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第1部
第40話 聖なる木が伝える心①
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俺たちは9人全員で、ぐるっと取り囲むように木の周りに間隔をあけて広がった。
それぞれが木に抱きつくように体をつけ、頬をつける。そして、9人全員が気持ちをひとつにし、木の魔物に、心を伝えようと念じた。
木の魔物は何も反応を示さない。それを見たノーサンバーランド公爵は、やはりそんなことは無理だったのだと、明らかに落胆の表情を浮かべた。
「うわっ!?なんだこれは!」
その時、少し後ろに離れて立っていた自身の従者が、驚きの声をあげて周囲を見渡しながら後ずさる。
何事かと思い、ノーサンバーランド公爵は従者の近くへと早足で近付いた。
「なんだね、どうしたというのだね。」
「だ……旦那様、あれを……。」
従者が指をさした場所。
それは木の魔物の周囲の木々たちだった。青々とした緑の葉──だったものが、一様に本当の意味での真っ青に染まっていたのだ。
それはまるでこぼしたインクが布に染み込んでいくかのように、どんどんとその範囲を広げていく。
「こ、これはどうしたことだ!?」
生まれて初めて見る光景。明らかに異質であり、人々の目を引くにはじゅうぶんだった。
通りすがりの者、家の窓から身を乗り出す者、作業をしていた手を休める者。人々は全員足を止め、変わりゆく木々の色に目を奪われた。
──まさに伝達。
木々はその色を変えることで、人々の心をひとつにしてゆく。木が、自分たち何かを伝えようとしている、と。
何ごとか起きている。まるで木々たちが悲しんでいるかのようだ。天変地異の前触れじゃないのか。
この異常事態の原因をつきとめ、何よりも先に解決しなくては。人々は次々にそう言って、仕事をしていた者たちもそれを放り出した。
役場は駆け込んで来た人たちであふれかえった。集まった人々に、我々にはどうしようもありませんので、いずれ国から回答が出るのをお待ち下さい、と繰り返す。
既に王宮からの事前通達で、何が起きるのかを予め知っていた、各地の役場の担当者たちも、人々の反応の多さは覚悟はしていたことではあるが、その予想以上の対応に追われて、終日てんてこ舞いだった。
国中の木という木が色を変え、人々はそれにおののいた。一晩経ってもその色は戻ることはなく、人々はなるべく家から出ずに閉じこもった。
あれだけ騒がしかった冒険者ギルドの中も静かになり、人々が冷静になった頃、
「王宮より公布がある!
みな広場に集まるように!」
と声を発しながら馬に乗った公布係が村や街中を駆け回った。
一刻も早く理由を知りたがった人々は、ぞろぞろと自分たちの住む地域の、村人たちは村長の家の前、街の人たちは広場へと集まって行った。
人々が集まった中心には、王宮からつかわされ、各地に散って行った公布係の姿があった。
「──此度の件について、王宮より公布があった。
これは約束の地、ロングイグアイランドの聖なる木の仕業だ。」
集まった人々がざわめく。
「現在、魔物の討伐を拒絶する声により、かつてないほど魔物があふれかえっている。
このまま魔物が増え続ければ、やがては人の数をこし、我々の生活も命も脅かすことになるだろう。
聖なる木はそれを憂いでいる。
聖なる木の声に耳を傾けよ。
そうでなくば、やがて取り返しのつかないところまで来てしまう。
魔物は共生可能な場合も存在するが、その土地や置かれた状況によって異なる。
その殆どは共生不可能なものばかり。
正しい判断を仰ぎ、可能な限り元の状態に戻すのだ。
さすれば木々は色を取り戻すであろう。」
人々は互いの顔を見合わせた。
冒険者ギルドには、また大勢の人々が集まっていた。だが以前のような態度の人間は1人もおらず、申し訳なさそうに、皆一様にうなだれている。
受付嬢が討伐以外不可能なものと、活用共生検討の余地があるものを振り分けて、討伐以外は不可能なものから、クエストを作成してゆく。
依頼主に受注済みの書類を手渡し、別の職員に冒険者ギルド側の書類を手渡して、職員がクエスト募集掲示板にそれを次々に貼り出してゆく。
今回の件で冒険者の数が減ってしまった為に、クエスト受注者が現れるのに、お時間がかかります、と依頼主に一言添えて。
「……もう大丈夫そうだな。」
「ああ。
魔物の数が落ち着いたら、また木を元に戻しに、あの地へ向かおう。」
ランウェイと俺は冒険者ギルドの様子を伺いながらうなずきあった。
今回の出来事は、偽のダイエット情報に飛びつく人たちが大騒ぎする状況に、とてもよく似ているなと思う。
かつての前世でも、やれ3食納豆がきくだとか、3食ゆで卵は医者が保証しているだとか、3食リンゴがいいだとか、そんな眉唾もののダイエットがたびたびブームとなった。
何故か3食すべてを同じもの、というのが共通している点はさておき、それに人々が、真偽の程を確かめもせずに、ワッと群がるところが同じなのだ。
銀行の倍以上の利息をうたい、巨額詐欺で逮捕者が出る事件なども、定期的に発生しては、あとをたたなかった。
共通しているのは、お手軽で、自分たちにも簡単にやれて、利益や結果が手に入ると思わせるものばかりだ。
やらないと損をすると思った途端、それは人々の目を曇らせる。
簡単に利益や結果が手に入ると一度思い込んでしまうと、たとえそれを提案したのが詐欺師であっても、身内の言葉にすら耳を貸さなくなる。
何度過去に同じ出来事があっても、同じように信じてしまう人が、毎回大量に現れては大騒ぎをするのだ。
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それぞれが木に抱きつくように体をつけ、頬をつける。そして、9人全員が気持ちをひとつにし、木の魔物に、心を伝えようと念じた。
木の魔物は何も反応を示さない。それを見たノーサンバーランド公爵は、やはりそんなことは無理だったのだと、明らかに落胆の表情を浮かべた。
「うわっ!?なんだこれは!」
その時、少し後ろに離れて立っていた自身の従者が、驚きの声をあげて周囲を見渡しながら後ずさる。
何事かと思い、ノーサンバーランド公爵は従者の近くへと早足で近付いた。
「なんだね、どうしたというのだね。」
「だ……旦那様、あれを……。」
従者が指をさした場所。
それは木の魔物の周囲の木々たちだった。青々とした緑の葉──だったものが、一様に本当の意味での真っ青に染まっていたのだ。
それはまるでこぼしたインクが布に染み込んでいくかのように、どんどんとその範囲を広げていく。
「こ、これはどうしたことだ!?」
生まれて初めて見る光景。明らかに異質であり、人々の目を引くにはじゅうぶんだった。
通りすがりの者、家の窓から身を乗り出す者、作業をしていた手を休める者。人々は全員足を止め、変わりゆく木々の色に目を奪われた。
──まさに伝達。
木々はその色を変えることで、人々の心をひとつにしてゆく。木が、自分たち何かを伝えようとしている、と。
何ごとか起きている。まるで木々たちが悲しんでいるかのようだ。天変地異の前触れじゃないのか。
この異常事態の原因をつきとめ、何よりも先に解決しなくては。人々は次々にそう言って、仕事をしていた者たちもそれを放り出した。
役場は駆け込んで来た人たちであふれかえった。集まった人々に、我々にはどうしようもありませんので、いずれ国から回答が出るのをお待ち下さい、と繰り返す。
既に王宮からの事前通達で、何が起きるのかを予め知っていた、各地の役場の担当者たちも、人々の反応の多さは覚悟はしていたことではあるが、その予想以上の対応に追われて、終日てんてこ舞いだった。
国中の木という木が色を変え、人々はそれにおののいた。一晩経ってもその色は戻ることはなく、人々はなるべく家から出ずに閉じこもった。
あれだけ騒がしかった冒険者ギルドの中も静かになり、人々が冷静になった頃、
「王宮より公布がある!
みな広場に集まるように!」
と声を発しながら馬に乗った公布係が村や街中を駆け回った。
一刻も早く理由を知りたがった人々は、ぞろぞろと自分たちの住む地域の、村人たちは村長の家の前、街の人たちは広場へと集まって行った。
人々が集まった中心には、王宮からつかわされ、各地に散って行った公布係の姿があった。
「──此度の件について、王宮より公布があった。
これは約束の地、ロングイグアイランドの聖なる木の仕業だ。」
集まった人々がざわめく。
「現在、魔物の討伐を拒絶する声により、かつてないほど魔物があふれかえっている。
このまま魔物が増え続ければ、やがては人の数をこし、我々の生活も命も脅かすことになるだろう。
聖なる木はそれを憂いでいる。
聖なる木の声に耳を傾けよ。
そうでなくば、やがて取り返しのつかないところまで来てしまう。
魔物は共生可能な場合も存在するが、その土地や置かれた状況によって異なる。
その殆どは共生不可能なものばかり。
正しい判断を仰ぎ、可能な限り元の状態に戻すのだ。
さすれば木々は色を取り戻すであろう。」
人々は互いの顔を見合わせた。
冒険者ギルドには、また大勢の人々が集まっていた。だが以前のような態度の人間は1人もおらず、申し訳なさそうに、皆一様にうなだれている。
受付嬢が討伐以外不可能なものと、活用共生検討の余地があるものを振り分けて、討伐以外は不可能なものから、クエストを作成してゆく。
依頼主に受注済みの書類を手渡し、別の職員に冒険者ギルド側の書類を手渡して、職員がクエスト募集掲示板にそれを次々に貼り出してゆく。
今回の件で冒険者の数が減ってしまった為に、クエスト受注者が現れるのに、お時間がかかります、と依頼主に一言添えて。
「……もう大丈夫そうだな。」
「ああ。
魔物の数が落ち着いたら、また木を元に戻しに、あの地へ向かおう。」
ランウェイと俺は冒険者ギルドの様子を伺いながらうなずきあった。
今回の出来事は、偽のダイエット情報に飛びつく人たちが大騒ぎする状況に、とてもよく似ているなと思う。
かつての前世でも、やれ3食納豆がきくだとか、3食ゆで卵は医者が保証しているだとか、3食リンゴがいいだとか、そんな眉唾もののダイエットがたびたびブームとなった。
何故か3食すべてを同じもの、というのが共通している点はさておき、それに人々が、真偽の程を確かめもせずに、ワッと群がるところが同じなのだ。
銀行の倍以上の利息をうたい、巨額詐欺で逮捕者が出る事件なども、定期的に発生しては、あとをたたなかった。
共通しているのは、お手軽で、自分たちにも簡単にやれて、利益や結果が手に入ると思わせるものばかりだ。
やらないと損をすると思った途端、それは人々の目を曇らせる。
簡単に利益や結果が手に入ると一度思い込んでしまうと、たとえそれを提案したのが詐欺師であっても、身内の言葉にすら耳を貸さなくなる。
何度過去に同じ出来事があっても、同じように信じてしまう人が、毎回大量に現れては大騒ぎをするのだ。
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