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第72話 ロバート・ウッド男爵③

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「はい、私だけで家の家事をすべてしていました。ですが男爵家はとても広くて、私1人ではとてもすべてに手入れをするのは……。
 なのに、作業が遅いと、怒鳴られ、食器を投げつけられ、叩かれて……。
 だから逃げて来たんです。」

 妊婦を限界まで働かせて、自分は何をしていたんだ?その男は。
 泣いているジャスミンさんの肩を、母親のアラベラさんがそっと抱きしめる。
 その時再び宿屋の扉が勢いよく開いた。
「──やはりここにいたのか、ジャスミン。何をしている、早く帰るぞ。」

 ジャスミンさんが、宿屋に入って来た男の姿を見てビクッとする。
「……ウッド男爵様、娘はまだ身重の体を抱えて、馬車に揺られてこの家に戻ってきたばかりなのです、もう少しここで休ませてやりたいと考えております。」
 アラベラさんがジャスミンさんをかばう。

「俺が話していいと許可を出したか?
 平民ごときが何を偉そうに俺に命令をしているんだ。勘違いをするな。
 お前はジャスミンの母親ではあっても、男爵家の人間ではないのだぞ。」
 ウッド男爵は酷薄そうな唇と眉の薄い、目の細い男性だった。仕立てのよい服を着ている。ジャスミンさんは普通の服なのに。

 アラベラさんがビクッとする。
「も、……申し訳ありません。」
「謝罪することなんてないわ、お母さん。
 私はもう、あなたとは離婚します!
 ほとんど財産のない男爵家が、私を引き止める権利なんてない筈だわ!」

「……なんだと。」
 それがウッド男爵の地雷を踏んだらしい。見る見る般若のような形相へと変わる。
「お前の腹には俺の子どもがいる。それは男爵家の跡取りだ。それを拒絶する権利はお前にはない。──離婚だと?いいだろう、してやろう。だが子どもは置いていけ。
 逆らおうとしても、貴族会がそれを認めないからな。」

 ジャスミンさんは悔しそうにウッド男爵を睨んでいる。普通は離婚した場合、子どもは母親のところに行くものだと思っていたが、貴族の仕組みはよく分からないが、本当に子どもを取られてしまうのだろうか。
 だとしたらジャスミンさんは離婚に踏み切れないだろう。子どもと離れることになる。

「お久しぶりです、ウッド男爵。ルピラス商会のエドモンド・ルーファスです。」
 かわりにエドモンドさんが間に立った。
「おお!ルーファス殿!奇遇ですな!
 あなたも星祭に?」
「ええ、まあそんなところです。」
 張り付いたような笑顔のエドモンドさん。

「店と土地の件はもう少し検討させていただきたい。何しろ、あれだけの広さの一等地ですからな、慎重に慎重を重ねて協議したい、そうでしょう?」
「ええ、そうですね。」
 今まで売れなかった土地を、ルピラス商会が狙っていることで、釣り上げようという腹積もりなんだろうな。

「ですが申し訳ない、ここは妻の実家でしてね、私は妻に用事があるものですから。
 お話はまたの機会に。」
「実は私も、奥様に用事があるのです。」
「妻に……?商売の話でしょうか?」
「ええ、まあ。」

「副長がわざわざ出てくる程ですから、エディブルマッシュの大量取引……、というわけですかな?
 そういえば、今年は晴れるそうですな。
 さぞかしたくさんのエディブルマッシュが取れることでしょうなあ。」
 舌なめずりでもするかのように、ウッド男爵がアラベラさんとジャスミンさんを見る。

「……なあ、ジャスミン、アラベラ。
 夫が困っているのだから、妻の実家が夫を助けるのは当たり前のことだよな?
 私は今まで行くあてのないお前を、妻として養ってやったのだから。今度はお前たちの番だということは分かるな?」

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