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第六章 新しい家族
親心
しおりを挟むアウトーリ家に双子の兄妹が生まれて、早一ヶ月が過ぎた。
双子は日々すくすくと成長し、生まれた時に比べてややふっくらしてきたような気がする。
アニエスは幸いにして産後の肥立ちが良く、使い魔猫達の手を借りながら家事に育児にと奔走していた。ちなみに店の改装が終わるのはあと二ヶ月先で、ちょうど子供達の生後三ヶ月を過ぎた頃に営業を再開する予定だ。
初めての育児、それも双子の育児は想像していたよりもずっと慌ただしい。
中でもアニエスが一番大変だと思ったのは授乳……だった。
兄妹が同じタイミングでお腹が減ってくれるなら同時に飲ませることもできて助かるのだが、双子でもペースが違うらしい。
大抵、先に妹の方が大きな声で泣き出し、ミルクをせがむ。一度に飲む量も多くて時間がかかり、やっと飲み終わって寝たと思ったら、今度は兄の方が控えめに「ほにゃ……ほにゃ……」と泣き出す。こちらは飲む力も妹に比べて弱く、一度に飲む量も少ない。
妹の飲みっぷりを喩えるなら「ごっごっ」だが、兄の方は「……ちゅぱ……っ、ちゅぱ……っ」だ。なので、量が違うのに時間は同じくらいかかる。そして一度に飲む量が少ない分すぐにお腹が減るらしく、兄の方がミルクをせがむ回数が多かった。トータルすると、どちらも同じくらいの量を飲んでいる。
授乳の目安は大体三時間おきなのだが、兄妹のタイミングがずれるから、ひっきりなしに授乳に追われているようなものだった。
母乳だけではアニエス一人に負担がかかるので、粉ミルクも使っている。粉ミルクならアニエスだけではなくサフィールや使い魔猫達も飲ませてやることができるからだ。
意外にも、アニエスに次いで飲ませるのが上手いのはサフィールだった。今では飲ませた後にゲップをさせるのもお手の物である。
アニエスが夜中でも起きて双子に乳を与える分、彼は昼間に進んで子守りを買って出る。そうして、睡眠時間が不足しがちな妻を寝かせておいてくれるのだった。
ただし、サフィールの元には店の再開前でも客が森の家まで相談にやって来ることがあるので、そういう時は使い魔猫達が子守りをする。
使い魔猫達は時に子守り役を取り合うほど、双子に夢中になっていた。彼らが双子の兄妹に話しかけながら世話をしている様はとても微笑ましく、アニエス達夫婦の微笑を誘った。
育児に追われる日々にようやく慣れてきた、ある日のこと。アウトーリ家に、新居になって初めて迎える遠方からの客があった。
アニエスの両親と、サフィールの師匠兼養い親のクラウドである。彼らは孫の顔を見に、遠く王都から駆けつけてくれたのだった。港から乗ってきた馬車には、彼らが孫のためにと買い求めたたくさんのお土産が積まれていた。
アニエスの両親は家業が忙しく、クラウドも国王付きの魔法使いとして多忙なようで、双子誕生の報を受けてからクレス島にやって来るまでに一月ほどかかってしまったことを詫びた。
だがアニエスは三人がこうしてやって来てくれただけで充分だったし、それはサフィールも同じ思いだった。もっとも、素直でない彼は義両親には愛想良く振舞う一方で、クラウドには素っ気ない態度を崩さない。
クラウドの方もそんな弟子の態度には慣れたもので、気を悪くした風もなく、逆にサフィールをからかってさえいる。そんな二人を見てクスクスと笑うアニエスは、「父親と息子ってこんな感じなのかしら?」と思った。
「まあまあ、可愛らしいこと」
ベビーベッドの中ですやすやと眠る双子を見て、アニエスの母――クラリスがそう嬉しそうな声を上げる。
「水色の服を着ているのが兄のルイスで、ピンクの服を着ているのが妹のステラよ」
事前に手紙で双子の名を伝えてはいたが、アニエスは改めて三人にそう紹介した。ちなみに、この名前はサフィールがつけた。生まれた後、三日間も考え抜いてつけた大事な名前だ。
「……アニエスの赤ちゃんの頃に似ているな」
そう、しみじみ言うのはアニエスの父のエリックだ。
「あら、そうかしら」
「そうだよ。目元とか、口元とか……そっくりじゃないか。思い出すなぁ、アニエスが生まれた時のこと……」
そんなハルモニア夫妻のやり取りに、クラウドも微笑を浮かべて同調する。
「そうですねぇ。確かにアニエスに似ている。このまま、母親に似て育ってくれれば将来有望だ」
「君もそう思うかい?」
「もちろん」
「もう……。魔法使い様までそんなこと言って」
「フフフ。サフィールに似たって将来有望ですよ。でも、本当に可愛いわねぇ」
クラリスがそう言って眠っているルイスの頬に触れると、赤ん坊の小さな手がその指先をぎゅっと握った。口元も、ほんのり笑っているように見えて、クラリスだけでなく一緒に見ていたエリックやクラウドまで「はぁ~」っと感嘆のため息を吐いた。
「「「可愛い……」」」
おばあちゃんとおじいちゃん達は、すっかり孫に夢中なようだ。
アニエスがお茶の用意が出来たと三人をテーブルに誘っても、中々ベビーベッドから離れないくらいに。
その日の夜は、クラリスが腕を振るってくれた豪勢な食卓を皆で囲んだ。お客さんなんだからと遠慮するアニエスに、クラリスは「あなたこそ、たまには親に甘えてゆっくりしなさい」と言って、厨房に立ったのだ。母自身、娘に何かしてやりたかったのだろう。育児に追われ少し痩せた気がするアニエスの頬に触れて、「今日はお母さんの料理をたっぷり食べて、精をつけなさい」と言った。
アニエスはそんな母の気遣いがありがたく、そして久しぶりに母の味に触れることができて嬉しかった。
母お手製の魚のパイも振る舞われたので、使い魔猫達も大喜びである。
両親達からのお土産の中にはエリックが厳選したというワインも入っており、これは男性陣が楽しんだ。夕食を終えた今も、男三人で集まって暖炉の傍に集まって、グラスを手に何やら話し込んでいる。
「邪魔をしないでおいてあげましょ」
母にそう言われて、アニエスも笑って頷いた。代わりに、アニエスは母と二人で食後の後片付け。自分達の夕飯前にミルクを飲んだルイスとステラは、ベビーベッドで眠っている。こちらは、使い魔猫達が傍で見守ってくれていた。
「エリックね、サフィールとお酒を飲むの楽しみにしていたのよ」
母娘で並んで皿を洗っている時、ふと思い出し笑いを浮かべてクラリスが言う。
「そうなの?」
「ええ。まだあなたが生まれる前にね、『子どもは絶対に息子が良い。それで、息子が大人になったら一緒に美味いワインを飲むんだ!』なんて言ってたのよ。それもお酒を飲むたびにね」
クスクスと、クラリスは笑った。アニエスは初めて聞かされる話に、苦笑してみせる。
「あら、それじゃあ生まれたのが女の私で、お父さんはがっかりした?」
「まさか! もー、エリックったら生まれたばかりのあなたにすっかり夢中になっちゃって、娘が可愛い可愛いって」
あなただって、お父さんがどれだけ自分を可愛がってくれてたか覚えているでしょう?
そう問われ、アニエスはこくんと頷いた。自分はこの両親から、たくさんの愛情を貰って育ったと思う。だから自分も、同じくらいルイスとステラに愛情を注いでいけたら……と思っていた。
「魔法使い様とサフィールがこの森に越してきてからは、サフィールを実の息子のように思ってね。それが成長して、アニエスと結婚して、本当に息子になったじゃない? エリック、とっても喜んでいたのよ。そして、昔の夢を思い出したの」
「息子と一緒に、美味しいワインを?」
「そう! あれがいい、これがいい。いや、やっぱりこっち……って。ワインを選んでいたわ。それからね……」
ふふっと、クラリスはさらに笑みを深める。そうして、内緒話をするように声をひそめて言った。
「エリックったら、今年仕込まれたワインの中でも一等出来が良いって言われているものをね、四本買ったの。ルイスとステラのためによ」
「え?」
「ずっと大事に寝かせておいて、二人が成人した時に一本ずつ。それから結婚した時に、式で開けるようにって一本ずつ。今度は孫とワインを飲む日を楽しみにするんですって。気が早いわよねえ」
まだ生まれたばかりなのにね、と笑うクラリスの表情には、そんな気の早い夫への深い愛情が満ちていた。
それに、母もまた楽しみにしてくれているのだろう。そんな遠い未来を。
「お父さん……」
「ふふふ。ルイスとステラはどんな子に育つかしらね~。長いようであっという間よ? なんせ、子供だと思っていた娘が夢を追って親元を離れて、素敵な旦那様と結婚して。今ではすっかり『母親』の顔をしているんだもの。本当、早い早い」
「お母さん……」
「やっぱり、こうして会いに来られて良かったわ。あなた達がマメに手紙を送ってくれるから近況は知っていたけれど、実際に見ると……」
クラリスは洗い物を終えた手をタオルで拭き、改めて娘と向き合う。
「本当に幸せそう。サフィールはちゃんと、あの時の約束を守ってくれたのね」
母が言う『あの時の約束』とは、結婚の許しを乞いに行った時、サフィールが両親に宣言をした「一生をかけて幸せにする」という言葉のことだろう。
あの時、父はサフィールに言った。「娘に相応しい男であることを、これからアニエスを幸せにすることで証明してみせろ」と。
「ええ。私、とっても幸せよ。お母さん……」
言って、アニエスはぎゅっと母に抱きついた。クラリスはそんな娘を、「あらあら」と笑いながらも、優しく抱き締めてやる。
こんな風に母の胸に抱かれるのはずいぶん久しぶりだ。母からは昔と変わらず、懐かしい石鹸の香りがする。幼い頃、この胸に抱かれているだけで幸せな気持ちになれたこと、何も怖いものなんてないような気持ちになれたことを、アニエスは思い出した。
「……お母さんになったっていうのに、甘えん坊ね、アニエス……」
「ごめんなさい。でも、今だけ……」
少しの間だけこうして甘えさせてほしいと、アニエスは母に願う。そうしてクラリスも、そんな娘に「しょうがないわねぇ」と言いつつ、優しく頭を撫でてやるのだった。
「頑張っているわね、アニエス。あなたは本当に、私達の自慢の娘だわ」
「お母さん……」
母の気持ちが、愛情が。ただただありがたくて、嬉しかった。
(……お母さんもお父さんも、大好き。こんな気持ちを、たくさん……)
あの子達も――ルイスとステラも抱いてくれるだろうか。
そうなったらいい。そして、そんな風に子供を育てられる親になりたいと、アニエスは改めて思ったのだった。
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