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第5話 思わぬ珍客②
しおりを挟むその騒ぎがおこったのは、キャンバスの2枚目に下絵を描き終わり、そろそろ絵の具を乗せようか、という頃だった。
「そっちに行ったわ!」
「捕まえて!」
「すばしっこいわね!」
などとメイドたちの騒ぐ声がする。
「……何かしら?今日は騒がしいわね。」
私の部屋に声と気配が近付いてくる。
絵を描くことは伝えていたけれど、魔石の粉末入りの絵の具を見つけられたらまずい。
私は描き途中の絵とともに、小さなイーゼルと画材をすべてクローゼットへとしまい、メイドが来た時に備えた。すると程なくしてドアがノックされる。
「奥様、申し訳ありません。そちらに子猫が来ていませんでしょうか?」
一応まだ私に敬語は使ってくる。まあ、いくらナメくさっている相手とはいえ、子爵令嬢であった私に敬語すら使わないのは、同じ子爵令嬢であるラリサくらいなのだけど。
私はドアを開けてメイドを迎え入れた。
「いいえ?来ていないわ。
屋敷に子猫が入り込んだの?」
そう言ったのだが、メイドは私越しに図々しくも部屋の中を覗き込んでくる。部屋の中まで探すつもりらしい。伯爵家の女主人相手に、本当に失礼でありえない態度だ。
そして窓があいていることに気付き、
「奥様、窓があいているようです。
失礼ですが、部屋の中をあらためさせていただいても?」
と言いながら、私の許可を待たずに部屋の中までズカズカと入って来た。
私はため息をついて、
「……はやくしてちょうだいね。」
と伝えるので精いっぱいだった。万が一にもクローゼットの中を漁られないように、それとなくクローゼットの前に立ち、メイドが子猫を探すのを見守った。
ひと通り部屋の中を、ベッドの下まで確認したあとで、ようやく納得したらしく、
「いないようですね。」
と言った。すると私の後ろのクローゼットを気にしだしたので、私はそうはさせるものですかと、仕事をいいつけることにした。
「ところで、話は変わるけれど、ベッドメイキングが一昨日からされていないわ。昨日もラリサに頼んだけれどして貰えなかったの。
──申し訳ないけれど、あなたがやってちょうだい。」
そう言うと、メイドはあからさまに不機嫌な表情になった。
予定外に余計な仕事を押し付けられたとでも思っているのが丸わかりだ。子爵令嬢を鼻にかけているラリサとこの子は仲が悪い。
彼女は平民だから、ラリサの仕事を押し付けられても文句を言うことが出来ないから。行儀見習いという名目で、イザーク目当てにこの家で働くラリサと違い、生活のかかっているあなたは、クビになったら困るものね。
それでも他のメイドや従者たちの態度につられて、ロイエンタール伯爵家に来て、しばらくしてすぐの時から、私のことをナメていることに変わりはないけれど。
「かしこまりました。」
さすがに直接頼んだことを無視されることは少ない。メイドはすぐに替えのシーツやカバーを持って来て、ベッドメイキングを終わらせ、お辞儀をして部屋を出て行った。
メイドが部屋から出て行って、私はドアに鍵をかけると、ドアの扉に背中をつけてホッと息をついた。
「──あら?」
ふと正面を見ると、開いた窓のへりのところに、茶色と黒のぶちの子猫が乗っている。
「まあ、ザジー!ついて来てしまったの?」
お試し絵画教室で講師を勤めていたミリアムさんが、近所のおばあさんが飼っている猫だと教えてくれた、私が絵のモデルにさせて貰った子猫だった。
「騒ぎの原因はあなただったのね?
駄目よ?こんなところにいては。飼い主のおばあさんが心配されるでしょう?」
私が窓のへりに近付くと、ザジーは逃げる気配もなく、手を伸ばした私の手に、スリスリと身を擦り寄せる。
「まあ、可愛らしいわね。」
私は思わず目を細めた。子猫を飼うのもいいかも知れないわね。どうせ子どももいないんだもの。毎日こんな愛らしい子猫を描いて暮らすのも素敵だわ。
「──ザジー?」
そんなことを思っていると、ザジーはスルリと窓のへりから降りて身を翻し、私のクローゼットの扉を、小さくて細い爪でカリカリと引っ掻きだした。
「まあ、駄目よそんなことをしては。私の祖母にいただいた大切な嫁入り道具なのよ?」
ザジーの体を持って持ち上げ、クローゼットから離そうとしたのだけれど、ザジーはイヤイヤをするように身をよじり、私の手の中から抜け出すと、またクローゼットの扉をカリカリしだす。中が気になるのだろうか?
私はクローゼットの扉を開けて、ザジーに中を見せてやった。
「ほら、何もないでしょう?
あなたが気になるようなものは、ここには置いていないわよ?」
だけどザジーはピョンと飛び上がると、クローゼットの中に飛び込んでしまった。ここで寝るつもりなのだろうか?
ミリアムさんはザジーは絵にイタズラしないと言っていたけれど、万が一にも絵を引っ掻かれたらたまらない。私は裏返してクローゼットの中に隠しておいた絵を、ザジーに引っ掻かれないうちに取り出した。
「え……?どういうことなの……?」
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