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第6話 魔法発動の仕組み①

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 お試し絵画教室で描いたザジーの絵と、部屋に戻ってから描いた2枚の、合計3枚の絵の中から、ザジーと、花瓶にいけられた花と蝶々が、キャンバスの上から忽然と消えていた。3枚目の壁掛け時計だけが無事だった。
 キャンバスはまるで新品同様だった。

 そして不思議なことに、テーブルの上にあった筈の花瓶と、昨日絵を描いたあとで窓の外に逃げた筈の黄色い蝶々が、クローゼットの中でヒラヒラと舞っていたのだった。
 ……そういえば、さっき部屋に戻って来た時、テーブルの上に花瓶はあったかしら?
 私は必死にそれを思い出そうとした。

 駄目だわ覚えていない。さっきクローゼットの扉があいていたのは、これをしまう為だったのかしら?でも、だけど、なぜ?いったい誰が、なんの為にこんなことを?
 いたずらにしたって変だ。私がクローゼットをあければすぐに気が付いてしまう。もちろん少しだけ嫌な気持ちにはなるけれど。

 困惑する私をよそに、ザジーは、にゃあ、と鳴いて、しゃがんでキャンバスを見つめている私の腕にピョンと飛び乗り、私の腕に愛らしく身をすりよせてから、
「──あっ!!」
 なんとキャンバスの中に吸い込まれるように消えていったのだ。そして再び、キャンバスの中には私の描いたザジーの姿が現れた。

「こんなことって……。」
 目の前の出来事が信じられない。
 だけどさっきまでいた子猫は、確かにこの部屋から消えたのだ。
「まさか……、魔石の粉末入りの絵の具の仕業なの?まさか、ね……?」
 そうとしか考えられなかった。

 だけど、これが魔石の粉末入りの絵の具の仕業なのか、確かめる必要がある。
 私はクローゼットの中にまだ残っている、花がいけられた花瓶を手に取ると、真っ白なキャンバスに近付けてみた。花瓶につられるように黄色い蝶々までもが、キャンバスの中へと吸い込まれていき、そして元の絵になってクローゼットの中から消えた。

「信じられないわ……。
 魔石の粉末入りの絵の具を使ったからといって、全員が魔法絵師になれるものではないというのに、私にも魔石に魔力を込められる力があったということなの?」
 貴族にも魔法を使う人はいる。そういう人は素養があることを鑑定で認められ、王立学園の魔術師クラスに入るのだ。

 私も王立学園の普通クラスに通っていたけれど、我が家は魔術師家系でも騎士家系でもないから、あくまで政略結婚前の花嫁修行の一環として、貴族の子女は全員行かされるので通っていたに過ぎない。
 大抵の人が弱い魔力は持っている。そうでなければ魔石を使ったオーブンなどの魔道具を使うことは出来ないからだ。

 魔法は魔石を仕込んだ杖という媒介をもとに発動するものだ。だけど魔石が大きいとそのぶん必要な魔力回路が複雑になってくる。
 一般的に火魔法使いは火属性の魔石でないと媒介にすることが出来ない。
 魔力回路の異なる魔石に、魔法を反応させるのは難しいからなのだとのこと。

 魔石は本来そのほとんどが無属性で、魔石に魔力や魔法そのものをこめることを職業にしている魔法使いによって、属性を持つ魔石に変わるのだ。オーブンに使われる魔石なんかは、魔塔の賢者たちの作った魔法を、魔力や魔法を込める仕事の魔法使いたちが、事前に魔法を込めて作られている。

 たいして魔石の粉末入りの絵の具に使われる魔石は、複雑な魔力回路を必要とする、攻撃用の属性魔法に耐えることが出来ない。
 あまりにも元の大きさが小さすぎる為だ。
 だけどコンロの火をつけたりするような簡単な属性魔法や、無属性魔法であれば、大きな力にも耐えられるのだ。

 これは本来無属性なものに無理やり属性を付与する弊害だと言われている。
 無属性魔法は色々あるけれど、最も一般的に使われているのが、契約書に関する無属性魔法だ。インクに無属性の魔法を使い、サインをしたものがそれをやぶった場合、指定した罰をあたえるというもの。

 イザークのような商売をする人間が使うものだ。もちろん自分で無属性魔法を付与することなどは出来ないので、無属性魔法の付与されたインクを購入する。
 インクがそうであるように、絵の具は元々無属性魔法と相性がいいのだ。

 元からいた魔法絵師のスキル持ちたちも、スキルを使うことで自ら普通の絵の具に無属性魔法をかけて、描いた絵からドラゴンを召喚して使役したりするのだ。
 もちろんスキルで自動に描くから、描くスピードは絵師が魔石の粉末入りの絵の具を使って描く速度とは段違いだけれど。

 もちろん魔法絵師のスキル持ちの人であっても、ドラゴン召喚まで出来る人は今の時代にはいないけれど、それでも目の前に突然魔物を召喚したりして戦うことが出来るのだ。
 魔石の粉末入りの絵の具を使うことで、それを媒介として無属性魔法を使い、魔法絵師になれる人が増えた、というわけだ。

 粉末レベルの小さな魔石を媒介にして、ようやく発動出来る程度の魔力しかないから、魔石の粉末入りの絵の具を使う魔法絵師たちは、他の魔法を使うことは出来ない。
 当然ドラゴンを召喚なんて出来ないし、せいぜい絵に描かれたものが時折絵から飛び出て動いて見えるというだけ。

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