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第1話 夢の話

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「またやってるね……。」
「うん……。」
 友人のエミリア・パルファム子爵令嬢と裏庭で昼食を取りながらボソリと呟いた。

 私、アデル・ラーバントの通うこのスペルミシア学園には、学生用の食堂があるのだけれど、騒がしいのでゆっくり出来ないの。

 だから私たちみたいに、庭のベンチでランチをとる人もチラホラいるのだけれど……。
 そこにたまにくるおじゃま虫軍団がいる。

「──聞こえていらっしゃるのかしら?
 ハーネット男爵令嬢。」
「あの……、その……。」

 裏庭に呼び出されて、怯えたような上目遣いで涙を浮かべているのは、最近成り上がったと評判のハーネット男爵家の令嬢、エリーカ・ハーネットさまだ。

 くるくるとした天然パーマのストロベリーブロンドの髪、小柄ながら豊かな胸元、大っきくてこぼれ落ちそうな青い目が、男の子たちに人気の令嬢である。

 彼女が今年スペルミシア学園に入学してからというもの、こうして何度呼び出されるさまを目撃したか分からない。

 ベンチで食事を取っている、私やエミリアを始めとする他の生徒たちは、なるべく空気になれるよう、目線を合わせないようにうつむきながら、その場をやり過ごすのだ。

 なぜって、彼女を呼び出しているのが、アイシラ・イェールランド公爵令嬢、ルルーシェ・スヴェンソン侯爵令嬢、ケリーニャ・アウグスタント侯爵令嬢、マリアンヌ・アインズゴーン侯爵令嬢だからだ。

 下手にハーネット令嬢と目が合って、巻き込まれでもしてしまったら、こっちまで目を付けられかねないからよ。

 男子生徒も離れたベンチでサンドイッチを手に持ったまま、ハーネット令嬢に目配せを送られているけど、強張った表情で青ざめたまま固まっている。

 こんな人気のない場所で、たった1人でランチを食べているような人が、彼女たちの実家の権力がなかったとしても、あんなおっかない美女軍団との間に割り込んで、喧嘩の仲裁なんて出来るわけがないのよね。

 私たちもお喋りに夢中だったていで、お互いに向き合ってお喋りしながらランチを頬張っていた。

 正直味がしないし、やめて欲しいわ。
 今日はせっかくの、料理長特製、ルシャ鴨の照り焼きサンドイッチだっていうのに!

 私が今日のメニューを知ってからというもの、どれだけお昼ごはんの時間を楽しみにしていたと思うのよ。

 楽しいランチの時間を返してちょうだい!

 そもそも彼女が悪いのだ。なぜかちょっかいをかける相手が──彼女は向こうが構ってくれるだけと言うけれど──全員婚約者持ちの男子生徒ばかりなのだから。

 その内の1人は、なんとよりにもよってトリスタン・ミュレール王太子殿下だ。
 貴族令嬢らしからぬ彼女の態度が珍しくて気に入ってるみたいね。

 まるでハーネット令嬢に付き従う騎士かのように、いっつも彼女たちの婚約者を周囲にはべらしているのだ。

 再三忠告はしたものの、元平民で、父親がお金で爵位を買った男爵令嬢は、貴族の体面なんのその。

 うとくてごめんなさーいが、彼女の決まり文句なのだ。決して改めようとはしない。

 何回おんなじことで注意されてるんだろうなって思うのは、男の子たちのことに限らないんだから、だんだんみんなも呆れだした。

 ……まあ、将来の国母たるお方が、あんな風に大勢で寄ってたかって、1人の女の子を責めるというのも、正直いかがなものかと思うけど……。

 最初こそ私たちも、人前で泣いてる彼女に同情的だったのだ。人前であんな風に泣かせるだなんてと、王太子と同じことを思った。

 だけど、こう毎度毎度となるとねえ……。
 
 貴族令嬢たるもの、簡単には人前で泣いたりなんてしないもの。だからあんな風に泣かされるなんてよっぽどのこと。

 そう思っていたけど、ああ違うんだ。
 彼女はああいう人なんだ、って。

 毎回子どもみたいに泣いている貴族令嬢なんて、そりゃあ珍しいわよね。彼女しかいないもの。彼女の幼い見た目と相まって、守ってあげたい気持ちになるわよ。女の子でも。

 大抵の子たちは、彼女が泣けばすむと思ってる人だって気がついてきたんだけど、王太子やその周りの人たちは気が付かないまま。

 そうしてことあるごとに飛んできては、彼女をかばって自身の婚約者たちをいさめるというのが、お決まりの流れなのだ。

「どうせ彼女の父親が捕まったら、彼女は学園から消えるし、トリスタン・ミュレール王太子殿下が廃嫡されて、アドリアン・ミュレール王子殿下が王太子になるのにね。」

 私がハア……とため息をつくと、
「アデル貴女……、ひょっとしてまた“視”えてしまったの?その……夢が。」

 私はコックリとうなずく。
「うん……。そうみたい。彼女ついに、王弟殿下にまで手を出したみたいで。」

「本当に!?王弟殿下は既婚者であらせられるのよ!?でも、あなたが夢で“視”たと言うのなら、本当なんでしょうね……。」
 と眉をひそめるエミリア。

「王弟殿下夫人が、あの子の実家を調べさせてるから、捕まるのもすぐだと思う。」
 そんな私たちの会話を、2階の部屋から見下ろす影が2つ。

「なんだかやぶさかではない話をしている人物がいるようですね、王子。」
「ああ、そのようだな。」

 私たちはそんなことも知らずに、早く立ち去ってくれないかなーと思いながら、味のしないランチを済ませたのだった。

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