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第9話 悲しい夜の記憶②

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 だから私は普通に日々お昼ご飯を食べる。これは貧乏子爵家である実家の習慣だ。パーティを主催するお金なんてないから、子どもの頃から毎日普通にお昼ご飯を食べていた。
 もしもお昼ご飯なんて食べてしまったら、コルセットをしめてパーティに出た女性は、苦しくて何も口に出来なくなってしまう。

 だけど我が家でそんなことをしていたら、私は夜まで殆ど何も口に出来ないことになってしまう。だから毎日お昼ご飯が出るのだ。
 イザークはとにかく食事が早い。貴族らしく優雅に上品な所作をしながら、素早く料理を咀嚼するなんていう芸当は、嫁いで何年も経つのに未だに上手に出来る気がしない。

 イザークは幼少期より、この決まりを作った先代との食事に慣れているせいか、優雅さを保ちつつ、非常に上品に素早く咀嚼する。
 イザークだって子どもの頃から先代が食事を終える前に食べ終わる為にそれを身に着けたのだろうから、少しは私に気遣ってゆっくり食べてくれても良さそうなものだけれど。

 それともただの義務で続けている、私との朝食時のつまらない会話を、なるべく早く終わらせたくて、早く料理を食べ終えているのだろうか。そうなのかも知れなかった。
 イザークはあちこちのパーティに顔を出すことも多いので、昼ご飯を食べないし、夜は私と顔すら合わせないのが基本だ。

 だからイザークが出かけたあとで、私も初めてゆっくりすることが出来る。
 夕食は同席の義務がないので、イザークが自宅で食事をする際も、私は部屋で1人で食べる。その時に毎回給仕を担当するメイドたちがイザークに言い寄っているようなのだけど、私にはもう関係のない話だと思えた。

 だからラリサは朝よりも夜の給仕につくことを好む。本来はお喋り好きなのか、イザークは夕食の時に給仕についたメイドとは、酒を飲みながらいつも必ず言葉をかわすから。
 私には見せたことのない笑顔で、酒をつぐラリサとイザークが談笑していたのを見た時はショックだった。2人の間に何かあろうとなかろうと、そんな事は問題じゃなかった。

 ただのメイドが貴族と直接話す機会なんて普通はない。向こうから話しかけない限り。
 貴族男性がメイドに手を付けたなんて話は珍しくもないのだ。若いメイドに用事をいいつける以外で話しかける。そこに下心のないことのほうが珍しいくらいだ。 
 だから私はイザークに言い寄るメイドたちだけが悪いわけじゃないと思っている。

 イザークの見た目は女性から見て好もしいうえに、妻とは政略結婚で夫からの扱いが悪いという、つけいる隙のある状況。だから話しかけられたメイドが舞い上がるのも無理はない。そんな中で立場にものをいわせて、一番夜の給仕についているのがラリサだった。

 最初の頃は、酒が入れば砕けた話が出来る人なのかも知れないと、私も一緒に夜も食事をしようと頑張ったものだ。だけどイザークが嫌がったのだ。私がテーブルにつこうとすることを不思議がり、あろうことか、なぜ一緒に食事を取ろうとするのかと聞いてきた。

 私は答えられなかった。夫婦だから。あなたと話したかったから。それを私の口からイザークに伝えるのは、あんまりにも惨めで。
 ──自分は求められていない妻なのだと、その時にありありと感じたのだった。
 それ以来、メイドとだけは談笑しているイザークとは別々に夕食を取るようになった。

 私の部屋は食事を食べる部屋の斜め上。
 窓を開けていると、イザークが他の誰かと楽しげに笑いあう声が聞こえて来た。私はそれを聞きながら1人黙々と夕食をとった。
 そのことに泣かなくなったのはいつからだっただろうか。子どもが出来ないことを理由に、義母にそれとなくロイエンタール伯爵家を去ることを促された頃だっただろうか。

 ああそうだ。あの頃はまだアンがそばにいて、いつも私を慰めてくれた。だけどアンがいなくなってからというもの、私は泣くことにすら疲れてしまった。
 それなのに、朝食は一緒に取らなくてはならない。彼の話に答えなくてはならない。後継者の為に子どもを作らなくてはならない。
 社交以外で自由に外に出てはいけない。
 人前に立つ仕事をしてはいけない。

 愛されていないことが分かる夫に、子作りの為だけに抱かれる夜を、政略結婚している貴族夫人たちは、みんな堪えているのだろうか。そのうさを晴らすかの如く、飽きることなく日々お茶会をしているのかと思うと、みんな寂しいのかも知れないと思ったけれど。

 私はいつものように、メイドたちと共にイザークを玄関で見送って、部屋に戻る際にラリサとすれ違った。そういえば朝食の給仕担当の中にいなかった。ドアが開け放たれた私の部屋から出て来たところで、一瞬ハッとしたような表情を見せたものの、お辞儀一つするでなくそのまま立ち去った。

 ラリサが朝食の時間の間に済ませるベッドメイキングをまともにするとは思えない。
 ──私はなんだか嫌な予感がした。
 部屋に戻るなり、私はさっきしまったばかりの画材を取り出そうとして、ハッとする。
「……あっ!」

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