旦那様は魔法使い

なかゆんきなこ

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婚約者は魔法使い

夢が叶う日 後編

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 翌日の早朝。
 厨房に揃った使い魔猫達は、みんな目をキラキラと輝かせて、アニエスの指示を待っていた。
 今日はいよいよ、アニエスのパン屋のオープン当日である。
 まるでこれからカーニバルでも始まるかのように、使い魔猫達はわくわくと胸を高鳴らせていた。
「それじゃあ、カルとジェダでお店の飾りつけをお願いね」
「「はいですにゃ!!」」
 店中をピカピカに磨いて、パンで飾りつけますにゃ!! と。黒猫と白猫の少年は意気込んでいる。(アニエスがこの日のために作り置きしておいた飾りパンを使うのだ)
「ネリーとライト、キースにアクアは私と一緒にパンを作るの」
 とにかく、作って作って作りまくるわよ!! と、アニエスは右手を宙に突き出した。
「「「「はいですにゃ!!」」」」
 猫達もアニエスのように、右手を「おー!!」と宙に突き出す。
 その言葉通りに、アニエスと使い魔猫達は店に並べるパンを作って作って作りまくった。
 途中、試作で作っていた食パンに卵とハムを挟んだだけのサンドイッチと、野菜のたっぷり入ったスープで簡単に朝食をとり。
 再び厨房に籠ってパンを作っては、焼き上がったそれを棚に並べていく。

 開店まであと三十分をきったところで、アニエス達はそれまで着ていた服を着替えて、新しいエプロンを身につけた。昨夜、アニエスが縫っていたエプロンだ。
 アニエスは、こざっぱりとした水色のワンピースに白いエプロンを。
 使い魔猫達は、ぱりっと洗濯した白のシャツに黒の半ズボンに、黒のエプロンを纏って。
 これで、お客さんを迎える準備は万端である。
「奥方様! 大変ですにゃ!!」
 早々に着替えを終え、店にパンを運んでいた縞猫のアクアがぴゅーと厨房に駆けてきた。
 何か問題が発生したのかと、アニエス達は作業の手を止める。
「外!! 人がいっぱいですにゃ!!」
「ええ!?」
 アクアに言われ、アニエス達が店の窓のカーテンを開くと……
 そこには、開店を待つ人の行列が。
「うわああ、いっぱいにゃー」
「すごい……」
「宣伝効果アリ、ですにゃ!!」
「これは……大変ですにゃあ」
 上から、ネリー、ライト、キース、カルが感嘆の声を上げる。
「…………っ」
 アニエスはぎゅっと、両手を握りしめた。
(嬉しい……)
 こんなにたくさんの人が、開店を待ってくれる。
 なんて、ありがたいんだろう……!!
(……っ! 頑張らなくっちゃ!!)
「みんな! 少し早いけど、店を開けるわ!!」
「「「「「「はいですにゃ!!!」」」」」」
「私達のパンを待っていてくれる人達に、早く美味しいパンを届けましょう!!」
「「「「「「にゃー!!!!」」」」」

 そしてその日、クレス島に新しく『アニエスのパン屋』がオープンした。
 
 混雑を見越して、開け放たれたままの木の扉。
 白壁に木の棚が並ぶ、店内。棚には美味しそうなパンがたくさん並んでいて、奥の厨房からは、パンを焼く良い匂いが漂ってくる。
 落ち着いた色合いのマホガニーのカウンターには、パンで作られた籠の中に小さなパンがいくつも盛られている。他にも、店内には可愛い猫の形をしたパンや、パンで出来たウェルカムボードが飾られていた。
 客がパンを入れる籠も、真新しい白い籠で。
 銀のパン掴みは、ピカピカに磨かれている。
「いらっしゃいませー!!」
 訪れる客を元気よく迎え入れるのは、使い魔猫の少年達。
 そして……
「ありがとうございます。こちらもぜひ、召し上がって下さいね」
 客の買い求めたパンを丁寧に袋に詰め、オープン記念のプレゼントであるクッキーを笑顔で渡してくれる、美しい女店主。
 人々は彼女の美味しいパンに舌鼓を打ち、可愛らしいネコのクッキーに笑みを浮かべ。
 またここへ来ようと、思うのだった。


「……カル! 次のパンをオーブンに入れてくるわ。それまで、カウンターをお願いね!!」
「はいですにゃ!!」
 たくさんの客で賑わう店内。
 早くも空になりそうな棚に次々とパンを並べていたアニエスは、次のパンを焼くべく一端カウンターを黒猫のカルに任せて、厨房に引きこんだ。
 体中が嬉しい悲鳴を上げている。
 ばたばたと立ち回っても追いつかないくらいの盛況ぶりだ。
「ええっと、次は……」
 成型までしておいたパンを、オーブンに入れる。
 これが焼き上がったら、棚に並べて……と時計を見た所で、アニエスは「あっ!!」と声を上げた。
 時計の針はとうに十三時を過ぎている。
 昼食のことを、すっかり失念していた。
「どうしよう……!! す、すぐに簡単な物を……」
 今も忙しく働いてくれている使い魔猫達。そして夫のサフィールに、昼食を……

「アニエス?」

 頭の中で慌てて昼食のメニューを考えるアニエスに、声を掛けたのは……
 両手に紙袋を持った、夫のサフィール。
「ああっ、ごめんなさいサフィール! 今すぐ昼食の準備を……」
「大丈夫だよ、アニエス。はい、これ」
 慌てる妻に、サフィールは微笑を浮かべて持っていた紙袋を手渡した。
「これ……」
「忙しくてそれどころじゃないだろうと思ったから。港の料理屋に頼んで、作ってもらったんだ」
 アニエスのパン屋が大盛況な様子を見て、サフィールが気を回してくれたらしい。
 わざわざ港まで降りて買って来てくれたのだろう。 
 紙袋の中には、焼き立てのミートパイと色とりどりの野菜のピクルスが。
「……っ」
「今お茶を淹れるから、一緒に食べよう? 午後からは俺も店を手伝うから、猫達にも休憩を……って。アニエス……?」
 ぽふん、と。
 自分の胸に倒れこむように抱きついてきたアニエスの頭を、サフィールが「どうしたの?」と撫でてやる。
「……ありがとう……! サフィール……」
 サフィールの優しさに、アニエスは泣きそうになった。
 頑張らなくちゃと張り詰めていた糸を、ほろりと緩めてくれる。
 優しい、気遣いに。
「うん。店、いっぱい人が来てくれて、良かったね」
「うん……!」
「アニエスの美味しいパン、きっとみんな、喜んでくれるよ」
「うん……!!」
 そうして慌ただしくも、サフィールと二人で食べたミートパイはとても美味しかった。
 この味を、自分はけして忘れないだろう、と。アニエスは思う。


 言葉通りに、サフィールは店を手伝ってくれて。(日頃無愛想な彼が珍しく笑みを浮かべて、客の相手をしていた)
 猫達も順番に休憩に入り、お腹を満たして。午後からはさらに頑張ってくれた。
 そうして、閉店時間の二時間も前にはお店のパンは全て完売してしまい。
 アニエスは最後の客を笑顔で送った後、店の扉を閉めた。
 あっという間の一日だった。
 けれど、親しい友人達やお世話になった農場主、近隣で店を営む人々が入れ替わり立ち替わり店を訪れては、「おめでとう!!」と祝福してくれて。
 たくさんのお客さんに、「美味しそう!!」と。「また来るわ!!」と言ってもらえて。
 体はくたくたに疲れていたけれど、喜びで、胸がいっぱいだった。
 アニエスは「ありがとう」と、一生懸命手伝ってくれた使い魔猫達を、ひとりひとり抱き締める。ぎゅ~っと。感謝の気持ちを込めて。
 猫達は嬉しそうに、目を細めて喉を鳴らした。
 大好きな奥方様の役に立てたことが、こうして「ありがとう」と言って抱きしめられることが、誇らしく、嬉しかった。
「お疲れ様、アニエス」
 そうして使い魔猫達をみんな抱きしめたアニエスの体を、今度はサフィールが抱き寄せる。
 ぽんぽんと、労うようにその背を撫でて。
「ありがとう、サフィール」
 アニエスはそっと、サフィールの口にキスを贈る。
「ねえ、サフィール」
「ん……?」
「私、これからも頑張るわ」
あなたと使い魔猫達が、一緒にいてくれるから。
 こうして手助けしてくれて、支えていてくれるから。
 頑張れると思った。パン屋の仕事も、もちろん、家のことも。
 パン屋の女主人として。魔法使いサフィールの、妻として。
 だから……
「これからも傍で、見守っていてくれる……?」
 アニエスの手が、そっとサフィールの頬に伸びる。
 その手をとって、サフィールは……

「そんなの、当たり前だよ」

 ちゅ……と。彼女の掌に、キスを贈った。






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ちなみにサフィールが料理を作るのではなく買ってきたのは、厨房が忙しくて使えなかったからです。
一生懸命働く奥さんと、そんな奥さんを要所要所で気遣う旦那様っていうのを書きたかったこの一話。楽しんでいただけたなら、幸いです。
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