう。
私も初めて髪を結い上げた時は、長い間落ち着かなくて仕方がなかったものだ。
それとも、アデリナ嬢は、単純に好きだからしているだけかも知れないわね。あの髪型は、彼女にとてもよく似合っていたもの。
「私も最近絵を始めたので気になってしまったのですが、ここの鱗が分かる部分はどのように描かれたのですか?1つ1つがとても丁寧に描かれていますね。」
「あなたも絵を……!?ああ、はい、これは鱗の部分にあえて白い絵の具を塗り重ねてから、上から刷くことで下の色をうっすらと見えるようにしてみました。」
「なるほど、そんな技法があるのですね。勉強になります。」
ヴィリは勉強熱心で、とても絵が好きだと分かる人だった。ヴィリと話すのはとても楽しかった。初対面でこんなに打ち解けられたのは初めてじゃないだろうか。
やっぱり同じことを好きだというのは会話が広がるわね。来て良かったわ。
私が絵を描き始めたことを知ったバルテル侯爵夫人が、私もなのよ、と教えてくれた。
聞けば、まだゆっくり話せていない御婦人方の何人かも、絵を描き始めたのだという。
こんなにたくさん絵を描く方がいらっしゃるのであれば、今度は写生大会なんていかがかしら?とバルテル侯爵夫人が提案してくれる。素敵ですわね、アデリナ嬢もいかが?などと皆が口々に言い、アデリナ嬢も交えて写生大会が開催される運びとなった。
私も参加を決め、楽しい気持ちでロイエンタール伯爵家に戻ったのだった。
家に到着すると、門の前の少し離れたところに別の馬車が止まっていた。お客様だろうか?私とメイドの乗った馬車が、その横を通って門の中へと入って行き、私は気になって止まっている馬車を少しだけ振り返った。
「──奥様!……奥様?」
ロイエンタール伯爵邸に入るなり、家令が慌てた様子で私を迎えてそう言った。まるで知らない人でも見たかのようだった。だがすぐに態度を改めて、
「お迎えの馬車がお見えです。」
と言った。
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