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第1部
第24話 エンリーの改心①
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俺はリッチを連れて、とある子爵婦人の家に呼ばれていた。
婦人と言っても未亡人で、子どものいない婦人が爵位を引き継いだらしい。
女性が爵位を継ぐことは、第1子優先主義の家系なら珍しくもないが、未亡人が引き継ぐというのは、なくはないことだが、かなり珍しいほうの話ではあるな。
子どもが成人するまでの、かりそめの引き継ぎであるのが基本で、子どもがいなければ縁戚から養子を貰って、その子に引き継がせるものだからだ。
もはやそうするつもりがないのかな?
婦人が亡くなったら、爵位を返上するつもりなのであれば、わからなくもない。
最後の子爵だということだ。
貴族の家としては、かなりこじんまりとしているが、それでも俺たちの家より確実に大きな、レンガづくりの屋敷のドアを叩く。
すると、従者の格好をした若者が、中からドアを開けてくれ、俺の顔を見て驚いた。
「──エンリー?」
俺を迎えてくれたのは、気まずそうに、かつ照れくさそうに、慣れない従者の制服を身に着けて、頭を掻いているエンリーだった。
応接室に通されて待っていると、エンリーが車椅子を押しながら、婦人を連れて来た。
「はじめまして、アスガルドさん。
シュタファーと申します。」
かなり高齢のようだが、足が弱い以外は、背筋も伸びて上品な女性だった。
そして、俺はその顔に驚きを覚えた。知っている人にとてもよく似ていたからだ。
エンリーが婦人を抱きかかえ、俺の向かいのソファに座らせ、その後ろに立った。
「エンリーにいろいろと話を聞く過程で、あなたのことを最近知りました。
困っていることがあるので、あなたにお願い出来ないかと思っているのです。」
「俺が役に立てることであれば……。
失礼だが、エンリーとは、どこで?」
「──以前から、私の慈善活動手伝ってくれていたのです。
私は子どもがおりません。
ですが、子どもが大好きなのです。
親をなくした孤児たちを引き取り、施設を運営しております。
子どもたちや、私の作ったものを、教会のバザーなどで売っているのですが、そこで彼とは知り合いました。
私より先に、子どもたちが、ですが。」
婦人が席を外していたのか、近くにいても保護者と気付かなかったのか、子どもたちだけでバザーの売り子をしているのを見て、エンリーが手伝いを申し出たのだろう。
そして一緒に品物を売るうちに仲良くなったのだ。そんな姿が目に浮かぶ。
俺がまだ冒険者をしていた頃、街の祭りでエンリーを見かけた事がある。その時も、店を覗いて回っていた筈が、気が付けば、小さな姉弟がやっている出店を手伝っていた。
そういうのを放っておけない。エンリーは昔からそういうところのある子だった。
「そうでしたか。
……なぜ彼を、この家に?」
エンリーはてっきり、冒険者ギルドの踏み倒したクエスト依頼料金と、盗まれたスパイダーシルクの前受金を返すため、今頃必死に働いているものだと思っていた。
役人に連れて行かれた人間が課される強制労働は、終わるまでどこかに行くことは当然出来ない。足に鎖の付いた鉄球を付けられたまま、鉱山で働かされることが多いからな。
特にスパイダーシルクの糸は高額だ。
てっきり1年はこちらの世界に戻って来れないものとふんでいたのだが。
「うちには、継がせる資産も財産になるようなものも、あまりありませんから、養子を取ってまで継がせる家でもないのです。
ですので私の代でお終いになるのが残念ですが、それまでに子どもたちを何とか面倒みようと頑張っておりました。
ですが、最近かなり運営の為の資金繰りが苦しくなり、……それをうっかり私がエンリーに相談してしまったのです。」
婦人は本当にとんでもないことをしてしまった、という表情で俯く。
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婦人と言っても未亡人で、子どものいない婦人が爵位を引き継いだらしい。
女性が爵位を継ぐことは、第1子優先主義の家系なら珍しくもないが、未亡人が引き継ぐというのは、なくはないことだが、かなり珍しいほうの話ではあるな。
子どもが成人するまでの、かりそめの引き継ぎであるのが基本で、子どもがいなければ縁戚から養子を貰って、その子に引き継がせるものだからだ。
もはやそうするつもりがないのかな?
婦人が亡くなったら、爵位を返上するつもりなのであれば、わからなくもない。
最後の子爵だということだ。
貴族の家としては、かなりこじんまりとしているが、それでも俺たちの家より確実に大きな、レンガづくりの屋敷のドアを叩く。
すると、従者の格好をした若者が、中からドアを開けてくれ、俺の顔を見て驚いた。
「──エンリー?」
俺を迎えてくれたのは、気まずそうに、かつ照れくさそうに、慣れない従者の制服を身に着けて、頭を掻いているエンリーだった。
応接室に通されて待っていると、エンリーが車椅子を押しながら、婦人を連れて来た。
「はじめまして、アスガルドさん。
シュタファーと申します。」
かなり高齢のようだが、足が弱い以外は、背筋も伸びて上品な女性だった。
そして、俺はその顔に驚きを覚えた。知っている人にとてもよく似ていたからだ。
エンリーが婦人を抱きかかえ、俺の向かいのソファに座らせ、その後ろに立った。
「エンリーにいろいろと話を聞く過程で、あなたのことを最近知りました。
困っていることがあるので、あなたにお願い出来ないかと思っているのです。」
「俺が役に立てることであれば……。
失礼だが、エンリーとは、どこで?」
「──以前から、私の慈善活動手伝ってくれていたのです。
私は子どもがおりません。
ですが、子どもが大好きなのです。
親をなくした孤児たちを引き取り、施設を運営しております。
子どもたちや、私の作ったものを、教会のバザーなどで売っているのですが、そこで彼とは知り合いました。
私より先に、子どもたちが、ですが。」
婦人が席を外していたのか、近くにいても保護者と気付かなかったのか、子どもたちだけでバザーの売り子をしているのを見て、エンリーが手伝いを申し出たのだろう。
そして一緒に品物を売るうちに仲良くなったのだ。そんな姿が目に浮かぶ。
俺がまだ冒険者をしていた頃、街の祭りでエンリーを見かけた事がある。その時も、店を覗いて回っていた筈が、気が付けば、小さな姉弟がやっている出店を手伝っていた。
そういうのを放っておけない。エンリーは昔からそういうところのある子だった。
「そうでしたか。
……なぜ彼を、この家に?」
エンリーはてっきり、冒険者ギルドの踏み倒したクエスト依頼料金と、盗まれたスパイダーシルクの前受金を返すため、今頃必死に働いているものだと思っていた。
役人に連れて行かれた人間が課される強制労働は、終わるまでどこかに行くことは当然出来ない。足に鎖の付いた鉄球を付けられたまま、鉱山で働かされることが多いからな。
特にスパイダーシルクの糸は高額だ。
てっきり1年はこちらの世界に戻って来れないものとふんでいたのだが。
「うちには、継がせる資産も財産になるようなものも、あまりありませんから、養子を取ってまで継がせる家でもないのです。
ですので私の代でお終いになるのが残念ですが、それまでに子どもたちを何とか面倒みようと頑張っておりました。
ですが、最近かなり運営の為の資金繰りが苦しくなり、……それをうっかり私がエンリーに相談してしまったのです。」
婦人は本当にとんでもないことをしてしまった、という表情で俯く。
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