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第2部
第45話 老人だけの村①
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「リスタ?」
まだ朝食を終えたばかりの早朝の時間、我が家を訪ねてきた誰かのノックの音に、俺がドアを開けると、そこに立っていたのは、獣の檻に居た頃のパーティメンバーである、槍使いのリスタだった。
「ひ、久しぶりね、アスガルド……。」
きれいなワンピースを身に付けて、恥ずかしそうに、少し目線を下に落として頬を染めたリスタが、髪をかきあげて耳にかける。
「どうしたんだ?こんな朝早くから。
まあ立ち話もなんだから入ってくれ。」
俺はリスタを招き入れて、椅子に座らせると、スイートビーのハチミツを垂らした牛の乳を出した。
「美味しい……!優しい甘さね。」
「だろう?うちの村の名産なのさ。」
リスタはもじもじして、なかなか要件を話そうとしなかった。
「ちなみに、どんな用事でこんなところまで来たんだ?日頃獣の檻がとってる宿からは、かなり遠かっただろう?うちの村。」
リスタがビクッとする。
「え、ええ、まあそれなりに。
でも、大したことはなかったわ。」
とぎこちなく微笑んだ。
まあ、近距離職のSランクからしたら、そんな大した距離でもないか。俺も馬車がないから、村まで歩いて移動するしな。
「私が……。」
「?」
リスタがポツリと話し始める。
「私が以前、あなたの仕事を手伝ってみたいって言ったの、覚えてる?」
「ああ、冒険者を引退したらやってみたいと言っていたな。」
「あなたのそばにしばらくついて、見学させて貰えないかしら?もちろん助手として、無償で仕事は手伝わせて貰うわ。」
「獣の檻はどうするんだ?」
「それがね……、しばらくランクの低い冒険者が減ったことで、私たち、下位のクエスト依頼も全部受けていたでしょう?」
「ああ。そうだったな。」
魔物を討伐するな騒動で、ダンジョンにもぐれないレベルの冒険者たちが、軒並みいなくなってしまったのは記憶に新しい。
「ようやくCランク以下を受ける冒険者たちが戻って来たんだけど、ここまで休みなく働き詰めだったから、ここらで大体的に休みを取ろうって、ランウェイがみんなに言ったのよ。そして全員がそれに賛成したの。これからしばらくお休みよ。」
「なるほどな。ランウェイはこっちに戻ってくるのか?」
「ギルマスとして緊急招集時の為に、メンバー各自の居場所をギルドに報告したり、まだ終わってないクエストを終わらせたら戻ると言っていたわ。
彼がクエストを一番受けていたから。」
責任感の強いランウェイらしいな。
「それは良かった。もう何年も戻ってないからな。親父さんも喜ぶだろう。」
「本人は恥ずかしいみたいだけどね。」
リスタが微笑む。
「いるだけいいさ、家族ってのは。」
俺も微笑む。
「そうね……。」
家族の少ない俺のことを思ったのか、リスタが目線を落とす。しまった、気を使わせてしまったか。
「それで、俺の仕事の見学だったな。
何が知りたいんだ?魔物のことなら、俺とお前はそう知識も変わらない筈だが。」
話題を変えた俺に、リスタがパッと表情を明るくして顔を上げる。
「ええ。後学の為にお願いできるかしら?
魔物のことは分かっても、依頼者や役場とどう交渉するのかが分からないの。
討伐や捕獲以外したことがないもの。
共生や活用が出来そうなら、それを提案するのでしょう?」
なるほど、ギルドを通したクエストしか受注したことがなければ、確かにそういうのは分からないよな。
「ああ。もちろん構わないさ。Sランクの冒険者が手伝ってくれるならありがたい。
ちょうど今、1つ依頼を受けていてな、とても大きな仕事になりそうなんだ。」
「大きな仕事?」
リスタが首を傾げる。
「ああ、お年寄りしかいない村を、集団で襲う魔物が現れて、農作物を軒並みやられてしまうらしい。
そこは介護の必要な人が多いから、農作物を育てる人手が足りなくて、ただでさえ少ない農作物を荒らされて、食べるものがなくて困ってるんだそうだ。」
「でもギルドとしては、活用共生検討の余地あり、と判断したということね?」
「そういうことだ。だから現場に行って判断することになるが、俺の予想する限り、その場に大きな建物を1つ建てる必要がありそうなんだ。
そういう意味で、大きな仕事さ。」
「建物……?それを建てれば解決するの?
ごめんなさい、全然まったく今のところ状況が見えてないわ。
建物があれば何か状況が変わる魔物だなんて、今まで遭遇したことがないもの。」
リスタが困ったように眉を下げる。
「……確かに今回の魔物は、テイマーじゃないと、そこまでその魔物の特性に詳しくはないかもな。討伐も捕獲も、依頼自体が出ることがほぼない魔物だからなあ。
まあ、とりあえずその村まで行こうか。」
俺は村長さんにリリアを頼むと、リッチを連れてリスタとともに馬車に乗り、目的地へと向かった。
目的地のスパッサ村は、村とは思えない程とても荒涼としていた。農業の担い手が少ないというだけあって、元は農地だったと思われる土地には雑草が生え、かじろうて残った農作物も、明らかに何かにかじられたり、引きちぎられたような痕跡が残っていた。
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まだ朝食を終えたばかりの早朝の時間、我が家を訪ねてきた誰かのノックの音に、俺がドアを開けると、そこに立っていたのは、獣の檻に居た頃のパーティメンバーである、槍使いのリスタだった。
「ひ、久しぶりね、アスガルド……。」
きれいなワンピースを身に付けて、恥ずかしそうに、少し目線を下に落として頬を染めたリスタが、髪をかきあげて耳にかける。
「どうしたんだ?こんな朝早くから。
まあ立ち話もなんだから入ってくれ。」
俺はリスタを招き入れて、椅子に座らせると、スイートビーのハチミツを垂らした牛の乳を出した。
「美味しい……!優しい甘さね。」
「だろう?うちの村の名産なのさ。」
リスタはもじもじして、なかなか要件を話そうとしなかった。
「ちなみに、どんな用事でこんなところまで来たんだ?日頃獣の檻がとってる宿からは、かなり遠かっただろう?うちの村。」
リスタがビクッとする。
「え、ええ、まあそれなりに。
でも、大したことはなかったわ。」
とぎこちなく微笑んだ。
まあ、近距離職のSランクからしたら、そんな大した距離でもないか。俺も馬車がないから、村まで歩いて移動するしな。
「私が……。」
「?」
リスタがポツリと話し始める。
「私が以前、あなたの仕事を手伝ってみたいって言ったの、覚えてる?」
「ああ、冒険者を引退したらやってみたいと言っていたな。」
「あなたのそばにしばらくついて、見学させて貰えないかしら?もちろん助手として、無償で仕事は手伝わせて貰うわ。」
「獣の檻はどうするんだ?」
「それがね……、しばらくランクの低い冒険者が減ったことで、私たち、下位のクエスト依頼も全部受けていたでしょう?」
「ああ。そうだったな。」
魔物を討伐するな騒動で、ダンジョンにもぐれないレベルの冒険者たちが、軒並みいなくなってしまったのは記憶に新しい。
「ようやくCランク以下を受ける冒険者たちが戻って来たんだけど、ここまで休みなく働き詰めだったから、ここらで大体的に休みを取ろうって、ランウェイがみんなに言ったのよ。そして全員がそれに賛成したの。これからしばらくお休みよ。」
「なるほどな。ランウェイはこっちに戻ってくるのか?」
「ギルマスとして緊急招集時の為に、メンバー各自の居場所をギルドに報告したり、まだ終わってないクエストを終わらせたら戻ると言っていたわ。
彼がクエストを一番受けていたから。」
責任感の強いランウェイらしいな。
「それは良かった。もう何年も戻ってないからな。親父さんも喜ぶだろう。」
「本人は恥ずかしいみたいだけどね。」
リスタが微笑む。
「いるだけいいさ、家族ってのは。」
俺も微笑む。
「そうね……。」
家族の少ない俺のことを思ったのか、リスタが目線を落とす。しまった、気を使わせてしまったか。
「それで、俺の仕事の見学だったな。
何が知りたいんだ?魔物のことなら、俺とお前はそう知識も変わらない筈だが。」
話題を変えた俺に、リスタがパッと表情を明るくして顔を上げる。
「ええ。後学の為にお願いできるかしら?
魔物のことは分かっても、依頼者や役場とどう交渉するのかが分からないの。
討伐や捕獲以外したことがないもの。
共生や活用が出来そうなら、それを提案するのでしょう?」
なるほど、ギルドを通したクエストしか受注したことがなければ、確かにそういうのは分からないよな。
「ああ。もちろん構わないさ。Sランクの冒険者が手伝ってくれるならありがたい。
ちょうど今、1つ依頼を受けていてな、とても大きな仕事になりそうなんだ。」
「大きな仕事?」
リスタが首を傾げる。
「ああ、お年寄りしかいない村を、集団で襲う魔物が現れて、農作物を軒並みやられてしまうらしい。
そこは介護の必要な人が多いから、農作物を育てる人手が足りなくて、ただでさえ少ない農作物を荒らされて、食べるものがなくて困ってるんだそうだ。」
「でもギルドとしては、活用共生検討の余地あり、と判断したということね?」
「そういうことだ。だから現場に行って判断することになるが、俺の予想する限り、その場に大きな建物を1つ建てる必要がありそうなんだ。
そういう意味で、大きな仕事さ。」
「建物……?それを建てれば解決するの?
ごめんなさい、全然まったく今のところ状況が見えてないわ。
建物があれば何か状況が変わる魔物だなんて、今まで遭遇したことがないもの。」
リスタが困ったように眉を下げる。
「……確かに今回の魔物は、テイマーじゃないと、そこまでその魔物の特性に詳しくはないかもな。討伐も捕獲も、依頼自体が出ることがほぼない魔物だからなあ。
まあ、とりあえずその村まで行こうか。」
俺は村長さんにリリアを頼むと、リッチを連れてリスタとともに馬車に乗り、目的地へと向かった。
目的地のスパッサ村は、村とは思えない程とても荒涼としていた。農業の担い手が少ないというだけあって、元は農地だったと思われる土地には雑草が生え、かじろうて残った農作物も、明らかに何かにかじられたり、引きちぎられたような痕跡が残っていた。
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