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第1部
第13話 エンリーの皮算用
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「随分派手にやってるみたいだな。」
ジャンが言っているのは、エンリーの始めたスパイダーシルクの羽巻取り体験、観覧イベントのことだ。
あの日子どもたちが楽しそうにスパイダーシルクの羽を巻き取っているのを見て、これは商売になるとふんだのだ。
スパイダーシルクは100体以上フォークス村に群れで現れている。
それを逃さないように柵で囲んで閉じ込め、1日に3回客を入れ替え、一度に3体ずつ、糸を巻取り、巻き取った糸をよって売り物の糸にするまでを、体験、観覧させるのだ。
体験は値段を高く設定し、Fランクの冒険者もきっちり雇ったらしい。
魔物観覧ダンジョン探索ツアーなんてものが人気なくらいだ。
冒険者を雇い、安全な状態で、ダンジョンでも見れない珍しい魔物から、貴重な生産品が作られるさまを体験、観覧出来るのだ。
連日大盛況の噂がルーフェン村にも聞こえてきた。
それに加えて出来上がったスパイダーシルクの糸の売上も加わる。
おまけに巻取りを客にやらせるので、作業の手間もいらない。短期間しかやれないイベントとはいえ、一石三鳥だと言えた。
足が早く、まとめて捕まえられることが少ないスパイダーシルクの糸は、芸術的価値も加わり、とても高い。
だがスパイダーシルクの方から現れてくれたのだ。濡れ手で粟とはこの事だろう。
「俺たちのサウナを駄目にしやがった癖に、自分たちだけ儲けやがって……。」
「許すんじゃなかったな。」
ルーフェン村の人々が不満を漏らすのも無理はなかった。
「アスガルドは腹が立たないのか?」
涼しげな顔をしている俺に、アントが聞いてくる。
「まあ、エンリーのことだ、そのうち痛い目を見ることになると、俺はふんでるよ。
──派手にやるなと忠告したんだが、派手にやってしまっているようだからな。
あいつは一度痛い目を見ないと、多分変われないと思う。
根っこまで腐ってる子じゃないんだ。年寄り子どもには本当に優しいのも、あいつが小さい頃から見て来て、俺は知ってる。
ただちょっと楽して稼ごうとし過ぎるんだ。
俺はあいつが変わるキッカケになるなら、静観するつもりだ。」
「……ふうん?」
アントは俺の言葉に不思議そうに首を傾げた。
「──そうかい、残念だね。」
俺は冒険者ギルドのギルド長室で、ギルド長とお茶を飲んでいた。
引退はしないが、これからは魔物専門医として正式に開業するつもりであることを伝える為だ。
冒険者は一定期間クエストを受けなかったり、クエストに何度も失敗するとランクが落ちる。
ただし、冒険者のランクを活かして宮廷師団に召し上げられたり、別の仕事を開業するとなると話は別だ。
冒険者のランクカードを持ったまま、別の仕事をする事が出来る。
ただし必ず冒険者ギルドに届け出が必要で、冒険者ランクが活かせる仕事であるとの、ギルド長の認定がいる。
飲み屋の店員になるから冒険者ランクをキープして下さい、という訳にはいかないのだ。
「テイムしている魔物さえ変更すれば、お前さんの実力は確かにSランクだ。
Sランクの冒険者は国の宝。そいつが怪我や犯罪以外の理由で失われるのを防ぐのも、わしらの仕事でもある。」
「……すみません。わがままを言いまして。
でも、今の仕事にとても魅力を感じてるんです。
テイマーとしての知識や経験を活かしつつ、別の形で国に大きく貢献出来る、テイマーの新しい姿なんじゃないかと思ってます。」
俺は力強くギルド長の目を見て言った。
「お前さんの仕事はわしの耳にも届いておるよ。
確かに、スイートビーの養蜂が成功するなら、安定供給を望む国や貴族も両手を上げて喜ぶだろうし、同じ事がよそで出来るのであれば、救われる村もたくさんあるだろう。
今まで魔物といえば、退治して、剥ぎ取りかドロップで稼ぐもの。魔物の恩恵を受けるのは冒険者たちだけだ。
だからこそ、冒険者ギルドには、討伐依頼や買取で多くの金が回るが、貧乏な地域ではそれが難しい。
ランクの高い魔物であれば、国が討伐費用を出すが、そうでない魔物の方が、人里に出る種類としては多い。
退治する以外で活かせる道があるのであれば、それは冒険者の新しい形かも知れんな。
──よし、正式に魔物専門医を許可するとしよう。」
「ありがとうございます。一応、登録する職業名称としては、魔物専門医とするのですが、店の看板は、まもののおいしゃさん、にしようと思っています。
ギルドを通じて依頼をいただける場合は、それで呼んでいただけるとありがたいのですが。」
「ほう、それは何故かね?」
「リリアが……娘がつけてくれた名前なんです。」
俺は照れて頭を掻いた。
「──だから、アスガルドを出せって!ここに来てるのは分かってんだって!」
誰かが大声で俺を呼ぶ声がする。
「……なんだね、騒がしい。
ちょっと見てこよう。
すまんがここで待っていてくれ。」
はい、と頷いたが、声の主は大方予想がついた。
ギルド長が表を見に行き戻って来る。
「……お前さんの知り合いだと名乗っているんだが、フォークス村のエンリーという若者を知っているかね?」
……やっぱりか。
「はい、隣村の若者です。
ちょっと相手をしてやろうと思うんですが、申し訳ないが、ギルド長も同席いただけませんか?」
「──何やら考えがあるようだね。
いいだろう。」
俺とギルド長は連れ立って冒険者ギルドのカウンターへと向かった。
「あっ、アスガルド!」
カウンターで騒ぐエンリーと、エンリーに困り果てた受付嬢とが、同時に俺を見る。
「騒がしいなエンリー。
ここは子どもの遊び場じゃないんだ、依頼主も他の冒険者たちも、ギルド職員たちだって困ってる。
静かにしないか。」
皆の視線が一斉に自分に注がれているのに気付き、エンリーが少し怯む。だがすぐに元に戻り、
「だってこれが騒がずにいられるかよぉ、スパイダーシルクの糸がごっそり盗まれちまったんだ!」
……やっぱりか。
────────────────────
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ジャンが言っているのは、エンリーの始めたスパイダーシルクの羽巻取り体験、観覧イベントのことだ。
あの日子どもたちが楽しそうにスパイダーシルクの羽を巻き取っているのを見て、これは商売になるとふんだのだ。
スパイダーシルクは100体以上フォークス村に群れで現れている。
それを逃さないように柵で囲んで閉じ込め、1日に3回客を入れ替え、一度に3体ずつ、糸を巻取り、巻き取った糸をよって売り物の糸にするまでを、体験、観覧させるのだ。
体験は値段を高く設定し、Fランクの冒険者もきっちり雇ったらしい。
魔物観覧ダンジョン探索ツアーなんてものが人気なくらいだ。
冒険者を雇い、安全な状態で、ダンジョンでも見れない珍しい魔物から、貴重な生産品が作られるさまを体験、観覧出来るのだ。
連日大盛況の噂がルーフェン村にも聞こえてきた。
それに加えて出来上がったスパイダーシルクの糸の売上も加わる。
おまけに巻取りを客にやらせるので、作業の手間もいらない。短期間しかやれないイベントとはいえ、一石三鳥だと言えた。
足が早く、まとめて捕まえられることが少ないスパイダーシルクの糸は、芸術的価値も加わり、とても高い。
だがスパイダーシルクの方から現れてくれたのだ。濡れ手で粟とはこの事だろう。
「俺たちのサウナを駄目にしやがった癖に、自分たちだけ儲けやがって……。」
「許すんじゃなかったな。」
ルーフェン村の人々が不満を漏らすのも無理はなかった。
「アスガルドは腹が立たないのか?」
涼しげな顔をしている俺に、アントが聞いてくる。
「まあ、エンリーのことだ、そのうち痛い目を見ることになると、俺はふんでるよ。
──派手にやるなと忠告したんだが、派手にやってしまっているようだからな。
あいつは一度痛い目を見ないと、多分変われないと思う。
根っこまで腐ってる子じゃないんだ。年寄り子どもには本当に優しいのも、あいつが小さい頃から見て来て、俺は知ってる。
ただちょっと楽して稼ごうとし過ぎるんだ。
俺はあいつが変わるキッカケになるなら、静観するつもりだ。」
「……ふうん?」
アントは俺の言葉に不思議そうに首を傾げた。
「──そうかい、残念だね。」
俺は冒険者ギルドのギルド長室で、ギルド長とお茶を飲んでいた。
引退はしないが、これからは魔物専門医として正式に開業するつもりであることを伝える為だ。
冒険者は一定期間クエストを受けなかったり、クエストに何度も失敗するとランクが落ちる。
ただし、冒険者のランクを活かして宮廷師団に召し上げられたり、別の仕事を開業するとなると話は別だ。
冒険者のランクカードを持ったまま、別の仕事をする事が出来る。
ただし必ず冒険者ギルドに届け出が必要で、冒険者ランクが活かせる仕事であるとの、ギルド長の認定がいる。
飲み屋の店員になるから冒険者ランクをキープして下さい、という訳にはいかないのだ。
「テイムしている魔物さえ変更すれば、お前さんの実力は確かにSランクだ。
Sランクの冒険者は国の宝。そいつが怪我や犯罪以外の理由で失われるのを防ぐのも、わしらの仕事でもある。」
「……すみません。わがままを言いまして。
でも、今の仕事にとても魅力を感じてるんです。
テイマーとしての知識や経験を活かしつつ、別の形で国に大きく貢献出来る、テイマーの新しい姿なんじゃないかと思ってます。」
俺は力強くギルド長の目を見て言った。
「お前さんの仕事はわしの耳にも届いておるよ。
確かに、スイートビーの養蜂が成功するなら、安定供給を望む国や貴族も両手を上げて喜ぶだろうし、同じ事がよそで出来るのであれば、救われる村もたくさんあるだろう。
今まで魔物といえば、退治して、剥ぎ取りかドロップで稼ぐもの。魔物の恩恵を受けるのは冒険者たちだけだ。
だからこそ、冒険者ギルドには、討伐依頼や買取で多くの金が回るが、貧乏な地域ではそれが難しい。
ランクの高い魔物であれば、国が討伐費用を出すが、そうでない魔物の方が、人里に出る種類としては多い。
退治する以外で活かせる道があるのであれば、それは冒険者の新しい形かも知れんな。
──よし、正式に魔物専門医を許可するとしよう。」
「ありがとうございます。一応、登録する職業名称としては、魔物専門医とするのですが、店の看板は、まもののおいしゃさん、にしようと思っています。
ギルドを通じて依頼をいただける場合は、それで呼んでいただけるとありがたいのですが。」
「ほう、それは何故かね?」
「リリアが……娘がつけてくれた名前なんです。」
俺は照れて頭を掻いた。
「──だから、アスガルドを出せって!ここに来てるのは分かってんだって!」
誰かが大声で俺を呼ぶ声がする。
「……なんだね、騒がしい。
ちょっと見てこよう。
すまんがここで待っていてくれ。」
はい、と頷いたが、声の主は大方予想がついた。
ギルド長が表を見に行き戻って来る。
「……お前さんの知り合いだと名乗っているんだが、フォークス村のエンリーという若者を知っているかね?」
……やっぱりか。
「はい、隣村の若者です。
ちょっと相手をしてやろうと思うんですが、申し訳ないが、ギルド長も同席いただけませんか?」
「──何やら考えがあるようだね。
いいだろう。」
俺とギルド長は連れ立って冒険者ギルドのカウンターへと向かった。
「あっ、アスガルド!」
カウンターで騒ぐエンリーと、エンリーに困り果てた受付嬢とが、同時に俺を見る。
「騒がしいなエンリー。
ここは子どもの遊び場じゃないんだ、依頼主も他の冒険者たちも、ギルド職員たちだって困ってる。
静かにしないか。」
皆の視線が一斉に自分に注がれているのに気付き、エンリーが少し怯む。だがすぐに元に戻り、
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