まもののおいしゃさん

陰陽@3作品コミカライズと書籍化準備中

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第1部

第35話 聖地誕生①

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 砂が落ちてこないように、周囲を別の木で固めた穴に、作業用の木枠を作っていく。
 穴はクラーケンの遊びに使う足の数に合わせて16個作ったが、すべてに均等に足を入れるとは限らない為、人の手による作業も必要になるだろう。
 木枠の内側に防水塗布剤を塗り、更に防水塗布剤を塗った布を敷いてゆく。
 これで完成だ。
「あとは、ここでクラーケンが期待通り遊んでくれるかどうかだな……。」
 俺は出来上がりに満足しながら、上から木枠を敷き詰めて、木の箱が並んだ状態になった砂浜を眺めた。

「そろそろクラーケンが戻って来るぞ!
 みんな!上がってくれ!」
 俺は皆に声をかける。
「待ってくれ!
 あと釘3つで終わるんだ!」
 防水塗布剤を施した布を木枠に打ち付けながら、マイガーが叫ぶ。
 他のみんなは順番に上に上がって来た。
 その時、海の向こうにクラーケンがこちらに向かって来るのが見えた。
「マイガー!来てるぞ!」
 アントが叫ぶ。
 マイガーは上がろうとしない。

「終わったぜ!
 引っ張り上げてくれ!」
 マイガーが下から手を伸ばした。マイガーを掴むのに並べるだけの、大人の男6人が、3人ずつマイガーの片腕をそれぞれ掴んで引っ張り上げようとする。
 たが掴み辛い為うまく行かない。
「──何やってやがんだ!
 そこまで来てんだぞ!」
 ジルドレイが叫んで下に飛び降りると、エドガー、ランウェイ、オットーがそれに続いた。

 4人は一斉に下からマイガーの両足と尻を持ち上げる。上から引っ張り上げる力も手伝って、マイガーが上に上がることが出来た。
 ジルドレイ、オットー、エドガーが自力で上に上がる。
「──ランウェイ!!」
 俺はランウェイに手を伸ばした。ランウェイの伸ばした腕を掴んで引っ張り上げる。
 その時クラーケンが砂浜に衝突し、ランウェイの後ろで巨大な波を立てた。
 波が俺たちの作った木枠の木箱の中へと吸い込まれて行く。

 波がおさまったあと、16個の木箱の中には、なみなみと海水が浸る姿が見えた。
 クラーケンは一瞬大人しくなった。
 SSランクとはいえ、魔物は生き物だ。今までと様子の変わった砂浜に困惑しているのかも知れない。
 ソロリソロリと、木枠の中に足を伸ばしていく。
 クラーケンの足先が木枠の中の海水に触れる。俺たちはゴクリと唾を飲みながらそれを見守った。
 クラーケンの足が木枠の中の海水をこねだした。
 楽しくなったのか、残りの足で体を支えながら、すべての木箱に均等に足を入れ、ビタンビタンと叩いたり、海水をこねたりしだした。
 俺たちは歓声を上げた。

 俺たちが作った木箱は、天日塩を作る為のものだった。
 海水の塩分は大体約3%で、1 リットルの海水に含まれる塩は30グラム程度だ。
 これをクラーケンの遊びを利用して取り出そうというのだ。
 塩の取り方は様々だ。
 日本の場合、普通の塩は、海から機械で吸い上げた海水を、機械で濾過したり、煮詰めたりして、蒸発させるやり方が最も一般的だ。
 天日塩を作る場合は、ネットを張り巡らせた高さ数メートルのタワーに、機械で汲みあげた海水を放水する。
 海水はネットを伝って下に落ち、太陽の熱と風が少しずつそれを蒸発させてゆく。
 これを何度も繰り返すことで、塩分濃度の高い“”かん水“が出来る。その“かん水”を元にして塩を作るのだ。

 だが、この世界には、海水を直接吸い上げる機械なんてものはない。
 そこでクラーケンだ。
 昔ながらの天日塩の取り方には当然機械など使わない。木箱に入れた海水を、太陽の熱と潮風を利用し、時間をかけて乾燥させる。
 タワーを使うと1~2ヶ月で天日塩ができるが、普通に乾かすと最低でも3ヵ月はかかる。
 その間毎日、1時間に1回、最低でも1時間半に1回、木箱の海水をかき混ぜなくてはならない。
 これがちょうど、クラーケンが遊びに来て帰って行き、また戻ってくる時間と一致するのだ。

 時間をかけて自然に蒸発した塩は、加熱処理した際に失われる、海水に含まれる栄養分を残したまま結晶化するので、風味豊かな味となる。
 この世界で、白いダイヤと呼ばれる、高級な塩が作られるのである。
 クラーケンは過去の記録でも最低3ヶ月は港に出没することが分かっている。
 クラーケンが出没しない日があれば人の手でかき混ぜる。
 乾燥しきる前にクラーケンが来なくなった場合も同様だ。

 これが成功すれば、船が出せない間の稼ぎを補ってあまりある大儲けを街にもたらすことになる。
 クラーケンは退治しなければならない魔物ではなく、次に来てくれる日を有り難く待つ魔物に変わるのだ。
 もちろん数十年に1回しか来ない為、それ以降も塩が取りたければ、人の手で定期的に海水をかき混ぜれば、時間さえかければ塩は出来る。
 天日塩作成用の木箱は、この先もこの港にあっても困らないものだ。

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