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第1部
第33話 前例のないアイデア②
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「──ひとつ気になる点が、あるにはあるんだが……。」
皆の視線が俺に集まる。
「なんだ?」
ランウェイが俺に尋ねる。
「この場所は、何度も同じ魔物に襲われて、対策の為に海岸線を下げたと聞いてはいるが、それは一体いつのことなんだ?」
皆がハッとした顔になる。
「そうか……、最後の討伐記録から、もう78年も経過している。
その後海岸線を下げる工事をしたなら、この戦いの記録はその前のものってことになるな。」
「──そんな大規模工事なら、町役場に記録が残っている筈だ。」
エドガーの言葉にランウェイが応じる。
「俺、ひとっ走り見てくるよ。」
グラスタが素早く椅子から立ち上がり、宿屋を飛び出して行った。
結論から言うと、海岸線を下げる工事の完了は53年前だった。
「つまり砂浜を想定して戦うには、この記録は参考にならねえってことだな。」
ジルドレイが頭に手を当てる。
「俺たちの代は、今の地形にあった隊列を組まなきゃならないってことだ……。」
サイファーが言う。
「変更前の図面だと、俺たちが降りた場所まで海が来てたし、もっと横幅も広かった。
それを掘り下げて斜めにして幅も狭めて、水が来ねえようにして、奴が街に上がれなくしたことで、俺たちは逆に高いところからの攻撃が一切不可能になっちまった訳だ。
まいったぜ……。
弱点が頭だってことは分かってんのに、あれじゃ近接職が届かねえ。
定期的に来やがるんだ、冒険者とも相談して工事すりゃ、こんなことにはならねえのによ。」
ジルドレイは頭の後ろで両手を組んで、椅子の背もたれにふんぞり返った。
「……あの波をくらわないようにする為には、距離をとって砂浜に降りずに攻撃する必要がある。
だがそれだと近接職が地形的に戦えず、弓使いも射程範囲外なのであれば、魔道士ばかりを集めなくちゃならない。
──だが、それは一体いつになるんだ?
ただでさえ遠距離職の方が、数が少ないと言うのに、魔道士のみだと?
同じ人数を集めても、近接職がいない分火力が劣る。近接職のガードも弓使いの援護もない。
オマケにその殆どが、ダンジョンに潜ってるんだぞ?
しかもSランクである必要がある。
今この国に、Sランクの魔道士は50人もいない。
──実質、不可能だ。」
オットーの言葉に、誰も何も言えなくなった。
その時、再びドーンという音がして、俺たちは宿屋の窓から外を見た。
クラーケンは海岸線に波を立てると、濡れた砂浜をビタンビタンと十何本もの足で叩いている。
まるでピアノ演奏でもして遊んでいるかのような動きだ。
「──ちっ、いい気なもんだぜ、遊んでいやがる。」
ジルドレイが舌打ちをする。ジルドレイにも、あれがクラーケンが遊んでいるように見えたらしい。
「船を叩いてしずめるのも、クラーケン的には遊んでるつもりってことなのかな?」
グラスタの言葉に、
「魔物は猫がネズミで遊んで殺すように、食べもしない生き物で遊ぶ習性のあるものもいる。
あれが遊んでいるんだとしても、不思議ではないな。」
と、エドガーが答えた。
しばらく観察を続けたが、どうやら新しく作られた砂浜がいたくお気に入りのようで、砂をこねては、また海に戻っていき、しばらくするとまた海岸線にやってきては、砂をこねだす。
俺たちが宿屋で食事をしている間は海に戻っていたので、大体1時間から1時間半の間はいなかった計算になる。
俺はふと、その動きを見ていて、思いついた事があった。
今まで誰も試したことのない、前例のないアイデアだ。
今までのように結果が保証されている訳ではないが、討伐自体が現実問題不可能であるのなら、試してみる価値があるんじゃないか?
「強制召喚されてはみたものの、クラーケンを前にして、ケツをまくらにゃならんとはな。」
「倒してみたくはあるけど、近付けないんじゃどうしようもないしなあ……。」
ジルドレイとグラスタがぼやく。
「失った武器の補填だけ国にお願いして、討伐は不可能だと進言しよう。
それしかないだろうな。」
「Sランクが20人もいて情けない話だが、あれは規格外過ぎる。
戦えない地形に変更した国が悪い。
俺たちにはどうしようもないさ。」
ランウェイとオットーが話している。
「アスガルドも、俺たちに付き合わせて済まなかったな。
宿屋までとったが、討伐作戦会議は終了しよう。」
エドガーが俺に言う。
「──って、いやいや、それ、討伐しなくとも、何とかなるかも知れないぞ?」
皆が一斉に、きょとんとした表情で俺を見たのだった。
────────────────────
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皆の視線が俺に集まる。
「なんだ?」
ランウェイが俺に尋ねる。
「この場所は、何度も同じ魔物に襲われて、対策の為に海岸線を下げたと聞いてはいるが、それは一体いつのことなんだ?」
皆がハッとした顔になる。
「そうか……、最後の討伐記録から、もう78年も経過している。
その後海岸線を下げる工事をしたなら、この戦いの記録はその前のものってことになるな。」
「──そんな大規模工事なら、町役場に記録が残っている筈だ。」
エドガーの言葉にランウェイが応じる。
「俺、ひとっ走り見てくるよ。」
グラスタが素早く椅子から立ち上がり、宿屋を飛び出して行った。
結論から言うと、海岸線を下げる工事の完了は53年前だった。
「つまり砂浜を想定して戦うには、この記録は参考にならねえってことだな。」
ジルドレイが頭に手を当てる。
「俺たちの代は、今の地形にあった隊列を組まなきゃならないってことだ……。」
サイファーが言う。
「変更前の図面だと、俺たちが降りた場所まで海が来てたし、もっと横幅も広かった。
それを掘り下げて斜めにして幅も狭めて、水が来ねえようにして、奴が街に上がれなくしたことで、俺たちは逆に高いところからの攻撃が一切不可能になっちまった訳だ。
まいったぜ……。
弱点が頭だってことは分かってんのに、あれじゃ近接職が届かねえ。
定期的に来やがるんだ、冒険者とも相談して工事すりゃ、こんなことにはならねえのによ。」
ジルドレイは頭の後ろで両手を組んで、椅子の背もたれにふんぞり返った。
「……あの波をくらわないようにする為には、距離をとって砂浜に降りずに攻撃する必要がある。
だがそれだと近接職が地形的に戦えず、弓使いも射程範囲外なのであれば、魔道士ばかりを集めなくちゃならない。
──だが、それは一体いつになるんだ?
ただでさえ遠距離職の方が、数が少ないと言うのに、魔道士のみだと?
同じ人数を集めても、近接職がいない分火力が劣る。近接職のガードも弓使いの援護もない。
オマケにその殆どが、ダンジョンに潜ってるんだぞ?
しかもSランクである必要がある。
今この国に、Sランクの魔道士は50人もいない。
──実質、不可能だ。」
オットーの言葉に、誰も何も言えなくなった。
その時、再びドーンという音がして、俺たちは宿屋の窓から外を見た。
クラーケンは海岸線に波を立てると、濡れた砂浜をビタンビタンと十何本もの足で叩いている。
まるでピアノ演奏でもして遊んでいるかのような動きだ。
「──ちっ、いい気なもんだぜ、遊んでいやがる。」
ジルドレイが舌打ちをする。ジルドレイにも、あれがクラーケンが遊んでいるように見えたらしい。
「船を叩いてしずめるのも、クラーケン的には遊んでるつもりってことなのかな?」
グラスタの言葉に、
「魔物は猫がネズミで遊んで殺すように、食べもしない生き物で遊ぶ習性のあるものもいる。
あれが遊んでいるんだとしても、不思議ではないな。」
と、エドガーが答えた。
しばらく観察を続けたが、どうやら新しく作られた砂浜がいたくお気に入りのようで、砂をこねては、また海に戻っていき、しばらくするとまた海岸線にやってきては、砂をこねだす。
俺たちが宿屋で食事をしている間は海に戻っていたので、大体1時間から1時間半の間はいなかった計算になる。
俺はふと、その動きを見ていて、思いついた事があった。
今まで誰も試したことのない、前例のないアイデアだ。
今までのように結果が保証されている訳ではないが、討伐自体が現実問題不可能であるのなら、試してみる価値があるんじゃないか?
「強制召喚されてはみたものの、クラーケンを前にして、ケツをまくらにゃならんとはな。」
「倒してみたくはあるけど、近付けないんじゃどうしようもないしなあ……。」
ジルドレイとグラスタがぼやく。
「失った武器の補填だけ国にお願いして、討伐は不可能だと進言しよう。
それしかないだろうな。」
「Sランクが20人もいて情けない話だが、あれは規格外過ぎる。
戦えない地形に変更した国が悪い。
俺たちにはどうしようもないさ。」
ランウェイとオットーが話している。
「アスガルドも、俺たちに付き合わせて済まなかったな。
宿屋までとったが、討伐作戦会議は終了しよう。」
エドガーが俺に言う。
「──って、いやいや、それ、討伐しなくとも、何とかなるかも知れないぞ?」
皆が一斉に、きょとんとした表情で俺を見たのだった。
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